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第91回アカデミー賞ノミネート発表その1 - 『ROMA/ローマ』『女王陛下のお気に入り』一騎討ち

遂にオスカーノミネートが発表された。最多ノミネートは10部門の『ROMA/ローマ』"Roma"(ネタバレレビューはこちら)、これに9部門10ノミネート(助演女優賞ダブルノミニー)の『女王陛下のお気に入り』"The Favourite"が並ぶ。特筆すべきは『ブラックパンサー』と『ボヘミアン・ラプソディ』の快進撃だろうか。ボラプボーイズのバカ騒ぎ(褒めてる)は別記事に譲るとして、今回は取り敢えずノミニーをおさらいしてみたいと思う。

作品別簡易内訳はこちら。

 

前哨戦の結果

オスカー前哨戦の結果についてはこちらをどうぞ。

そう言えばPGA賞; 全米プロデューサー組合賞は『グリーンブック』が作品賞を獲ったらしく、『ROMA/ローマ』一強かと思われたがなかなかの混戦模様だ。

www.cinematoday.jp

 

 

アーヴィング・G・タルバーグ賞

8年ぶりの復活となったこの賞を、スピルバーグ作品やルーカス作品を数多く手掛けてきたキャスリーン・ケネディフランク・マーシャルが受賞(発表は9月、授賞式は11月)。意外にもケネディはオスカー/BAFTA共に手にしていないようだが、長年の功績を考えれば納得の結果だろうと思う。

jp.reuters.com

部門別

以下はプリンタブルリストの順に沿って紹介する。作品名リンクは基本的に日本語版公式サイト、また存在しない場合は海外版トレイラーだ。

 

主演男優賞

 

作品そのものはさておきラミ・マレックの演技は絶賛されていたので、ノミネートは堅いだろうなと思ったらその通りであった。

誰が獲ってもおかしくないラインナップ。GG賞ではベールがミュージカル・コメディ部門、マレックがドラマ部門を獲得しているが、『アリー/スター誕生』は作品そのものが高く評価されているし、『グリーンブック』はGG賞ミュージカル・コメディ部門作品賞も獲得している作品なので分からないと言えば分からない。デフォーが名優なのは言わずもがなだし、ゴッホを演じたこの演技ではヴェネツィアで男優賞に輝いているので、彼を外すこともできないと思う(何となく題材がハリウッド好みでない気がしていたが、そんなこともなかったようだ)。

惜しくもOUTという点では『ブラッククランズマン』のジョン・デヴィッド・ワシントン辺りだろうか。とはいえ、このところの映画賞と比較すると、この結果はかなり順当なものではないかなと思う。

そう言えば『ビューティフル・デイ』"You Were Never Really Here"('17)もアメリカ公開は昨年だったようだが、言われてみればホアキン・フェニックスも漏れているなあ……(ホアキンカンヌで男優賞を受賞している)

 

助演男優賞

 

前評判が高かった『ビューティフル・ボーイ』"Beautiful Boy"のティモシー・シャラメ*1が落選。GG賞やBAFTAでもノミネートされていただけに意外な結果だ。

代わりに選出されたのは、GG賞落選だった『バイス』のサム・ロックウェルと、BAFTA落選だった『アリー/スター誕生』のサム・エリオット。しかしながらふたりとも演技はかなり評価されていたし、単純にシャラメ用の枠がひとつ足りなかっただけだと思う。ロックウェルには昨年の『スリー・ビルボード』以来の連覇がかかっているが、子ブッシュを演じた演技で再び栄冠を勝ち取るだろうか。エリオットも『アリー/スター誕生』で食えない主人公の兄を演じており、主演ふたりの演技と合わせて大絶賛されている。

 

頭一つ抜けた形になっているのが、GG賞を制した『グリーンブック』のマハーシャラ・アリ。アリは既に2年前の『ムーンライト』でオスカーを手にしており、それ以来の快挙となるかどうかが注目だ。

これを追うのが"Can You Ever Forgive Me?"に出演したイギリスの名優リチャード・E・グラント。ニューヨーク映画批評家協会賞などを押さえている様子だが果たしてどうなるか。忘れちゃならないのがアダム・ドライヴァー。SWで見せたカイロ・レンの姿を思い浮かべる人もいるかもしれないが、RottenTomatoesで96%支持を叩き出した主演映画『パターソン』で、市井の人を演じる巧さが絶賛されており、演技力は折り紙付きだ。

 

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主演女優賞

1番の驚きは『ROMA/ローマ』のアパリシオのノミネート。GG賞やBAFTAでは見向きもされていなかったので、レビュー記事を書きつつ思わず拍手したほどだった。今回は『ROMA/ローマ』と『女王陛下のお気に入り』が一騎討ち状態だが、演技部門での対決はなかなか無かったので素晴らしい快挙だと思う。

mice-cinemanami.hatenablog.com

とはいえアパリシオの前には強大な4人が立ちはだかる。GG賞を制したグレン・クローズ(ドラマ部門)とオリヴィア・コールマン(ミュージカル・コメディ部門)がいるし、ガガだって放送映画批評家協会賞(Critics Choice Awards)をクローズと同時受賞している強敵だ。マッカーシーだって映画賞ではこの3人に少し押され気味だが、輝かしいノミネート歴を誇っている(IMDb-Awards)。ところでマッカーシーにはラジー賞同時受賞の可能性が出て来たらしい(笑)。

 

ところで筆者が誰を応援するかって? ガガも推したいけど、やっぱそこは『ホット・ファズ』オタクの英国マニアとして、オリヴィア・コールマンに決まってるでしょう!

 

via GIPHY

 

助演女優賞

『ROMA/ローマ』でクレオの雇用主ソフィアを演じたマリーナ・デ・タビラが驚きのランクイン。その他は『ファースト・マン』のクレア・フォイが落選した程度で、予想通りのラインナップである。

女王陛下のお気に入り』は堂々ダブルノミニーだが、票割れして賞が回ってこない可能性も。しかしながら、『ラ・ラ・ランド』以来『バトル・オブ・ザ・セクシーズ』(GG賞ノミネート)、更に『女王陛下のお気に入り』と毎年賞レースに食い込んでくるエマ嬢は流石である(選択眼という目でも、演技力という目でも)。レイチェル・ワイズが受賞となれば2005年の『ナイロビの蜂』以来の快挙となる。

頭一つ抜けた形なのは『ビール・ストリートの恋人たち』のレジーナ・キング。『ムーンライト』で耽美的世界を見せられて以来バリー・ジェンキンスの新作を心待ちにしてきたので、嬉しい結果でもある。前作ではマハーシャラ・アリ助演男優賞が渡ったが、今回はキングがその栄誉を手にするだろうか。恐らくこの中では最有力である。

 

注目は演技賞に何度もノミネートされながら毎回すり抜けているエイミー・アダムスだ。今回もまたノミネート記録を伸ばしてしまうのだろうか?こういうのは作品の巡り合わせなので、かなりのところ運みたいなものだが……(そう言えば『メッセージ』"Arrival"観たいなあ)

 

そう言えば『メリー・ポピンズ リターンズ』のエミリー・ブラントも落選だ……

 

長編アニメーション部門

多少賞レースで苦戦していた印象の『シュガー・ラッシュ』がランクイン! しかしながらこの5本、GG賞と同じ顔ぶれとなった(GG賞受賞は『スパイダーバース』)。『インクレディブル・ファミリー』、『犬ヶ島』、『スパイダーバース』の3本はBAFTAにもノミネートされており、少し有利な印象がある。

 

しかしながら特筆すべきは細田守監督の『未来のミライ』ノミネートだ。非ジブリ作品でのノミネートは初だというからどれだけの快挙かよく分かるだろう。受賞となれば2002年の『千と千尋の神隠し』以来。コンスタントに長編アニメが生まれるアニメ大国ながら、ジブリですらディズニー・ピクサーに押され続けてきただけに、結果を注視したいと思う。

eiga.com

撮影賞

一昨日日本公開が発表されたばかりの『COLD WAR』がランクイン。『ROMA/ローマ』と並び、白黒映画が並び立つ形となった。特筆すべきは5本中3本が外国語映画賞ノミネート作品であるということ。『COLD WAR』はポーランド、『ROMA/ローマ』はメキシコ、"Never Look Away"はドイツ作品である。撮影賞は美しい映像に贈られるので言語が関係無いと言えば関係無いが、『ROMA/ローマ』レビューの冒頭で書いたように、「英語vsそれ以外」というハリウッドが作ってきた図式は崩れつつあるように思う。

 

ラ・ラ・ランド』以来の撮影賞を狙っていた筈の有力対抗馬リヌス・サンドグレン(『ファースト・マン』)が落選。作品は賞レースこそ苦戦していたが、BAFTAノミネートを受けるなど技術系ではきちんと評価されていた印象があるので意外な結果だ。やはりこの部門も『ROMA/ローマ』が強いのだろうか? キュアロンが長年の盟友エマニュエル・ルベツキと別れて制作したことは先述のレビューで触れた通りである。個人的にはよく分からないが『COLD WAR』を推したい気分である。

 

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衣装デザイン賞

Netflixから、コーエン兄弟の新作にして荒野の西部を描いた『バスターのバラード』がノミネート。衣装デザイン賞は世界観のしっかりした作品が強く、コスチュームプレイや非現実を描いた作品が強いので、納得のラインナップである。

個人的には『ふたりの女王 メアリーとエリザベス』のノミネートがアツい。BAFTAにもノミネートされていたが、「どうせBAFTAだから英国びいきだろ」と勘違いしていたので、オスカーノミネートは単純に嬉しい話だ。

 

堂々7部門ノミネートを勝ち取り、「ただの人気映画」との声を見事にはねのけた『ブラックパンサー』がここに登場(つくづく人気映画賞ができなくて良かったと思う)。アフリカの伝統衣装を見事にマッシュアップしたルース・E・カーターの仕事は賞賛されるべきだと思う。

www.vogue.co.jp

theriver.jp - ほんとに出来なくて良かった、映画の真価が勘違いされるところだったろう

この部門最有力は恐らくダブルノミニーを勝ち取ったサンディ・パウエル。『女王陛下のお気に入り』と『メリー・ポピンズ リターンズ』を担当したが、どちらで獲得するのか楽しみだ……! そしてこの部門、何とノミニーが全員女性!

 

監督賞

BAFTAの3強だったパヴリコフスキ、ランティモス、キュアロンが揃ってノミネート。それぞれ出身はポーランドギリシャ、メキシコであり、ハリウッドも変わっているのだなと感じさせられる結果だ。なお監督賞はキュアロンの『ゼロ・グラビティ』以来5年で4回メキシコ人監督が押さえており*2、キュアロンが『ROMA/ローマ』で再びオスカーを手にするのかが注目される。

 

一方、高く評価されながらも選外となったのが『アリー/スター誕生』のブラッドリー・クーパー。初監督ながらその手腕は高く評価されていたし、GG賞とBAFTA双方にノミネートされていただけあって驚きの結果だ。(パヴリコフスキのノミネート自体は賞レースを見ていると不思議には思わないのだが……)

 

気の早い話だが、来年は『若草物語』でグレタ・ガーウィグに入ってもらいたいなと思う。

www.vanityfair.com - 待ってファーストルック最高じゃん?

 

長編ドキュメンタリー部門

ドキュメンタリー作品は日本でもなかなか公開されなかったりして情報が少ないのだが、その限られた情報の中で。"Free Solo"は命綱無しでの危険なフリークライミングに挑む人々を追ったナショナル・ジオグラフィックの作品だ。"Hale County~"はアラバマ州ヘイル郡の黒人たちを追った作品らしい。"Minding the Gap"はHuluオリジナルにして、スケートボードで繋がった3人を描く作品。"Of Fathers and Sons"はシリア出身の監督が、「ジハード」を名目に過激化していく周囲の人々を描いた作品のようだ。"RBG"はは85歳にして現役の連邦最高裁判事、ルース・ベイダー・ギンズバーグを描いた作品。

長編ドキュメンタリー作品は、こういった賞へのノミネートで知ることも多いが、逆に言えば映画賞が新たな世界を開いてくれるということなので面白くもある。そう言えば折角Netflix入ったんだから、噂の『イカロス』観ないと……

www.netflix.com - ロシアが行っていた組織ぐるみのドーピング、その実体に迫ろうと軽い気持ちで始めたのに……

短編ドキュメンタリー部門

"Black Sheep"は、『ガーディアン』紙初のオスカーノミネートを勝ち取った作品にして、白人の多い引っ越し先でレイシズム的な嫌がらせ、ひいてはヘイトクライムに遭った黒人男性を描く作品(The Guardian)。引っ越した理由も、10歳だった黒人男児が殺された事件というから悲しい連鎖だと思う。個人的に気になるのは終末期医療を取り扱った『エンドゲーム』だが、Netflixで配信中なので後で観てみたいと思う。"Lifeboat"は地中海を渡る難民たちの救出を描いた作品。"A Night at the Garden"が描くのは、1939年にマディソン・スクエア・ガーデンで行われた、ナチズムを賛美する集会の様子らしい。負の歴史ながら忘れ去られた過去を、記録映像を元に追ったようだ。最後の"Period. End of Sentence."は、生理用品が普及していないインドの田舎村で、生理用品作りに取り組む姿を追った作品のようだ。そう言えば……筆者は『パッドマン』も見損ねていて……

www.padman.jp

編集賞

筆者の事前予想通り、技術系に強いだろうと思われた『ボヘミアン・ラプソディ』がランクイン。編集を担当したジョン・オットマンは、クイーンの楽曲を埋める映画音楽も作っており、(作曲賞ノミネートが叶わない分)堅いのではないかなと思っている(勝手に)。公開前めためたに叩かれたボラプであるが、賞レース上完全に「賞を取らせたい映画」になっており*3、そういう点でこういう技術系の賞をひとつかふたつ獲るのは堅い気がするのだ。

その他の作品は賞レースでも順当な結果を出していた作品ばかりだが、気になるのは『ROMA/ローマ』と『ファースト・マン』の落選だ。賞レースでは苦戦していた後者も、技術系部門は善戦していただけに意外な印象がある。チャゼルと3度目のタッグを組んだトム・クロスは、『セッション』でオスカーを手にしていただけにかなり残念な結果だ。

 

外国語映画賞

カンヌでパルムドールに輝いた『万引き家族』が、『おくりびと』以来日本映画として10年ぶりにノミネートの快挙!素直におめでたいことなので喜びたいと思う。ショートリストに入った段階でノミネートは堅いと思っていたが、ここまで来たら『おくりびと』以来の受賞も成し遂げてほしい。

www.cinematoday.jp

gendai.ismedia.jp

 

しかしながら、対抗馬はなかなかに強敵揃い。最多ノミネートを誇った『ROMA/ローマ』(こんなんスペイン語とミシュテカ語で撮ったからここに入ってるようなもんだ)だけでなく、外国語作品ながら監督賞ノミネートを勝ち取った『COLD WAR あの歌、2つの心』もランクイン。"Capenaum"はカンヌを共に戦った作品だし"Never Look Away"(英題)もヴェネツィアのコンペティション部門に出品された作品。思い入れのある作品ばかり並んでいるだけに、今年はここでもどきどきしてしまいそうだ……!

 

 

メイクアップ・ヘアデザイン賞

去年"Darkest Hour"(『ウィンストン・チャーチル』)が日本を沸かせたこの部門に、今年は以下の3作品がノミネート。

  • Göran Lundström and Pamela Goldammer, "Border" - スウェーデン作品、日本公開未定 
  • ふたりの女王 メアリーとエリザベス』Jenny Shircore, Marc Pilcher and Jessica Brooks, Mary Queen of Scots
  • バイス』Greg Cannom, Kate Biscoe and Patricia DeHaney, Vice

スウェーデン映画ということもあって完全にノーマークだった"Border"は、染色体異常で特異な顔をしているのだと思っていた女性が、自分と似た顔の男性に出会い、自分の出自の秘密を少しずつ解き明かすことになるという作品のようだ。彼女は国境警備の職に当たっているが、何故か彼女には「鼻が効く」という謎の能力があるらしい……俳優の実際の顔を見て、更にネタバレあらすじまで読んでしまったが、確かにこの部門にノミネートされるのはよく分かる気がする。

www.youtube.com

BAFTAノミニーになった時にも注目していたバイス』が堂々のランクイン。予告編を観てもベールとロックウェルというよりは完全にチェイニーと子ブッシュだったし、絶対評価されるべきだと思っていたので内心ガッツポーズした。コスチュームプレイにしてマーゴ・ロビーとサーシャ・ローナンを見事に「ふたりの女王」に化けさせた『ふたりの女王 メアリーとエリザベス』チームのノミネートも嬉しいニュースである。

意外だったのは『女王陛下のお気に入り』が入っていないことだが、ショートリストを確認すると最終候補にも入っていなかったらしい。ショートリストには『ボヘミアン・ラプソディ』の名もあったが、この3作品を前にしてはちょっと分が悪かったなと思う。

 

続きは後編で

それでは作曲賞以降は後ほど更新する次記事にて!

 

関連:アカデミー賞 / 映画賞

*1:ティモテーなのは知ってますはい

*2:前記事でも書いたが、第86回('14)が『ゼロ・グラビティ』のキュアロン、第87回('15、『バードマン』)と第88回('16、『レヴェナント』)はアレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥ、昨年の第90回は『シェイプ・オブ・ウォーター』のギレルモ・デル・トロが監督賞を獲得している。因みに一昨年獲得したのは『ラ・ラ・ランド』のデイミアン・チャゼル(最年少記録更新)。

*3:映画賞を席巻する「今年の映画」とは別に、毎年こういう作品がひとつかふたつはあってぽろっと賞を獲っていく(例えば去年の『ベイビー・ドライバー』など)。そういう点では去年の『グレイテスト・ショーマン』と完全に同じような路線だ。批評家にめためたに叩かれたのも、観客評価が高かったのも同じだし、"This is Me"がGG賞で主題歌賞を獲ったのも何かそういう意図を感じるような受賞だった気がする

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