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キャストと脚本と社会背景の話 - 映画『スリー・ビルボード』ネタバレ考察2

今回は映画『スリー・ビルボード』"Three Billboards Outside Ebbing, Missouri"('17)ネタバレ考察の後編第2弾である。キャストや背景について少し抉っていきたい。前編はこちら。☞

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ネタバレ無しあらすじ

ミズーリ州エビング郊外(Outside Ebbing, Missouri)に住むアンジェラ・ヘイズが、レイプして殺害された。アンジェラの母ミルドレッド・ヘイズ(フランシス・マクドーマンド)は、犯人を捕まえられない地元警察に業を煮やしていた。ある日、自宅近くの古びた看板3枚を目にしたミルドレッドは、こんな3枚の広告を出すことにする。

  • How come, Chief Willoughby? (どうした、ウィロビー署長?)
  • Still no arrests? (まだ逮捕無し?)
  • Raped while dying (死にかけながらレイプされた)

この看板を最初に見つけたのは、ビル・ウィロビー署長(ウディ・ハレルソン)子飼いのぼんくら巡査、ジェイソン・ディクソン(サム・ロックウェル)。彼は職権濫用してミルドレッドの関係者に手を出し、彼女を追い詰めようとするが、ミルドレッドは逆に奮起してしまう。町にはウィロビーを慕う者も多く、ミルドレッドはこの看板を出したことで白眼視されることになる……

 

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ざっくりキャスト陣紹介

主役のミルドレッド・ヘイズを演じるのはフランシス・マクドーマンド。この作品では1996年の『ファーゴ』"Fargo"以来となるアカデミー主演女優賞を獲得し、その際に映画界での女性躍進、また映画制作スタッフ/キャストの多様性を求める「包摂条項」(inclusion rider)についてスピーチしたことが話題となった(cinra.net)。マクドーマンドを想定して書かれたらしいこの作品は、コーエン兄弟作品との類似が指摘されているが、コーエン兄弟の兄ジョエルはマクドーマンドの夫である*1

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エビング署長を演じるのはウディ・ハレルソン。強面俳優として知られるが、筆者としては『スウィート17モンスター』でヘイリー・スタインフェルド「これから自殺するね!」と謎に迫られる担任教師役が思い出されてしまう。そう言えばエマ嬢案件だから『ゾンビランド』観なくちゃなあ……

 

レイシストのジェイソン・ディクソン巡査を演じるのはサム・ロックウェル。この作品でマクドーマンドと並んでアカデミー助演男優賞を獲得した。2000年の『チャーリーズ・エンジェル』ではノックスを演じているのだが……待って、『銀河ヒッチハイクガイド』のゼイフォード?!*2次回作には今年のGG賞最多ノミネートの "Vice"(ジョージ子ブッシュ役、しかもGG賞ノミネート)、そしてタイカ・ワイティティの『ジョジョ・ラビット』"Jojo Rabbit"(原題)*3が控えている様子でこちらも楽しみだ。

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!!! SPOILER ALERT! SPOILER ALERT! SPOILER ALERT! !!!

 

マクドナー自身が「自分史上最も希望に満ちた映画」と語る脚本

色々探していたら、映画.comで掲載されたインタビュー記事を見つけた。マクドナーが喋っている動画もあるのでどうぞ。

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マクドナーはこのインタビューの中で、「どのキャラクターも人間性が垣間見えるよう、ありのまま描いた。人間性が感じられると、完全な善人も悪人もいなくなる」と述べている。そう、だからこそこの映画は難しい。住民から慕われているウィロビー署長は、子どもを放っておいて青姦しに行くような人間だし、信奉者にはとんでもない歯医者が出てくるような男だ(これが本人の欠点かはさておき)。ぽんこつ巡査のディクソンは、母親も含めてとんだレイシストだが、どう見てもマザコンだし、終盤には身を挺して証拠ファイルを守ったり、検体を取りに行く行動力を見せる。ミルドレッドは娘を殺された悲劇の人物だが、歯医者のくだりの後あれだけ飄々としてられるのは恐ろしさすら感じる。そして警察署に向けて火炎瓶を投げつけるのはどう考えてもやり過ぎだし、ミルドレッドが全面的に正しいわけではないのだと痛感させられる。

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そもそも、よく勘違いしている人が多いのだが、裁判は白か黒か決めるためにあるわけではない。当事者同士で決められないので、どっちにどのくらい責任があるのか、法律の専門家に決めてもらうというのが正解である。だから何でも白か黒かできぱっと分かれるわけでもない。こういう事件だって同じなのだ。だからこそ、マクドナーの言うように「人間性が感じられると、完全な善人も悪人もいなくなる」し、そうやって白黒だけじゃないところを描いているからこそ、この作品は評価される。

 

もうひとつマクドナーの喋りで印象的だったのは、次の発言である。

ストーリーには常にファンタジー要素が求められる。作り話だからね。だが、できるだけロジカルであるべきだマーティン・マクドナー映画.com 2018年1月31日掲載

この作品がただの暴力映画にならなかった理由はここにある。前の記事で少し書いたように、カットに登場するプロップひとつ取っても無駄の無い脚本になっている。その理由は、マクドナーがこの脚本を緻密に計算し、それらに意味づけをしているからだと思う。

 

更にこの作品は、マクドナー自身が「自分史上最も希望に満ちた映画」と語るほどだ。ミルドレッドとディクソンに選択の余地を残すあのラストは、あれだけ憎悪が渦巻いていた映画のラストなのに、清々しさすらある。

ひとつには陳腐な悪たるウィロビー署長が中盤で退場していることがあると思う。その上でディクソンは変わり、ミルドレッドも変わり、最終的にはその変化が元で救済される。ミルドレッドは自分の娘を殺した犯人を知らずに終わるが、自分の行動を責め続けていた以前とは明らかに変化している。マクドナーは、彼らがこのように転んでいくことに驚きすら覚えたと明かしているが、然もありなんだ。

 

結局ミルドレッドは娘を殺した犯人に辿り着けない。白も黒もころころと変わる。と言うより、全員の白い部分も黒い部分もころころと現れる。だからこそこの映画には説得力があるのだと、わたしはそう思う。ここでミルドレッドが真犯人を知り、復讐に成功した筋書きなら、ただの大味なハリウッド的暴力映画になってしまっただろう。そうでなく、ああいう筋書きだからこそ、この作品は評価されるのだと思う。

popclt.com

 

ミズーリが舞台であるわけ

ミズーリアメリカ合衆国の中心やや右寄りにある州だ。個人的にはGotG1/2を手掛けたジェームズ・ガンの出身地という印象だったが、実際どんな土地なのかはそんなに知らなかった。ここに挙げた3つの記事が参考になりそうなので読んでほしい。

filmaga.filmarks.com

cinemore.jp

forbesjapan.com

3記事で言われていることをまとめてみると、ミズーリがある意味取り残された場所であること、白人とはいえ貧しい人が多いこと、多様性が高いこと、そしてそれ故にヘイトクライムが多発していることが分かる。作中登場するディクソンは明らかにこの枠組みの中に入るだろう。母親共々レイシストだし、自分を振り返れば学が無くてうだつが上がらないし、挙げ句彼をクビにするのは黒人署長のアバークロンビーだ。そしてFilmarksの記事では、そういう彼らこそトランプ支持の基盤となっている白人層だと指摘されている(実際そうだろう)。

一方のミルドレッドも、DV夫と離婚し、娘を殺され、小さな雑貨屋に勤めながら、シングルマザーとして息子を育てている。雑貨屋の主人デニスは、マリファナで前科のある黒人女性だ。白人なのに、支配者階級の枠組みには全然入れていないのである。

 

この作品は、徹底的にアメリカの闇を描き出し、その中で登場人物が前を向いて変革していくからこそ、両者が上手い対比になるように出来ている。ミズーリが舞台なのはそういうわけだし、ディクソンとミルドレッドがああいう人物なのもちゃんと理由がある。そういう人物を演じきったからこそ、ふたりにはオスカーが輝いたのだ。わたしはそう思う。

最後に

スリー・ビルボード (字幕/吹替)

スリー・ビルボード (字幕/吹替)

  • Martin McDonagh
  • ドラマ
  • ¥2000

 

190116追記) 次の記事はこちら

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関連:スリー・ビルボード / マーティン・マクドナー / フランシス・マクドーマンド / サム・ロックウェル / ウディ・ハレルソン / コーエン兄弟

*1:オスカー像盗まれた騒動☞忘れた騒動の挙げ句、「あれは夫が見てます」みたいな発言をしていたと思うのだが、天下のコーエン兄弟があれを見張ってると思うとちょっと面白い。一連の流れはここをどうぞ☞

*2:銀河ヒッチハイク・ガイド』映画版は、ダグラス・アダムスが制作直前に急逝したこともあり、数あるメディア化の中でも注目度が高い作品(多分)。押しも押されもせぬ推しマーティン・フリーマンの初期の主演作でもあり、お気に入りの作品でもあるのだが、原作をちゃんと読まないうちに紹介するのは……と思いつつ放置してある。但し映画としてはとても面白いので是非チェックを!

*3:イカの次回作『ジョジョ・ラビット』は、スカヨハを主演に迎え、第二次世界大戦中にユダヤ人少女を匿う母と、少し周囲に馴染めない息子とを描く作品。タイカが監督・脚本とヒトラー役を兼務することで話題になっているが、何とこれもサーチライト作品らしく期待値が高い。

theriver.jp

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