ちいさなねずみが映画を語る

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ドラマ版『透明なゆりかご』一気観レビュー② - シーズン前半を深掘り

2018年のNHKドラマ『透明なゆりかご』沖田×華原作、安達奈緒子脚本、清原果耶主演)を一気観した。1990年代末の地方産院を舞台に、沖田本人をモデルとする准看護師のたまごが奮闘する話である。既に第1弾記事も出しているが、ネタバレ記事として、由比先生のお隣の領域のひよっことして感じたことを出力しておく。今回は半分の第5話まで。第1弾はこちら。

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各話の主題がこれまた苦しい

コウノドリ』だったと思うけれど、産科の醍醐味は「おめでとう」、「また来てね」が言えるところ、という話があった。そのおめでとうすら苦しい、そういった姿を、「他人の心が読めない」と自覚するアオイの目を通して描くのが秀逸な脚本だ。筆者としてはアオイの発達特性が精緻に描かれていてしんどかった、という話は第1弾記事でも述べたが、翻って本来の主題である周産期医療としても、この作品は胸が苦しくなるようなテーマばかり取り上げてくる。

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※この先は各話の主題に触れるため大ネタバレ記事です。※

 

 

第1話「命のかけら」:未受診妊婦・添い寝の問題

第1話に持ってくるのがこれかいというくらい重いテーマ。経済的な問題、今回のような家庭の問題から、未受診妊婦となるケースは今の世の中でも確実に存在している。母子ともに無事に出産に至ればよいのだが、実際には「陣発しました」とか言ってぽろっと来られると、産科も小児科も顔を真っ青にする*1水川あさみ演じる望月が「念のため児童相談所に連絡しておきましょう」と話しているが、こういうケースを地域に繋ぐのも周産期領域の大事な仕事なので、さらっと描いてくれていてよかった。

 

「田中さん」はそこはクリアして無事に出産に至るが、退院してすぐ、添い乳からの事故で子は命を落としてしまう。いやこれ!!!添い乳イズ本当にダメ!!!病棟でも本当に許しちゃダメ!!!筆者の歪んだ専門領域的にも声を大にして伝えたいポイント。

こないだTwitterでもやたら話題になっていたけれど、添い乳は母が楽な一方で、窒息事故リスクが大変高いことで知られている。SIDS; 乳幼児突然死症候群の症例解析でもリスク因子に上げられていたひとつだ*2。産科病棟で、赤ちゃんにモニタを付けながら添い乳させるところもあるけれど、1回でも許しちゃダメ。そのくらいなら、お母さんにしっかり休養を取らせてあげて、ちゃんと授乳できる元気を回復させてあげる方が余程マシ!!!!お母さんたちも添い乳大好きなのほんとダメ、妊娠中から口酸っぱく言っとくべき!!!

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こういうの、法医とか小児科から積極的にアプローチしなくてはいけないと思うのだけど、何分周産期領域は、リスクを伝える声より「今までの経験」という名の声が強いのも現状だ。第10話とは異なり、事故死というのは確実に「防ぎうる死」(preventable death) なので、ちょっとの不便でゼロにできるなら、そうしてほしいと思うばかりである。

 

>>続きます>>

 

 

第2話「母性ってなに」:中絶を勧められる合併症妊娠と、望まない若年妊娠

第2話の主人公は平岩紙演じるコントロール不良のT1DM(1型糖尿病)母体、加えて望まない若年妊娠の末に児を放棄した学生(演じるのは『おかえりモネ』でモネの妹役だった蒔田彩珠)である。

 

この話でしれっと描かれているのが新生児蘇生、新生児の生理的な体重減少(アオイが「体重が減っちゃった!」と騒ぎ立てているがあれは生理的だ)、光線療法である。新生児黄疸には様々なリスク因子があるが(割愛)、一定数の児がなるので、誰が悪いとかは基本的に無い。ブルーライトを当てる簡単な治療で多くが軽快するので、そうか引っかかったか、くらいでよい*3

 

児を放棄した学生にアオイが憤っている一方で、平岩紙演じるT1DMの母は、糖尿病に起因した様々な合併症に苦しんでいた。糖尿病の合併症は神経→眼→腎の順に出ることが知られているので、重度の糖尿病性網膜症+網膜剥離で失明寸前、なおかつ腎機能もeGFR45となると、彼女の合併症はかなり末まで進んできている。ここで時代背景が1997年というのが痛い。今ならT1DMでも、インスリン製剤の改善などで管理がよくなり、妊娠可能年齢であそこまで進んでいるというのはかなり稀だからだ。

由比先生が妊娠の継続に二の足を踏んでいるのは、妊娠中はホルモンバランスで血糖値は上がりやすく、DMの管理が悪くなりやすいのを知っているからだ。血糖値が上がれば当然血管障害のリスクは上がり、網膜症や腎症などの合併症も進行しやすい。実際、里佳子は経過中に網膜出血再発で更に視力低下を来したという筋書である。

 

それでも、病気だから、といって妊娠出産を諦めさせるのは、今の医療の姿ではないと筆者は思う。何とかよい管理をして、母児共に安全に妊娠期間を過ごさせる、それもまた周産期医療の務めなのではないだろうか。医療の発展をそういうところに割いていくのも、この先の使命なのだろうと思いながら観ていた*4

 

第3話「不機嫌な妊婦」:誰も攻められない事故とABR

第3話ではアオイの天敵たる不機嫌な妊婦・安部さん(演:田畑智子)が登場。ここでしつこくアオイに「あんた看護師向いてないわよ!」と言わせるのが憎い演出(沖田は看護師として働き始めてから、対人関係のコミュニケーションに難を抱えて転職しているからだ)。

 

安部さんの不機嫌は、妊娠初期に夫が抜管後トラブルで低酸素脳症になり*5、ひとりで奮闘してきたというのが原因だった。いやまあ、だからと言って無関係なアオイに当たり散らすのも大人としてどうなのかとは思うが、そこは元々の性格なのだからしょうがないのだろう。妊婦になって身体に様々な変化が出る中、寄り添ってくれるはずの人はもう目を覚まさないのだし。

 

喉頭けいれん、筆者も1度だけ経験があるが、本当に怖い。その時はきちんと対応できて、再挿管もできたしトラブルなく済んだけれど、目の前でみるみる気道確保できない状況になるのは本当に怖い。そして、リスク因子にかかわらず、ある一定の確率で起こるので、それもまた怖い。

安部さんは現実を飲み込めずに病院でも怒鳴り散らしているが、この「ゼロではない合併症」を説明する、という行為は、一般の人にはなかなか理解されない印象がある。「そんなん稀なんだから説明しなくていいよ」みたいなことを言っといて、いざ自分の身内で起こるとキレ散らかす人もいるし、逆に「ゼロではない」を過剰に心配し過ぎて、「そんなリスクがあるなら治療を受けたくない」と言い出す人もいるし、どういう案配で説明したらいいのか毎度毎度とても悩む。同意書にサインをもらった時点で、患者家族と医療者の間ではコンセンサス/同意が得られたことにはなるが、実際にトラブルが起こったときの反応を見ると、「同意が得られたから大丈夫」と考えているのは医療者側だけなのだろうと思わされる。

 

エピソードの終盤、安部さんはアオイに、夫に赤ちゃんの泣き声は聞こえるのかしら、と問い掛ける。「勉強したことを言うと、多分聞こえてないし、反応も無いと思います」というアオイに、「ばーか、そこは嘘でも聞こえてると言いなさいよ」と返す。彼女の夫は既に自発呼吸もなく、人工呼吸器も強制換気モードのようなので、低酸素脳症で脳幹の機能も失われている、即ち現在でいうところの脳死なのかもしれない。でも、もしかしたら、聴性脳幹反応 (ABR: auditory brainstem response) は残っている可能性もある。そういう意味であったら、真に「分かる」というところまでは行かずとも、きっと子の泣き声は聞こえているのだろう、と思いながら観ていた。

 

第4話「産科危機」:母体死亡/産科危機的出血と地方産院の行く末

いやあきっつう……小児科的には新生児仮死とか合併症児がきついけれど、産科的に1番きついのは産科危機的出血と母体死亡だろう。数話前からマイコの姿を出していたので余計にきっつい演出である*6

 

産科危機的出血はリスクのない母でも一定数起こり(日本産科婦人科学会GL参照)、周産期母体死亡の原因として多くを占めるものである。由比先生は「今日エンボリできるか?」と呟いていたが、子宮に向かう枝(子宮動脈)を出す内腸骨動脈からアプローチし、IVRで止血を試みることもある。しかしながら、妊娠に伴って血算・凝固系は平時より変化しており、なおかつ産科危機的出血により負の連鎖に陥ることも稀ではなく、周産期領域1番の救急疾患と言っても過言ではない。

今回の母体死亡の何がきっついかというと、元気な子が産まれて喜びの絶頂にいたところに、目の前で今さっきまで元気にしていて、ひとつの合併症もなかった妻が死にました、という喜びと悲しみのジェットコースター仕立てだからだ。今でこそ、日本の周産期死亡率は世界トップクラスに低いが、それでもなお「お産は奇跡」と言われるのは、こういうことがあるからである*7

 

真知子の死を受けて、人々は口々に「これから先、お産は総合病院という流れになるのでしょうね」と話す。ドラマでは2018年制作ながら20年前を舞台にしているので、当然ながら制作当時の産科医療の現状を表したものだ。分娩は総合病院への集約が進み、産科開業医はセミオープンという形で、定期妊健を請け負うように様変わりしてきた。2004年の福島県大野病院事件*8もこの動きに拍車を掛けた。実際、筆者の住む県でも、分娩取扱終了が相次ぎ、その度ニュースになっている。

由比先生は若くてやる気もあるので、当直だろうがこなせるようだが、普通に考えて、ひとりで毎日オンコールという状況は神経をすり減らす。仕事に邁進してどこかに旅行に行けるわけでもない。また、関連領域の医師という視点から言うと、今のこの世の中において、産科・小児科それぞれにバックアップの無い環境での出産というのはちょっと怖い。NCPR(新生児蘇生法)のテキストにもあるが、何らかの蘇生処置(皮膚刺激も含む)を要する児は1割にのぼるからだ*9。勿論母体側の合併症リスクだってある。そう考えると、当直に入れる医師も入れ替わりができ、日中にはある程度の人数がいて、なおかつ産科単科ではない総合病院に分娩が集約されていくのもさもありなんと思うのである。

 

第5話「14歳の妊娠」:若年妊娠と、その後

若年妊娠に関しては第2話でも取り上げられていたが、第4話の後で再び取り上げることで、由比が何故開業医に転じたのかを明らかにする。第4話での初期対応を見るに、由比は産婦人科医としては至極勉強熱心で優秀なのだろう。実力としては大学医局に残っても申し分ないのだろうが、きっと大学での仕事は彼の性に合わないに違いない。いつも思うのだが、「能力がある」というのと「やりたい仕事か」というのは、得てしてミスマッチだからだ。

 

このドラマでは初回からアウス*10、即ち人工妊娠中絶のシーンを繰り返し描いている。アオイの毎日の仕事は、アウスで娩出された児をホルマリン固定して*11業者に渡すことだ。今回描かれたケースでも、世間知らずのうぶな中2が騙されて妊娠したのだから、と言って、由比以外の人物は全員が中絶を迫る。でも、KA*12というのは、胎児に愛情を抱いてしまった"母"には酷な選択だ。出産後の大変さを知る大人がみんなで止めても、(我が子可愛さだけで何とかできるという見通しの甘さもあり)、真理のように突き進む子はいるのだろう。そしてそういう選択に、時間を掛けて寄り添いたいというのが、由比が開業した所以なのだと描かれている。

 

この話で秀逸なのは、いいわじゃあやってみなさい、とけしかける真理の母に、小劇場の女王たる長野里美を配したところであろう。けしかけて突き放したように見せつつも影でずっと支える、抑制の効いた演技が本当に上手い。結局彼女は過労が祟ってなのか孫の誕生から程なくして亡くなってしまうが、その死を見て「自分の見通しなんか甘かったんだな」と真理に強く実感させるというのが憎い演出だった。

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まあこれは本当に声を大にして言いたいのだが、月経が来たら女子は妊娠できるし、大人の階段を上ってもいいけれど、しっかりHPVワクチンを打って*13、避妊のすべを覚えてほしい。いやいや1回くらい……と言って流されちゃダメで、実際妊娠した後あわあわとするのは必ず女性の側だ。KAは確実に母の心も身体も蝕むので。

もうひとつ秀逸だなと思ったのは、この話で、由比が開業した経緯だけでなく、実際出産した後の真理のキャリアパスを描いたところだと思う。母・弘子は、出産後落ち着いたところで復学して、勉学に励むことを出産の条件にしていた。数年ぶりに由比のところへ戻ってきた真理は、商社勤めのキャリアウーマンになっていた。若年妊娠の場合、その多くが学業からドロップアウトし、真理のようになれる事例はごくごく少ない。出産を機にキャリア街道から外れてしまう女性も多いので、若年妊娠例ではその状況は更に顕著になる。この社会状況で、仕事も育児も諦めない強い女性を描いたのは安達脚本の素晴らしい部分だと思う。

おしまい

原作もDVDも発売中。第6話以降に関しては第3弾記事にて。

次の記事。

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関連:透明なゆりかご / 沖田×華 / 安達奈緒子 / 清原果耶

*1:何てったって、ちゃんと管理されてたお母さんの早産とか母体搬送だけでもあわあわするんだぜ? 情報が無いなんて況んやでしょう

*2:日本と海外では布団文化vsベッドという違いがあるというのも大きいとされている

*3:何でこんなことを言うかというと、母に説明すると「何が悪かったんですか?」とたずねられることがわりかし多いからだ

*4:ただまあ、現実には、そうやって薬を調整しましょうね、という最中に妊娠が発覚して、内服薬の催奇形性が問題になったりとか、充分にリスクも説明したはずなのに、母の側が何にも理解していない、ということもあったりするのだが……そこは医療者側のアプローチスキルに関して医学教育も必要なのだろう

*5:個人的には気切して呼吸器に繋がれてるところより、目パッチしてる方がひどくリアルでおおお……となってしまった(実際には眼軟膏などで対処する病院も多いが)。

*6:そう言えばサーターアンダギー美味しそうでしたね、口の中もはもはになるけど定期的に食べたくなりますよね>>

*7:まーその割に旦那の方はあんまリスクを理解してないというのが常なのだが(?)。

*8:帝王切開後、胎盤剥離に手間取る間に母体大量出血となり、母体死亡となったが、この際の執刀医が逮捕された事件(後に無罪判決)。

*9:そのうち、適切な人工呼吸で改善せず、高次治療が必要になる児は、蘇生を要した児の1%程度なのでご安心を

*10:ドイツ語のAuskratzungから

*11:どうでもいいんだけど、アオイが毎日素手でホルマリンを入れる作業をしているのでヒヤヒヤしてしまう

*12:人工妊娠中絶、ドイツ語でKünstlicher Abortなので

*13:反対運動するのも自由ですけど、マザーキラーこと子宮頸癌が減らないの、日本だけですからね? 予防できるなら予防した方がよくない???

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