ずっと伸ばし伸ばしで机の横に置いてあった『アバウト・タイム〜愛おしい時間について〜』"About Time" ('13) を観た。リチャード・カーティスが監督引退作と位置付けた作品である(もっとも、この後チャリティ番組で『ラブ・アクチュアリー』の続編を撮っているので、この発言はどうも胡散臭いが)。カーティス作品なので観なくては、とは思っていたが、回してみたら思った以上に自分好みだった。そして相変わらずビル・ナイおじちゃんが作品の鍵を握っていて笑ってしまう。
- あらすじ
- 珍しくドーナル指数の低いグリーソン
- 相変わらず可愛らしくてクレバーなマクアダムス姉さん
- 物語の鍵を握る父 - ビル・ナイ
- カーティス、相変わらずケイト・モス好きだなあ
- 監督が人生のどこかに戻るなら?
- おしまい
あらすじ
前夜/大晦日のパーティにうんざりした状態で、21歳の誕生日と新年を迎えた朝、何とも冴えないティム(演:ドーナル・グリーソン)は、自分には人生の過去に遡れるタイムトラベル能力があることを知らされる。父(演:ビル・ナイ)が言うには、この力は一族の男にだけ伝わるもので、能力は人生をより良くするために使えと諭される。使い道は一夏の恋? 初めてのデート? はたまた人助け? 時には予期せぬ事態にも陥りながら、ティムは能力と付き合いつつ着実に人生を進めていく。そしてある日、最愛の人との別れを突きつけられ、ティムは最大の選択を迫られることになるのだった……
珍しくドーナル指数の低いグリーソン
今作の主演はドーナル・グリーソン。最近では『ピーターラビット』のマクレガーさんとか、SW7〜9のハックス将軍役なんかで知られているかもしれない。なかなかどうして不憫な役が大好きで、彼が出てたら反射的にどのくらい不憫なやつなのか推し量ってしまうほどだ。そう言えばさっき名前が出た2作でも、グリーソンの役はただた不憫だったっけ。そんな彼なのに、今作で演じるティムは、ちょっと冴えないこととホームステイ先の親父が気分屋(トム・ホランダー演じる脚本家のハリー)なことを除けば大体普通の人である。
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イギリス人の前に出られなさ、鬱屈とした何か、そういったものを全て詰め込んだような人物が今作のティム。そういう人物なので、過去に戻れる能力を得ても、その使い道は何だかちょっと慎ましいものである。パーティのちょっとした失敗を修正して能力を確かめてみたり。自分の幸せを放り投げて、周囲の人々のために力を使ってみたり。挙げ句ケイト・モスの写真展に1週間も張り込むのとか絶対そっちじゃなくて笑ってしまう。敢えて言うなら童貞卒業で3回ハッスルくらいが私利私欲に走ったとこか。そこすら何だかつましいエピソードでしかないのがおかしくてしょうがない。気付いたらマーゴ・ロビーは逃がしているし……(!)*1*2。
相変わらず可愛らしくてクレバーなマクアダムス姉さん
ティムの人生を大きく左右することになるメアリーを演じるのはレイチェル・マクアダムス。大ブレイクした2004年の『きみに読む物語』"The Notebook"、MCUの『ドクター・ストレンジ』"Doctor Strange"*3でも見せたように、ちょっとした憎めない可愛らしさを演じるのが大変上手い役者である。勿論元の顔立ちが大変可愛らしいというのも大きいのだが。
初対面のメアリーはアメリカ人の割にティムに負けず劣らず冴えない感じがぷんぷんなのだが(失礼)、飾らなくて控えめな性格で、ティムにぴったりな人物だった。そんなふたりが、文字通りのブラインドデートで出会うというのはなかなか粋な演出である(ちなみにこの店はロンドンに実在している)。そう言えばこういう店、ついぞ東京で開かれたなんて話もありましたっけ。調べたら同じようなコンセプトの美術館が竹芝にできるらしいというのが引っかかってきた。
にしても、メアリーはアメリカ人という設定だが、全編通して「その設定は要るのだろうか?」と思ってしまった。メアリーという名前はイギリス人に多いし(実際リンジー・ダンカン演じる母と同じ名前だと話が弾むエピソードが盛り込まれていた)、両親はイギリス人並みにお堅いし、マクアダムスの演技はイギリスに溶け込んでしまうくらいナチュラルだし……(因みにマクアダムスはカナダ人)。でも元々ゾーイ・デシャネルがこの役を演じるはずだったと知って何か腑に落ちた。
——デシャネルと言えば『(500)日のサマー』。そう言えば『銀河ヒッチハイク・ガイド』でヒロインも演じていましたね
物語の鍵を握る父 - ビル・ナイ
ナイにとって『アバウト・タイム』は3作目のカーティス作品だ。BAFTAで助演男優賞を獲得した『ラブ・アクチュアリー』以来、カーティスとは盟友のような存在となっている。当時は著名な舞台俳優のナイをキャスティングすることには気後れがあったと話していたはずなのに、すっかり物語の鍵を任せるような関係となっているのだから、ナイ様の魅力と良作への腰の軽さたるや。
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ヒットメーカーとして『ノッティングヒルの恋人』『ブリジット・ジョーンズの日記』などの脚本を手掛けたカーティス。2004年の『ラブ・アクチュアリー』で初めて監督兼脚本を務め、ナイは彼の監督作に皆勤賞出演している。カーティスは3本目の監督作品である『アバウト・タイム』でメガホンを置くことを決意して撮影に臨んだが、その作品で主人公を優しく導く父として、名優にして盟友であるビル・ナイを選んだことは興味深い事実だ。
(ついでなので話してしまうが、その妻にリンジー・ダンカンが据えられたのは本当に素敵だと思う。『バードマン』での嫌味な演技や、『アリス・イン・ワンダーランド』の穏やかな母親役など、ほんのちょっとの出演でも確かなものを残していく方なので……)
ところで今作でもビル・ナイおじちゃんは不思議な手の出し方をしているなあと思ったのですが、あれ、Dupuytren拘縮なんですね……不勉強でした……
カーティス、相変わらずケイト・モス好きだなあ
何としてもメアリーと出会いたいティムが、彼女の会話をヒントに張り込むのがケイト・モスの写真展。コメンタリーによれば、これは実際にロンドンで開かれた写真展会場を使って撮影したらしい。偶然にしても凄い。
!!! SPOILER ALERT! SPOILER ALERT! SPOILER ALERT! !!!
※この先には『ラブ・アクチュアリー』『レッド・ノーズ・デイ・アクチュアリー』のネタバレが含まれます※
www.youtube.com - 『レッド・ノーズ・デイ・アクチュアリー』予告編。2017年なんて、おい嘘だろ……
ケイト・モスと言えば、言わずと知れたイギリス出身のスーパーモデルだ。実は『ラブ・アクチュアリー』にもその名前が登場している。最終盤、ジュリエット(演:キーラ・ナイトリー)の前に現れたマーク(演:アンドリュー・リンカーン)が、「僕だって[ケイト・モスみたいな]美女と結婚してみせるから安心して」とフリップを出し、彼女の前から去るシーンが存在するのだ。2017年にこの作品の続編『レッド・ノーズ・デイ・アクチュアリー』が製作された時、その冒頭を飾ったのもジュリエットとマークのシークエンスだった。再びジュリエットの前に現れたマークは、何とケイト・モスと結婚したことを明かし、実際に本人も登場するサプライズがあったのである(出演を知らせるチョイ出し記事、実際のシーンが観られるザ・サンの記事)。
www.thesun.co.uk
実は『ラブ・アクチュアリー』にはもうひとり時代の寵児とも言えるスーパーモデルが出演している。リーアム・ニーソン演じる男やもめのダニエルが、理想の交際相手として挙げるクラウディア・シファーだ。カーティス、もしかして、意外にミーハーなのかもしれない……
監督が人生のどこかに戻るなら?
メイキング映像にてカーティスが語る通り、この作品は「もし自分が人生のどこかに戻ってやり直せるならどうするだろう」という発想で出来ている。カーティスの答えは「タイムトラベルするなら今が最高だな」、つまり現在を一日一日大事に生きていくことだった。主演のグリーソンも、撮影の中で監督の意図に気付き、彼は今の日常を守りたいのだろうな、と思って、メガホンを置くことに納得したと語っている。
主人公がタイムトラベルという大きな能力を持っているのに、この作品では特段の波も起きずに進んでいく。思い通りの人を手に入れられるとは限らないし、生きていく上で不幸は避けられない。それでもカーティスが選ぶのは、今日という一日を大事に生きていくことなのだった。
おしまい
『アバウト・タイム〜愛おしい時間について〜』はユニバーサルからディスクが発売中。この作品を観るのに日本では1年待たされたなんて……!
関連:アバウト・タイム〜愛おしい時間について〜 / ドーナル・グリーソン / レイチェル・マクアダムス / ビル・ナイ / リンジー・ダンカン / リディア・ウィルソン / トム・ホランダー / マーゴ・ロビー(マーゴット・ロビー) / リチャード・カーティス
*1:もしかしてこの時のロビーは、現在のブレイク前だろうか……? 今や製作も主演も引き受けて、映画界を力強く引っ張っていく人物のひとりだ☞
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*2:【大ネタバレ】個人的には、ロビー演じるシャーロットの再登場からティムのプロポーズに至るまでの流れが結構好きである
*3:マクアダムスはカンバーバッチ演じるストレンジの元恋人パーマー医師を演じている