ちいさなねずみが映画を語る

すきなものを好きなだけ、観たものを観ただけ—

ひとりでいるのも、ふたりでいるのも苦しい - 映画『ロブスター』

奇才ヨルゴス・ランティモスが2015年に発表した映画『ロブスター』"The Lobster" を観た。昨年初めに『女王陛下のお気に入り』が公開された時から気になってはいたのだが、その頃録画してそのまま放置してしまっていた。……ううむ、ランティモス作品、好きかもしれないな。

ロブスター(字幕版)

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  • 発売日: 2016/09/15
  • メディア: Prime Video
 

—— 今週のお題「最近見た映画」

 

 

あらすじ

パートナーがいないと強制的に「ホテル」へ送られ、期限内にカップル成立しなければ、好みの動物に変えられてしまう世界。主人公デイヴィッド*1(演:コリン・ファレル)は妻に捨てられ、犬の「兄」を連れて「ホテル」住まいを始めることになる*2。上手い伴侶を見つけられず、犬も殺されて絶望した彼は森へ逃げ込んで独身者パーティの一員に。恋愛御法度のグループで上手く行くかと思いきや、彼は近視の女(演:レイチェル・ヴァイス)と出会ってしまうのだった……

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※この先には物語のネタバレとなる記述があります※

 

 

ひとりでいるのも、ふたりでいるのも苦しい

この作品は大きく二部構成になっている。まずは妻に捨てられた主人公がホテルにやってきて脱走するまで。もうひとつは独身者パーティに加わってから近視の女と脱走するまでだ。ふたつの物語は意図的に対になっている。短時間のうちに様々なことが起こるので、2時間弱の話ながら尺よりもやや長く感じるほどだ(ただし飽きさせる物語というわけではない)。

 

この物語に、終始気が狂うような音楽が付けられているのがとてもよい。"The Favourite" のサウンドトラックもなかなか気が狂いそうなラインナップだったが、今作はそれ以上だ。弦楽器のユニゾンと一斉休止が聞こえると心が一気にざわめき出す。ランティモスチームは弦楽器の響きが好きなのか、クラシック音楽もふんだんに使われている。欲しいけれど、気が狂わないか自分で心配してしまうようなアルバムだ。

The Lobster (Original Motion Picture Soundtrack)

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  • 発売日: 2016/05/20
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ホテルにて - ふたりへの道は遠い

コリン・ファレルは本来大分パンプアップしたムキムキボディなのに、妻に捨てられ下っ腹の出ただらしのない男を演じているのがよい。ここで出会うのは、足が悪い男ジョン(演:ベン・ウィショー)、滑舌の悪い男ロバート(演:ジョン・C・ライリー)だ。ライリーは元々性格俳優的なところがあるけれど、また不細工な男役を好んで演じていてそれだけで笑ってしまう。役名を見たらこのふたりは "limping" と "lisping" で対になっているのか。

一方の女性陣もなかなか曲者ばかりだ。主人公に気があってビスケットばかり食べている女性(演:アシュリー・ジェンセン)。ハンターとしての腕がピカイチで滞在日数をただただ伸ばしている情がない女性(演:アンゲリキ・パプリア)。やたら鼻血を出す女性と、親友同士でやってきたふたり組(演:ジェシカ・バーデン / エマ・オシー)。男も女も、カップルになるためなら手段を選ばないし、親友を見捨てたって心は痛まない。不思議なものだ。

 

ホテルには不思議な戒律がある。私物はほとんど持ち込めず、私服は取り上げられてお仕着せを着せられる。男も女も同じ洋服を着てホテルに押し込められている姿は、どこか『わたしを離さないで』で描かれた学園生活を思わせる展開だ。自分好みの服を着させないというのはある意味束縛や支配の象徴だ。途中足の悪い男が鼻血を出す女の水着を褒めるシーンがあるが、あの水着すらホテルから支給されたものなのである。

わたしを離さないで (字幕版)

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  • 発売日: 2013/11/26
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そしてこのホテルの支配人として君臨するのがオリヴィア・コールマン演じるマネジャーとその夫だ。ふたりは仲睦まじくデュエットをしてホテルの宿泊者たちをもてなすが、その歌声はイマイチ合っていない*3。物語の後半では絆なんて大したものじゃないことが露呈してしまう。コールマンはランティモスの次々作『女王陛下のお気に入り』にも出演していて、英国王室を束ねるアン女王役を演じているのだが、ふたつの作品で別々の君主の顔を見せているのも面白い。

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そう言えばどうでもいいのだが、男たちが生け垣の前で射撃訓練をしているシーンだが、どう見てもカット割りが『女王陛下のお気に入り』の1シーンにそっくりでにやりとしてしまった(サラがゲイルを呼びつけて鳩撃ちをするシーン)。

 

ホテルにて - 波乱の幕開け

主人公の残り日数は無為に過ぎてゆき、焦った彼は情のない女を伴侶にすることを選ぶ。策を講じてカップルになるが、セックスは事務的なそれだし、主人公の股間に尻をこすりつける女の姿は、シングルルームでメイドが男に施す性欲処理の通りでしかない。女は突然主人公の犬を蹴り殺し、ふたりは破局を迎えることになる。

 

犬殺しの後、廊下を左右対称に映す構図は明らかに『シャイニング』のそれだ*4。鼻血がちな親友とやってきた彼女が最後の日に選んだのも『スタンド・バイ・ミー』であり、このシーンではスティーヴン・キングへの言及が続いている。

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森の中へ

何とか逃げ出した主人公はレア・セドゥ率いる独身者パーティに匿われる。ホテルと違って永遠にひとりでいてよい一方で、カップルになることは罪と見なされ、性的行為に及べば使った身体の部分が切り取られる。冒頭からナレーターを務めてきた「近視の女」ことレイチェル・ヴァイスがここに来てやっと登場し、段々と主人公との距離を縮めていく。

 

レア・セドゥは元から厭世観のある表情が上手い役者だ。代表作のひとつ『アデル、ブルーは熱い色』"La vie d'Adele" ('13) のポスターで見せた顔、そして『たかが世界の終わり』"Juste la fin du monde" ('16) での不機嫌そうな妹の演技。今作では独身者パーティの冷酷なリーダーとしてその魅力を存分に活かしている。

アデル、ブルーは熱い色(字幕版)

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  • 発売日: 2014/11/26
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たかが世界の終わり [Blu-ray]

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ホテルではマスターベーションとシングルが罪だった。独身者パーティではどちらも許されるが、代わりにカップルとその間の性的行為が全て罪となる。ホテルではコールマン演じる女主人がにこやかな顔でトースターに違反者の手を突っ込み、森ではセドゥ演じるリーダーが冷徹に処罰の指示を出す。ふたつは対になっているものの、どちらもおぞましいことに変わりはないのだ。

www.youtube.com - 近視の女の辿る運命もただただ残酷だが、これは彼らがハンドサインで会話していたため……

 

近視の女はウサギが大好物で、主人公はウサギを捕まえては彼女へ貢ぐようになる。しかしながら、彼らが言葉を交わす時、後ろの岸辺で金色のたてがみが美しい栗毛の馬が歩く姿が映る。この馬は鼻血がちな親友とやってきた女性の現在の姿であって、そう考えると主人公がせっせと捕まえているのも、カップルになれずウサギに変えられてしまった元・人間なのかもしれない。(因みにこのシーンを観るまで、主人公の連れていた犬が本当に兄なのか疑っていたのだが、本当なのかもなと思うようになった)

そう言えば『女王陛下のお気に入り』でもウサギは重要なプロップとして使われていたのだった。ヴァイスはこの作品でも主演3人のひとりであって、そんな彼女が演じる近視の女がウサギを渇望しているのは少し面白い。

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ホテルでは伴侶を見つけられず、保身のために無理矢理カップルになった主人公だが、逆に恋愛御法度のはずの森で波長の合う相手を見つけてしまう。ひとりでも構わないようにと思って逃げ出したのになんたる皮肉か。ふたりの運命を暗示するように、独身者パーティリーダーの両親が弾いて聞かせるのは『禁じられた遊び』の有名なテーマ曲だ。ひとりでいるのも、ふたりでいるのも苦しい。

禁じられた遊び(字幕版)

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物語の結末はあなたの心に

この作品で、主要人物の生死は意図的に明かされていない。張られていた伏線から飛び付いてしまいがちな結論はあるけれど、それはどれも正しくない。何故なら作品内でわざと有耶無耶にされているのだから。主人公はホテルと独身者パーティの両方から逃げ出したが、近視の女とそのまま添い遂げるのかどうかは明らかにならない(ラストシーンはトイレで逡巡する主人公の姿だ)。主人公と近視の女だけでなく、独身者パーティのリーダー、ホテルのマネジャー夫妻、足の悪い男と鼻血がちな女の顛末、そして滑舌の悪い男とビスケット女の顛末に至るまで、どれもしっかりとは明かされていないのである。全員がどんな結末を迎えたか、それはあなたの心の中にある。観たものの心の中に結末を委ねるというのも、また一興なのではないかと思う。

 

『ロブスター』はAmazonプライムはじめ各所で配信中。ランティモス作品で言うと、ファレルが次作の『聖なる鹿殺し キリング・オブ・ア・セイクリッド・ディア』('17)、コールマンとヴァイスが次々作『女王陛下のお気に入り』('18)に出演している。また情のない女を演じたアンゲリキ・パプリアも、『籠の中の乙女』('09)、日本未公開の作品 "Alps"('11)に出演している(後者にはメイド役のアリアーヌ・ラベドも出演している)。筆者は『聖なる鹿殺し』辺りでも探し出して観てみようかなと思う。

ロブスター(字幕版)

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  • 発売日: 2016/09/15
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関連:ヨルゴス・ランティモス / ロブスター / コリン・ファレル / レイチェル・ヴァイス(レイチェル・ワイズ) / レア・セドゥ / アリアーヌ・ラベド / ジョン・C・ライリー / ベン・ウィショー / ジェシカ・バーデン / エマ・オシー / オリヴィア・コールマン / アシュリー・ジェンセン / アンゲリキ・パプリア / マイケル・スマイリー / ロジャー・アシュトン=グリフィス

*1:ここではそう書いたが、この作品世界では意図的に固有名詞が避けられており、以下表記は「主人公」に統一する

*2:この時主人公はロブスターへの変身を希望するが、これがこの作品のタイトルである

*3:これは演出なのかコールマンの地なのかよく分からないが……と言おうとしたのだが、BBCのチャリティ番組で出したカバー曲の音源が出て来て、やはりあれは演出だったのだろうなと思う(コールマンが歌っているのは1曲目の "Glory Box"。オリジナルはポーティスヘッドだ)☞

BBC Children in Need: Got It Covered

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  • 発売日: 2019/11/01
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——関係無いけど、このアルバムに入っているヘレナ様の "Both Sides Now" 凄くよいな……

 

*4:凄くどうでもいいけれど、『女王陛下のお気に入り』のエンドタイトルが均等配置されていてめちゃめちゃ読みにくかったことを思いだしてしまった(すきなのだが)。

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