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BAFTAノミネート発表!その1 - 比較的順当な印象のある英国アカデミー賞2019

英国アカデミー賞; BAFTAのノミネートが発表された。

3月頭に授賞式があるオスカーに向け、ゴールデン・グローブ賞と並んだ最大の前哨戦となるのがこのBAFTAである。GG賞は元々ショー的要素が強く華々しい印象があるが(とはいえ流石に今年は大波乱である)、BAFTAは多少イギリスびいきはあるものの、イギリス演劇をある程度の素地としているのか、かなり堅実な結果を出す印象がある。また、技術関係の賞がほとんど無いGG賞とは違い、音響・撮影賞などがあることから、オスカーの技術系部門を予想する上でもかなり重要な賞だ。それではノミネートをさらってみよう。

mice-cinemanami.hatenablog.com 

 

 

部門別

以下のデータは、BAFTA公式発表に邦題を付け加えたものである。ソースはここ。また作品名のリンク先は、基本的に日本語版公式ページに飛ぶようにした。

www.bafta.org

作品賞

波乱でもなんでもないのだが、GG賞ドラマ部門作品賞の『ボヘミアン・ラプソディ』は落選。ところが、ここにGG賞ミュージカルコメディ部門作品賞の『グリーンブック』、同外国語映画賞の『ROMA/ローマ』がおり、これだけでも大混戦である。キュアロンの『ROMA/ローマ』は、前記事でも書いたが、はっきり言ってスペイン語で作ってしまったがために「外国語映画」のくくりになっているだけなので、作品賞受賞も充分にあり得ると思う。

GG賞無冠となった『ブラッククランズマン』は、スパイク・リーの新作にして、『ゲット・アウト』の躍進が記憶に新しいジョーダン・ピールが制作、更にカンヌでグランプリを獲得していた作品。KKKに黒人刑事が潜入した実話を元にしており、既に批評家から高い評価を受けているので、受賞候補から外すことはできない。

また3回目のリメイクながら、ブラッドリー・クーパーの堅実な手腕とガガの歌声が絶賛された『アリー/スター誕生』も、前評判が高く最有力候補とも言われてきた。

そして忘れてはならないのがヨルゴス・ランティモスの『女王陛下のお気に入り』。ステュアート朝最後の女王ブランデー・ナンを中心に、彼女の寵愛を得ようとする侍女の攻防を描いた作品だが、舞台がイギリスということで、BAFTAでは追い風が吹くものと思われる。ヴェネツィアでは『ROMA/ローマ』(金獅子賞)に破れたものの審査員大賞を獲得しており、どちらに転ぶのかも見物である。

 

ここ2年勢いの良いサーチライトに傾くか、新媒体としての地位を確立したNetflixに傾くか、その辺りも大きな注目点だ。

 

英国映画賞

BAFTA1番の特色とも言える英国映画賞。こちらには勿論『ボヘミアン・ラプソディ』もノミネートだ。個人的には『女王陛下のお気に入り』が最有力だと思われるが、その他もなかなかに面白いラインナップである。

日本公開未定だったのでノーマークだった"Beast"は、連続殺人の犯人を追うサスペンス。原題が果たして何を指しているのか考えてみるのも面白そうだ。"McQueen"は2010年に40歳で自殺した有名デザイナー、アレキサンダー・マックイーンに迫るドキュメンタリー。『スタン&オリー』『僕たちのラストステージ』は、ローレル&ハーディ('30〜'50年代に活躍した米国のお笑いコンビ、Wikipedia)を題材にした作品。個人的にはオリー・ハーディの妻ルシールが、お気に入りのシャーリー・ヘンダーソンなのが素敵だと思う。もうひとつの『ビューティフル・デイ』も、カンヌでホアキン・フェニックスの男優賞に加えて脚本賞も受賞した作品で、目が離せない(投稿後追記)。

 

この賞の対象は、単にイギリスで撮影されたり、イギリスを舞台にした作品というわけではなく、イギリス国籍の人物が制作に大きく関与していることが必要になる('17-18年度実施要項より)。昨年明らかにスターリン映画の『スターリンの葬送狂騒曲』がノミネートされたのも(イギリス制作でキャストもイギリス俳優が多い)、『スリー・ビルボード』が受賞したのも(監督・脚本のマーティン・マクドナーがイギリス国籍)こういった理由で、かなり特色ある面白い部門だと思う。

 

※190122追記) "Stan & Ollie"邦題決定

"Stan & Ollie"は『僕たちのラストステージ』という邦題で公開が決定したので、記事内でも書き換えた。

theriver.jp

 

OUTSTANDING DEBUT BY A BRITISH WRITER, DIRECTOR OR PRODUCER

イギリス人脚本家・監督・制作者を対象にした新人賞。どれも日本公開未定のようなので説明は割愛させていただく。またリンクは公式トレイラー。

  • APOSTASY Daniel Kokotajlo (Writer/Director)
  • BEAST Michael Pearce (Writer/Director), Lauren Dark (Producer)
  • A CAMBODIAN SPRING Chris Kelly (Writer/Director/Producer)
  • PILI Leanne Welham (Writer/Director), Sophie Harman (Producer) - British Counsil Film
  • RAY & LIZ Richard Billingham (Writer/Director), Jacqui Davies (Producer)

 

外国語作品賞

Netflix配信の『ROMA/ローマ』以外は2018年のカンヌ映画祭コンペティション部門出品作品。日本作品のノミネートは2003年の『千と千尋の神隠し』以来であり、受賞となれば1986年の黒澤明作品『乱』以来の快挙となるようだ。『カペナウム』(原題)と『ROMA/ローマ』、『万引き家族』はGG賞でもノミネートを受けていた作品でもある。順当に考えれば、作品賞にもノミネートされている『ROMA/ローマ』が優勢だが、キュアロンはこの2部門を制覇するのだろうか。

 

筆者が注目するのは『コールド・ウォー』(原題)。先程予告編だけ観たのだが、モノクロで女性がジャズを歌う背景で、美しい恋模様と、その影にある東側体制が映し出される。もし上映が決まれば是非観に行きたい作品だなと思った。因みに監督のパヴェウ・パヴリコフスキは、前作『イーダ』でBAFTA外国語映画賞を見事に射止めている。

cinefil.tokyo

ドキュメンタリー

ドキュメンタリー映画は上映が少ないので情報が絞られるのだが、簡単に。『フリー・ソロ』は登攀具無しでロッククライミングに挑む命知らずたちを追ったナショナル・ジオグラフィック作品。"RBG"は85歳にして現役の連邦最高裁判事、ルース・ベイダー・ギンズバーグを追った作品である。ピーター・ジャクソンによる "THEY SHALL NOT GROW OLD"は、BBCアーカイブを元に、WWI中の白黒映像をカラーにリマスターしたもの(BBC Twoでも放送されたようだ)。唯一日本語版のある『まったく同じ3人の他人』は、生まれてすぐ養子に出されたがために、互いを知らずに育った三つ子の話。どれも興味深い題材で是非観てみたいなと思った。

japanese.engadget.com

2018.tiff-jp.net

アニメ映画賞

3者3様の3作がノミネート。制作はそれぞれピクサー、フォックス・サーチライト、ソニーの3者だが、ピクサー、フォックス、マーベル(原作)は全てディズニー傘下なのでディズニーひとり勝ちとも言えるだろうか。3作はそれぞれGG賞にもノミネートされており、こちらでは『スパイダーバース』が受賞している。新生ピーター・パーカーことトム・ホランドも大絶賛の作品がBAFTAもかっさらうだろうか。

一方の『インクレディブル・ファミリー』は、言わずと知れた『Mr.インクレディブル』の14年ぶりとなる続編。第1作に加え、またピクサーとしての前作『リメンバー・ミー』もオスカーを獲得しているが、BAFTAで弾みを付けられるか。

犬ヶ島』は『グランド・ブダペスト・ホテル』で知られるウェス・アンダーソンの新作。日本を舞台にしており、人間役は日本人俳優が日本語で、犬は英語でアテレコされたことも話題となった。ストップモーションフィルムか、3Dグラフィックか、どちらに軍配が上がるかも楽しみだ。

cinema.ne.jp

監督賞

何とも順当な印象があるノミネート。注目はGG賞ノミネート漏れしたヨルゴス・ランティモスとキュアロンの対決だ。また、外国語映画賞ノミネート作品ながら、『コールド・ウォー』(原題)のパヴリコフスキと『ROMA/ローマ』のキュアロンがノミネートされており、興味深い結果でもある。

その他2作はGG賞で苦戦したものの既に前評判が高い作品。スパイク・リーの手腕はさることながら、初監督にしてリメイク作品を見事に成功させたブラッドリー・クーパーもあちこちで絶賛されている。

今回のノミネートが面白いのは、出身地が入り乱れているということ。リーとクーパーはアメリカ、パヴリコフスキはポーランド、キュアロンはメキシコ、ランティモスはギリシャというラインナップで、キュアロン以外の4人が全員アメリカ人だったGG賞とは好対照だ。オスカーのノミネートも、この2賞でのノミネート者から選出されるような気がするが、こちらはどうなるのか楽しみでもある。

 

脚本賞(オリジナル脚本)

  • コールド・ウォー(原題) - COLD WAR Janusz Głowacki, Paweł Pawlikowski
  • 女王陛下のお気に入り - THE FAVOURITE Deborah Davis, Tony McNamara
  • グリーンブック - GREEN BOOK Brian Currie, Peter Farrelly, Nick Vallelonga
  • ROMA/ローマ - ROMA Alfonso Cuarón
  • バイス - VICE Adam McKay

GG賞脚本賞を射止めたピーター・ファレリー(ファレリー兄弟の兄)制作の『グリーンブック』がノミネート。加えて子ブッシュ大統領時代の副大統領、ディック・チェイニーを描くアダム・マッケイの『バイス』がノミネートされた。前者はGG賞最多受賞、後者はGG賞最多ノミネートであり、なかなかに見逃せない。

一方で、他3作は作品賞or/and外国語映画賞、さらに監督賞にもノミネートされている強者揃い。今回のBAFTAの3強とも言える作品で、果たしてどれが獲得するのか楽しみでもある。

 

脚色賞(非オリジナル脚本の翻案)

翻案と言っても、このカテゴリは原作ものや、実話を基にした作品が入ることが多い。そういう目で見ると納得の作品群である。

『ブラッククランズマン』の概要は「作品賞」節を参照。サーチライトが送る "CAN YOU EVER FORGIVE ME?"は、伝記作家として奮わなくなった後、有名人の手紙の偽装、更には本物の手紙の窃盗・密売に関与したリー・イスラエルの実話を映画化したものだ。『ファースト・マン』は、『ラ・ラ・ランド』のデイミアン・チャゼルライアン・ゴズリングが再タッグを組み、人類史上初めて月に到達したニール・アームストロングの自伝を映画化したもの。個人的な注目は、『ムーンライト』で『ラ・ラ・ランド』と大バトルを繰り広げたバリー・ジェンキンスの新作、『ビール・ストリートの恋人たち』。この作品はジェイムズ・ボールドウィンの『ビール・ストリートに口あらば』を映像化したもので、1度頓挫していた作品でもあるだけに、完成して高評価を受けているのは嬉しくもある。そして『アリー/スター誕生』は、言わずと知れた『スタア誕生』のリメイク作品である。

www.youtube.com

 

主演女優賞

自由黒人が誘拐の末奴隷として12年働かされた衝撃の実話『それでも夜は明ける』で大躍進したスティーヴ・マックイーンの新作、『妻たちの落とし前』"Widows"(パンチの効いたいい邦題だ)からヴァイオラ・デイヴィスがノミネート。既に2011年の『ヘルプ〜心がつなぐストーリー〜』や2016年の『フェンス』で高い評価を受けており、名優との呼び名が高い。

その他4人はGG賞ノミニーでもある実力者揃い。ジャンル分けの無い単独の女優賞では、通常ドラマ部門の勝者(今回はグレン・クローズ)が受賞に近いと言われるが、イギリスが舞台であることから意外にもオリヴィア・コールマン(GG賞ミュージカルコメディ部門受賞)が優勢か。傍証ではあるが、『女王陛下のお気に入り』は今回のBAFTAで最多ノミネートを誇っており、彼女が受賞するかどうか楽しみである。

 

主演男優賞

GG賞ノミネートの4名に、『スタン&オリー』(原題)『僕たちのラストステージ』からスティーヴ・クーガンが滑り込み。GG賞ではミュージカルコメディ部門に同作品のジョン・C・ライリーがノミネートされていたが、ここでイギリス出身のクーガンがノミネートされる辺りにイギリス根性が見え隠れする(笑)。

番狂わせのGG賞ドラマ部門受賞となったラミ・マレックではあるが、ミュージカルコメディ部門受賞でイギリス出身のクリスチャン・ベールもおり、流石にBAFTAまで制するのは難しいのではないだろうか。GG賞予想でもブラッドリー・クーパーを推す意見は多かったように思うので、彼が受賞するかどうかも見どころだ。『グリーンブック』のヴィゴ・モーテンセンも、指輪物語シリーズのアラゴルンで知られる一方、2016年の『はじまりへの旅』などでBAFTAノミネートを受けている名優。誰が受賞してもおかしくはなく、オスカー予想の上でも重要な1部門だ。

 

助演女優賞

やはり強いのは『女王陛下のお気に入り』。トリプル主演とも呼ばれる作品から2人がノミネート。ただしこれは票割れを生む結果になりかねないとも指摘されており、共倒れの可能性も高い。

GG賞と同じ4人に、GG賞受賞のレジーナ・キング(『ビール・ストリートの恋人たち』)を押さえてランクインしたのは『ふたりの女王 メアリーとエリザベス』のマーゴット・ロビーヘンリー8世の娘エリザベス1世と、スコットランド女王として同時期に君臨したメアリー・ステュアート(サーシャ・ローナン)の人生を描く作品で、これが入るのはBAFTAのイギリス根性が見え隠れする結果でもあるなあ(笑)と思ってしまった。

 

助演男優賞

GG賞と全く同じ顔合わせになった助演男優賞。GG賞ではマハーシャラ・アリが栄冠に輝いたが、イギリス出身の名優リチャード・E・グラントが控えており、一筋縄ではいかないだろう。2年連続のノミネートとなったサム・ロックウェルは、昨年『スリー・ビルボード』で受賞しており、今年も受賞するかどうかが見物となる。昨年『君の名前で僕を呼んで』でブレイクしたシャラメも、スティーヴ・カレルと共演した今作での演技が高い評価を受けている様子。またSW7で初登場したカイロ・レンで知られるアダム・ドライバーも、主演映画『パターソン』が高く評価されるなど演技力は折り紙付きなので、誰が受賞するか楽しみだ。

 

続きは後編で

かなり沢山書いた気がするので、続きはこの後公開の後編で。こちらではオスカーを占う上で重要な技術系部門、またノミネート内訳などの総括を行いたいと思う。

mice-cinemanami.hatenablog.com - 後編はこちら

 

関連:映画賞 / BAFTA / 英国アカデミー賞

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