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これは"女の子"版『トレインスポッティング』 - 映画『ハーレイ・クインの華麗なる覚醒』

ハーレイ・クインの華麗なる覚醒 BIRDS OF PREY』"Birds of Prey (and the Fantabulous Emancipation of One Harley Quinn)" ('19)は、敢えてレビュー記事を書かないつもりでいた。前の記事で書いた通り、「悪カワちゃんは笑うくらい街のみんなに恨まれてる」「悪カワちゃんは結構浅慮だけど自分の求める悪に忠実でサイコー」というのが全ての痛快劇だし、製作背景を熱心に追っていたわけではないので知識の無さが露呈するのではないかと感じたからである。しかしながら、前の小ネタ記事を書く仲で、どうしてもある映画と比較をしたいなと思わされてしまったのである……その映画の名は、『トレインスポッティング』"Trainspotting"('96)。本作のメインヴィランであるユアン・マグレガーをスターダムに押し上げた作品でもあるので、本作を無理矢理この作品の枠組みに押しつけながら、作品の筋書きを紐解いてみたいと思う。

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※この記事には『ハーレイ・クインの華麗なる覚醒』『トレインスポッティング』のネタバレが含まれます※

  

 

 

これこそがユアン・マグレガーをハリウッド進出させたきっかけ

トレインスポッティング』は1996年製作、ダニー・ボイル監督の記念碑的作品。何でもイングランドに押されてうだつの上がらないスコットランドを舞台に、ヘロイン中毒の若者3人と、隙さえあればナイフで喧嘩を仕掛けるチンピラとが手を組んで大仕事に挑む……という作品だ。ユアン・マグレガー*1は主役のレントンを演じて注目され、ハリウッド進出のきっかけとなった。筆者がハーリーのド派手なアクションを見ながら思っていたのは、何だかこの作品、主人公を女性に変えた『トレインスポッティング』みたいだな、ということだった。

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いくつも存在する共通点

※この節には『トレインスポッティング』の核心に迫る部分があります

 

主人公はヤクで覚醒するジャンキー

トレインスポッティング』には何だかんだつるんでいる4人の男たちが登場するが、マグレガー演じるレントン、シック・ボーイ(演:ジョニー・リー・ミラー)、スパッド(演:ユエン・ブレムナー)の3人は、いずれもヘロインをやっては騒ぎ、やっては騒ぎ、という生活を送っている。因みにもうひとりのベグビー(演:ロバート・カーライル)は代わりにアル中で、何かあればすぐナイフを取り出して喧嘩沙汰にしようとする。こいつもジャンキーと言えばジャンキーなのかもしれない。『SHERLOCK/シャーロック』のジョンだってアドレナリンジャンキーと呼ばれてるもんね。

 

ハーリーはカサンドラを"回収"しに行った警察署の押収物倉庫で、乱闘の際にうっかりドラッグを吸い込んでキラッと「覚醒」する。今作でも相変わらず悪事を犯すことに心血を注いでいるし、そういう意味でもジャンキーという名前が正しいのかもしれない。

ついでに言えば、ブラックマスクことローマンの造型も、なんだかベグビーを思わせるところがある。些細なことでキレ始めて、冷徹な見せしめ攻撃をするというのがちょっと似通っている。マグレガーはそういうブラックマスクを、単に冷酷なだけでなく、ちょっとした人間臭さもある抑制の効かない人物として演じていてとても良かった。アメコミの映画化では人物造型が大味になりがちだったが、二枚目ながら荒廃した人物を演じることも上手いマグレガーをこの役に据えたのは大成功だったと思う。

刹那的に生きることこそ術

トレインスポッティング』の前半、レントンたちはひたすらに刹那的な生活を送っている。中盤ある人物が死ぬまで、自分たちはどんなにドラッグをやっても死にはしないし、死んだ所で今の人生ほど酷くはないと考えている。そういう生活はこの作品のイケメンヒロイン・ダイアン(演:ケリー・マクドナルド)に蔑視されているが、その辺は(ヘロインで回らない頭も相まって)どうでもいい、という感じである。

 

その点はハーリーもおんなじで、ジョーカーと交際していた頃、彼女は街でやりたい放題だったことが示唆される。ジョーカーとの破局を明らかにせず、ローマンの店で呑んでいるシーンでも、その片鱗は窺える。だからこそ街中に彼女を恨む人がいるような状態なのだ。

ハーリーの計画は、全編を通してどこか行き当たりばったりだ。追われている状況でもスーパーでかごいっぱいに品物を取っては大胆にかご抜けする。家が爆破されるという大惨事なのに、いなくなったハイエナを嘆いて、よく分からないビーバーちゃんの人形を抱えて逃走する。取り敢えずブービートラップを集合場所にするけれど、武器がちゃんとあるかどうかは確かめてないし、行った所で状況はカサンドラ頼みだ*2

 

ハーレイ・クインの華麗なる覚醒』は、ひたすらに爽快で、何も考えずに観ていられる映画だと思う。ハーリーは悪事を犯すことに純粋だ。欲しいものがあれば不当な手段で手に入れるし、何かを見ればそれでどんな悪事を犯すかすぐ思いつく(ハイエナのブルースのくだりのように)。

しかしながら、ハーリーは単なる馬鹿に成り下がった訳ではない。本編でも高らかに叫んでいたけれど、彼女はPh.D.持ちの精神科医。ヘレナに的確な精神診断を下すシーンもあるし、「ジャンキー」になって知性が失われたとかそういうわけではないのである。

筆者はむしろ、彼女は考えることがめんどくさくなってしまって、刹那的な生活の方が楽しいと思ってしまったのではないかと見ていた。後先考えなければ、刹那的な生活はとても楽しい。最強の彼氏ジョーカーという後ろ盾があれば尚更だ。そういう生き方をしたしっぺ返しとして、彼女は大勢に追われることになるのだが、それすらもアウフヘーベンの材料にしてしまうのだから、ハーリーは色んな意味で強い人間だなと思う。

 

味方すら裏切る度胸の強さ

トレインスポッティング』のラスト、レントンたちはドラッグの取引で代金を掠め取ることに成功する。4人は金を山分けにする約束をするが、レントンはその大半を掠め取り、一部を物書きになりたかったスパッドの元に置いて高飛びするのだった。

 

本編のラスト、冒頭の友だち付き合いと対になるような姿で悪カワ隊の朝食シーンが挿入される。これで彼女たちはチームを結成か……と思わせておいて、ハーリーとカサンドラはダイナの車をかっさらって逃げていく。ふたつの映画の終わり方はどこか似通ったところが残るのである。

 

ポップソングをふんだんに

前の記事でもちらっと触れたけれど、この作品では物語に沿って今ツボなポップソングが次々と挿入される仕掛けになっている。さながら『NISSAN あ、安部礼司〜BEYOND THE AVERAGE』(違)。歌詞の中身もハーリーの心の内を示す重要なアイテムになっているし、アップチューンで観客の気持ちも上げていく構成になっているのだ。

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トレインスポッティング』も、イギー・ポップの曲を中心に、ブリットポップやパンクロックを使って、レントンたちジャンキーの不安定ながら高揚した心の内を上手く表現した作品だった。こういった作品は最近流行っていて(例えば公開待機中の『WAVES/ウェイブス』(ファントム・フィルム)とか)、いくつか例が無いわけではないが、筋書きだけでなくて演出上でも似たようなことをやっているのは面白いと思う*3

Ost: Trainspotting

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変に媚びた女の声じゃないのがいい

本作で製作も務めたマーゴ・ロビー。こういう話だから女性監督を雇わなくっちゃ、と言って、長編映画デビューのキャシー・ヤンを大抜擢した。脚本も女性が手掛けたし(『バンブルビー』も手掛けたクリスティーナ・ホドソン)、筋書きもブラックマスクに追われる女性5人が悪カワ隊としてめっためったと敵を倒していく痛快劇だった。

 

ロビー演じるハーリーは、可愛い物に目が無くて、(ついでにそれは不当な手段で手に入れて)、楽しい悪事に目が無くて、ついでに刹那的な生き方を是としている。ともすればおバカな女の子のポップコーン映画になってしまいそうだけど、ロビーの演じ方は違っていた。

ハーリーにはジョーカーという強力な元カレがいた。作中でも彼と別れてめそめそしている様子が描かれるし、そのトーンで描ききることは簡単だろう。しかしながら、彼女は吹っ切れるために、(気持ちの上では整理できていなくても)、今まで通りの悪事に手を染めて帰ってくる。ブラックマスクに捕まって絶体絶命の状態でも、ハーリーの特徴であるお喋りは本当に止まらない。そして、そんな悪カワちゃんの喋りは、いつでも自信満々で、変に媚びた女の声ではなく、我こそが世界一という確固たる自信に包まれているのである。

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本作では、さながらライアン・レイノルズの『デッドプール』のように、物語に沿ってハーリーがストーリーテラーをする仕掛けになっている。ロビーの声は特段低いわけでないが、今作のナレーションでは、勝ち気なハーリーらしく若干ドスの利いた声を見せているのが本当によい。本来のロビーらしくちょっぴりキュートで、それでいてハーリーのジャンキーぶりを示すようにパワフルな喋りは、本当にこの作品にぴったりだと思った。何なら『ムーラン・ルージュ』のニコール様的なものを感じた。

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ロビーの前作は、フォックスニュースで実際に起きたスキャンダルをモデルにした『スキャンダル』"Bombshell"である。映画製作者としての道も歩む彼女は、ハリウッドでの女性の地位にも当然敏感な立場だ。前作を選んだところからも、ロビーの映画人としての矜恃が窺える。そういった彼女から、こういったパワフルな作品が生まれてくるのは見ていて清々しい展開だと思う。彼女の次回作にも期待したい。

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悪カワ隊は、飽くまでたまたま"女の子"だっただけ

この記事のタイトルで、「これは"女の子"版『トレインスポッティング』」とわざとクォーテーションを付けた。確かに悪カワ隊が男性たちをバッサバッサと斬り捨てていくのは大変痛快なシーンだが、悪カワ隊は、飽くまでたまたま全員"女の子"だっただけなのではないかと思う。

 

勿論、映画のキャスティングという点では、ここに女性キャストが集められたことにはしっかりとした意味がある。わざとこの5人を集めている。映画製作上は意味がある。しかしながら、そういった意味というのは、物語上は一切見られない。たまたま集まってみたら女子ばかりだったという設定になっている(もっともレネー・モントーヤだけはちょっと作為があるが)。製作上の作為を脚本で感じさせないところは評価されてしかるべきだと思う。

 

おしまい

ハーレイ・クインの華麗なる覚醒 BIRDS OF PREY』は劇場で絶賛公開中。前作『スーサイド・スクワッド』は各種配信サイトで配信中。今回取り上げた『トレインスポッティング』は、1・2合わせて配信・販売されている。次の記事ではハーリーなの?ハーレイなの?問題を取り上げたいと思う。

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関連:マーゴット・ロビー (マーゴ・ロビー) / ユアン・マクレガー / ハーレイ・クインの華麗なる覚醒 BIRDS OF PREY / メアリー・エリザベス・ウィンステッド / ジャーニー・スモレット=ベル / ロージー・ペレス / クリス・メッシーナ / エラ・ジェイ・バスコ / アリ・ウォン / キャシー・ヤン / DCコミックス

*1:「マクレガー」表記が人口に膾炙してるけど、よくよく考えたら「マグレガー」(McGregor)さんなので、この記事ではその表記で統一する

*2:ハーリーはカサンドラの飲み込んだダイヤを回収するため、彼女に下剤をわんさか飲ませてトイレに監禁する

*3:こういう書き方をすると語弊があるが、何も『ハーレイ・クイン』がパクりだと言いたいのではない

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