ちいさなねずみが映画を語る

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ユーナ・スタッブスが亡くなりました

ユーナ・スタッブス(Una Stubbs)がエディンバラの自宅でひっそりと亡くなりました。84歳でした。元々はシットコムで人気を博した女優でしたが、近年では専ら『SHERLOCK』に登場するお茶目な大家・ハドスン夫人役で知られていました。彼女の演じたハドスン夫人に敬意を表してこの記事を贈ります。

www.bbc.com

 

8月13日の朝

8月13日の朝、ふとInstagramを開いたところ、ルイーズ・ブリーリーによるスタッブスの美しいモノクロ写真が載せられていました。元々ブリーリーはセットでモノクロ写真を撮ってはInstagramに挙げていたので、その中のひとつだったのだとは思いますが、一瞬で彼女が亡くなったことを悟りました。英語圏でモノクロの写真を挙げることはその人への追悼を意味する行為だからです。

www.instagram.com - ブリーリーの美文は後から紹介します

今でも続編が強く望まれている『SHERLOCK』ですが、あそこまでダークにしてしまったのならもう救いようはなく、おまけにこの作品をきっかけに売れっ子となったキャスト陣のスケジュール問題も大きくて、製作の話はさっぱり聞こえてきません。おまけにシリーズ唯一の良心(?)だったハドスン夫人役のスタッブスもこの世を去ってしまったとあれば、ますます続編の製作は難しいのかもしれません。

 

元々は人気シットコムの出演者

www.youtube.com - 最後が本当にずるいですね(大好きです)

スタッブスは元々 "Till Death Us Do Part"*1という人気シットコムで、主人公のとんだ偏屈親父の娘・リタを演じていました。1965年から1975年まで約10年続いたシリーズにおいて、主要キャラクターのひとりだったこの役は大変人気を博し、別のシリーズでもリタ役を演じるほどでした。1979年から1981年にかけては、子ども向けシリーズ『ウォーゼル・ガミッジ』"Worzel Gummidge" でサリーおばさん役を演じ、ジョン・パートウィー演じる主人公と渡り合いました*2。パートウィーはイギリスが誇るご長寿番組『ドクター・フー』の3代目ドクターなので、若き日のモファティス*3がこの番組を見ていたことは想像に難くありません。スティーヴン・モファットは1961年生まれ、マーク・ゲイティスは1966年生まれですから、スタッブスはふたりにとってハドスン夫人のような存在だったのかもしれません。彼女がちょい役のように見えてすこぶる重要なこの役に選ばれたのも、そういう事情があったのかしら。

 

「お手伝いさんではな」かったけれど、間違いなくお母さんでした

 彼女のキャリアで捨てては置けないのが、2011年から放送されているBBCの大人気ドラマ『SHERLOCK』です。シャーロック・ホームズ物語を21世紀のロンドンに置き換えたこのドラマで、スタッブスはベーカー街221Bの大家・ハドスン夫人役を演じました。思い込みが激しくてシャーロックとジョンのことはずっとゲイカップルだと思っているけれどとってもチャーミングで、その上シリーズが進むとよく分からない恐ろしい過去が一枚ずつ玉ねぎの皮を剥くように判明するというキャラクターです。

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実はスタッブスは、かねてより女優ワンダ・ヴェンサムと交流がありました。ヴェンサムは4歳の息子連れでよくスタッブスと会っていたと言います。その息子の名前は、ベネディクト・カンバーバッチ。そう、シャーロックが演技の世界に進む前から、スタッブスは彼のことをよく知っていたというわけです。実際彼女は、小さい頃からよく知っているカンバーバッチが、立派な俳優になったことを感慨深く思っていたそう。スタッブス版のハドスン夫人と言えば、"I'm not your housekeeper."(お手伝いさんなんかじゃありません)という台詞が有名でしたが、彼女はセットの中でも外でも、カンバーバッチのお母さん的存在であり続けていたのです。

 

(原作版のハドスン夫人に関しては大好きなナツミさんのブログでしっかりまとめられているのでそちらに譲りたいと思います)

sherlock221b.blog.fc2.com

彼女がスタッフをまとめる精神的支柱になっていたというのは、最初に示したルイーズ・ブリーリーの追悼文からもよく分かります。オリジナルキャラクターの法医学者モリーを演じていたブリーリーは、元々ケンブリッジ大学で学んだ才女です。文筆家としても活動しており、その追悼文もとても詩的なものですが、セットでスタッブスがとても愛されていたことがよく分かる文章です。

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SHERLOCK』撮影中のスタッブスについて、ブリーリーはこんな文章を寄せています。年は離れているけれど、スタッブスがとびきり慕われていて、そして他の共演者たちをあたたかく包み込んでいたのがありありと浮かびます。

Like all right-thinking women you were a bit in love with Rupert. You adored Martin for being deliberately outrageous. You were like another mum to Ben. And we girls wanted you to be our best friend and our coolest, funniest auntie.

[拙訳:他のまともな女性と同じように、ルパート[・グレイヴス]にちょっと恋をしていましたね。マーティン[・フリーマン]のわざとらしいくらい無法者なところ*4も尊敬していました。ベン[=カンバーバッチ]にしてみればもうひとりのお母さんみたいなものでした。そして我々女子陣は、大親友で、一番かっこよくて面白いおばさんになってほしかったのです]

 

実はこの後には、7割くらいの人が彼女のことを「ウーナ」と呼ぶのに文句ひとつ言わなかったし、というエピソードが挟まっています("Una"という名前は「ウーナ」「ユーナ」両方有り得ます)。何ともスタッブスらしいエピソードで、悲しいはずの追悼文なのに、彼女のチャーミングな顔ばかり浮かんでしまいました。

 

ドクター・フー』か『リーグ・オブ・ジェントルマン』かと言わんばかりにダークな方向に進んだ『SHERLOCK』は、S4直前のフリーマン/アビントン夫妻の破局、売れっ子になったカンバーバッチ/フリーマンのスケジュール問題、原作を現代にマッシュアップすることの難しさ、S4で指摘された女性キャラクターの描き方問題など山積状態で、新シリーズの噂はとんと聞こえてきません。シリーズ中で、(とんでもない過去はあるにしろ)唯一の良心として輝いていたスタッブス版ハドスン夫人がいなくなれば、ますます拍車が掛かろうというものです。あまりにダークだったS4を乗り越え、原点回帰した楽しいS5が観たかったのですが、そこに彼女の姿はきっとありません。何とも惜しくてなりません。

 

おしまいに

ブリーリーの他にもみんなが追悼文を挙げているのでご紹介のみしておきます。まずは昔の写真をせっせと挙げているルパート・グレイヴス(レストレード警部役)。

 

公式Twitterを通じてプロデューサーでスティーヴン・モファットの妻でもあるスー・ヴァーチュー。

 

SHERLOCK』の製作スタッフも務めたリーチュ・カブラのTwitterにはモファットがInstagramに掲載した追悼文が。

脚本・製作総指揮・マイクロフト役のマーク・ゲイティスからは、彼女と仕事ができて本当に幸せだったという追悼文が。

こちらはS4に登場した子役のインディカ・ワトスン。

 
 
 
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www.instagram.comそして最後が彼女の実子で作曲家のクリスチャン・ヘンソンです。

 スタッブスの可愛らしいハドスン夫人がもう観られないのは悲しいのですが、ここまでスタッフのお母さん的存在であの過密な現場を救ってくれていたことに最大限の感謝をしたいと思います。彼女のハドスン夫人は、いつまで経っても現代版最高のハドスン夫人です。ありがとうございました。

via GIPHY - しんみりと終わりたくなかったのでノリノリなシャーロックにしました

  

関連:ユーナ・スタッブス / SHERLOCK

*1:本来は『死がふたりを分かつまで』という成語です

*2:因みにこの番組には我らがパイソンズのジョン・クリーズと結婚していたコニー・ブースも出演しています

*3:モファティスはふたりとも筋金入りのDWオタクとして知られています

*4:投稿後追記:僕らのマーティンは事ある毎にすぐ中指を立てる、ファッ◎ンお行儀と口の悪いましゅまろおじさんなのですが、その彼を指して"outrageous"というのは本当にルーらしいです(笑)。

 ☜この役柄も強ち嘘じゃないましゅまろおじさん

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