ちいさなねずみが映画を語る

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はしご映画してきました - 映画『スーパーノヴァ』『17歳の瞳に映る世界』

4連休、上手いこと上映スケジュールの時間が合ったので、はしご映画してきた。1作目はコリン・ファーススタンリー・トゥッチが大絶賛されていた『スーパーノヴァ』。もう1作はベルリン国際映画祭銀熊賞に輝いた『17歳の瞳に映る世界』*1。どちらも前々から気になっていた作品だったが、この2作を今観られて有意義な休日だった。

 

淡々としたロードムービー:映画『スーパーノヴァ』"Supernova"

日本版予告編が出る前、製作情報の段階から注視していた作品。コリン・ファーススタンリー・トゥッチが20年以上連れ添ったカップルを演じ、トゥッチ演じるタスカーに襲いかかった認知症という試練に立ち向かうという作品だ。どちらかというと先日観てきた『ファーザー』のようなものを想像していたが、寧ろ淡々としたロードムービーであった。

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描いたものは普遍的な愛

この作品のあらすじについて多くを語るとネタバレになってしまうので、あまり突っ込んだことは書かないが、イギリス的な作品だけあって、サム(演:コリン・ファース)とタスカー(演:スタンリー・トゥッチ)がただ同性であっただけのカップル、というところに落ち着いているのがよい。こういう書き方をすると大分語弊があるが、何というか、このふたりが女性同士であっても、はたまた男女カップルであっても、きっとラストの展開は同じものになるのではないかと思わされた。この作品で描かれているのは普遍的な愛なのだ。勿論タスカーが途中で吐き捨てるように、サッチャー時代を含めて、同性カップルには様々な障壁があったはずである。でも、このふたりはそんなことは乗り越えて20数年を過ごし、最早人生の最終盤に入っている。だからこそ普遍的な物語に落ち着く。

www.cinemacafe.net - 監督もそういうことを喋っている

実際に尊敬し合う名優の共演

ファースとトゥッチは元々長年の友人関係にある。今回のキャスティングも、トゥッチが自らファースに脚本を(勝手に)渡して実現したものなのだそう。勿論お互いの演技力には尊敬を重ねており、サムとタスカーの関係にもそれが投影されているように感じる。元々トゥッチはサム役の方に選ばれていたというが、ジョーク好きでちょっぴり気難しいタスカーと、認知症になっても優しくそばで支えるサムを考えると、やはり逆転させてよかったではないかと思う。実はトゥッチは最初の妻を乳癌で亡くしており、そういう体験もタスカー役に盛り込まれているようだ(公式サイトより)*2

 

物語の終盤、タスカーが下していた決断は、インテリ階層の認知症患者なら考えがちなものだと思う。ものを紡ぐことが仕事だったタスカーにとって、認知症というのはあまりに酷な結末だ。(実際パイソンズのテリーJが亡くなったときも同じようなことを書いている) それをそっと支えるサムが、朴訥でどこか優しさのあるエルガーの『愛の挨拶』を弾くのは憎い演出だ。実はあの曲は本来もっともっと速いテンポで演奏される。それをファースが一生懸命不器用に弾く様は、タスカーへの思いを表現しているようで、逆に胸を打つのである。

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——既に海外版サントラは出ているようですね……

 

映画『17歳の瞳に映る世界』

もう1本観たのは『17歳の瞳に映る世界』"Never Rarely Sometimes Always"('20)。ペンシルベニア州に住む女子高生が予期せぬ妊娠に直面し、中絶のためニューヨークへ向かうという、これまたロードムービー的側面のある作品だ。この作品は原題の意味丸潰しな邦題でどきどきしてしまうのだが、原題が登場するのは中盤の1回のみなので、分かりやすい邦題でよいのかもしれない。

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中絶は悪なのか、女性の権利なのか

この作品で描かれているのは、アメリカ合衆国を分断する「プロライフ」「プロチョイス」の視点だ。前者は胎児の命を尊んで中絶を悪とし、後者は望まない妊娠に対する中絶手術を女性の人権のひとつとして推し進めようとしている。オータムが最初に行くセンターは前者で、NYに着いた彼女とスカイラーが逃げるように滑り込むのは後者の団体だ。frauの記事がよくまとまっていた。

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プロライフとプロチョイスの対立を前にして筆者が思い出すのは、パイソンズが『人生狂騒曲』で披露した "Every Sperm is Sacred" である。「全ての精子は尊きもの」とでも訳せるこの曲は、キリスト教、中でもとりわけカトリックが、自慰と避妊を容認しないことを痛烈に皮肉ったものだ。そのため、ペイリンとテリーJが演じる夫婦は、28人も子どもがいて貧困に喘いでいるのである*3。"Every Sperm is Sacred" というタイトルも、"Every Thing is Sacred" という賛美歌があるのをおちょくっている。なお、パイソンズのお膝元であるイギリスはプロテスタントの国なので(ヘンリー8世のせいで!)、避妊に関してはわりかし肝要な宗派である*4

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NYに辿り着いたオータムは、地元のセンターで聞かされた診断が2ヶ月以上も狂っていたことを知らされ動揺する。地元のセンターの医師はおばあちゃん先生なので、単なる誤診と見ることもできるが、プロライフの団体だったことを考えると、中絶ができない週数に持ち込むため、わざと少なめに週数を告知したとも考えられるだろう。FRaUの記事で触れられていたように、日本より女性の権利が進んでいると言われるアメリカにおいても、宗教絡みで日本よりもはるかに遅れた側面があるのだ。母体保護法は色々と手落ちがあると言われるけれど、プロライフとプロチョイスの対立に巻き込まれるよりは余程ましだと思う。

 

「女性だから」に直面するし、利用もする

作中、実にさりげなく、「女性だから」直面する厄介事がインサートされていく。例えば振られたオータムが文化祭で心の内を歌にすれば「雌犬!」と罵られる。これはまだ分かりやすい方だ。オータムとスカイラーが働くスーパーの店長は売り上げを提出するふたりの手に思いっきりセクハラなキスをする。美人のスカイラーがバスでやたらちょっかいをかけられるのだってそうだ。あとは生理が来るのだって「女性だから」だし鬱陶しい。生理痛の酷いスカイラーが毎回鎮痛剤を一瓶空けるのは実にアメリカらしいけれど*5

 

後半にかけてオータムとスカイラーはその「女性だから」をどんどん利用していく。セクハラ店長にむかつくので売り上げをくすねてNYへの旅費にする。お金が無くなればスカイラーが言い寄ってきた男から金を巻き上げる(返すとは言っているが)。

そして1番見事な演出だなと思ったのは、中絶手術1日目のオータムが、トイレでナプキンに付いた血を見る瞬間だ。女性にとって月経はいつでもめんどくさいものだけど、あの瞬間オータムは、中絶に成功したのだと思ってほっとしたはずだ。普段と違う意味で見るナプキンの血。ほんの少しのカットだけれどよく考えられている。

 

この作品は予期せぬ妊娠をした高校生がいとことNYまで中絶に行くという、まあそれだけの筋書きだ。しかしながら、そこに女性が向き合う言われなき困難を上手く織り交ぜている。小粒だがきりりと光る作品だなと思った。映画館で観られてとてもよかった。

 

おしまい

スーパーノヴァ』はギャガ配給で2021年7月1日公開。『17歳の瞳に映る世界』はビターズ・エンドとパルコ配給で2021年7月16日公開。どちらもまだまだ公開中、はたまたこれから公開だと思うので、是非映画館へ足を運んでほしい。図らずもロードムービーをふたつ重ねて観ることになった。忙しさにかまけてあまり映画を観ていなかったけれど、旧作・新作両方含めてもっと観るようにしようかなと思う。

 

関連:スーパーノヴァ / コリン・ファース / スタンリー・トゥッチ / 17歳の瞳に映る世界 / トニー・フラナガン / タリア・ライダー / エリザ・ヒットマン

*1:この作品は2020年のベルリン国際映画祭銀熊賞作品。2021年は濱口竜介監督の『偶然と想像』が受賞している

*2:因みに現在の妻はエミリー・ブラントの紹介で出会った彼女の姉である☞

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*3:自慰も避妊も容認されないので、性欲を満たすにはセックスをして、結果妊娠するので子だくさんになるというわけ

*4:スケッチの直後に出てくるアイドルとチャップマンの夫妻はプロテスタントだ。ふたりは避妊はしっかりする代わりに、セックスの回数も少なくて、子どもの人数分しかやったことがないというとんだ打率を持っているらしい(?)。

*5:アメリカ人の鎮痛剤の使用量は異常なほどで、逆に日本人は我慢しすぎと言われるくらい使わない

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