ちいさなねずみが映画を語る

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観ていたのは70年代のはずだった - 映画『リコリス・ピザ』

前知識一切無しでリコリス・ピザ』"LICORICE PIZZA"('21)を観てきた。どれくらい前知識が無かったかって「監督ってPTA監督って呼ばれてるの? 保護者会?」というレベルである(失礼)*1。それでも、予告編に何故か引かれて、映画館に足を運んできた。結論から言うと、盛夏に観るのにぴったりの映画で、丁度6年前に『シング・ストリート』を劇場で観たときと同じ感覚を思い出した。サントラは70年代の音楽満載で、ファッションもその通りだけれど、この作品で丁寧に描かれる人間模様は、きっといつの世も変わらないのだと思う。

www.youtube.com - 個人的には斜陽と言われたMGMからこれが出て来たのが地味に嬉しい

あらすじ

子役としてのキャリアが長く15歳ながらいっぱしの大人ぶっているゲイリー・ヴァレンタイン(演:クーパー・ホフマン)。彼はイヤーブックの撮影で撮影助手として働いていたアラナ・ケイン(演:アラナ・ハイム)を口説き落とそうとするものの、10歳年上のアラナは戯言だと一蹴する。とはいえ何かが気になったアラナはゲイリーの誘いに乗ってしまい、ふたりのどこかいびつな関係が始まる。

 

商才に溢れたゲイリーは高校生ながらウォーターベッドの販売会社を立ち上げ、アラナはゲイリーのビジネスパートナーになる。アラナは「ガキ」なゲイリーをそっちのけにしてボーイフレンドを作ろうとするが、ユダヤ系で硬派な実家に合わせられる彼氏は見つからない。女好きなゲイリーの言動を見ながら、どこか複雑な感情を抱くアラナ。彼に反発して行動を起こしてみるが、気付けばゲイリーに引かれて/惹かれていくのだった……

www.licorice-pizza.jp

 

監督自身が過ごした1973年

www.gqjapan.jp本作を手掛けたポール・トーマス・アンダーソン監督は1970年生まれで、舞台となったロサンゼルスの一地区も、彼が生まれ育った町なのだという。舞台は1973年なので、アラナやゲイリーのような青春を過ごしていたかというとそこは少しおませさん過ぎるが、ウォーターベッドを売る子供たちや『屋根の下』の子役の中に彼がいたのかなと考えると面白い(背伸びのような口説きをするゲイリーを、更に小さい子どもが背伸びして見ている格好になるので)。本編を観ながら、途中でこれは『シング・ストリート』を観ていた時のあの感情だと思い出した。こちらもジョン・カーニー監督が自身の幼少期を投影した作品だからだ(そして勝ち気なガールが出てくるのも一緒である)*2

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バンド活動が中心に据えられた『シング・ストリート』と同じく、この作品も時代に合わせた珠玉のサントラで彩られている。アンダーソン監督作品を数多く手掛けてきたジョニー・グリーンウッドが音楽を担当し、1970年代の作品を中心に物語を飾っていく。1970年代初頭の音楽が映画館にて爆音で流れるのは爽快な体験だった。因みに作品名は実在したLPレコード店から取られているらしい(リコリスは黒くてピザは平べったく円形なので、ふたつ合わせると"LP"になるという寸法だそう)。

——サントラほしいなあ〜誰か買ってくれないかなあ〜(他力本願モード)

 

観ていたのは70年代のはずだった

というわけで、監督が自分の地元を描きつつ、当時の「今ツボ」な音楽を流しながら進めていく物語、のように見えるが、実はそうでもない。確かに出てくるエピソードは70年代そのものなのだが(LAに出店しようとする和食レストランとか*3オイルショックがもろに影響してくるところとか、同性愛嫌悪の話とか)*4、実際にはもっと普遍的な、男女の間の甘酸っぱい恋模様を描いているように思える。アラナとゲイリーの年齢など関係無いように、年代もすっかり超えて普遍的な何かを描いている気がする。

 

正直なことを言うと、この作品は1973年の1年余りを描いているはずなのだが、途中から年代なんか忘れてしまい、アラナの複雑な心境に思いを寄せてしまった。遊び人のゲイリーに抱く複雑な感情も、女性であるが故にどこか利用されている感じも、硬派な実家で窮屈に感じているがうっかり爆発してしまうところも*5、時代がちょっと違うだけで、現代にも通じるところがあると思う。

 

25歳というのが憎い演出である

アラナの年齢が25歳というのも絶妙なところだ。ゲイリーが口説き落とすには少し年上であるものの、若さと安定の丁度狭間にある、難しい年代である。女性の歳はクリスマスケーキ、という古いネタがあるが*6、アラナの年齢はまさにドンピシャである。自分もその歳を越えて思うのは、学生というモラトリアムを抜け、自分の基盤をどこか見つけなければいけないと思いながら、まだまだ挑戦したいという複雑な感情である。しがない撮影助手の仕事を捨て、ゲイリーとのベンチャー事業に飛び込むアラナも、どこか似た感情を持っていたに違いない。その後ワックスの選挙運動を手伝うのも、同じ原動力だと思われる。

 

アラナは時にゲイリーをびしっと導くかっこいいお姉さんである。例えばうっかり誤認逮捕されたシーンとか。石油危機勃発のシーンとか、その後の長回しトラックシーンとか。それでも、実は硬派な家族の中で少し窮屈な思いをしている。敬虔なユダヤ教徒であることは否定しないものの、交際を巡っては父や姉たちとぶつかってしまう。ビキニで売り子をするのもその反動だと思われる。しかしながら、このシーンでとても酷なのは、直後にゲイリーが遊び人である様を目の当たりにし、自分と彼の年齢差を突きつけられてしまうところである。こういうところもとても憎い演出だ。25歳という絶妙な年齢故に。

 

関係者たちのエピソードも盛り込まれた丁寧な脚本

というわけで物語の筋書きは現代にも通じる不思議な普遍さがあるのだが、それもそのはず、この作品には関係者たちのエピソードが数多く盛り込まれている。

この辺の話は公式パンフなどから拾っています

 

主演であるアラナ・ハイムが真っ先に挙げていたのが、家族での夕食会にランスを連れてきてめちゃめちゃ気まずくなるあのシーンである。この話はハイム家の実話で、何の気なしに監督へ話したエピソードが映画の脚本に盛り込まれていたのという。

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そう言えば彼女の役名も本名と同じ「アラナ」だが、姉2人・両親として出演しているのは彼女の実際の家族である(そして姉2人の役名も本名と同じである)。彼女は元々3姉妹でバンド「HAIM」を結成しているが、幼い頃のアンダーソン監督がハイム姉妹の母に美術を習っていた縁から、彼はHAIMのMVを数多く手掛けていた。アラナ・ハイムは今作がスクリーンデビューであるものの、お初感が無いのも、MV撮影を通して監督と育んできた良縁のおかげかもしれない。

 

またクーパー・ホフマン演じるゲイリーのモデルになったのが、実在の映画プロデューサー、ゲイリー・ゴーツマンである。アンダーソン監督とは旧知の仲であり、今作を制作するにあたり、実際の1973年の雰囲気をよく知るゴーツマンからインタビューを重ねたのだという。ゴーツマン自身も子役経験があり、作中のゲイリーと同じような年代の頃、実際にウォーターベッド会社を設立したり、解禁されたばかりのピンボール場を作ったりしていたのだという。因みにウォーターベッド会社時代には、ブラッドリー・クーパー演じるジョン・ピーターズの家に配達に行ったこともあったそう(今作のプロットに使用されている)。

 

おしまい

ともすれば懐古趣味になってしまいそうな主題の中で、アンダーソン監督はどんな時代にも通じる複雑な人間関係の妙を描ききった。時代を問わず様々な人々の実話が投影されることで、人物感に深みが生まれているのだと思う。熱い陽射しが照りつける盛夏に観るのにぴったりな映画だった。映画館に足を運んでよかった。

 

映画『リコリス・ピザ』は2022年7月1日公開。字幕翻訳は安心と信頼の松浦美奈さん!*7 皆さんも是非映画館に足をお運びください。うっかり筆者にサントラ買ってくれると嬉しいです(誰宛?)。(監督のフィルモグラフィ眺めてたら『マグノリア』の監督かぁーーー!にもなったのでそちらでもよいです)。

 

関連:リコリス・ピザ / アラナ・ハイム / クーパー・ホフマン / ポール・トーマス・アンダーソン

*1:アーッでも今思いだしたが『ファントム・スレッド』の監督かーーーーー!(ダニエル・デイ=ルイス俳優引退作となったファッション業界の闇を描く2017年の映画)。

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*2:但し、自分の人生をイキリ彼氏に委ねてしまうラフィーナと違い、アラナはやや流され気味だが自分の人生は自分でもぎ取っている→

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——「その船を漕いでゆけ おまえの手で漕いでゆけ おまえが消えて喜ぶ者に おまえのオールをまかせるな」……

*3:実はこのシーンでジェリーが喋る日本語イントネーションの英語が叩かれていたようなのだが、日本語台詞のイントネーションがめちゃめちゃ綺麗だった(日本語としてクリーンだった)という事実だけでも賞賛されていいとは思う。あのBTTF2でも「シャチョサン! コンニチハ!」が当たり前だったのがハリウッドなので→

(あと色々言われていたけど、ミオコは英語リスニングは充分理解してたよね?と思うなど……)。

*4:あとはどうでもいいが、Tシャツを着たアラナの乳首の形がモロバレなのがあの時代の野暮ったいお姉さんという感じで時代感を出していると思う(一方でミニのワンピースの可愛いシーンも沢山あるのだが)。

*5:因みにぎくしゃくした夕食の後、ランスに激昂するシーンはアラナ・ハイムのアドリブなんだそう

*6:古すぎるけれど、周りもみんな大学に6年いるのが当たり前の環境だったので、いざ就職してみるとそういうことをよく考えてしまう

*7:そういう意味もあってCMBYNとか思い出すあれでしたね……

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