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父としての葛藤を深掘りした絶品リメイク - 映画『Cargo/カーゴ』

Netflix『カーゴ』"Cargo"('17)を観た。元々短編映画の方がとても好きで、それを長編リメイクするという話にも心躍ったし、主演が大好きなマーティン・フリーマンと聞いて余計に嬉しくなったのを覚えている。どこかで上映されるのだろうと思っていたらNetflixのみでの配信で多分にがっかりした記憶があるのだが、たまたまNetflixをお試しすることになったので、今回はこのレビューである。

www.youtube.com - 予告編

 

!!! SPOILER ALERT! SPOILER ALERT! SPOILER ALERT! !!!

 

 

 

元は短編作品

導入のところでも少し書いたが、この作品は同名の短編作品をリメイクしたものである。オリジナルが公開されたのは2013年2月。たまたま何かで紹介されていて観たのだが、小粒ながらきりりと光る筋書きに惚れ込んでしまってお気に入り作品となった。

 

制作はオーストラリアだが、台詞らしい台詞は存在しないし、7分ちょっとなので是非観ていただきたい。

監督陣が自らリメイク

監督はベン・ハウリング(Ben Howling)とヨランダ・ラムケ(Yolanda Ramke)のふたりで、ラムケが脚本も手掛けている。短編作品のふたりが続投して長編も手掛けた形だが、登場人物を大きく増やしてリメイクしても、この作品の素晴らしさは損なわれるどころかむしろ増している。ふたりの映画制作者としての力量を感じさせられたし、リメイクで深掘りしてくれてありがとうという気がする。

 

ざくっとあらすじ

※この節は短編映画を視聴された前提で執筆しており、多少のネタバレを含んでいます※

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オーストラリアには謎の疫病がはびこり、湾岸部を中心にゾンビ・アポカリプス状態となっていた。アンディ(マーティン・フリーマン)は妻ケイ(スージー・ポーター)、生まれたばかりの娘ロージーと共に船で川を移動し、安全な場所を求めて旅をしていた。

ところがケイは不注意から疫病に感染してしまい、もらい火という形でアンディも感染してしまう。彼はロージーを安全な場所へ届けるため、完全発症までの48時間というタイムリミットの中で、試行錯誤の旅をすることとなる……

 

短編作品との差異

※この節にはオリジナル短編作品のネタバレを含みます※

 

オリジナルは7分という短さもあり、基本的には父アンディのひとり旅という側面が強い。彼以外に目立った人物は登場せず、名前も与えられていない様子だ。また、場所もわりかしぼかされている印象がある(勿論地図は登場するので、オーストラリア人ならどこが舞台か分かるのだろうが)。

 

これを105分の長編映画にするために行われたのは、まず人物背景の肉付けと各シーンの意味づけ、そして登場人物の追加である。そして、単純にゾンビ・アポカリプスの中娘を守る話だったオリジナルへ、アボリジニから土地を奪ったことへの贖罪という側面を加えたのだ。

 

追加された登場人物

オリジナルでは初っ端からゾンビ化しているアンディの妻だが、今作ではケイという名前を与えられ、彼女がゾンビ化するまでの経緯が描かれる。今作の冒頭は、いかにして夫婦が感染するまでを描く10分間なのだが、筆者はどうなるか分かっているので直視することができずにいた。こういうはらはらは正直ちょっと苦手なのだが、この感じは同じマーティン・フリーマン主演の『ゴースト・ストーリーズ 英国幽霊奇談』を思い出させる。

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夫婦のくだりに関しては、「自分ならこうする!」と思うことが別にあるし、まどろっこしいと考える人も少なくはないと思う。多分ここが評価するかどうかの分かれ目な気もする。でもまあ、こうならないと短編のラストには続かないので、しょうがないよね……

 

また、元教師だったエッタ(クリス・マックエイド; Kris McQuade)のくだりや、アントニー・ヘイズ(Anthony Hayes)演じるいけ好かないこそ泥ヴィックとレイニー(カレン・ピストリウス; Caren Pistorius)*1のくだりもオリジナルには存在しない。どちらもアンディがトゥミの元へ至るための重要な布石なのだが、同時にアンディが父として苦悩するシーンでもあって、彼の行動により深みが出ている。そして、ロージーという娘の名前も相まって、家族を守ろうとする父親という図式が、『SHERLOCK/シャーロック』第4シーズンでフリーマンが見せた演技にも重なってくる。

 

最後にアンディを捕らえる人々は、オリジナルの白人サバイバーから、トゥミの部族であるオーストラリア先住民へと変更されている。トゥミが父を救うため探していたクレバーマン; Clevermanは、彼女の回想シーンで、白人が来たからこそこのような疫病が持ち込まれたのだとなじっている。この発言もよくよく考えれば差別的だが、元はと言えば彼らの土地を奪って開墾したのであり……と考えると、(オーストラリア人でないとは言え)複雑なものがある。そしてあのラストは、虐げられてきたアボリジニも、優れた独自の文化を持つことを再確認させるのである。

Aboriginal Flag - Victoria Square
劇中ヴィックは井戸の所有権を主張して旗に落書きするが、その旗は実のところアボリジニの旗としてオーストラリア政府が公認しているものである

 

父としての葛藤を深掘りする脚本

※詳しいネタバレがあります※

リメイクで尺が伸びた分、大きく追加されたのはこの「父としての葛藤」という部分である。

自分と娘のことを考えれば感染した妻を放置していくことが正しいだろうが、妻のことを考えると簡単な話ではない。ウイルス対策キットと言われても48時間のタイマーと自殺道具*2だけの様子で治療法も無さそうなのに、それでも病院へ連れて行こうと考えてしまう。

自身が感染してからはロージーを誰に託すのが正解か思い悩む。キットの中の自殺道具で自殺しようと思うも、娘の顔がよぎってしまって踏ん切りが付かない。自分の感染を理由に無理心中する親には不条理を感じるし、かと言って娘を誰かに奪われるのは忍びないのである。

 

この脚本全体を俯瞰で考えた時、主演にマーティン・フリーマンを据えたのは正解だったと思う。彼はこういう細かい葛藤をしっかり表現できる名優だ。筆者がフリーマンの才能に惚れ込んだのもこの一点が理由だし、だからこそ作品にはリアリティが生まれるのだと思う。

 

オリジナルのシーンへ意味づけ

尺を引き延ばしたので、オリジナル短編の各シーンがどのように導かれたのかについても深掘りされている。

オリジナル短編は大きく以下の4シーンから成っている。

  1. 事故を起こした車内でアンディがゾンビ化した妻から感染
  2. アンディが娘ロージーと安全な場所を求めて旅に出る
  3. 生肉の仕掛けを作る
  4. ロージーがサバイバーの元へ届けられる

オリジナルを観て1番印象に残っていたのは3.の仕掛けを作るシーンだったので、これが本当の最終盤まで出て来ないことにはちょっと驚いた。しかしながら、その分、トゥミとの旅という新たなシーンが追加されており、シーンの使い方も少し変更されている。また、1.については、妻ケイの感染と、事故の理由のふたつに分けて意味付けがされているのも、細かい演出として丁寧な脚本だと思う。

 

また、単にアンディが旅をするだけでなく、48時間のタイムリミットを付けたのもリメイクでの変更点だ。迫り来る時間を表現するため、キットの中にタイマーが仕込まれているというのも、定期的に発作が来るというのも面白い。少し脇道に逸れてしまうが、アンディが初めて起こす発作のシーン、てんかんの二次性全般化発作☞強直間代発作ぽくて誰か医療監修でも入ったかなと思ってしまった*3

 

オリジナルと大きく異なるのは、4.の部分だ。アンディの死に至るまでの道のりが少し変わっているのだが、単に白人をアボリジニに置き換えただけでなく、人物としての厚みを表現する素晴らしい演出だったなと思う。

 

ここまで読んで観たくなった人向け

ネットフリックスの試聴サイトはこちら。説明は英語になっているがクリックしたら日本語版に飛ぶはずだ。因みに海外ではBlu-rayが出ているらしい!日本でもリリースしてもらいたいものだが……

www.netflix.com

 

マーティン・フリーマン、本領発揮

フリーマンは、ちょっとした身体の仕草で心の葛藤や感情を表現するのがとても上手い。また、心の内面に闇や悩みを抱える人物を演じるのを得意としている。そんなフリーマンの才能が垣間見える作品をいくつか紹介して結びとしたい。

 

まずは文中でも紹介した『ゴースト・ストーリーズ 英国幽霊奇談』。フリーマンは娘の出産で妻を亡くした男やもめのビジネスマンを演じている。未だにどのシーンも鮮明に覚えているくらい、静かにかつ堅実に恐怖が襲ってくるブリッツ・ホラーだ。大きく3部構成になっているが、最後の最後まで目が離せない展開なので是非ご覧あれ……! マーティンは本当に美味しい所を全部持って行った形だ(こういう作品の選球眼がたまらないのである)。

 

そして彼を一躍スターダムにのし上げたこのドラマも。先述の通り、第4シーズンではフリーマン演じるジョン・ワトスンに、ロージーという娘が生まれる!ロージーが最も長尺で登場するのは第4シーズン第1話だが、なかなかに衝撃的なラストが待っているので、是非第1シーズンから順に観ていただきたいと思う。90分3話で1シーズンなので、レンタルすれば割とあっと言う間だ。

 

最後にこの作品がゾンビ・アポカリプスを題材にしていたということから、コルネット3部作のこの作品を! マーティンは数少ない皆勤メンバーのひとりで、第3作『ワールズ・エンド』では遂にメインキャストのひとりを演じるまでに至った*4。第1作では「え、ここ?!」というくらいのカメオ出演だが*5作品自体はとても面白いので是非一気観してほしいと思う。

ちなみに『ショーン・オブ・ザ・デッド』では『ボヘミアン・ラプソディ』が話題のクイーンもかなり効果的に使われてるぞ!

mice-cinemanami.hatenablog.com

何とビデオスルーだった伝説の1作が、劇場公開決定!素晴らしい!

 

関連:Cargo / カーゴ / マーティン・フリーマン / Netflix

*1:彼女をどこかで観た記憶が……と思ったら、『否定と肯定』"Denial"('16)に出演していたようだ。この作品はホロコースト否認を巡った裁判・アーヴィングvsリップシュタット裁判を扱ったもので、ティモシー・スポールレイチェル・ワイズがアーヴィングとリップシュタットを演じた。事件の概要についてはここで☞

ja.wikipedia.org

*2:見た目がインスリンの自己注射器みたいなのにとんでもない飛び道具だ

*3:てんかんの病型分類に詳しいわけではないのだが、動きが左右非対称になっていて片方に引っ張られた感じだったので、何か昔観たビデオに似ているなあと思ってしまった(だけである)。恐らくフリーマンも、ゼロからけいれん発作の演技をするのは難しいと思うので、イメージ映像くらいは見せられただろうと思うが……

www.tenkan.info

www.tohoku.ac.jp - このサムネイルになっている動画が欲しかったのだが見当たらないので……

*4:因みに第2作『ホット・ファズ』ではカメオ出演に加えてナレーションを担当しているが、ここでサンドフォード署の紅一点を演じているのが、近日公開の『女王陛下のお気に入り』でアン女王を演じたオリヴィア・コールマンだ!

*5:同じところでThe League of Gentlemen;TLoGのリース・シェアスミスカメオ出演しているので結構好きなシーンである。シェアスミスは『ワールズ・エンド』にもカメオ出演している。『リーグ・オブ・ジェントルマン』も今度特集したいんですけどね……

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