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ふるさとと過去に訣別を - 杜の都から『 #おかえりモネ 』を語る - 第8・9週

相変わらずのんびり書いている『おかえりモネ』記事ですが、今回はまたちょっと違った理由でまとめてになりました。第8週では亜哉子の浮気疑惑から遂にあの人の話が展開し、第9週では3回目となるモネの気象予報士試験の結果が物語を揺さぶります。

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第8週「それでも海は」

3度目の気象予報士試験に本腰を入れて準備するため、モネ(演:清原果耶)は帰省がてら亀島に戻ってきます。そこで妹・みーちゃん(演:蒔田彩珠)*1から聞かされたのは、母・亜哉子(演:鈴木京香)が度々本土(気仙沼市内)に渡っていて、浮気をしているのではないかという島中の噂話でした。とんでもない話に気象予報士試験の勉強どころではなくなったモネは、みーちゃんを誘って尾行の旅へ。さながら彼女はシャーロック・ホームズです。

——色々古臭いところもありますが、個人的には偕成社ホームズが結構好きです

 

遂にこの人が物語の主役に

母を尾けて永浦姉妹が見つけたのは、震災後家も妻も船も失くしてやさぐれ続けていた亮(演:永瀬廉)の父・及川新次(演:浅野忠信)でした。初回で颯爽と産気付いた亜哉子を嵐の中本土へ送り届けて以来、長らく物語から退場していた新次。震災で全てを失ったことはずっと仄めかされてしましたが、遂に彼が物語の主人公となりました。

 

第6週でモネはトムさんから両親の馴れ初め話を聞かされました。しかしながらこの話の最後で、父・耕治(演:内野聖陽)は「忘れられねえ人が島にいるんで」と亜哉子を拒絶して帰ります。実はこの人こそが、新次の妻・美波(演:坂井真紀)でした。実は及川夫妻と耕治は同級生同士。スーちゃんにつれないりょーちんと、モネ、はたまたみーちゃんとの姿にも重なります。

 

震災の前年・2010年4月、新次は自分の船を買う資金繰り計画を銀行員である耕治に依頼していました。「俺が1回海に出れば1000万なんて軽いもんよ」と若干山師的性格がある新次に対し、堅実な資金繰り計画を立てて何かと釘を刺す耕治。馬が合っていないように見えますが、そこは長年の仲間同士です。新次が度々永浦家に出入りするので、妻の美波も一緒についてきては、2家族で大宴会に興じるのでした。何とも海の家族らしい。

そこで美波がよく歌っていたのが、研ナオコの『かもめはかもめ』('78)でした。この曲は前年に芸能活動自粛を余儀なくされていた研ナオコ*2中島みゆきの作詞作曲により復帰した作品です。ドラマ内では美波だけでなく息子の亮も歌唱しています(大分やけっぱちですが)。

 

放送後公開されたインタビューによると、この曲は脚本の安達奈緒子肝いりの選曲だったとのこと。海をイメージさせるかもめ、そして電話が印象的に登場する曲として選ばれたそうですが、確かに亀島の連絡船のシーンでは度々カモメが映りますし(因みにこれは三陸沿岸でよくある風景です)、新次は美波が震災当日に残した留守番電話を聞くべく、古いガラケーをしっかと握りしめています。一方、この曲を歌う美波役に坂井真紀を推したのは、『ウェルかめ』でも共作していた桑野智宏監督でした。ワンポイントながら存在感のある役を任せられるとは信頼充分です。

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あきらめました あなたのことは / もう 電話も かけない
あなたの側に 誰がいても / うらやむだけ かなしい

——『かもめはかもめ』作詞作曲:中島みゆき(歌ネットより)

 

もう戻れない過去

震災当日、14時46分に大きな揺れが来た後、そこから数十分経って津波が押し寄せてきました。だからこそ美波は留守電を残せたし、夫が船を沖へ出せたか気遣うメッセージを残したのです(津波の時は船を沖に出せというのが漁師の常識でした)。実際、第9週で永浦家の祖父・龍己も沖出ししていたことが明かされていますが、新次は何故か船を出さず*3、妻と船と家を失うことになりました。このドラマでは意図的に震災当日に関する描写を削っていますが(きっと被災者への配慮なのでしょう)、抑制の効いた演出だからこそ胸に来るものが大きいです。

 

及川邸は基礎だけになった現在の姿しか映りませんが、海に程近い漁師町の家なので、きっと唐桑御殿のような壮麗な屋敷だったことでしょう。三陸の沿岸部にはこのような漁師たちの御殿がいくつも建てられていましたが、震災の大津波で甚大な被害を受けたことが知られています。その跡地にぽつねんと座る新次の姿は、モネでなくとも虚しさを覚えます。そしていい味を出す浅野忠信よ……

moriyasuisan.com - 唐桑御殿についてはこちらがよいです

息子の亮以外何もかもを失った新次は、ずっとやさぐれて酒に溺れていました。船に乗って借金を返せと諭す耕治に、自分の船でないのに乗れるかよ、と返しますが、1度自分の船を持ってしまったら下働きには戻れないのが漁師のプライドなのでしょう(龍己もそう仄めかしています)。友人なのに、漁師を選ばず銀行員になった立場が邪魔して素直に手を出せない耕治に代わり、そっと立ち直る手助けをしていたのが、亜哉子だったのでした。「5年というのが一区切りなのか?」という新次の重すぎる問い。家族も家も仕事も全て残っている耕治には何も言えません。そして震災から10年経った今でも、宮城に住む我々の心を深く抉ってくるのです。

 

(因みに新次が飲んでいたのは、抗酒薬でした。この薬はアルコールの代謝産物であるアセトアルデヒドを分解する酵素・ALDHを阻害することで、悪酔い物質のアセトアルデヒドを蓄積させ、酒を飲むと二日酔いの作用が強く出るようにするものです。つくづく人間は凄い薬を考えつくよなあ)

 

第9週「雨のち旅立ち」

第9週のハイライトは、モネが3度目の正直で気象予報士試験に合格したことです。朝岡の会社に心惹かれるモネですが、折しも森林組合ではサヤカさんが守ってきた樹齢300年のヒバの伐採を控え、なかなか言い出せません。震災後ぽっかりと抜けたものを抱えていたモネに生きる意味を与えてくれたこの仕事なので、支えてくれたサヤカさんを置いてどこかには行けないのです。

 

第1週以来久々に登米能と石ノ森章太郎に触れられる週でもありますが、8週間を経て、その中身もまた違った意味を持つようになってきました。舞手でもあるサヤカさんは、ヒバの伐採を前にして、能舞台でひとり舞の稽古に興じます。舞は陰陽を整え、全てが整うと雨が降る。気象予報士としての未来を選んだモネにぴったりの演出です。(因みに第1週記事でも書いた通り、この能舞台登米に実在するものです。何と隈研吾のデザインなんだとか) そして川久保さん(演:でんでん)は、石ノ森章太郎の描く雨の描写こそが美しいのだと力説します。モネとサヤカさんの間に降る雨は石ノ森章太郎の絵と同一視され、とても美しい演出です。

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試験合格を見抜かれていたモネは、サヤカさんの勧めで亀島に戻り、東京で気象予報士になることを報告しに行きます。最初は言い出せなくて酒で誤魔化していたけれど、落ち着いた彼女が訥々と語り出したのは、あの日、震災の日に亀島にいなかった自責の念でした。軽い気持ちで受けに行った音楽科の試験には落ち、そのために亀島を離れていて震災に遭ったモネ。だからこそもうサックスは吹けないし、やりたいことも見つからないけれど、あの時あそこにいなかった自分が何を出来るのだろうと考え続けていたのでしょう。(実際筆者も、宮城県の内陸出身として、沿岸部の方々と同じ被災者とは口が裂けても言えないな、という思いを持っています)

しかしながら、モネは気象予報士の試験を通じて、その思いに区切りを付け、自分にも出来ることを見つけました。地元を去るモネに、両親は帰ってこなくてもそれでいい、と話し、祖父・龍己はサヤカさんへの礼状をしたためました。震災以来空虚なものを抱えていたモネが、やっと埋め合わせを見つけたのです。

 

一方、モネの東京行きを聞いて、ずっと訪問診療に乗り気でなかった菅波先生は、逆にこれからも登米に来続けることを決意します。これはきっと、東京でのモネの様子を登米の人々に伝えるための彼なりの配慮なのでしょう。旅立ちのシーンでは「1300万人が生きる街でそう簡単に会えるとは思わないでください」と話していましたが、裏腹な態度は米麻の人々にはバレバレなのでした……

 

おしまい!

第8週では新次、第9週ではモネがそれぞれ震災の体験に一区切りを付けました。これにて宮城編は終了、ふるさとと過去に訣別を付けたモネが、ひよっこ気象予報士として東京で奮起する物語が始まります。東京編でも豪華な登場人物が予定されていますが、個人的には産後暫く活動をセーブしていたマイコが登場するのが嬉しいところです! サンドウィッチマンにも「職場も決めずに東京へ……」とぼやかれていた(第9週まとめ)モネですが、果たして朝岡のいる会社に就職することはできるのでしょうか……? まだまだ目が離せない『おかえりモネ』でした!

 

関連:おかえりモネ / 清原果耶

*1:今調べたら蒔田さんの所属事務所はユマニテなんですね。かつてこの事務所の看板女優として引っ張っていた満島ひかりを思わせるところがあって素敵です。

*2:研ナオコは発表の前年に大麻取締法違反で検挙されています

*3:詳細は明らかになっていません

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