ちいさなねずみが映画を語る

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自らのキャリアを盛大に揶揄するヒュー・グラント - 映画『パディントン2』

イギリスが誇るもふもふムービー、パディントン2"Paddington 2" ('17)を観た。2014年に公開された前作の登場人物が再集結。おまけにしわくちゃになったヒュー・グラントが、前作のニコール・キッドマンに負けず劣らず魅力的な悪役を演じる一作だ。今作でもパディントンの魅力は彼の大好きなマーマレードのように激甘だった🍊*1

パディントン2(字幕版)

パディントン2(字幕版)

  • 発売日: 2018/06/13
  • メディア: Prime Video
 

 

そう言えば意図していなかったけれど2記事続けてうぃしょさん祭りになった。

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あらすじ

ロンドンであたたかいブラウン家の一員となったパディントン(声:ベン・ウィショー)。ペルーに残してきたルーシーおばさん(声:イメルダ・ストーントン)が100歳を迎えることになり、パディントンは誕生日プレゼントにロンドンの名所を綴った年代物の飛び出す絵本を選ぶ。ところが彼がうっかり口を滑らせたことから、絵本は落ちぶれた「元」俳優フェニックス・ブキャナン*2(演:ヒュー・グラント)に盗み出されてしまう。強盗現場に居合わせたパディントンは誤認逮捕されてしまい、無実の証明と絵本の奪還にブラウン家ともども立ち上がるのだった……

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!!! SPOILER ALERT! SPOILER ALERT!  SPOILER ALERT! !!!
※新鮮な気持ちでこの作品を観たい方はご遠慮ください※
(でも正直そんなにネタバレはないと思う)
 

キャリアを自ら揶揄するおヒュー

誰が何と言おうとこの映画はおヒューのセルフパロディだ。ビュキャナンはウェストエンドで鳴らした俳優ながら、今ではドッグフードのCM(しかも犬役!)が精一杯の落ち目ぶり。実際のおヒューのキャリアはもうちょっとマシだが、この姿に彼のキャリアが思い起こされないと言ったら嘘になる。

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若かりし日のおヒュー

オックスフォード大学在学中に俳優としてのキャリアをスタートさせたグラントは、27歳時の1987年に出演した映画『モーリス』"Maulice" がきっかけで世界的な知名度を得る。その後、1994年の映画『フォー・ウェディング』"Four Wedding and A Funeral"から脚本家リチャード・カーティスと蜜月を築き、相次いでカーティス作品に出演して「ロマコメの帝王」の名を欲しいままにしたのだった。『ラブ・アクチュアリー』('03)のコメンタリーで、カーティスから「君のキャリアはほとんど僕の作品じゃないか」と揶揄されているが、実際この頃のキャリアはそんな感じだったのである。

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しかしながら、「ロマコメの帝王」として君臨しておきながら、その私生活は多分にだらしのないものだった。1995年にはハリウッドで白昼堂々娼婦とプレイしていたかどで逮捕されるし(実話)、2012年には現在の妻アナ・エーベルシュタイン、その前のパートナーであるティンラン・ホンの間に子供が生まれているが、不思議なことにふたりの妊娠期間はオーバーラップしている(実話)。また、グラント自身もこの頃仕事をセーブしており、歳を重ねたことで顔にもしわが目立つようになったことから、「あんなに輝かしいキャリアだったのに、今はまあ……」と思う人も少なくはなかった(のだと思う)。

 

因縁のライバル(?)コリン・ファースの台頭

おヒューが仕事をセーブしている間、急激に出演作品数を伸ばしていったのが、誕生日が1日違いのコリン・ファース*3。ファースも1984年の『アナザー・カントリー』、1995年に出演したBBC版『高慢と偏見』、そしてグラントと共演した『ブリジット・ジョーンズの日記』シリーズ('01/'04/'16)と散発的にヒット作を持っていたのだが、どれもイギリス国内作品という印象が強かった。また、本人も残念なくらい私服がクソダサで、どこかイケてない感じが否めず、ダーシーさんはどこへやら……というぽっちゃりおじさんへまっしぐらだったのだ。

togetter.com - これはほんともう名作過ぎて布教しまくりたい

 

しかし、2009年にトム・フォードの初監督作品『シングルマン』に出演すると、彼のキャリアは一気に開花する。ぽっちゃりおじさんはフォードの手でイケてる英国俳優へとブラッシュアップされ、翌年には『英国王のスピーチ』でオスカーを手にして世界的俳優の座を得る。その後は多作の傍ら『アイ・イン・ザ・スカイ 世界一安全な戦場』を皮切りに製作業にも手を広げ、演技者としても製作者としても高い評価を得るに至るのだった。

シングルマン (字幕版)

シングルマン (字幕版)

  • 発売日: 2013/11/26
  • メディア: Prime Video
 

 

先述した『ラブ・アクチュアリー』('03)のコメンタリーで、グラントは誕生日が1日違いのファースについて、「歳を取っても変わらなそうなシワシワな顔(笑)」というようなことを言っている。しかしながら、そんなことを言っている当人がしわくちゃになって、まさか「イギリスの高田純次」と言われるようなテキトーおじさんになってしまうとは、誰も予想していなかったのではないかと思う。*4

この作品はグラントにとって大きな転機だ

はっきりしたことを言ってしまえば、グラントのキャリアの前半分は、輝かしくも悲劇と言えるようなものだった。シェイクスピアをはじめとした舞台演劇を強固な地盤としたイギリス演劇界において、ロマコメは明らかに異質な存在であり、彼の演技力は国内で過小評価されていた(後述)。また、二枚目俳優としてキャリアを築いた故に、歳を取ってその美貌に陰りが見えてきてから、どのような身の振り方をするのかというのは大問題だ。二枚目の皮を捨てられずに生きていくのか、それとも全く違う役に振り切るのか、そういう岐路がいずれやってくる。

Re:LIFE~リライフ~ (字幕版)

Re:LIFE~リライフ~ (字幕版)

  • メディア: Prime Video
 

——『Re:LIFE〜リライフ〜』、筋書きだけ読むとこれもグラントのキャリアを茶化してる作品ぽくは見えるのだが、観てないから何とも言えない

 

グラントが今作で選んだのは、二枚目俳優としてのキャリアを一笑に付し、魅力的な悪役として自身の遊び心ある側面を露わにすることだった。「イギリスの高田純次」と言われるだけあって、素顔のグラントはどぎついブリティッシュジョークもかますユーモアセンスを持ち合わせている。単なる二枚目俳優を脱却して、寧ろ三枚目のような要素もある役はうってつけだったのだ。

こういったことを書きながら、筆者はグラントがBAFTA/GG賞ノミネートを勝ち取った "A Very English Scandal" ('17) を思い出してならない。この作品で久々にイギリスドラマ界に復帰したグラントに対して、批評家たちはこぞって絶賛を寄せたのだが、それは今まで彼が本国の批評家たちから冷遇されてきたことの裏返しだったのだ。この時『モーリス』で共演していたルパート・グレイヴスが寄せたメッセージが、グラントの真価を端的に表す文章なのではないかと思う。(そう言えばこの作品もうぃしょさん案件だった)

「『ヒュー・グラントは意外な新発見だ』なんて書いてある"A Very English Scandal"のレビューを読むのには飽き飽きだ—彼はずっと、俳優としてひどく過小評価され続けている。『モーリス』の時から素晴らしいだろう? 勿論ラッセル・T・デイヴィスの脚本も魅力的だ」

https://mice-cinemanami.hatenablog.com/entry/Maurice1

——ちょっとこの邦題は説明しすぎでダサいので出したくない

 

ビュキャナンは隠し扉を上った先の屋根裏部屋で、過去の舞台衣装を着せたマネキンに囲まれ、演劇の一節を呟いては自分を鼓舞するという生活を送っている。英国俳優なのに、いわゆる舞台演劇でのキャリアが浅く、そのほとんどを映画で築いてきたというグラント自身のキャリアを知っているとこのシーンの倒錯っぷりは面白くてならない。しかしながら、シェイクスピアの一節を引いてはにやりとするビュキャナンの姿は、グラントがしっかりとした演劇の基礎を持ち合わせていることを匂わせる。グレイヴスが述べた通り、彼の真価はずっと過小評価され続けていたのだ。

 

グラントはこの作品で、見事BAFTA助演男優賞のノミネートを受けている。今作のような悪役は演じ甲斐があるのだと語っているので、これからも同じような役を受けてくれるに違いないと思っている。

www.vogue.co.jp - 監督はビュキャナン役に最初からグラントを考えていたそう

 

(ところで最後にどうでもいい話なのだが、ビュキャナンの部屋に飾られた写真たちは、実際のグラントの若かりし頃の写真である。その中に1枚、『ブリジット・ジョーンズの日記』シリーズ第3作で新聞のポートレートとして使われていた写真が混ざり込んでおり、ちょっと笑ってしまった。製作は同じスタジオカナルなのだが、いやはやこれは面白い……)

 

And Now for Something Completely Different.

長々とグラントのキャリアの話を書いてしまったが、この話の主人公はパディントンであって、ビュキャナンが登場するのは飽くまで話の半分だ。ここでは打って変わってそれ以外の部分についてまとめて行こうと思う。

 

相変わらずミスコミュニケーション祭り

ミスコミュニケーションと言うのかコミュニケーションエラーと言うのか悩ましいところだが、1作目も2作目も、物語を動かしていくのはパディントンと周りの人たちのすれ違いである。人のいいパストゥーゾおじさんとルーシーおばさんに育てられた故に、パディントンは他人を疑うことを全く知らない。彼を受け入れてくれたブラウン家はいい人たちばかりだが、世間はそうはいかないぞ……というのが主な筋書きだ(1作目も2作目も大きな枠組みは同じである)。

パディントン(字幕版)

パディントン(字幕版)

  • 発売日: 2016/07/27
  • メディア: Prime Video
 

 

今作でも言わんでいいことをうっかり口に出すために大騒動が起こるし、そもそも仕事をしようと思ったら大体上手く行かない。それでもパディントンがこの生き方を貫くのは、ルーシーおばさんに言われたこの言葉が心に染みついているためである。字幕では「他人に親切なら、世間も親切」とも訳されていたが、「みんなに優しくしていれば、いずれ分かるさ」というようなところではないかと思う。元が児童文学なので、勿論最後にはみんな収まるところに収まるわけだが、ルーシーおばさんの教えはこの世の中で忘れがちな優しさを教えてくれるよい格言だ。

“Aunt Lucy said if you look for the good in people, you will find it.”-Paddington

泳ぐサリー、TSOWじゃん

冒頭、パディントンがルーシーおばさんに送る手紙の中で、ブラウン家の皆さんの近況がぱっぱと明かされていく。彼らの特技は今回も物語の肝になるわけだが、サリー・ホーキンズ演じる母メリーが長回しの水中シーンを見せていたのには思わず笑ってしまった。あんた、そりゃシェイプ・オブ・ウォーター』じゃないか。(因みにこの2作は実は同じ年に制作されている)

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相変わらずホーキンズの演じるメリーはどこまでも可愛らしくて、それでいて茶目っ気に溢れていてとても魅力的だ。ちょっと生意気なところがあるジュディを演じるマデリン・ハリスも、前作から成長して反抗期に入ったジョナサンを演じるサミュエル・ジョスリンも、若手ながらいい味を出している。

 

そして相変わらずただただ不憫なのがヒュー・ボネヴィル演じる父ヘンリーだ。彼が「中年の危機」"Midlife crisis" に苦しんで、一生懸命抜け出そうともがいている姿が描かれるのも隠れた見どころかもしれない。個人的に1番ウケたのは列車のくだりのシークエンスである。前作では女装までさせられていて、ただただ不憫な父親である(笑)。ボネヴィルと言えば『ダウントン・アビー』が代表作だが、実はこういうファニーな役も大好きなのだろうな、と思わされる。

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ハリポタ組がまたひとり

パディントン』シリーズを手掛けるデイヴィッド・ハイマンは、ワーナーで『ハリー・ポッター』の映画シリーズを手掛けたプロデューサー。その縁もあり、『パディントン』2部作にもハリポタ関連の俳優がちらほらと登場している。例えばパストゥーゾおじさんを演じるマイケル・ガンボンは言わずとしれたダンブルドア校長だし、ルーシーおばさんの声は「わたしもあのシリーズに出たい!」とせっせ手紙を送って役を勝ち取ったドローレス・アンブリッジことイメルダ・ストーントンだ(イメルダ・スタウントン表記の方が人口に膾炙してしまっているが)。パディントンのよき友となる骨董屋のグルーバーはジム・ブロードベントが演じているが、彼だってホラス・スラグホーン役で『謎のプリンス』に出演していた。忘れちゃならないのがバード夫人を演じるジュリー・ウォルターズ。いやあれがモリー・ウィーズリーだと何人が初見で気付くだろうか。いや『マンマ・ミーア!』も観てたけど無理だった。(笑)

 

そして今回満を持して登場するのが……そう、刑務所のゲロマズ料理を作っているナックルズこと、ブレンダン・グリーソンである。マッドアイ・ムーディがゲロマズ料理を作って、「俺様の名前を知りたいか? ナックルズだ」って拳をクロスさせて出てくるんだぜ? 名優と知っているだけに余計面白さしかない。

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この後、ナックルズとパディントンが組んで作るマーマレードが本当に美味しそうでならない。ここは刑務所なのにどうやってこんなに用意したの?というくらい、画面いっぱいに沢山のスイーツが登場する。パディントンマーマレードは『グレーテルのかまど』でも紹介されていたけれど(しかもこの番組の本にも収録されている)、このシーンのレシピもみんな再現してもらいたいくらいだ。

あの人が愛した、とっておきのスイーツレシピ

あの人が愛した、とっておきのスイーツレシピ

  • 発売日: 2012/09/24
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
 

 

ビュキャナンが送るミュージカルシーン

ミッドクレジットでビュキャナンが見せる見事なミュージカルシーン。おヒューがノリノリで華麗な足捌きと歌を披露しているのだが、あの話を知っていると笑いがこみ上げてくる。

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映画『ラブ・アクチュアリー』で、英国首相デイヴィッド役を演じたグラント。中盤には彼がラジオから流れる曲に合わせて首相官邸を踊り歩くシーンがあるのだが、グラントはこのシーンが気に入らなかった。「僕は踊りたくない」の一点張りで撮影を拒否し続け、やっと撮影できたのは10日余りあった日程の最終日。……おヒュー、あの時あんなにごねたのによう、今回超ノリノリやんけ!

ほんとにもうこの作品は最初から最後までおヒュー劇場であった。感服致しました。

 

おしまい

パディントン2』はAmazon Primeで配信中。円盤も発売されているので是非。サリー・ホーキンズがかわかわなので是非2作合わせて観てね!

パディントン2(字幕版)

パディントン2(字幕版)

  • 発売日: 2018/06/13
  • メディア: Prime Video
 

因みに2作目は、公開直前に亡くなった原作者のマイケル・ボンドに捧げられている。ところでうぃしょさんの話が全く出来なくてごめんなさい。こんなにチャーミングなパディントンになったのは、間違い無くうぃしょさんと松坂桃李のおかげだと思う*5

 

関連:パディントン2 / ベン・ウィショー / ヒュー・グラント / ヒュー・ボネヴィル / サリー・ホーキンズ / ジュリー・ウォルターズ / マデリン・ハリス / サミュエル・ジョスリン / ジム・ブロードベント / ブレンダン・グリーソン / ノア・テイラー / アーロン・ニール / マイケル・ガンボン / イメルダ・ストーントン / ピーター・カパルディ / ベン・ミラー / ジェシカ・ハインズ / ヒュー・グラント

*1:映画『パディントン』チームはGiphyで公式GIFを公開しているのだが、前作のかわかわパディントンから今作の凜々しいパディントンまで沢山公開しているので是非観てほしい。推しはこれ。☞Orange Fruit GIF by Paddington Bear - Find & Share on GIPHY

*2:どう聞いても「ビュキャナン」と発音されているが、あらすじのところだけは字幕に表記を合わせておく

*3:グラントは1960年9月9日、ファースは同9月10日生まれで、本当の1日違いである

*4:こう色々書くとグラントとファースの間に確執があるんじゃないかと思われてしまうかもしれないが、実際のところふたりは自分に回ってくる役がまるで違うことを理解していて、その上で誕生日が1日違いのよき友として接しているような印象がある。『ブリジット・ジョーンズの日記』で演じたドタバタ劇というよりかは、近すぎず遠すぎずにほどほどの距離で互いを確認している、というのが近い気がする

*5:因みに吹替陣のチョイスは正直あんまり許してない(内輪ウケみたいな感じがちょっとあって)。でも松坂桃李の吹替はうぃしょさんの魅力を違わず再現しているような気がする。

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