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萌絵の心をかき乱した事件はこれだったのか - 中華航空機140便事故と森博嗣

NHKの『事件の涙』で中華航空機事故を特集していた。小牧空港(旧・名古屋空港)で起きた事故を30年ぶりに記者が辿るという内容である。寡聞にしてこの事故のことをあまり知らなかったのであるが、事故の日付と場所を見て、はたと思い至った。

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森博嗣メフィスト賞を創設させてまで(←実話)*1鮮烈にデビューした『すべてがFになる』という作品がある。多作な森が現在に至るまで紡ぎ続けているサーガの第1作でもある。主人公は国立N大学、もとい森が勤めていた名古屋大学の工学部助教授(当時)である犀川と、彼を追ってゼミ生になった昔馴染みのお嬢様・西之園萌絵。ふたりのイニシャルを取って、"F"から始まる10作は「S&Mシリーズ」と呼ばれている。"F"の冒頭、萌絵は森サーガの主軸であり続ける天才科学者・真賀田四季の元を訪れ、自分の過去に繋がる事実を述べられて酷く動揺する。

 

高校生時分の萌絵は、海外渡航から帰ってくる両親を那古野空港(=つまり名古屋空港、当時なので小牧空港のこと)に迎えに行くが、両親が乗った便は萌絵の目の前で墜落する。萌絵はこの衝撃的な事実にずっと蓋をして生きている(そんな萌絵を四季は酷く揺さぶる)。"F"の記載を読むに、物語の舞台は、執筆当時からそう遠くない時点として描かれている。森がメフィスト賞を獲って"F"が刊行されたのは1996年中華航空機事故が小牧空港で起きたのは1994年。そしてこの事故は台北から飛んできた機体が小牧空港に着陸する時に起きた。全てが合致している。

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先程もちらっと述べたが、森サーガは森自身の周囲の事実をよく取り込んで描かれている。舞台は那古野(なごの)とされているが明らかに名古屋市だ。犀川ら登場人物は名鉄百貨店前のナナちゃん人形でよく待ち合わせている。犀川は国立N大学工学部助教授で、教授職を固辞したとなっているが、森も名古屋大学工学部助教授まで務めており、この辺の事実も同様である。

 

過去も未来も含めた長大なサーガの中で、S&Mシリーズ→Gシリーズは、執筆時の年代と比較的近くに設定されている。ということは萌絵が両親を亡くした航空機事故とは、それすなわち中華航空機事故のことだろうと思う。そんなことは森サーガのファン、特に新刊が出る度にずっと追って来た古参ファンには自明だったのだろうが。

 

『事件の涙』はNHKプラスでも配信されているが、5月6日に再放送があるようだ。話題になった『すべてがFになる』は過去綾野剛武井咲主演で映像化されているものの、森ミステリィの機微を全部ぶっ壊して、設定もどこかに行っているので観なくてもよい(早見あかりの演じる四季のみがよい)。それより檀れいが紅子さまを演じた『黒猫の三角』(フジ、2015年)を観た方がよいと思う。事故に関してはメーデー!』S16E9で特集されているようだ。

 

*1:メフィスト賞森博嗣に大賞を受賞させるために創設された賞である

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