ちいさなねずみが映画を語る

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一生心に残る、一夏の恋 - 映画『君の名前で僕を呼んで』

クリスマスに一夏の恋? 変な話だと思われるかもしれないが、間違っていない。今日の映画は丁度1年前に映画賞を賑わせていた『君の名前で僕を呼んで』"Call Me By Your Name"; CMBYN。北イタリアの小さなヴィラを舞台に、17歳の少年エリオと、彼の父の元で博士論文を書きにやって来たアメリカ人学生オリヴァーとの交流を描く作品だ。

 

 

 

 

ネタバレ無しあらすじ

17歳のエリオは、今年も家族で夏だけ過ごす北イタリアのヴィラにやって来た。一緒にやって来たのは、学者の父と多国語を操る母、そして父の元で博士論文を書くアメリカ人学生オリヴァー。地元の同級生マルツィアと遊びつつも、何故かエリオはいつも素っ気ない(「あとで!」"Later!"が口癖だ)オリヴァーに惹かれる気持ちを抱く。そんなエリオに対し、最初は距離を置いていたオリヴァーだったが——

 

演出の妙が光る耽美的一作

北イタリアが最も美しい夏の季節から物語が始まるので、当然ながらこの作品も映像美・音楽の美しさが光る一作となっている。

 

夏の目が眩むような光に照らされた果樹。イタリアらしい石畳の通り。小さくも品の良いパールマン家のヴィラ。エリオお気に入りの小さな泉……その全てが美しいライティングで撮影されていて、それだけでぐっと映画の世界に引き込まれる。時代を感じさせるように少し黄色めのマスクがかけられているのもいい。

 

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撮影の上では長回しが多用されていることもひとつの特徴だろうと思う。心が揺れるシーン、心が通い合うシーン、そういった心の機微を描くシーンにはもってこいの演出だ。但し、少し多用しすぎて映画全体が多少だれていたことも否定は出来ないと思う。うーん、早回ししてしまうとあの絶妙な余韻が失われてしまうし、かといって……という感じでこの辺りは難しい。そう言えば邦画だが『海辺の生と死』('17)にも同じような問題があったことを思い出した。

海辺の生と死

海辺の生と死

  • 越川道夫
  • ドラマ
  • ¥2000

 ——筆者は好きなのだが、やっぱりちょっと長いことは否めない

 

音楽ではなく「音」を上手く使った良演出

この作品、生活音まで全て録音されたものだというのがありありと分かるのだが、それだけ「音」(SEと言いたくない)の使い方が美しい。静寂を上手く使った演出で、敢えて余白を残すようでもあり、映画館で観た筆者にとっては、隣のシアターの音が漏れ聞こえてきたのが何とも勿体ないほどだった。また、カットの転換で物語の進行を匂わせるのもとても上手かった。

映画を観ている上で、「美しい画」ならいくらでもあるが、それを劇伴の音楽でなく「音」で達成するというのはなかなかに珍しい映画である。確かに対抗馬も手強かったが、オスカー録音賞ノミネートくらいあってもよかったろうに、と思う。

 

そういうわけで、もしこれから観る方がいらっしゃったら、最良のオーディオとヘッドフォンを用意してご覧になることをお勧めする。 

 ——今時BOSEもワイヤレスとかあるんですね……(時代遅れがばれる)

 

ベストアンサンブル! キャスト陣のお話

エリオとオリヴァー - シャラメとアミハマ

エリオを演じたのはこの作品でオスカーにもノミネートされたティモシー・シャラメ(本人は「ティモテ」と呼ばれるらしいが……)。憂いを帯びた表情が印象的で、原作のエリオのイメージをよく捉えていたと思う。フランス系の彼は、劇中使われるイタリア語も全て自分でこなしている。演技力も勿論折り紙付きで、この映画を作る上での特異点とも言えるような理想的キャストだ。

因みに、同じ年には『レディ・バード』"Lady Bird" ('17)でどうしようもないくず男のベーシストを演じている。2017年公開の話題映画2作に出演したこともさることながら、演技力の幅も見せつけることになった。こっちもこっちでシャラメの美貌を上手く使った役である。

mice-cinemanami.hatenablog.com

ところで筆者はシャラメ教に入信する気満々で観に行ったのに、普通にエリオの傷心に寄りそってしまった。この辺りも彼の演技の素晴らしさを感じさせるところであったなあと思う。

 

エリオと一夏の純愛関係を結ぶオリヴァーには、アーミー・ハマー。筆者としては直前に観ていた『コードネームU.N.C.L.E』"The Man from U.N.C.L.E."*1の印象が強く、ロシア人の眼に見えてしまって仕方がなかったのだが、実際ルーツもロシアだし、かなりスラヴちっくな顔をしているのでしょうがないだろう。今考えてみれば、言葉数の少ないオリヴァーを形にする上でかえって良かったようにも思う。

ところでこのダンスシーン、シャラメか誰かに「ひっどいダンスだなあ」と呆れられていたが、本人によれば「曲も無いのに踊れって方がきつい」とのことである。

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2017年の映画には彼がいた - マイケル・スタールバーグ

この見出しは誇張でも何でもなく本当の話である。

 

シェイプ・オブ・ウォーター』に引き続きスタールバーグの演技がいい。オリヴァーが去った後、そっとエリオに寄りそう父は素晴らしく格好が良い。オスカーにノミネートされなかったのはおかしいと思えるほどで、こういう名脇役こそ助演男優賞を獲るべきではないかと思う。

 

2017年の映画では、『シェイプ・オブ・ウォーター』、このCMBYNの他にも、『ペンタゴン・ペーパーズ』、『ドクター・ストレンジ』(米国公開は2016年末)にも出演していた。いずれの作品でも全く違った顔を見せるカメレオン俳優であり、折り紙付きの演技力を活かして、原作よりも更に温かいエリオの父を名演した。是非主役ふたりの姿だけでなく彼の姿も追ってほしい。

 

多国語を操る母、要求以上の再現力 - アミラ・カサール

エリオの母を演じるのはアミラ・カサール。確かに原作でも多国語を操る女性であるとは描かれていたが、カサールの配役は大正解で、原作以上に知的な女性として描かれている。

 

カサールはロンドン出身だが、出自としてはクルドとロシアの血を引いていて、フランスを中心に活動している。筆者としてはダニエル・ブリュールが主演した『僕とカミンスキーの旅』"Ich und Kaminski"以来の出演作鑑賞なのだが、この映画ではドイツ語も操っており、その多彩さには舌を巻く。

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本作では単にマルチリンガルなだけでなく、夫のパールマン教授と共に、息子の心の変化を敏感に読み取ってそっと寄り添う人物として描かれていて、その厚みがとても良かった。終盤、オリヴァーの去った家の中で、嵐の日に古典を朗読する姿が印象的だ。ああいう時間こそ、大人になっても家族と持ちたい時間だなと思うほどだった。

 

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そう言えばエリオのガールフレンド・マルツィアを演じたエステール・ガレルも良かったのだが、紙幅の関係でちょっと割愛させていただく。原作のマルツィアはエリオ同様マルチリンガルとして描かれているので、もし続編にも出るのなら、そういうシーンもちょっと観られるといいなと思う。

 

字幕のお話

劇場公開時、「安心と信頼の松浦美奈訳」と聞いて期待していたのだが、その理由は英語・フランス語・イタリア語が飛び交う脚本のせいだった。英字タイトルロゴの手描き風フォントに合わせ、日本語でも同様のフォントを採用したファントム・フィルムには喝采を送りたい。

欲を言えば3ヶ国語どの言語を話しているか分かりにくかったというのが唯一の問題だ。オリヴァーが街で聞くイタリア語を解せずエリオに訪ねるシーンなど、少しずつ意味の通らないシーンがあったように思う。

クリスマスに観るべき理由

この作品の舞台は夏の北イタリアに設定されているが 、オリヴァーが帰国した後のラストシーンだけは、雪降りしきるクリスマスに設定されている。夏の暑さの中観てもよいのだが、エリオの傷心に寄り添うためには、冬のこの時期の方がぴったりな気がしてならない。

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エリオが暖炉を見つめながら一夏の恋を思い出すシーンには、スフィアン・スティーヴンスの美しい曲が付けられている。スティーヴンスは予告編で使われた "Mystery of Love"も書き下ろしているが、どちらもこの映画の切ない雰囲気にぴったりの名曲だ。サウンドトラックには坂本龍一の曲、時代に合わせた80年代音楽、さらにエリオが弾くバッハの曲まで収められていて、素晴らしいセレクションなので是非一度聴いてみてほしい。

Visions of Gideon

Visions of Gideon

  • provided courtesy of iTunes
Call Me By Your Name (Original Motion Picture Soundtrack)

Call Me By Your Name (Original Motion Picture Soundtrack)

 

 

原作本

映画の大ヒットを受けて発売された原作本は、あまりの人気に一時入手困難になったほどだ。筆者も割と早く頼んだはずなのに、手元にあるのは第5刷である。

 

エリオの視点から物語を描く原作では、控えめなテンポで移り変わる映画とは違い、オリヴァーへの愛情がもっと直接的に表現されている。映画には登場しない近所の子ヴィミニとの交流も印象的だ。また先述の通り、マルツィアはもっと知的な女性として描かれているような気がする。映画を作る上で多少の取捨選択はしょうがないものだが、この作品ではそうやって落とされたシーンすら勿体ないほどだ。

君の名前で僕を呼んで (マグノリアブックス)

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ところでエリオの性指向に関しては、映画ではわざとぼんやりさせられているものの、映画では割とはっきりしている。リンク先はネタバレあり

この作品をただのBL映画として扱ってしまうのは勿体ない。作中描かれているのは紛れもない純愛で、エリオにしてみれば、ただ愛した相手が同性だっただけなのだ。

 

そう言えば続編制作はほぼ確定したようなので(ELLE-2018年3月SCREEN-2018年3月シネマトゥデイ-2018年8月)、是非その前に原作で彼らの運命を確認してみてほしい。映画で描かれたラストシーンは実は原作には無く、一夏の共同生活以後は意外とあっさり描かれている。続編を作るためわざとあそこで切ったと言われているが、映画では小説のかなり後半まで描いているので、ここからどう続編を作るのか楽しみでもある。

 

興味が湧いた人はこちら

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君の名前で僕を呼んで [Blu-ray]

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関連:ティモシー・シャラメ / アーミー・ハマー / マイケル・スタールバーグ / アミラ・カサール / エステール・ガレル / ルカ・グァダニーノ / ジェイムズ・アイヴォリー

*1:2015年公開のガイ・リッチー映画。アミハマ演じるソ連のスパイ イリヤ・クリヤキンと、CIAの刺客ナポレオン・ソロ(ヘンリー・カヴィル)が、ナチの残党が絡んだシンジケートと対峙するため、冷戦時代にありながら渋々手を組むストーリー。ふたりと行動を共にする東ドイツの自動車工ギャビーに、『リリーのすべて』でオスカーも獲ったアリシア・ヴィキャンデルが扮しているほか、エリザベス・デビッキヒュー・グラントが脇を固めている。そう言えば続編は作りそうなエンドだったし、制作しそうという噂はあちこちで聞くのだが、なかなか実現しないガイ・リッチー。やっと『シャーロック・ホームズ3』を撮り始めたというくらいなのでまだまだ先っぽい。そんなことしてるからマシュヴォンに『キングズマン』で抜かされるんだぞ!(実はマシュー・ヴォーン、初期のガイ・リッチー映画で製作を手掛けていた人物で、ガイリチとは旧知の仲である)

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