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専門分野のせいで、違うところが苦しい - ドラマ版『透明なゆりかご』一気観レビュー①

2018年のNHKドラマ『透明なゆりかご』沖田×華原作、安達奈緒子脚本、清原果耶主演)を一気観した。1990年代末の地方産院を舞台に、沖田本人をモデルとする准看護師のたまごが奮闘する話である。丁度沖田×安達作品として『お別れホスピタル』が放映されていたので、その絡みで観た人も多いかもしれない*1。この作品は清原果耶の初主演作で、彼女を見出したことは本当に素晴らしいのだが、何というか脚本と演出の解像度が物凄く高くて、違うところでとても苦しかった。色んな意味でとてもよく勉強している作品だと思う。ネタバレ記事です。

 

 

あらすじというか背景というか

作中清原果耶演じる主人公の名前は「青田アオイ」に変更されているが、原作で彼女に相当するのは沖田×華自身で、作中でも沖田の名前で描かれている*2。時代背景は1997年夏からの数年間に設定されているが、これは沖田が実際に准看護師の資格を取るべく高校に通っていた時期と重なっている。原作そのものも沖田の実体験を基にしている。

 

一方今作は清原果耶にとって初主演作品であり、なおかつ脚本の安達奈緒子は『おかえりモネ』でもタッグを組む仲間である。脇を固める由比院長こと瀬戸康史NHKが『グレーテルのかまど』で丁寧に育ててきた人物だし、その他の登場人物たちの人選も、NHKが至極丁寧に選んだ印象がある。清原果耶を若手主演女優の座にすっと送りつつ、俳優陣、演出・脚本という両面で、脇もしっかり固めている。

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安達脚本は震災10年で『おかえりモネ』を扱った時にも感じたが、大変精緻で思慮深く、勉強熱心という印象だ。地方産院を舞台にしながら、実のところこの作品は沖田が抱える発達障害を描いている。原作での沖田の描き口は当事者らしく実にぱたぱたしているが、安達脚本はその外に眼を置き、静謐に描いていくというのが、『おかえりモネ』との共通点だなあと思わされるのである*3

 

専門分野のせいで、違うところが苦しい

隠れた主題、主人公の発達障害

筆者の専門は他の記事でも見え隠れしていると思うが丁度由比先生のお隣といったところで、だからこそ周産期領域も発達領域も関わる分野であり、物語の前半は本当に苦しかった。何より安達脚本の解像度がいやに高く、そのせいで主人公、もとい沖田×華自身のASD/ADHDな一面をまざまざと見せつけてくるのが個人的にしんどい。発達特性だと分かっているからこそ怒れない

物語の中盤で確定診断のシーンがあり、アオイは「注意欠陥多動性障害」、すなわちADHDだと言われているが、どう見ても彼女の特性はASD自閉スペクトラム症)/ADHD両者を併せ持ったものである。これを一発で分かるように演じる清原果耶が本当に凄い。脚本と演出が本当に凄い。

1.過集中

例えばアオイには過集中するきらいがある。バイト初日、彼女はセミの声の在処を探してぼーっとしており、職場の前まで来ているのに遅刻してしまう。図書館でセミの本を読んでいて、やるべき勉強を忘れていたシーンもあった。小学生の時には、友だちと遊ぶのに夢中になって、チャイムの音が全く聞こえなかった。友だちと遊ぶ方が楽しくなって約束を忘れるのはADHDっぽいが、図鑑に夢中になってやるべきことを忘れるのはASDっぽい印象がある。

 

途中、焦がしてしまったやかんの底を、床いっぱいに洗剤やらたわしを広げ、床がびしゃびしゃになるのも構わず磨いているシーンがある。薄々感じていたけれど、やっぱりこの辺も主題なのだな、とまざまざ感じさせられたシーンだ。

2. 対人関係のぎこちなさ

脚本でも「わたしは他人の気持ちが分からないんです」と繰り返しアオイに言わせているが、不適切な馴れ馴れしさ(パーソナルスペースの取り方がおかしい)、他人の気持ちを読み取れないさま、自分の「気持ち」や思い込みが正解だと思い込んで騒ぎ立てるさま*4、というのは、全て対人関係、更に言えばコミュニケーション能力の歪みによるものだろう。ASDにしろ、ADHDにしろ、コミュニケーション能力には若干の歪みがあることが知られているので、やっぱり両方の特性だと思う。

清原の演技は至極正確で、だからこそウワ……と思わされる。しんどい。めっちゃしんどい。これはほんと医療系あるあるだと思うのだが、道端で明らかに病気っぽい人に会った時に、普通のひとなら「なんやねんこのきっしょいやつ」みたく思うところ、我々は「あ、病気の人だ……しんど……(←本人ではなく病気が悪いので、怒りのやり場がない)」と思わされる。あのしんどさだ。

 

ところがこのしんどさ、緊急事態の時にやられると本当にうざい。緊急時、様々な事態に対処するため、自分のCPUがオーバーワークになりかけている時に、思い込みとか場にそぐわない態度(いわゆる「空気が読めない」というやつ)でちょこまかされるとめちゃめちゃむかつく。専門家だから、発達特性だし怒ってもしょうがないのが分かってる、だからこそしんどい。でも緊急事態だからちょこまかされても困る。

作中、新生児蘇生とか低血糖補正という周産期の準救急の場で、アオイのこういう特性が炸裂するシーンがある*5。この作品で偉いのは、榊婦長(演:原田美枝子)をはじめとした周囲の人物が、そういうアオイを頭ごなしに叱らず、正しい行動ができるようにすっと導くところだ。よくできた医院である。専門分野としてかじっていてもなかなかできないというのに。

 

3. 治療に乗ったのはフィクションなのだろう

作中ちらっとしか出てこなかったが、実はアオイには感覚過敏(聴覚過敏)がある。小学生時分の回想シーンで、声を荒げる母に思わず耳を覆っているシーンで明らかだ*6。母の怒鳴り声の内容も学習障害を思わせるもので、やっぱりアオイの発達特性はADHDだけではない(ASDとLD: 学習障害も混ざっている)*7

 

シーズンの後半、アオイの通院シーンが出て来て、今の落ち着いた、どこか感情が抜けたようなアオイの姿は、内服薬管理の賜物であることが分かる。厄介な衝動性が収まるのはよいことだが、小学生時分の活き活きした姿から見ると、何とも静かすぎるという印象だろう。この描写に、SEKAI NO OWARIの『銀河街の悪夢』を思い出した(あの曲の歌詞は、Fukaseが以前内服していた向精神薬の話だからだ)。

精神を安定させるアイツの魔術は / 苦しみだけじゃなく楽しみも消してく

憂鬱を抑えてくれるアノ子の呪いは / 絶望だけじゃなく希望も無くしていく

——SEKAI NO OWARI『銀河街の悪夢』(2014年)

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原作者である沖田のインタビューを読んでいると、発達障害の診断は受けながらも、就職するまで自覚はほとんどなかったというので、治療に乗ったというシーン自体フィクションなのだろう。ルポ漫画『蜃気楼家族』で赤裸々に描きすぎて実の家族とトラブルになったという話も含めて*8、彼女の発達特性はまだ色濃く残っている印象がある。アオイのように、診断を経て家族があたたかく見守ってくれるようになった、というのも、沖田の周りにはなかった風景なのだろう。

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おしまい

本当はこの後各話レビューを書くつもりだったのだが、大分紙幅が増えたので3記事に分けることにする。原作もDVDも発売中だ。

ついでにこっちも読むと大分勉強になります。

次の記事。

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関連:透明なゆりかご / 沖田×華 / 安達奈緒子 / 清原果耶

*1:ちなみに筆者は無精なので『おかえりモネ』放送前に録画していたものを今更観た

*2:沖田は別作品でリアルのまま描きすぎて親族とトラブルになったくらいなので、恐らく創作として他人を創り出すことが苦手なのだろう

*3:『おかえりモネ』では震災時に気仙沼にいたいないで家族が少しぎくしゃくしてしまうさまが描かれていたが、その様子が、アオイの感じる疎外感や「自分は分かっていない」という感覚によく似ているなあとおもうのである>>

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*4:よくよく確認もしないで「この子は由比先生のこどもです!」とは普通ならない。いやそうかな?と変に邪推してても本人には言わない。この辺はADHDの衝動性が絡んでいるのだろうか。

*5:ちなみにだが、場にそぐわないレスポンスは、アオイみたいな下っ端だけでなく、オーベンレベルでされても普通にみんな戸惑う。オーベンレベルだと、偉くて自覚がないから余計に質が悪い……

*6:単に聞きたくなくて耳を覆っているのではなく、感覚過敏なのだろうと思わせる演出が上手い

*7:ちなみにICD-10でも示されているように、これら3疾患はスペクトラムなので、多かれ少なかれ混じり合うことが知られている

*8:ちなみに女性のADHDで最後に残るのは不注意と言われているので、その辺もさもありなんと思う

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