ちいさなねずみが映画を語る

すきなものを好きなだけ、観たものを観ただけ—

パイソンズの名曲『Always Look on the Bright Side of Life』を紐解く

仰々しいタイトルを付けたが、今日も書きたいものを書き散らすだけの回なのでご安心ください。そう言えば推しのコマンダンテが大宮セブンになりました。セブンに推しが2組で嬉しいです。こたつ記事の皮を被ったマーケティング記事も是非お読み下さい。

 

悔しいことに、紛う事なき名曲

パイソンズの"Always Look on the Bright Side of Life"は、悔しいことに、紛う事なき名曲である。東京五輪絡みの記事でも少し触れているが、五輪会場で本人が歌い始めれば会場中が大合唱となる、そんな曲だ。パイソンズは精力的に曲ネタを出していたけれど、この曲はスケッチの文脈を越えて、広く愛される名作だと思う。

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いいことなくて気が狂いそうなこともあるだろう、でも口笛吹いて人生のいいとこ見ようぜ、という歌詞から始まるこの曲。冒頭こそポリアンナのいいこと探しのようだが、後半では(登場人物たちに)迫り来る死にも触れ、作品の主題となったキリスト教へのアンチテーゼとして働く(後述)。「どうせ1回限りの人生だろ」というどきっとするような歌詞が大好きだ。筆者も何かあると最初から口ずさんでしまう。(以下、歌詞は拙訳です)

Some things in life are bad (人生で何か躓けば)
They can really make you mad (気が狂うことだってあるだろうさ)
Other things just make you swear and curse (誓って呪いたいこともあるさ)
When you're chewing on life's gristle (人生のスジ*1に当たったら)
Don't grumble - give a whistle (不平言わずに! 口笛吹こうぜ)
And this'll help things turn out for the best (この言葉が人生よくしてくれるさ)→サビへ

www.youtube.com - 本編の映像を載せると完全なネタバレなので『ノット・ザ・メシア』版を

 

映画を締めるシメの1曲

この曲はパイソンズの映画第3作『ライフ・オブ・ブライアン』の最後に据えられた曲だ。パイソンズは4本の映画を出しているものの、第1作はテレビ版の人気スケッチを繋いで90分の尺にしただけなので、実質的には3本の映画というのがよいと思う*2。映画としての出来は第2作の『ホーリー・グレイル』が白眉で、その先は評価が分かれるところなのだが、"Always Look on the Bright Side of Life"は映画の評価とは分かれ、パイソンズいちの名曲として扱われている。

パイソンズ映画の歴史①ホーリー・グレイル

パイソンズの映画2作目にして本格作品第1弾の『モンティ・パイソン・アンド・ホーリー・グレイル』は1975年に制作された。聖杯を求めて長きにわたる旅をしたアーサー王の伝説を下敷きに、オックスフォードで歴史学を学んでいたテリー・ジョーンズ(以下テリーJ)が時代考証も買って出て、おちゃらけ映画なのに時代考証がきちんとしているという謎のクオリティを見せることになった。テリー・ギリアム(以下テリーG)が初めてメガホンを執った作品で、その後の名監督人生への道となった*3ことも有名である。もっとも、この作品はふたりのテリー(テリーJ、テリーG)で共同監督となったのだが、あまりにテリーJの我が強く、次作の『ライフ・オブ・ブライアン』で、テリーGを美術監督押し込めることに成功した、というのはちょっとしたお笑いぐさである。

 

この作品の音楽はボンゾ・ドッグ・ドゥー・ダー・バンドの主要メンバーだったニール・イネスが担当した。イネスはパイソンズのスケッチにも度々ゲスト出演した「7人目のパイソンズ」だった一方、作曲や歌ネタが好きだったエリック・アイドルと旧知の仲で、ふたりは後にビートルズのコミックバンド「ラトルズ」を結成し、架空ドキュメンタリー映画まで完成させている。

——『愛だけがすべて』ならぬ『金だけがすべて』"All You Need is Cash"

 

イネスの曲作りの才能は確かなもので、単なるパロディ映画のはずが、無駄に壮大なテーマソングを作り上げ、この作品に深みを持たせた。かくして才能の無駄遣い」と大絶賛される世にも奇妙な映画がこの世に誕生したのである。(なお、この作品を基にしたミュージカルをアイドルが勝手に作り、そのせいでメンバー(特にジョン・クリーズ)と大揉めになったのはまた別の話……)*4

www.youtube.com - これはファン動画だが、本物も是非聴いてね

パイソンズ映画の歴史②ライフ・オブ・ブライアン

B級映画ながらすったもんだの末に製作費と気苦労を補って余りある大成功を収めてしまったホーリー・グレイル』。当然ながらメンバーはあちこちで次回作の構想を聞かれることになる。そんな中、アイドルがインタビューで何の気なしに口にした「イエス・キリストをネタにする」というアイデアが採用され、映画第3作を制作することになる。イエス・キリストと同時期を生きてしまった青年が、勘違いの連続から謎の教祖と崇め奉られ……という筋書きである。

 

この作品の評価は賛否両論といったところで、敬虔なカトリック国家では全く受け入れられず、上演禁止になった国も多数であった。パイソンズは元から「目に入るものを全てネタにする」、を信条とする一座であったが*5、キリストの人生を茶化し、「こんなのは狂っている!」と言わんばかりの筋書きは看過できない、というわけである。

個人的な感想を言わせてもらうと、ただインテリな馬鹿馬鹿しさを追求した『ホーリー・グレイル』に比べ(とはいえこの作品も聖杯探しなのだが)、宗教色、特にキリスト教への不信感を示した『ライフ・オブ・ブライアン』は、メッセージ性が強すぎるきらいがある。宗教なんて糞食らえというメッセージは繰り返し出していたものの、教祖様のお言葉に熱狂する民衆の狂気、そしてそれを忌む権力者の側、というのが明確に描かれているのはこの作品が初めてだと思う。30分番組のいちスケッチで同様の内容を取り上げることはあっても、大抵は数分でまるで違うスケッチに飛んでしまうので、90分同じ主題で取り上げられ続けるということはないのである。

 

宗教色の強い作品にしてしまった故に、メンバーたちもこの作品の収め方を酷く思い悩むことになった。映画版の撮影当時には、既にジョン・クリーズがテレビシリーズに飽き始め(実際第4シリーズはほとんど出演していないばかりか、そのせいで空中分解した)、グレアム・チャップマンはアル中を克服したばかり*6、おまけに監督を務めるはずだったふたりのテリーの仲は険悪だった*7キリスト教を題材にしたことで、出資の話は何度も立ち消えになり、スケールを上げるはずだった作品は『ホーリー・グレイル』以上の資金難に陥ることになる(最終的にはビートルズジョージ・ハリスンの支援を受けて完成)。メンバーはリゾート旅行にまで出掛けるが、この映画を収めるよいやり方は全く思いつけず、あわや企画倒れか、というところにまで達するのだった。そんな中、アイドルがこんな曲はどうだと書き付けてきたのが"Always Look on the Bright Side of Life"である。最初はメンバーの印象も芳しくなかったが、どうしてもものにしたいアイドルがコーラスまで書き上げ、気付けば作品の最後を締める名曲へと進化するのだった。

 

個人的に好きなのは、突然死を歌い出す3番の歌詞である。この歌詞は死後の復活、とりわけ天国と地獄の概念を持つキリスト教に対して、強烈なアンチテーゼとなっている。死後の世界を信じて徳を積みましょう、という宗教観に対し、「どうせ1度しかない人生なんだからくよくよするな」、というわけだ。ゴルゴタの丘で磔にされているアイドルが。

Forget about your sin, give the audience a grin (原罪なんて忘れて観客に笑顔だ)
Enjoy it - it's your last chance, anyhow (楽しめよ、どうせラストチャンスなんだぜ)
So - Always look on the bright side of death (死の輝かしい側面を見てようぜ)
Just before you draw your terminal breath (最後の息を吸うときまでさ)
Life's a piece of shit when you look at it (振り返れば人生は大抵クソさ)
Life's a laugh and death's a joke, it's true (人生はお笑い種で死はジョークだろ?)

メッセージ性の強い作品を見せられてちょっと食傷気味になっていた心が、磔になったアイドルが呑気にオプティミズム全開の曲を歌い出すので、ふっと元に戻る。そうかパイソンズのスケッチなんてこんなんでいいんだ。そんな気持ちになるのがこの曲である。だからこそ、この曲は作品の評価とは切り離して、ずっとロングセラーであり続けるのだと思う。

 

パイソンズ映画の歴史③人生狂騒曲

1979年に賛否両論の問題作『ライフ・オブ・ブライアン』を制作したのと前後して、パイソンズはメンバー間の不仲が表面化し、グループとしての活動はどんどん下火になっていく。パイソン前史の時代からリーダーシップを取っていたジョン・クリーズがパイソンズ的笑いに飽き、当時の妻コニー・ブースと『フォルティ・タワーズ』を制作し始めるほか(1975年・1979年)、長年のスケッチメイトだったテリーJとマイケル・ペイリンは新作『リッピング・ヤーン』に取り組み始める(1976年-1979年)。テリーGは独自制作第2作の『バンデットQ』(1981年)が成功し、一流監督としての道を歩み始める。アイドルがラトルズのモキュメンタリー『オール・ユー・ニード・イズ・キャッシュ』を制作したのは1978年のことだ。口には出していなかったが、パイソンズの空中分解はほぼ決定的な事実だった。つくづくペイリンがいたからまとまっていただけのことだと思う。

 

その後、更なる映画をと期待されて執筆に取り組んだのが、映画第4作にして最終作、『人生狂騒曲』(1983年)である。生から死まで人生の7側面を切り取ってオムニバスにする……そう言えば聞こえがよいが、実際にはパイソンズは既に空中分解していて、実情は7つの出来の良いスケッチを切り貼りしただけのものになってしまっていた。テレビシリーズで見せた驚くようなカット展開はどこへやら、ただただ独立したスケッチが流される展開に、ちょっとした残念さを味わうのである。実際、この作品の執筆には何度も行き詰まり、「気分転換にライブでもやろうぜ」といって、ハリウッド・ボウル公演(1982年)を実施したのだから、お察しといったところだ。

 

映画としての出来こそ最悪なのだが、スケッチとしては出来の良いものが多く、そこはパイソンズらしいなと思わせられる。名作スケッチ「スパム」をずっと引き摺っているペイリン/テリーJコンビが書いた"Every Sperm is Sacred"は、前作『ライフ・オブ・ブライアン』を批判し上映禁止に追い込んだカトリック圏に対する強烈なアンチテーゼだ。女性の出産そっちのけで機械ばかり見ている医師を批判したスケッチは、自身も内科医だったチャップマンとスケッチメイト・クリーズの筆によるものである。スティーヴン・ホーキングはアイドルが書いた『銀河系の歌』をひどく気に入り、2014年の復活ライブに合わせて自らの人工音声で歌うリリックビデオの制作に協力したほどだった。冒頭、浮いたように置かれている短編映画『クリムゾン 老人は荒野をめざす』は確かにテリーG暴走のなれの果てなのだが、短編映画の出来としては素晴らしいもので、その後の輝かしいフィルモグラフィを想起させる。つくづく、この6人の強すぎる我をまとめるほどの力がなかっただけなのだ、と思うばかりで、だからこそこの作品は少し観るのが辛いのである。

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辛いときには口笛吹いて口ずさもうぜ

そういう話はさておき、やはりパイソンズが出してきた様々な曲の中で、"Always Look on the Bright Side of Life"は珠玉の1曲だと思う。勿論、『木こりの歌』とか、ホーリー・グレイルの「スパマロット」とか、素晴らしい曲は沢山あるのだが、スケッチの意味を越えて愛され続けているのは、この曲ひとつなのではないかと思う。

 

アイドルは今でも際どい人物だし、メンバーと反りは合わないし(だからこそずっとひとりで言葉遊びネタを書き続けている)、周りがどうなってもいいやという精神で生きている。でも、彼の曲作りの才能は天下一品で、その代表作がこの曲なのではないかな、と思わされるのだった。

 

辛いときには口笛吹いて、「どうせ1回きりの人生なんだぜ」と歌ってみる。アイドルのお調子者な顔が浮かんで、ちょっと晴れた気持ちになる、それがこの曲の良さなのである。

 

"Always Look on the Bright Side of Life"は映画第3作『ライフ・オブ・ブライアン』のラストシーンを飾る1曲。パイソンズの曲を集めたアルバム『モンティ・パイソン シングス・アゲイン』に収録されている。是非合わせてお買い求めください。

 

関連:モンティ・パイソン / エリック・アイドル / ライフ・オブ・ブライアン

*1:gristleは肉のスジを示す言葉。つまりは噛みきれないものにぶち当たったら、という意味である

*2:実のところ、外伝的に彼ら全員が出ている映画があったりはするのだが、その辺は割愛する→

*3:もっとも、最近の評価では迷監督という気もしないではないが……

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*4:この作品が福田組でも日本上演されている『スパマロット』である。このタイトルは『ホーリー・グレイル』作中に登場するキャメロット城の宴会シーンの曲から取られており、人気スケッチ「スパム」を下敷きにしたものでもある。スケッチ自体は「スパムメール」の語源になったともされていて、当初本家スパムの発売元であるホーメルはこの作品に難色を示していたというが、今や「会社の宣伝になる」と開き直って、大々的にミュージカル作品の後押しをしているというのは内緒の話。制作に関するすったもんだに関しては過去記事に譲りたい。

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*5:そういうわけでインド人もフランス人もネタにするし、エリザベス女王と不埒な息子(=今のチャールズ皇太子)をネタにするし、メンバーの一人チャップマンがゲイなのに、「ホモは死ね」と言わんばかりにネタにする。もっとも最後のひとつに関しては、チャップマンが主導して芸能界での同性愛者の地位を上げた功績があるのだが、スケッチで見せる姿勢は、パイソンズのネタにおける聖域の無さを思わせる

*6:前作の撮影当時、現場にジンを持ち込んで煽りながら撮っていた、そのせいで手が震えていた、という逸話がある。その後チャップマンはアル中を克服するのだが、そのせいが祟ってなのか、1989年のグループ結成20周年直前に喉頭癌のため急逝している。

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*7:先述した通り、我の強いふたりは『ホーリー・グレイル』の撮影中ひたすらにぶつかり続け、結果としてこれに飽き飽きしたテリーGが監督職から美術監督に移ることになる。そのせいで次作の冒頭に取って付けたように付けられたのが冒頭映画の『クリムゾン 老人は荒野をめざす』である

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