ちいさなねずみが映画を語る

すきなものを好きなだけ、観たものを観ただけ—

このメタメタしさはマーゴ・ロビー版『銀河ヒッチハイク・ガイド』 - 映画『バービー』

マーゴ・ロビーとライアン・ゴスリングが主演*1グレタ・ガーウィグ監督作品の映画『バービー』"Barbie" ('23) を観てきた。今をときめくグレタ・ガーウィグの作品なので、、、と思っていたが、実際にはマーゴ・ロビーがプロデューサーも兼任して率いた作品であり、その出来は実にシニカルでクレバーであった。ハッシュタグ "#Barbenheimer"*2のせいで日本では不名誉な広まり方もしてしまったが、ガーウィグとロビーの作品に罪は無いので、ふたりの才女が生んだこの作品を観に行ってほしい。

www.youtube.com

あらすじ

バービーたちのバービーによる国・バービーランドに住む定番バービー(演:マーゴ・ロビー)は、ガールパワーで成り立つバービーの国で、完璧な毎日を送っていた。ビーチに行けばバービーを愛するケンたち(演:ライアン・ゴスリング、シム・リウほか)がおり、夜な夜なガールズパーティーで盛り上がっている。ところがある日、突然彼女はに思い至り、以来完璧だったはずの毎日は少しずつ崩壊していく。現世でひどく弄ばれた挙げ句へんてこになっていた変てこバービー(演:ケイト・マッキノン)の助言で現実世界に行くと、そこはバービーが思い描いていたのとは全く違う世界だった……

 

 

 

!!! SPOILER ALERT! SPOILER ALERT! SPOILER ALERT! !!!
※この先には物語の核心に迫る記述があります※

 

 

最高にクレバーなプロデューサー、マーゴ・ロビー

自伝的な『レディ・バード』('17)で鮮烈な監督デビューを飾った後、制作作品の全てが注目されているグレタ・ガーウィグ。私生活のパートナーであり、監督として高い評価を受けているノア・バームバックも、今作の脚本に関与している。SAG-AFTRAストライキに伴い、ジャパン・プレミアにガーウィグしか来られなかったこともあって、やはりガーウィグ作品というのが日本では前面に押し出されている気がする。

mice-cinemanami.hatenablog.com

とはいえ、最初の眩しく光るタイトルロールを観ながら、そうかこの作品はガーウィグというより、マーゴ・ロビーありきなのだな、と思って眺めていた。ロビーは夫のトム・アッカーリーと今作のプロデューサーに名を連ねている。そう言えば彼女がオスカー初ノミネートを果たした『アイ,トーニャ』も、『ハーレイ・クインの華麗なる覚醒』も、彼女が製作業も買って出て作った作品であった。今作はガーウィグとロビー、ふたりの才女が作り上げた作品なのである。

mice-cinemanami.hatenablog.com

キャリー・マリガン主演の『プロミシング・ヤング・ウーマン』('20)を製作した辺り*3、ロビーの頭の中にフェミニズムとハリウッドが抱える男尊女卑の闇があるのは間違いない。ロビー自身もオーストラリアからアメリカへ移住してキャリアを切り開いてきた人物なので、白人女性とは言えども、過度なルッキズムや性差別に直面してきたことであろう(そういう筋書は『ハーレイ・クインの華麗なる覚醒』でも見え隠れしていた)。だからこそ、バービーというある意味典型的なガールアイコンを実写化しても、典型的なブロンドガールのフィルム・アイコンには成り下がらなかったのである。とはいえ、メタメタしいこの作品なので、ヘレン・ミレンさまに「マーゴ・ロビーがこんなこと言っても、信頼性ゼロ」とか台詞で言わせちゃうのだが。

mice-cinemanami.hatenablog.com - 関連記事。そう言えばエマ・ストーンもそういう問題には敏感。

 

何故ゴスリングが典型的ブロンド男ケン役を受けたのかとは思っていたが

今作の製作発表当初から、今をときめくグレタ・ガーウィグ、マーゴ・ロビー、そして筆者と世界が愛してやまないライアン・ゴスリングが揃い踏みとあって、公開されたら絶対観に行くぞ、とは思っていた。一方で、ゴスリングと言えばその作品選びは実に社会派であり*4、白人男性の彼が主役のケンを演じようものなら、批判は必至であるのに、、、と首を捻っていたのも事実である。

mice-cinemanami.hatenablog.com - だって死んでてもイケてるんだもん

 

何故こんなことを言うかと言えば、2016年の映画ラ・ラ・ランドにて、ごすりんのその役が「白人の救世主」であると痛烈に批判されたからである。彼の演技自体は全く悪くないし、共演3作目となったエマ・ストーンと共に、夢を追いかけながらもいつしかすれ違うふたりを演じて、映画賞を総なめした。とはいえ、監督のデイミアン・チャゼルが白人のインテリ男だったこと(チャゼルはハーバード大卒だ)、その脚本においてジャズの源流であるはずの黒人たちがほとんど登場せず、代わりに白人男性のごすりん演じる役が熱くジャズを語るという展開が、一部の批評家たちには鼻つまみに映った。簡単なことを言ってしまえば、今までチャゼルの周りには白人以外の知り合いがあまりいなかったということなのだろうとは思うのだが……

mice-cinemanami.hatenablog.com

黄色人種の我々にとって、洋画にアジア系など出てこないのもまあまあ当たり前だったので、洋画をあまり観ない人たちには馴染みないかもしれないが、「白人の救世主」という概念はハリウッドでまあまあ問題になっている。マイノリティ(時には女性のことも)が困っているところに、白人(特に、男性)が颯爽と現れて窮地を救っていく、という筋書は、古臭いクリシェながらハリウッドに好まれてきた。

その延長戦で、映画賞候補者の多様性の無さも問題にはなっている。2016年の第88回アカデミー賞では、主要俳優4部門の受賞者が全員白人であり、「白過ぎるオスカー」と揶揄された。『ラ・ラ・ランド』が賞レースを席巻したのは翌年のことで、ゴスリングの役に批判が集まるのもむべなるかなであった。フランシス・マクドーマンドが "inclusion rider" を語るのは翌年のオスカーの話だし、『クレイジー・リッチ!』"Crazy Rich Asians" がアジア人を驚かせるのは更に次の年の話だ。

 

とはいえ、今回のブロンド・ケン役は、秘めたる攻撃的な男性性という描写も含めて、非常に社会的な役であった。リアル・ワールドに辿り着いた定番バービーは、マテル社の役員室で、ウィル・フェレル演じる社長はじめ役員全員が男性であることに愕然とする*5。しかしながら、バービーは気付いていないものの、スクリーンのこちら側のわたしたちには、この姿はバービーランドの裏返しであるということがよく分かる(逆に言えばバービーランドが現実の裏返しなのだが)*6。ケンは男性性の象徴のように描かれておりながら、実際には女尊男卑の世界の歪みと、差別される側の鬱屈とした感情を表すキャラクターになっているのだ。それでいて、過去ブロンド女に付けられていた「おバカな尻軽女」というイメージを、男女逆転で描いてみせる。これはもうごすりんの好みである

因みにごすりんのおうちではケン人形が娘たちに打ち捨てられているらしい。映画と一緒かよ。

front-row.jp

40過ぎたんだからほんと何してるんだ(褒めてる)

まあ推しが元気でいてくれるのはよいことなのだが、今作のごすりんは全体に「もう40代なんだぞ!!!いい加減にしろ!!!」というくらい振り切れていてよかった。まずもうあのパンプアップした身体は何なんだ。むきむきだし、やたら上裸になりたがるし、2011年の『ラブ・アゲイン』"Crazy, Stupid, Love." の時点でも「もう、すぐ脱ぎたがるなこの男は」みたいな扱いをされていたのに、留まるところを知らないようだ。さながら三谷作品の山本耕史みたいなポジションだ。

www.vogue.co.jp

 

まあ、元からごすりんが役作りに入れ込むタイプだというのは大変有名で、『ラブリーボーン』の撮影前に必死に増量した時はハーゲンダッツを溶かして飲んでいたというし(そのくせ製作上の差異で結局降板している)、『ブルーバレンタイン』の時には相手役のミシェル・ウィリアムズ、子役のフェイス・ウラディカと共同生活をした(おまけにシアンフランス監督の指示で最後に全てをぶっ壊した)。アポロ11号の船長ニール・アームストロングを演じた時には、アームストロングの遺族と長話をしてキャラクターを作り上げた(『ファースト・マン』)。なんか鈴木亮平みたいなこといっつもしてるなという印象があるがその通りなのでしょうがない。

theriver.jp

mice-cinemanami.hatenablog.com

 

www.youtube.com - これだよこれ……!筆者が一番感動したのは、シム・リウ演じるケンと、ケン同士バトルをする中で、ごすりんが踊りながら高らかに歌い上げる "Just Ken" である。そうだよ、ごすりんはこれくらいできるんだよ?!?!?みんな観た?!?!?!?みたいな気持ちを抱えつつ、心の中で盛大に拍手していた。

実は『ラ・ラ・ランド』でエマ・ストーンの演技が大絶賛された影で、ごすりんにもゴールデングローブ賞がもたらされた一方、演出のあら探しをするような批判は沢山出ていた。その中で特に言われたのが、ストーンとのデュエットだった "City of Stars" での歌、加えて作中のデュエットダンスがストーンよりも気後れしているというものである。このシーンに関してごすりんを擁護すると、まずもって "City of Stars" はストーンのキーに合わせたがゆえにゴスリングにはやや辛いキーで歌っている。また彼は先行して3ヶ月のピアノレッスンを受け、作中のピアノ曲を全て自分で弾いた上で、更にストーンと同じボイスレッスン・ダンスレッスンを受けていたのだった。それを考えれば彼の役者魂は賞賛されるべきものである。

全体的にメタメタしいこの作品の中で、ゴスリングの批判された過去作にも遠慮無く目が向けられていく。その中で彼は、俺だってこのくらいはできるんだぞと "Just Ken" を高らかに歌って踊るのだった。バービーランドで抑圧されたケンの物悲しさが余計に響く演出である。

www.youtube.com

www.youtube.com

 

このメタメタしさはマーゴ・ロビー版『銀河ヒッチハイク・ガイド

堂々とした冒頭シーンも明らかに『2001年宇宙の旅』のオマージュであるし、ゴスリングに関する章でも書いた通り、この作品にはいくつものメタネタが詰め込まれている。筆者が公開初日に観たこともあり、劇場には多くのアメリカ人が来ていたのだが、彼らもゲラゲラと笑いながら観ていた。やはりこの作品は分かる人には分かる、絶妙なラインのコメディを突いている。そんな物語を彩るナレーターに、天下のヘレン・ミレンさまを配するのは本当にずるい。

"The answer to the ultimate question of life, the universe, and everything, is......"

——※Google検索に入れてみてください

www.youtube.com

www.youtube.com - どうでもいいけどBBCテレビドラマ版のふたりはペイリンとアイドルなんだね!

 

デイム・ヘレンのナレーションが時折挟まる中、『バービー』はマーゴ・ロビー版『銀河ヒッチハイク・ガイド』だったということを痛感させられた。主人公は突然平穏な生活を崩され、自分の生活を守るために行きたくもない旅に出させられる。行く先々で起こるのは途方もない理不尽、旅は結局社会にとんでもない皮肉をまいて終わる。その物語を彩るのはディープ・ソート、そう、ヘレン・ミレンさまだ。もしかしたら世界の笑いが一周回ってブリティッシュ・コメディに追い着いたということなのかもしれない(そうではない)。

 

何より、子どもたちに夢だけ見せてきたはずのバービーへ、現実に直面させるという筋書がまずもってずるい。アイドルはうんこをしないのと同様、バービーは完璧なボディとボーイフレンドを手に入れていて、毎日の生活は実に完璧である。彼女は女の子たちの理想だから(実際にはフェレル演じる男性役員共の理想的女性像なのだが)、月経に苦しんで婦人科になんか行かないし(だから「おまたがつるぺた」なのだ)、妊娠出産といったキャリアの中断に直面せず、毎日パーティしては理想の職業に就いて大活躍している。ヘレン・ミレンの淡々としたナレーションは、マテル社が妊婦人形を一瞬で廃盤にしたこともばっさりと斬り捨てていく。こういうシニカルな笑いは寧ろモンティ・パイソンらしいところすらある。

 

ラストシーン、リアル・ワールドへ旅立った定番バービーが、採用面接かという重要さで婦人科に行くのがとてもよかった*7。現実世界とケンダムで途轍もない試練に立ち向かった後で、まず自分自身を大事にすべきと思ったというのがガーウィグとロビーのメッセージらしい。そして、シニカルな笑いの最後に明るい笑いをぽんと持って来られるのは、やはりロビーの魅力がなせる技なのであろう。

 

おしまい

大分まとまりがなくなって、ごすりん賛辞が分量の半分くらいを占めてしまったが、総じて思ったのはガーウィグとロビー、ふたりの才女が作り上げた良作であるということだった。女性であることをクレバーに書きながら、おバカムービーに見せかけてシニカルな笑いを盛り込んでいくというのは、このふたりだからこそ成せた技なのだろうと思う。ガーウィグが優れた書き手であることもさることながら、これからもプロデューサー・マーゴ・ロビーの手腕からは目が離せないと思う。

 

公式サントラ発売中です。"Just Ken" も入ってます。

 

関連:バービー / グレタ・ガーウィグ / マーゴ・ロビー (マーゴット・ロビー) / ライアン・ゴスリング (ライアン・ゴズリング) / アメリカ・フェレーラ / シム・リウ / ウィル・フェレル

*1:どちらもマーゴット・ロビーライアン・ゴズリング表記の方が日本語では人口に膾炙しているが、いちファンとしてはちゃんと書きたい

*2:北米でノーラン作品の『オッペンハイマー』と本作が同日公開になったために生まれたハッシュタグ。一部のファンアートで「原爆の父」オッペンハイマー(演:キリアン・マーフィー)とロビー演じるマーゴ・ロビーをコラージュし、後ろにキノコ雲をあしらったデザインが爆発的に広まったことから、海を越えた日本で大問題になった。そもそも同日公開になったのは、ワーナーを見限って移籍したノーランへの当てつけという説もある。ユニバーサルはそれよりも日本で早く『オッペンハイマー』を公開しろ。

*3:マリガン演じる元医学生が、医学部ドロップアウトの原因となった親友のレイプ事件を胸に、夜な夜なクソ男たちを断罪するストーリー

*4:変なこと言わないからみんなで過去作漁ってほしい、エマ・ストーン嬢との三部作だけでもいいから

*5:ここで社長役がフェレルというのがとてもおかしい、何故なら彼のよくやるジョージ・W・ブッシュの物真似がちらつくからだ☞

www.afpbb.com

realsound.jp

*6:個人的にはかかとが地について大絶叫しているバービーで笑ってしまった。ハイヒールは女性の脚を痛めるだけだから無理に履かなくてもいいじゃないかというのが現在の潮流だからだ

*7:女性の婦人科受診ハードルの高さはまあ有名なところで、がん健診のために行くのすらすわセックス絡みかと考えられる(のでは)と言われるのは残念なところ。辛すぎる月経を放置しておくのは将来的な不妊の原因になりかねないし、婦人科癌早期発見のためにも、定期的な健診に行くべきなのは声を大にして言いたいところだ

Live Moon ブログパーツ