ちいさなねずみが映画を語る

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現代の性的マイノリティを巡る闘いにも繋がる歴史 - 映画『バトル・オブ・ザ・セクシズ』

年末レビュー大放出祭、ということで、書きためていたレビューを一気に放出したい。今日の一作は今年7月に公開された『バトル・オブ・ザ・セクシーズ』"Battle of the Sexes"('17)だ。杜の都での公開は1ヶ月遅れだったので、今度記事公開予定の『ゴースト・ストーリーズ』と2本連続で観たのが印象深い。エマ・ストーンスティーヴ・カレルのぶつかり合いが心地よい一作だった。今回も鑑賞直後のレビューを元にお送りする。

 

ところで何で「セクシーズ」なの?*1

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名優2人一騎打ち

ラ・ラ・ランド』のエマ嬢が次に選んだ仕事はこれだった、と話題になっていた一作。ビリー・ジーン・キングとボビー・リッグスが繰り広げた世紀の一戦を映画化するのに、相手に不足は無いスティーヴ・カレルを引っ張り出してきた。勿論このふたり、どちらも演技力は折り紙付きだし、実は『ラブ・アゲイン』でも共演済なのだが*2、今度の演技は大絶賛で、2人揃ってゴールデングローブ賞ノミネートの栄誉を勝ち取った。映画は興行的には失敗しているので、この事実だけでも少しは明るいかなと思う。

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かいつまんであらすじ

※ややネタバレがあります※

歴史映画だしネタバレ御免という訳でもないのでかいつまんであらすじを話す。時は1972年、ビリー・ジーン・キング(エマ嬢)は男女ツアーの賞金格差に憤り、協会を離脱してWTA; 女子テニス協会を立ち上げる。一方のリッグス(カレル)は第二次世界大戦前後に世界トップで活躍したものの、55歳を迎えた今では、賭け狂いになって妻にも疎まれる有様だった。WTAツアーを観ていたリッグスは、ふと思い立って自身とキングのスペシャルマッチを申し込む……という話。


観ていてびっくりしたのは、キング自身のセクシャリティにまでこの映画は踏み込んでいるということだ。予告編ではほんのりと匂わされているだけだが、作品では彼女がレズビアン(というよりバイセクシャルだと思う)であることが大きな軸となっている。試合自体は原題通り「性別を巡る闘い」だった訳だが、この作品の向こう側には性的マイノリティを巡る闘いも待っている(実際キングはLGBTを巡る闘いの主導者にもなった)。

 

良い点と悪い点が随分くっきりしている映画

観終わって思ったのは、良作か駄作かと問われれば間違い無く良作なのだが、1作の中で良い点と悪い点が随分くっきりしているな、ということだった。この作品は再現度がとてつもなく高い。衣装はカメラテストに来たキング自身に「どうしてこの服を持ってるの?」と言わしめたほどだし*3、キング対リッグスの試合は実際の試合映像を探し出してきたのかというほどに70年代らしい*4。時代に合わせてみんながすぱすぱ煙草を吸っているのだっていいし*5、試合前のリッグスの奇行だって完全再現している(その中で歳を取ったとは言えリッグスのプレーがとても上手いと示しているのも見事である)。それでも、デザイナーのゲイカップルの描き方は若干女々しい雰囲気が漂っていてステレオタイプだし、キングの夫ラリーは「試合に集中できるよう付いてこない」との台詞通り何だか影が薄い。同性愛カップルだとかフェミニストの描き方は、まだまだどうしても紋切り型なのが現実である。

 


しかしながら、今作では、メインの俳優陣の見事な演技がそのあらを多少覆っている。ボビー・リッグスは、カレルが得意とする「胡散臭くて嫌みったらしいがその影に中年男性らしい哀愁を伴う」男だ。WTAのスポークスマンとして先頭に立ったグラディス・ヘルドマンを演じるのは人気コメディアンのサラ・シルヴァーマン*6。当たり役過ぎて他にあまり思いつかない配役である。ヘアスタイリストのマリリンを演じるのはアンドレア・ライズボロー。そう言えば『スターリンの葬送狂騒曲』でもスヴェトラーナを演じていた。そして、主演のビリー・ジーン・キングを演じるのはエマ・ストーン。元々中に怒りを込めた役が上手い女優なので、その魅力が存分に活かされた形になった。髪を本来のブロンドから*7黒髪に染め直し、元のそばかすを活かして化粧っ気の無かったキングになりきった。商業的には失敗したといえ、俳優陣の名演は否定されるものでなく、むしろ個々人の代表作になるのではと思う。

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今をときめく配給会社、フォックス・サーチライト

製作・配給は今をときめく配給会社、フォックス・サーチライト。カレルの代表作で本作の監督夫妻のデビュー作でもある『リトル・ミス・サンシャイン』も、製作に名前を連ねたダニー・ボイル監督*8の『スラムドッグ$ミリオネア』も、ナタリー・ポートマンが大絶賛された『ブラック・スワン』も、影にはこの会社がいた。昨年度のアカデミー賞では『スリー・ビルボード』と『シェイプ・オブ・ウォーター』が作品賞にノミネートされたし、他にも『gifted/ギフテッド』('17)や『ブルックリン』('15)なども送り出している。「ここが手掛けたなら当たり」と思わせるのは、スタッフに映画への愛があるからだとしか言いようがない*9。サーチライトが珍しいのは、日本法人にも同じような社風が溢れているらしく、映画にとって無駄なことは何一つしないということだ。邦題の付け方だって原題を最大限尊重しているし、フライヤーにもごてごてした宣伝文句はほとんど無い(何なら本国よりいいデザインのポスターすらある)。パンフレットも50ページ近くあるボリューム感で、更にサーチライトの次回作の紹介まで込みという仕様。親会社の20世紀フォックスは残念ながらディズニーに身売りしてしまったのだが、インディペンデントでもいいものを届けようという気概のある会社が残っていることはひとつの希望なのではないかと思う。

 

現代にも繋がる何かを持っている一作

閑話休題、テニス界の男女差別と戦った試合を描いた今作は、単なるウーマン・リブの歴史というだけでなく、現代にも繋がる何かを持っている。キングを強い女性としてだけ描かず、リッグスをミソジニストではなく悲しきパフォーマーとして描いたのも今作のポイントだ。夏の終わりにすかっとする一作なので*10、時間があれば劇場に足を運んでほしいと思う。

 

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バトル・オブ・ザ・セクシーズ (字幕/吹替)

バトル・オブ・ザ・セクシーズ (字幕/吹替)

  • Valerie Faris & Jonathan Dayton
  • コメディ
  • ¥2000

関連:エマ・ストーン / スティーヴ・カレル / ビリー・ジーン・キング / ボビー・リッグス / サラ・シルヴァーマン / フォックス・サーチライト

*1:誰が何と言おうと『セクシズ』表記にこだわりたいのだが、何故邦題は『セクシーズ』にしたのか膝詰めで問いただしたい。いくら相手がサーチライトさんだろうが構わない。それだとスペルが"Sexies"になるだろ!!!!!「セックス」とは言いたくないけど「セクシズ」だと"sex"感が無いからこうしたのがバレバレの展開である(めっちゃ毒舌)。

*2:ラブ・アゲインCrazy, Stupid, Love ('11)は妻に浮気と離婚を切り出されたダメ男キャル(カレル)が生粋のナンパ師ジェイコブ(ライアン・ゴズリング)と出会ってうだつの上がらない人生を大きく変えていく作品。えまごず3部作(現状)の第1作である。エマ演じるハンナの正体がなかなかに面白いのと、自分の家族の話になった途端態度が一変するキャルの人間臭さがとてもいい。キャルの妻エミリーはジュリアン・ムーアという豪華キャスティング。ごずりんはこの作品でも当然のように上裸になるのだが、その様子が「おい、ゴズリングは身体を鍛えてるのを見せつけたいのかすぐ脱ぎたがるなオラ」と評されていたとかいないとか(実際『ドライヴ』Drive ('11)か何かでも脱いでたような)。

www.youtube.com - 名作なのでその内レビューを書くと思う

*3:パンフレット14ページ

*4:因みに今作で撮影監督を務めたのは、『ラ・ラ・ランド』でアカデミー撮影賞に輝いたリヌス・サンドグレンだ。サンドグレンはチャゼルの新作『ファースト・マン』の撮影監督も務めており、すっかりチャゼルのお気に入りだ。

一方の音楽はニコラス・ブリテルで、彼は同年の映画賞を共に争った映画『ムーンライト』の作曲を担当している。個人的には心をかき乱すような『ムーンライト』のサントラが印象深い。

ムーンライト

ムーンライト

 

 

*5:立ち上げ当初のWTAフィリップモリスをスポンサーに付けてツアーを実施した。この契約は双方の思惑が合致したものだったのだが、宇野維正は負の歴史であれ歴史として留めておくことが大事だろうとパンフレットに寄せている(34ページ)。わたし自身訊ねられれば嫌煙派だが、時代に合わせる必要があるのも然りで、健康被害の無いプロップでも撮影用に誰か開発してくれないかなあと密かに考えている。

*6:シルヴァーマンと言えばジミキンv.s.マット・デイモンバトルに割って入った曲 "F*@#ing Matt Damon" でクリエイティブ・アーツ・エミー賞を受賞した経歴の持ち主。ジミキンv.s.マット・デイモンは本当に沼なので1度足を踏み入れてほしい(え)。

www.youtube.com - そう言えば『シュガー・ラッシュ』ヴァネロペの声だったなんて今回初めて知ったぞ(吹替で観てたので)。あと何度観てもこの頃のキンメルは太りすぎてて別人である

*7:エマ嬢の本来の髪色に近いのは『バードマンあるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』('14)のサムだと思うが、こちらも良作なので是非観てほしい。因みにこれもフォックス・サーチライト配給で、彼女はアカデミー助演女優賞にノミネートされている。マリリン役のアンドレア・ライズボローも出演している。

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*8:トレインスポッティング』2部作の監督やロンドンオリンピック(2012年)の開会式演出でも知られるイギリスの名監督。

*9:同じような社風で大ヒットしているのが『ムーンライト』などを手掛けたA24(『エクス・マキナ』『スイス・アーミー・マン』『レディ・バード』ほか)、『ラ・ラ・ランド』などを手掛けたライオンズゲート(『ワンダー 君は太陽』『シング・ストリート』(配給)など。日本だとギャガ辺りも相当するのかもしれない。

*10:先述の通りレビューを書いたのは鑑賞直後である

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