100%フレッシュ最長記録!母娘の葛藤を上手く描いたオスカー無冠の女王 - 映画『レディ・バード』
年の瀬が近付いてきて、色んな人が「今年の映画トップ10」を発表し出す頃になった。自分でも個人的記録を繰ってみたのだが、何故だか既に80本くらい映画を観ていてびっくりしてしまった。そもそも今年は忙しい年だったはずなのにおかしな話だ*1。そんな中で「これなら行ける!」と思ったのが、グレタ・ガーウィグがサーシャ・ローナン(←シアーシャ・ローナンと言いたくない理由がある)を迎えて創った『レディ・バード』"Lady Bird"('17)である。
映画賞のおはなし
残念ながらオスカー無冠の女王に
今年2月のオスカーは大豊作だった印象だ。最多受賞となったのは4部門を獲得した『シェイプ・オブ・ウォーター』"The Shape Of Water"。デルトロが得意の怪物映画で作品賞と監督賞を射止めたことも話題になった。意外にも次点は『ベイビー・ドライバー』を押さえて技術3部門を獲得した『ダンケルク』"Dinkirk"である。演技部門を獲ったのは『スリー・ビルボード』"Three Billboards Outside Ebbing, Missouri"(主演女優/助演男優)、『ウィンストン・チャーチル』"Darkest Hour"(主演男優)、『アイ, トーニャ』"I, Tonya"(助演女優)の3作であった。
この豊作まみれに1番割を食った形になったのが、今回取り上げる『レディ・バード』だ。作品賞、監督賞、主演女優賞、助演女優賞、脚本賞というメジャー5部門にノミネートされつつも、結局ひとつも獲ることができなかった。ローリー・メトカーフはオスカー前哨戦でも『アイ, トーニャ』のアリソン・ジャニーとデッドヒートを繰り広げていたが、結局GG賞に続いてジャニーに敗れる結果となった。グレタ・ガーウィグの監督賞は、女性として史上5番目だったというのだから、ハリウッドがいかに男社会か垣間見える気がする。長編映画が2部門に分けられるゴールデン・グローブ賞では作品賞と主演女優賞を獲得していたので、ちょっと運が悪かった印象だ。
ところで主演女優賞を獲ったフランシス・マクドーマンドが、「どうか女性のノミニーの皆さん立ち上がって」と言った時も、女優賞以外ではガーウィグを含め数人の女性しかいなかった。マクドーマンドが訴えた通り、もっともっと彼女たちのプロジェクトが採用される必要があるのだと思う。
詳細はオスカー公式で☞ 2018 | Oscars.org | Academy of Motion Picture Arts and Sciences
映画評の満足度は最も高かった
ところがこの映画は、豊作揃いのオスカーノミニーの中で、1番「満点の多かった」作品だった。辛口評価ばかり集まるRotten Tomatoesにおいて、196件連続で満点評価を取り、「100%フレッシュ」の最長記録に輝いたのである。因みに現在(2018年12月9日現在)でも99%/"Certified Fresh"(新鮮認定)の映画だ。
因みに対抗馬はというと、2018年12月9日現在で、
- シェイプ・オブ・ウォーター:91% - The Shape of Water (2017) - Rotten Tomatoes
- ダンケルク:92% - Dunkirk (2017) - Rotten Tomatoes
- スリー・ビルボード:91% - Three Billboards Outside Ebbing, Missouri (2017) - Rotten Tomatoes
- 君の名前で僕を呼んで(CMBYN):95% - Call Me by Your Name (2018) - Rotten Tomatoes
だった。みんな凄いのだがレディ・バードはもっと凄い。
作品そのものおはなし
大きな話の流れ
舞台は、憧れのニューヨークから遙か遠いカリフォルニア州サクラメント(因みにガーウィグの故郷でもある)。この街に住むクリスティン(サーシャ・ローナン)は、自分の名前が嫌いで「レディ・バード」という二つ名を名乗っている。看護師として家計を支える母マリオンは地元の大学に進学してほしいと思っているが、レディ・バードにはそんな気はさらさらない。反発してなのか髪は真っ赤に染めているし、兄貴の働く店で堂々と万引きをやらかすし、おまけにシスターの車にどぎついいたずらを仕掛けるようになる有様だ。父の言う通り、ふたりとも「強すぎる個性」(strong personality)を持っているのである。
たった1年の高校生活を描いているのに、レディ・バードの交友関係は劇的に変化する。ボーイフレンドができ、新しい友達ができ、知らない内に大親友と疎遠になって、母とは進学を巡って小競り合いの毎日……最後に彼女が手に入れる生活と交友関係がどんなものなのか、展開に次ぐ展開が待っていて、最後までわくわくさせてくれる。
素晴らしいスタッフ陣
主役を演じるのは、『ブルックリン』"Brooklyn"('15)でも既にアカデミー主演女優賞ノミネート歴のあるサーシャ・ローナン(Saorise Ronan)。あちこちのメディアでは「シアーシャ」表記が一般化しているが、本人は「サーシャ」だと述べているし、すっかり仲良しになったガーウィグだってそう呼んでいるのでそう呼びたい。
cinemore.jp - これだけでもとてもいい批評。「サーシャ」と発音することは2頁目に記載がある
米タイム誌 #世界で最も影響力のある100人 にも堂々の選出💯#キャスリン・ビグロー の姿を見て監督を目指した #グレタ・ガーウィグ のインタビュー映像が解禁🌟#レディ・バード #羽ばたけ自分 pic.twitter.com/p7aPGsScff
— 映画『レディ・バード』 (@ladybirdmoviejp) June 8, 2018
サーシャが実力派なのは前から知っていたのだが、今作では化粧も無しでありのままの自分を見せることで、等身大で活き活きとしたレディ・バードを創り上げた。オスカーこそ無冠の女王となった今作だが、サーシャの演技はあちこちで絶賛されていて、天下のGG賞も獲得している。やっぱり彼女はアイルランドの宝とも言える存在だ。
そんなレディ・バードとぶつかる母親を演じるのはローリー・メトカーフ。実写映画というよりは主にテレビドラマでキャリアを築いてきた人物だが、だからこそという感じの実力が光る。彼女もまたローナン同様に控えめなメイクで、家計を支える仕事と、どうにもならない家の中に疲れ切った女性をよく演じていた。そう言えば彼女は、『ビッグバン・セオリー』でシェルドンの母親も演じている。
レディ・バードの大親友ジュリーを演じるのはビーニー・フェルドスタイン。この映画への出演が躍進の第一歩となった。実は兄はコメディアンのジョナ・ヒルである。スタイルのいい完璧な女子ばかりが沢山出てくる作品より、互いにコンプレックスを持ちながらも、心がしっかり繋がっている友人が出てくる作品の方がよっぽど説得力がある。ガーウィグの脚本は、ふたりのコンプレックスや、輝きたいと願う素直な気持ちまで細かく書き込まれていた気がする。
ミュージカル出演で知り合うダニーを演じるのは『マンチェスター・バイ・ザ・シー』でアカデミー助演男優賞にもノミネートされたルーカス・ヘッジズ。ああこういう人よくいるよね、という感じの柔らかさを持っているし、あんなことがあっても、レディ・バードとは一生友人でいるのだろうな、という気がする。勿論ガーウィグの脚本あってこそなのだが、それを適格に表現したところは評価されるべきだろう。
そして問題は今をときめく若手俳優、ティモシー・シャラメである(笑)。CMBYNで演じた純朴な少年エリオとは全く違い、バンドのベーシストというどう見てもクズでしかない役を演じている(これはベーシストへの悪口ではなく、そういう役なのでしょうがない)*2。レディ・バードにあれだけ怒られながら、飄々とした態度を一切崩さない演技がとてもいい。また、1年でこれだけ振り幅の大きい出演歴になるのも興味深い。その内レオ様のような大俳優になるのではないかと思う。
映画を支えるのは脚本だけじゃない
ガーウィグの大躍進もあって、脚本が賞賛されがちな今作だが(勿論凄い)、この記事では敢えて音楽を推したいと思う。音楽を手掛けたのはジョン・ブライオン。女子高生の1年にぴったりな曲満載のサウンドトラックだ。劇中で浮き沈みするレディ・バードに合わせ、うきうきなメインテーマから、落ち込んだ時に流れるスローテンポな曲、そして愛すべき田舎を想うシーンに流れる望郷の曲など、多種多様な曲が収録されている。是非1度は聴いてみてほしい。
楽しみな今後
この映画のキャスト(ガーウィグとサーシャとシャラメ)に、エマ・ワトスンをさらに迎える『若草物語』の制作が決まっている。ワトスンの前にはエマ嬢(エマ・ストーン)の配役が決まっていたのだが、『女王陛下のお気に入り』"The Favourite"の成功でプレスツアーが入ってしまい、降板となったのが個人的には勿体ない。それでもエマ・ワトスンも大好きな女優なので嬉しくもある。ガーウィグの今後にはこれからも期待したい。
variety.com - 脇を固めるのはメリル・ストリープとローラ・ダーンでこちらも豪華キャスト
そう言えばサーシャの新作 "Mary Queen of Scots"も『ふたりの女王 メアリ&エリザベス』の邦題で公開が決まったようなので楽しみにしたい。
今時¥500でこんな良作レンタルできるんだねえ。しみじみ。
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