ちいさなねずみが映画を語る

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自分にラブシーンを書くなよクリーズ - 映画『ワンダとダイヤと優しい奴ら』

パイソンズが完全終了した後に、ジョン・クリーズが撮った映画ワンダとダイヤと優しい奴ら』"A Fish Called Wanda" ('88)を観た。華々しいダイヤ強盗シーンで始まり、盗んだダイヤを誰が手に入れるかを巡ってドタバタ劇が繰り広げられる一作。……いやはや、パイソンズを辞めたクリーズが撮りたかったのはこれなのか?(笑)

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あらすじ

ジョージ (演:トム・ジョージソン) は、愛人のワンダ (演:ジェイミー・リー・カーティス) とその「兄」オットー(演:ケヴィン・クライン)、動物愛護家で吃音のケン (演:マイケル・ペイリン) と共に、白昼堂々ダイヤをかっさらう。しかしながら、ワンダとオットーが兄妹だというのは嘘っぱちで、彼らの通報によりジョージは逮捕されてしまう。ジョージを逮捕させたふたりはダイヤの隠し場所に向かうが、裏切りを恐れたジョージにより、ダイヤは既に移動させられていた。是が非でもダイヤを勝ち取りたいワンダは、ジョージの法廷弁護士 (バリスタ) であるアーチー (演:ジョン・クリーズ) に近付くが、ワンダに気のあるオットーは、嫉妬からワンダの色仕掛けをおバカな手段で妨害し続けるのだった……

 

そこはかとなく漂うクリーズのアメリカへの憧れ

前身 "At Last the 1948 Show"(クリーズ・チャップマン)と "Do Not Adjust Your Set"(テリーG・アイドル・テリーJ・ペイリン) から『空飛ぶモンティ・パイソン』が生まれたのが1969年。クリーズがパイソンズでの笑いに飽きて脱退したのが1972年の第3シーズン放送中。その後1974年から1983年にかけて製作された映画3本、また同時期のライブなどには参加していたものの、本人の性格などもあり、パイソンズとは明確に袂を分かった状態だった。そんな中で、彼が新作として自ら筆を執ったのが、この『ワンダとダイヤと優しい奴ら』だったのだ。

 

スケッチでこそフラ公アメ公と揶揄していたクリーズだが、本当はアメリカという国に少し憧れがあったのだろうなと思う。4回の結婚の内(あまりに多すぎて母親に呆れられてるのでご心配なく)、最初の妻から3人はいずれもアメリカ人だ。パイソン期に結婚していた最初の妻コニー・ブースとはシットコムフォルティ・タワーズ』を共同製作している。この映画の頃結婚していた2番目の妻バーバラ・トレンサムはアメリカ人女優だ。そして3番目の妻でサイコセラピストだったアリス・アイケルバーガーアメリカ人。パイソンズ唯一のアメリカ人だったテリーGがイギリスに帰化した一方で、生粋のイギリス人だったはずのクリーズは、鬱屈とした母国より海の向こうの国に憧れを抱いていたのである。

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アメリカ人妻ばかり選んでいるからクリーズはアメリカ好きなのだ、と言ったらどこぞの皆様に女性蔑視だと攻め込まれてしまいそうだが(どうせパイソンズなんて女性蔑視だからどうでもいいという話もなくはない)*1、この作品の本編を観ていたってそれはよく分かる。クリーズが演じる法廷弁護士アーチーは典型的な英国男で、ケンブリッジを出て多国語に精通しているが、仕事とは裏腹に家庭内は冷え切っている。中盤には見事な屋敷も妻のものであることが分かり(これもイギリスではまあまあよくある話だと思う)、魅力的なワンダに取り憑かれて高飛びを決意してしまう。きっとこれはクリーズの深層心理の表れなのだと思う。

 

本作の紹介でもよく書かれているが、この映画はロンドンを舞台にアメリカ的な笑いを盛り込んだドタバタ劇だ。こういうものをイギリス人が書くと、アメリカ人っぽくやりたいのにどうも上手くいかないさまを描きがちだが、終始アメリカ的な大味コメディを全力で回しているという感じだった。(因みにパイソンズの頃は前者ばかり書いていたので、興味があったら是非観てほしい)。

 

そう言えばケヴィン・クライン演じるオットーは「バカ」"stupid"と呼ばれることにやたら噛みついてくるが、これだって『バック・トゥ・ザ・フューチャー』; BTTFのネタを引用したものである(マイケル・J・フォックス演じるマーティは、"chiken"「腰抜け」と呼ばれるとすぐキレ散らかす悪癖がある)。BTTFは1985年公開(今年35周年だ)、この作品は1988年製作なので、きっとそういうことなのだろう。

 

自分にラブシーンを書くなよクリーズ

今回1番突っ込みたいのはここだ。英国ブラックジョークを連発して社会風刺に勤しんでいたパイソンズを事実上脱退し、自分で脚本を書いたと思ったら出て来たのはこれである。クリーズ、お前が書きたかったのはこれだったのか? 小さい頃からのっぽでからかわれていた彼が、本当に望んでいたのはブリティッシュモテモテになることだったって?

 

この作品を撮影した時でクリーズは48歳。頭の後ろには見事なハゲが出来上がっていて、この状態で仕事に勤しむアーチーの姿は、パイソンズで散々揶揄してきたイギリスのつまらないおっさんたちそのものだ。ケンブリッジで法律を学び、実際に法廷弁護士(バリスタ)として働いていたこともあるクリーズが演じるだけでも内輪ネタなのだが、これにコメディアンとしてのキャリアが重なるとギャグに見えてくる。

 

パイソンズは大体みんな高身長なのだが、クリーズはその中でも特にのっぽで、196cmも身長がある。小学生の頃には6フィートを優に超えていて、そののっぽぶりを冷やかされたことが笑いの道へ進む原点になったというのは有名な話だ。イギリスのつまらない男たちをネタにしながら、この作品ではモテたかったという夢を映像化していて笑ってしまう。最後のオチだって、パイソンズなら上から何かが降ってきてめちゃくちゃにされてしまうのに、あっさり収まるところに収まっていて……という印象だ。

 

 

ペイリンだけがいい人なのだなあ

パイソンズ唯一の良心というのが言い得て妙なマイケル・ペイリン。パイソンズメンバーの中で唯一この作品に出演している。元々我とアクの強いメンバーばかり集まってしまったパイソンズは、ちょっとしたことで喧嘩や冷戦が頻発し、決して仲の良いメンバーではなかった。そんなパイソンズが1969年から15年あまりにわたって活動し続けられたのは、ペイリンがひとりかすがい役となってグループを繋ぎ止めていたためである。実際アイドルか誰かも、ペイリンがいなければもっと早くに空中分解していたと話していた。我の強いクリーズは当然のように全員とめちゃくちゃぶつかっていたが、その中でも唯一ペイリンとだけは良好な仲を保っていたのだなあと思わされる。

mice-cinemanami.hatenablog.com - ペイリンは本当にこのグループ唯一の良心です

ペイリンが演じるケンは、動物愛護家で(人が死んでも平気だが動物が死ぬと泣いてしまう)、吃音持ちという設定だ。実はこのキャラクターは、吃音症だったペイリンの父を投影したものだった。現在ペイリンは自身の名前を冠したセンターで、吃音症に悩む子どもたちを支えている。

michaelpalincentreforstammering.org

ペイリンは撮影時45歳ほど。木こりの歌を歌い盛っていた若手時代から、今の好々爺な感じに移る過渡期という感じで、ちょっとおっさん臭さが見えるのも不思議な感じがする。そう言えばこの作品と同じくらいに彼はあの有名な『マイケル・ペリン80日間世界一周』に出たのだっけ……

80日間世界一周 (世界紀行冒険選書)

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コメディ作品でアカデミー賞に輝くなんて今では……

上の方ではクリーズの深層心理を大分茶化しているが、実はこの作品は当時とても評価されて、アカデミー賞の監督賞・脚本賞ノミネート、更にはケヴィン・クライン助演男優賞受賞まで至っている。本国BAFTAではクリーズとペイリンが揃って主演男優賞・助演男優賞を獲っているのだった。今の時代、こういったコメディで俳優賞を獲るのもなかなか難しいので、面白い結果だなあとは思う。クリーズの脚本が高く評価された結果でもあるので、そこはイギリスびいきとして素直に誇っておこうと思う(イギリス人でもないのに)。

 

そう言えば最後にちらっとスティーヴン・フライカメオ出演していた。彼も彼でパイソンズを追いかけてきたコメディアンなので、にやりとさせられる配役だ。

 

おしまい

パイソンズの系譜の中で考えると、メタなネタもあって違う意味で笑えてくる作品だった。この作品のメンバーは、後に再集結して『危険な動物たち』という作品も撮っている。今度こっちも観てみようかなと思う。そう言えばクリーズの自伝も買わなきゃなあ。

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関連:ワンダとダイヤと優しい奴ら / ジョン・クリーズ / マイケル・ペイリン / ジェイミー・リー・カーティス / ケヴィン・クライン / トム・ジョージソン

*1:実際モンティ・パイソン本編に登場する女優の扱いなんか酷いもんで、キャロル・クリーヴランドなんかあんだけ出てるのに毎回 "It's my only line!"(それ唯一の台詞だったのに!)と絶叫していたもんだ

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