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新たな父親の登場と別離を何度も繰り返すマシュー・ヴォーン - 映画『キングスマン』小ネタ

延び延びになっていた『キングスマン』シリーズ最新作キングスマン:ファースト・エージェント』"King's Man" の公開日が遂に来月に迫ってきた。マシュー・ヴォーンが『キック・アス』でもタッグを組んだマーク・ミラーの同名コミックを元に創り出したシリーズだが、はっきり言ってヴォーンオリジナルのフランチャイズ作品になってきている気がする。それもそのはず、マシュヴォンはひたすらに「新たな父親の登場」という彼にとっての至上命題を繰り返し続けているのだから……

www.youtube.com - 何とか9月公開で確定のようです

 

 

まず『キングスマン』第1作を振り返ろう

2014年に公開された『キングスマン』"Kingsman: The Secret Service" は、こんな話だった。

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プー太郎生活でチンピラ紛いの毎日を送る主人公のエグジー(演:タロン・エジャトン)は、父を早くに亡くして、あまり反りの合わないやくざ者の養父と実母、最近生まれたばかりの妹と暮らしている。ひょんなことから逮捕の憂き目に遭ったエグジーは、実父の形見に「困った時にはここに連絡せよ」とあったのを思いだし、連絡を取る。すると突然、ハリー・ハートと名乗る紳士(演:コリン・ファース)が彼の前に現れ、エグジーの前に山積していた問題を片付けた上で、彼を諜報機関キングスマン」のエージェントとしてリクルートするのだった……

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RADAを卒業したばかりだったタロン・エジャトンはこの作品で一躍シンデレラボーイになったし、運動神経が無くてちょっとどんくさいイメージだったコリン・ファースが、派手なアクションシーンを見事にこなしたのも見どころのひとつという作品である。なお、当のファースは「アクションシーンは振り付けられているからイケる」とかいう謎発言を残しているのだが……

 

ここでは物語前半3分の1のあらすじをまとめてみたが、実はこの筋書きは、マシュー・ヴォーンの生い立ちと深く関係したものなのである。

 

映画人としてのマシュヴォン

マシュー・ヴォーンはもうそろそろ50の足音が聞こえてこようというイングランドの映画製作者である。監督も脚本も製作も器用にこなす人物で、かつては親友ガイ・リッチーの初監督作品を製作として支え、成功に導いた策士だった。リッチーの代役として監督作品を手掛けたこともあり、初期のキャリアはふたりの世界線が重なり合っては離れ、というような状況だ。その後、オリジナル作品として『キック・アス』シリーズを送り込んで大成功させ、高興収監督の名を揺るぎないものにする。ヒロインとして登場したクロエ・グレース・モレッツが一躍スターダムに登り詰めたのも有名な話。そして満を持して送り込んできたのが、『キングスマン』シリーズだったというわけだ。

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因みにガイ・リッチーとマシュヴォンの共作関係はとうの昔に解消されてしまっているが、リッチーに目を向ければこれまたアクション全開のスパイ映画を撮っていて、袂を分かったはずのふたりが同じような映画を製作しているというのは面白い話である。

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生い立ちを振り返ってみると

ところでそんなマシュヴォン、なかなかに複雑な人生を送ってきている。マシュー・ヴォーンという名前は、本名だったが、本名ではないのである。

 

ヴォーンは幼い頃、母親から自分の実父はヴォーンという名のアメリカ人俳優だと聞かされて育ち、実際にヴォーン姓を名乗って生活していた。実父とされていたロバート・ヴォーンは、マシュヴォンの養育費をきっちりと支払っていたらしいということが分かっている(もっともそれ以外の接触は無かったようだが)。因みにロバート・ヴォーンは、先述したUNCLEの元ネタ作品で、主人公のナポレオン・ソロ*1を演じていた人物だ。

しかしながら、ヴォーンが2002年の結婚前後*2に行った調査で、実はロバート・ヴォーンとは全く血の繋がりが無かったことが判明する。実際の父親は英国貴族の流れであって、デ・ヴィア・ドラモンド家の出身だった。ヴォーンはこの調査結果判明以来、デ・ヴィア・ドラモンド姓を本名として名乗っている。

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ちなみにヴォーンの所有する映画製作会社 "MARV" は、彼の出生名(ヴォーン姓の方)のイニシャルを並べた名前である。会社のロゴは石原式色覚異常検査表を模したものになっているが、これはヴォーン自身が色覚異常であるのと大きく関係している。

 

その上で『キングスマン』の筋書きを見ると

 

 

!!! SPOILER ALERT! SPOILER ALERT! SPOILER ALERT! !!!
※この先には『キングスマン』前2作、『キック・アス』のネタバレがあります※

 

 

 

 

キングスマン』第1作では、父を亡くした主人公エグジーの前に、ハリー・ハートという紳士が現れ、彼を諜報組織「キングスマン」の一員として育てていく様が描かれる。ハリーはエグジーの新しい人生の「父」として、彼を教え導いていくのである。ところがハリーは物語の中盤で突如姿を消してしまう。エグジーの教育も道半ばという状態で、突然彼は姿を消してしまうのだ。

 

この枠組みは、シリーズ第2作の『キングスマン:ゴールデン・サークル』"Kingsman: The Golden Circle"('18)でも踏襲されている。詳しいことを言うと大ネタバレになってしまうので口を慎むが、エグジーは早々に後ろ盾を失い、物語の最終盤では、第2作を通じて精神的拠り所だった人物と別れる羽目になって涙を流す。

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父や後ろ盾となっていたものが突然現れては消え、という筋書きは、『キック・アス』も含め、マシュヴォンの中でひとつ重要なモチーフとなっているようだ。主人公にとって大きな拠り所が出来れば、彼はそれを壊さずにはいられない。『キック・アス』では父親がふたりも死んで、気付けば子どもたちばかりが残される。

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また、一般人だと思っていた人物が、突然貴族や紳士の中に放り込まれて……という筋書きもマシュヴォンのお気に入りである。『キングスマン』のエグジーは、中流階級どころか半分荒れた団地育ちの今どき男子だが、突然紳士の集団「キングスマン」に放り込まれ、訓練を受けることになる。ハリーの言う「マナーが人を作る」という言葉は、人は生まれではなく育ちでこそ決まるのだ、という心意気を表したことばだった。

"Manners Maketh Man."——ハリー・ハート

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思えばマシュヴォンは、元々アメリカ人の父を持つと言われていたのに、突然貴族身分であることが分かって当惑した人間である。父親だと思っていた人は赤の他人で、突然真実の父親が現れた。だからこそマシュヴォン作品の父親は酷く脆い存在だ。主人公の前に突然現れるが、後ろ盾になってくれるかと思ったのも束の間、手を突くとその土台はあっさり崩壊してしまう。

しかしながら映画製作者マシュー・ヴォーンという存在は、これまでの彼自身の人生の積み重ねが作った確固たる存在である。アイデンティティ・クライシスを乗り越えてきた個人としての人格、そして職業人として積み上げたもの。そのふたつの間で揺れ動いているために、こういう映画をよく撮るだろうと思う。

 

新作『キングスマン:ファースト・エージェント』において、父親に相当する存在はレイフ・ファインズ演じるオックスフォード公、そしてその後ろにはハリス・ディキンソン演じる息子コンラッドが控えている。さてこのふたりの関係はどうなるのか? やはり父親という存在は失われてしまうのだろうか? 正解は9月に公開される本編にてお確かめいただきたい。

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おしまい

ということで今日はマシュヴォンの生い立ちから『キングスマン』シリーズを辿ってみた。前2作は既に好評発売中。コリン・ファースが「闇のファッショニスタ」(TogetterTwitterモーメント)から見事に脱却し、スタイリッシュなだけじゃなくてアクションも決められるイケオジになって帰ってきたところを是非ご覧あれ。ところで、筆者はこないだサラ・ブライトマンが60歳になったことに衝撃を受けていたのだが、そう言えば同い年のおヒュー(ヒュー・グラント)もコリン・ファースも、今年60歳じゃないか……*3

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関連:マシュー・ヴォーン / キングスマン

*1:ガイ・リッチーのリブート作ではヘンリー・カヴィルが演じていた方

*2:ちなみにこの時結婚した奥さんがヨーロッパのスーパーモデル、クラウディア・シファーなのだが、『ラブ・アクチュアリー』の中で「クラウディア・シファーが目の前に出て来たら恋愛だって考えるさ」という台詞を見ると、「シファーの旦那ってマシュヴォンなんだよなあ……」というよく分からない気持ちになる。

mice-cinemanami.hatenablog.com

*3:ちなみにおヒューとコリン・ファースの誕生日は、生まれ年まで全く同じで、本当に1日違いである

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