ちいさなねずみが映画を語る

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パイソンズに石を投げた者だけがラーメンズに石を投げなさい

ブログを書こうとしていたら小林賢太郎東京五輪開閉会式のショーディレクターから解任されていた。リハーサルも済んでいるのに、前日に解任してどうなるのかという気はするが(演出総取っ替えなどできないし)、首を切っておかねばということなのだろう。サイモン・ウィーゼンタール・センター;SWCから厳重な抗議も来ていたようだし、しょうがないと言えばしょうがない。因みにSWCはこういう話にとても敏感な団体だ*1

 

この件について口を噤んでいる気だったが、どうしてもこれだけは呟かずにいられなかった。パイソンズに石を投げた者だけがラーメンズに石を投げなさい。

 

 

ロンドンの感動を東京で

東京でオリンピックが開かれると決まった時、2012年のロンドン五輪開閉会式に感動したブリッツマニアとして、あの感動が東京でも観られるのかとわくわくしたものだった。東京五輪も当初はショーディレクターに野村萬斎の名前が挙がっていたし(その後延期に伴って退任)、2016年・リオ五輪時の引継式でも、中田ヤスタカ椎名林檎が見事なパフォーマンスを作り上げたので、期待は十分だったわけである。

 

五輪の開閉会式はその国のカルチャーを発信する一大イベントだが、その中でもロンドンのものは白眉であった。産業革命に始まるイギリスの工業史、ブリットポップに代表されるイギリスの文化的側面、そして今でも次々と「英国俳優」を送り出す源となっている豊かな舞台産業。開会式では『スラムドッグ$ミリオネア』や『トレインスポッティング』で知られるダニー・ボイルが指揮を執ったことでも有名である。

 

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サー・ケネスの場合

そんなロンドン五輪の開会式には、シェイクスピアの『テンペスト』から一節を引いて、"The Isles of Wonder"(不思議の島々)というタイトルが与えられていた。開会式のテーマにもなった『テンペスト』の一節を朗読する任を与えられたのが、イギリスが誇る舞台俳優の要、サー・ケネス・ブラナーである。日本では『ハリー・ポッター』シリーズのロックハート先生で広く知られる彼だが、本来は英国の舞台演劇において、特にシェイクスピア劇を得意とする俳優である。その活動はイギリスに留まらず、近年では自ら監督・主演するポワロシリーズの映像化にも主体的に取り組んでいる。この開会式では、イギリス鉄道の父イザムバード・ブルネルに扮し、イギリスが誇る作曲家・エルガーの『ニムロッド』を背景に朗々とした朗読を見せたのだった*2

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というわけでサー・ケネスと言えばイギリスが誇る名優のひとりなのだが、エマ・トンプソンと結婚していたその昔(トンプソンも名優で今やデイムである)*3、ヘレナ・ボナム=カーターとの浮気が発覚して離婚したという話は大変有名だ。勿論、私生活と俳優としての力量とが十分切り離されているからこそこのキャリアがあるわけだが、清廉潔白な人などどこにもいないと思わされる。

 

エリック・アイドルの場合

もうひとつ大変有名なのが、閉会式に登場して "Always Look on the Bright Side of Life" を歌って去って行ったエリック・アイドルだ。こちらはサー・ケネスの比ではない。

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モンティ・パイソンはイギリスが誇るインテリコメディ集団である。しかしながら、そのネタはいつもエログロ差別の塊で、良くも悪くもどぎついブラックジョークが大好きなイギリスらしい。本放送されていたのは50年ほど前だし、一応第2放送(BBC Two)ではあるが、よく公共放送BBCであんなものを放送していたと思うレベルだ。ドリフターズだって日本を代表するコント集団だし、放送当時はPTAからクレームの嵐だったというけれど、パイソンズはそこに何倍もの頭の良さが加わってしまっているので余計タチが悪い(笑)。メンバー全員が70歳を超えた今でも彼らの舌禍(?)は収まるところを知らず、「パイソンズ唯一の良心」と言われたペイリン以外の3人が*4、今でも定期的に燃えているのもご愛敬である。

mice-cinemanami.hatenablog.com - 今でも定期的に燃えるテリーGおじちゃん

 

閉会式のこのシークエンスは、人間大砲として発射される宇宙飛行士(?)が、イギリス史を振り返る格好をした人々と握手していくところから始まる(後ろの曲はELOの"Mr. Blue Sky"だ)。しかしながらこの人間大砲は見事に失敗し、人々はあーあとため息をつく。そして、発射され損ねた宇宙飛行士が下から這い上がってくるとエリック・アイドルに変わっており*5、パイソンズ一成功した曲 "Always Look on the Bright Side of Life" を歌うという算段だ*6

アイドルの登場とイントロだけで会場中が大合唱した通り、この曲はイギリス国民に広く染みついた曲だ。原題は直訳すれば「人生の明るい方でも見て生きようぜ」となるが、フォークランド紛争でアルゼンチン軍に攻撃された軍艦が沈みゆく時に、乗組員が大合唱したことでも知られる曲で、イギリス人は逆境に陥ればすぐこの曲を思い出す。またサッカーの応援にも使われていて、つまりはイギリス人なら誰でも歌える曲なのだ。

 

この曲が初めて世に出されたのは、パイソンズの映画第3弾『ライフ・オブ・ブライアン』のエンドロールだ。ゴルゴタの丘なのかどこなのか分からないところで、ふんどしだけにされた男が30人ほど磔にされている。その中でアイドル演じるお調子者が呑気に歌い出すのがこの曲なのだ。何とも酷い状況である。何なら「人生はクソ、人生は笑いもので死なんてジョーク」とか歌っている有様だ。

"[Verse 3]
Life's a piece of shit (Oooh)
When you look at it
Life's a laugh and death's a joke, it's true (Oooh)" - via genius.com

 

ロンドン五輪閉会式では、アイドルがこの曲を歌う背景で、パイソンズのスケッチ(コントのこと)に因んだ演出が成されている。アイドルの後ろに控えている羽根の天使たちは、多分『人生狂騒曲』ラストシーンのオマージュだ。因みにパイソン作品は女性の描き方が著しく酷いことで有名である。唯一の女性レギュラーだったキャロル・クリーヴランドは、いつもぞんざいに扱われては「これが唯一の台詞なのに!」"It's my only line!"と絶叫していた。映画第4作の『人生狂騒曲』では、避妊と中絶は悪だと説くカトリックを揶揄して、"Every Sperm Is Sacred"という狂った曲を歌い踊っている(しかも書いたのはパイソンズの良心ペイリンとそのスケッチメイト・テリーJだ)。そのシーンを思い起こさせるように、後ろにはスケート靴を履いた尼僧たちが映っている。インド風の踊りが入ってアイドルが困惑するシーンがあるが、パイソンズには中国人を揶揄した "I Like Chinese" という曲、アラブ人を揶揄した曲 "Never Be Rude to an Arab"もあり、テレビの本放送時代なら、ここでインド人を揶揄するネタをやるところだと思わされずにはいられない(インドはかつてイギリスの植民地だったので)。よくよく見ればパイソンズの有名なスケッチ「まさかの時のスペイン宗教裁判!」"Nobody expects Spanish inquisition!" を思わせる人々もいるし、多様な人々を並べているようで、実はパイソンズのスケッチを思い起こさせているのだ。

 

ここまで少し批判的な感じでパイソンズのネタを紹介してきたが、実は筆者は筋金入りのパイソニアンだ(これまでのブログを読んできた人にはお分かりだと思うが)。どれも酷いネタばかりだし、今なら許されないネタばかりだが(何なら放送当時もあんまり許されていなくて、途中からBBCの検閲と大バトルを繰り広げていたのは有名な話だ)、それでもパイソンズのネタは底抜けに面白くて、どきっとするブラックジョークがふんだんに含まれている。彼らのネタを見ていて思うのは、人間誰しもどこかに差別心を持っていて、誰かを揶揄したい気持ちを抱えているという醜さである。パイソンズは宗教、特にキリスト教を散々ネタにしてきたが(その真骨頂がアイドルが名曲を産んだ映画『ライフ・オブ・ブライアン』である)、それは数多の宗教が説く綺麗事に辟易した彼らなりの皮肉なのだ。誰の心にも闇は潜んでいる。石を投げるのは簡単だが、自分が石を投げられる側になる可能性だって否定は出来ない。

 

パイソンズに石を投げた者だけがラーメンズに石を投げなさい

そこで冒頭の話に戻る。パイソンズに石を投げた者だけがラーメンズに石を投げなさい。今回問題になったのは、ラーメンズが1998年に発表したコントの一節だ。当時のテレビは今より何倍も不謹慎だったし、ラーメンズはそういう不条理ネタが大得意なユニットだった。そのくらい前を振り返ってみれば、バカリズムは今の何倍も尖っていたし、今や好感度芸人のひとりである大吉先生は謹慎を食らってインドに謎の旅行に出ていた。芸風やキャリア、そして時代の流れも全く考慮に入れずに、ただ不謹慎だと批判するのは片手落ちだ。今や笑えないネタは沢山あるが、どぎついからこそウケるものもあるのは残念なことにれっきとした事実だ。だって人間の心の中には差別心があるのだから。

9年前、アイドルが颯爽とロンドンのスタジアムに現れた時、パイソンズのネタはあんなに不謹慎だったからけしからん、と思った人もいたにはいたと思う。しかしながら実際には、会場中から "Always Look on the Bright Side of Life" が聞こえてきて大合唱になった。やはりこれはこれ、それはそれなのである。

 

同時に辞任騒ぎがあったCorneliusのことを擁護する気は全くない。いじめの首謀者だったことを嬉々として語るのはまた別の話だと思うからだ。でも小林賢太郎の件では少し違ったものを思っている。今は何でも過去のものをほじくり出される時代ではあるが、そんなに清廉潔白を求めても、きっとどこにもないと諦めているからだ。それをどぎつく伝えてきたパイソンズに、9年前のあなたは石を投げるだろうか? あなたに石を投げられる清廉潔白さがあるのならば、どうぞ石を投げなさい*7。わたしにはそんなことは到底できないと思っている。

 

……でも正直なところ、萬斎と林檎嬢によるショーが観たくなかったと言ったら嘘になるなあ……

 

関連:TOKYO2020 / 東京オリンピック / 小林賢太郎 / ラーメンズ / モンティ・パイソン / パイソンズ

*1:かつて高須クリニック高須克弥ホロコーストを"denial"した時も抗議文を出していたあの団体だ。勿論あの”denial”は『否定と肯定』を観た身では看過できないが☞

*2:因みに筆者は『ニムロッド』が大好き過ぎるので聞くと泣く(どうでもいい)。

*3:最近で言うと『クルエラ』でバロネスを演じて「ふたりのエマ」対決していたのだった☞ 

mice-cinemanami.hatenablog.com

*4:ペイリンは本当にただのいい人で、彼がいなかったらこのグループはもっともっと早くに空中分解していたと思う。でも彼の書くネタもなかなか酷い時はある(『木こりの歌』とか)。

www.nicovideo.jp - 批判を見越して抗議文までネタにしちゃってるのは流石だね!

*5:この時日本で中継を担当していたNHKがアイドルを知らず、「パイソンズ? 誰それ?」という放送をしてプチ炎上したのも懐かしい

*6:ここでパイソンズの中からアイドルだけ出てくるのは、多分この時期『スパマロット』の訴訟問題で彼がすっからかんだったとか、この作品のせいでクリーズと大もめしていたとか、その他の人間性にかかわるところがありそうなのだが、そこはまあアイドルなのでしょうがない

*7:そう言えば『ライフ・オブ・ブライアン』には石投げのシーンがあったなあ

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