ちいさなねずみが映画を語る

すきなものを好きなだけ、観たものを観ただけ—

おぞましいほど悪趣味な、英国式宮廷物語 - 映画『女王陛下のお気に入り』

10日くらい前になってしまったが、映画女王陛下のお気に入り』"The Favourite"('18)を観てきた。公開初日に観たのは何だかんだ去年6月の『モーリス』以来で、筆者がどのくらいこの作品を楽しみにしてきたかよく分かるはずだ。

 

感想を端的にまとめると、"Olivia Colman is brilliant! Rachel Weisz is brilliant! Emma Stone is brilliant!"という感じなのだが、流石にこれでは芸が無いので、もう少し掘り下げてみようと思う。

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 既に年代記事はリリース済なのでこちらも合わせてどうぞ。こちらはネタバレフリー。

mice-cinemanami.hatenablog.com

 

 

!!! SPOILER ALERT! SPOILER ALERT! SPOILER ALERT! !!!

 

www.instagram.com以下「パンフレット」と記載する場合は、「FOXサーチライト・マガジン Vol.14 女王陛下のお気に入り issue」を指す。

 

ふたつの愛の間で揺れ動く女王陛下

時期柄オスカーが近いので、『ガーディアン』からこんな援護射撃記事が出ていた。勿論今年の作品賞大本命はキュアロンの『ROMA/ローマ』であって、両方観た筆者も異論は無いのだが、こういう記事がしれっと出されるあたりブリカス島国根性を感じてしまう。

www.theguardian.com - 『ガーディアン』はイギリスの大手紙

中身は勿論どんなにこの映画が素晴らしいか、歴史上のこの人物を取り扱ったことの意義、という感じのベタ甘大絶賛記事なのだが、その中にあったこんな1文に、筆者はぞくっとするほどの快感を覚えたのだった(強調筆者追加)。

Olivia Colman’s tragicomic, rabbit-loving, incompetent Queen Anne is torn between two schemers and, more specifically, between the love that she wants and the love that she needs; a clear-eyed distinction not many of us can always make.

(拙訳:オリヴィア・コールマンが演じる、悲喜劇的でうさぎを愛する役立たずなアン女王は、ふたりの策士の間で引き裂かれていく—もっと詳しく言えば、彼女が求める愛と、彼女が必要とする愛の間で。[後略])

——Why The Favourite should win the best picture Oscar | Film | The Guardian

勿論映画を観た人はどちらがどちらか分かると思うし、ラストシーンでそれに気付いたアンの「アッ……」という表情は、おぞましくてとても素晴らしい。

 

作品の中でアン女王(オリヴィア・コールマン)の寵愛を取りあうのは、親戚同士のサラ(レイチェル・ワイズ)とアビゲイル(エマ・ストーン)。女王の幼馴染みでもあるサラは、良くも悪くも彼女を知り尽くしており、締める所は締めてアンに現実を見せる存在だ。しかしながら、そのはっきりとした物言いが女王に疎まれ、彼女の愛は甘言を吹き込むアビゲイルの方へ向かって行く。

 

ABIGAIL: "I am on my side. Always. Sometimes it is a happy coincidence for you. Like now, you will get a chance to save the country." - THE FAVOURITE SHOOTING SCRIPT 6 MAR 17 (BLUE REVISIONS 14 MAR 17) 69. (FYCページ/直リンク)

一方のアビゲイルはなかなかにしたたかな人物で、当初こそサラにへつらう様子を見せていたものの、女王に甘い言葉を囁いて自らの地位をどんどんと上げていく。「わたしはいつも自分の側にいるの」という言葉通りに、自らの地位や財産のため暗躍していく姿は潔ささえ感じるほどだ。サラが嫌う女王のウサギたちをかわいがることで彼女はのし上がるチャンスを得るが、実際の気持ちが垣間見えるシーンでは、サラとアビゲイルのどちらが女王に相応しい人物だったか見せつけることになるのだ。

 

コメディのはずなのに、迂闊には笑えない恐ろしさ

 

この作品はゴールデン・グローブ賞でもミュージカル・コメディ部門にノミネートされていたが、その通りこの映画の正体は「シニカルなブラック・コメディ」だと思う。「英国版大奥」というのはちょっと違う気がするが、宮廷の中で自らの地位や利権を巡って暗躍が飛び交い、誰もが一筋縄では進めない様子は、傍から見ると滑稽なものである。しかしながら、こういった様子を迂闊に笑うことはできないのだ。

 

その理由はいくつかあるだろうとは思うが、筆者が考えるのは次の2点である。

1. 徹底した悪趣味

元々こういう演技を得意とするエマ・ストーンだけでなく、登場人物ほとんど全員にこういうシーンが与えられている。

 

例えばレイチェル・ワイズ演じるサラだったら予告編でも使われていたこのシーン。宮廷で急速にアンへ近付くアビゲイルへ警告するシーンだが(このシーンのサラの警告は章題にもなっている)、とにかく趣味が悪い。おまけにこのモチーフは、後に射撃の腕を上げたアビゲイルが、鳥撃ちに興じてサラの顔へ血を付けるシーンとして再使用されており、その辺もなかなかに面白い構成である*1。他にも女王の寵愛を得ているのは自分だと見せつけるシーンなんかも結構悪趣味だ(このシーンも後に主述が逆転して繰り返されるのだが)。

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最もこういうシーンが多いのは恐らくアビゲイルだろう。初めてマシャムに会った森のシーンだけでなく、わざと鼻血を出してアンの同情を買うシーンアンの居ぬ間に部屋へ入り込んで女王気分を味わうシーン、上流階級の身分を獲得して下品なパーティーに興じるシーン……彼女のしたたかさを強調する展開が数多くちりばめられている。中でも、自分の部屋でマシャムと過ごしながら、周りを馬鹿にした「独り言」をべらべら話し続けるシーンには思わず笑ってしまったほどだった*2

そんな彼女には、「おべっかに隠された下品さ」というテーマが与えられているように感じる。幼い頃からアンと共に過ごし、宮廷で絶大な権力を誇っていたサラに比べ、成り上がりでアンの寵愛を得たアビゲイルのセンスは、どこか下品なものを感じさせるのである。

 

この作品は女優陣3人の熾烈なぶつかり合いという印象だが、男性キャラクターにもこういうシーンは存在する。アビゲイルが「わたしはいつも自分の側」と明言する直前の野菜投げシーンが最も顕著だが、個人的にはニコラス・ホルト演じるハーリーがアビゲイルを突き落とすシーンを挙げたい。ためらいのないハーリーの手つきは、性別など関係無く権力闘争が起こっていたことを実感させるのだ*3

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2. そこかしこで匂わされる「明日は我が身」という様

物語を通して大きく変わるのがサラとアビゲイルの立場。女官長として権勢を誇っていたサラは転落し、モールバラ公爵夫妻(サラとジョン・チャーチル)のラストシーンの後には、サラが台詞で匂わせるよう、アンが死ぬまでの亡命生活が待っている。

SARAH (CONT’D) "I am suddenly so tired of England my darling. Perhaps we should go somewhere else." - THE FAVOURITE SHOOTING SCRIPT 6 MAR 17 (BLUE REVISIONS 14 MAR 17) 101. (FYCページ/直リンク)

 

ところがサラを蹴落としたアビゲイルの側も安泰ではない。ラストシーンでアンは彼女の残酷さに気付くことになるが(これは史実とは多少違う筋書きである)、実際のアビゲイルは、アンの死後権力を急速に失って失脚する。これはアビゲイルをアンの側へ送り込もうとしたハーリーとて同じであり、その事実を知っていると、アビゲイルの権勢もより滑稽に思えるのである。

 

劇中では、イギリスの国政に大きく貢献したゴドルフィン卿、そしてサラとジョン・チャーチル夫妻が、アンの寵愛を失ってあっさりと切り離される様子が描かれている。サラに至っては売春宿に拾われるシーンまで描かれていて、人間としての残酷さを見せつけられた観衆の側は、「表面だけ見て迂闊に笑ったりできない映画だな」と思わされるのだ。

 

世界観を表現するための独特な撮影法と衣装

www.youtube.com——文字起こしはこちら:アカデミー賞最有力候補!日本でも満員続出!核でもある撮影方法についてキャストやスタッフが語る特別映像が解禁! - ニュース|映画『女王陛下のお気に入り』公式サイト

 

フォックス・サーチライトから撮影の極意を探った動画が公開されていた。

 

作品の撮影を手掛けたのはアイルランド出身のロビー・ライアン(『わたしは、ダニエル・ブレイク』など)。作品の世界観を表現するため広角レンズを多用しており、時には端が大きく歪むところも面白い。わざわざ下から映した映像が多用されているのも特徴だ。

ライアンによれば、広角レンズの使用は監督の提案によるもので、これにより窮屈さを表現しているという。彼はこの作品について「全く歴史劇的でない」と述べているが、それをただのコメディに落とし込まずに重厚な作品に仕立て上げたのは、撮影の力もあってこそだと思う。

 

因みに撮影が行われたのは『英国王のスピーチ』『高慢と偏見とゾンビ』などでも使われたハットフィールド・ハウス!

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ランティモスの独特な世界観を助けたのが、アカデミー賞3度受賞の衣装デザイナー、サンディ・パウエル! この作品ではセットも時代考証から積極的に外れるよう求められたというが(パンフレット28頁)、パウエルは白と黒を基調に、デニム地などを取り入れたデザインを作り上げた(パンフレット34頁)。モノトーンを軸にするのは彼女のアイデアにして初挑戦であり、パンフレットに掲載されたインタビューでは、アビゲイルの衣装の色がどんどん変わっていくことも見どころだと語っている(パンフレット34-35頁)。

ところで東京では、そんな撮影衣装が公開されていた様子で、何とも羨ましいところ……☞『女王陛下のお気に入り』サンディ・パウエルの衣装展を開催!三大女優の着用の撮影衣装がTOHOシネマズ六本木ヒルズにて2/6より展示! - ニュース|映画『女王陛下のお気に入り』公式サイト

 

パウエルは明日発表のアカデミー賞にて、『メリー・ポピンズ リターンズ』と合わせてダブルノミニーを達成している。既に『女王陛下のお気に入り』でBAFTAを射止めているので、明日も最有力候補なのは間違いない……!

mice-cinemanami.hatenablog.com

 

最後に

1ヶ月後に公開される『ふたりの女王 メアリーとエリザベス』と合わせて時代背景を振り返った記事も併せてどうぞ。こちらはネタバレフリー。

mice-cinemanami.hatenablog.com

 

ところで今作のサントラ、クラシック音楽がふんだんに使われているのが宮廷風味を増していて素敵なのだが、エンドロールの曲はエルトン・ジョンが1968年に発表した『スカイラインピジョン』"Skyline Pigeon"で、そのアンバランスさにもにやりとさせられるのである。

Skyline Pigeon

Skyline Pigeon

  • provided courtesy of iTunes
映画『女王陛下のお気に入り』 (オリジナル・サウンドトラック)

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  • アーティスト: ヴァリアス・アーティスト
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 ——記事書いてたら……わたしが欲しくなってしまった……

 

何だか中途半端な尺だなあと思った皆さんは鋭くて、この次にはキャスト記事を準備中!

 

関連:女王陛下のお気に入り / ヨルゴス・ランティモス / オリヴィア・コールマン / レイチェル・ワイズ / エマ・ストーン / ニコラス・ホルト / ジョー・アルウィン / マーク・ゲイティス / フォックス・サーチライト

*1:繰り返しのモチーフという点では、アビゲイルとサラが馬で外出するシーンもしれっと重ねられている。アビゲイルは馬をかっぱらって薬草を採りに行くことでのし上がるきっかけを得るし、彼女に毒を盛られたサラは、ひとりで憂さ晴らしに駆けていき、大怪我を負って表舞台から消えることになるのである

*2:このシーン、独り言なのにマシャムに聞こえてしまっている、という考察を見たが、どう見てもわざと聴かせているような感じだったと思う

*3:というわけでTwitterではちょっと口が滑っているのだが

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