ちいさなねずみが映画を語る

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完璧な続編を作り上げた珠玉のサウンドトラック - 映画『メリー・ポピンズ リターンズ』

筆者がうだうだしながらMCUの記事を挟んだり相も変わらずマッゼロさんの話をしている間に、ある重大な期限が近付いてきてしまった。何を隠そう、今年2月に公開されたメリー・ポピンズ リターンズ』のMovieNEX版発売日である。構想は沢山練っているのに、書く書く詐欺で前記事から4週間近く経っている有様で大変申し訳無い限り……
 
しかしながら、そんな遅筆な筆者を、観劇から4ヶ月近く経っても作品世界から放さないのが、珠玉とも言えるこの映画のサウンドトラックである。ディズニー・ミュージカルの系譜を辿りつつ、前作にもちらちらとオマージュをかけた名曲揃いなので、今日はこのアルバムを紐解いていきたいと思う。

mice-cinemanami.hatenablog.com - 前の記事(5月1日投稿だってさ……)

 
!!! SPOILER ALERT! SPOILER ALERT! SPOILER ALERT! !!!
※この記事には前作『メリー・ポピンズ』のネタバレも含みます※
 
是非是非お手元にサウンドトラックをご用意あれ……!

 

 

 

前作をちらつかせるサウンドトラック

『ニューヨーカー』に掲載されたインタビューで(下記WIRED.jpで日本語訳記事が公開済)、本作の監督であるロブ・マーシャルは、「はっきり意図的に行ったこと」として、本作に前作への多大なオマージュが含まれていることを認めている。勿論画角の上でも明らかに見て取れるのだが、実はこの作品のサウンドトラックにも、前作登場曲のモチーフがそこかしこに登場する。また、今作のために書き下ろされた曲たちは、必ず前作での使用法と重なる使い方をされるように工夫されている*1

wired.jp - このインタビューは良作

 

例えばジャックとメリー・ポピンズ一行がロイヤル・ドルトンの皿の中へ繰り出すシーンは、前作にあったバートの絵の中へ潜り込むシーンから。「絵の中に入れないなんて誰が思うの?」というメリー・ポピンズの台詞は、『想像できる?』"Can You Imagine That?" の主題としてさりげなく取り込まれている(もっともこの曲の中身は『お砂糖ひとさじで』と同じだが)。また、アカデミー歌曲賞にもノミネートされた『幸せのありか』"The Place Where Lost Things Go" は、使い方も歌詞の内容も、前作の名曲『タペンスを鳩に』"Feed The Birds (Tuppence A Bag)" に重ねられている。そしてジャック率いる点灯夫たちが約7分にわたって踊る『小さな火を灯せ』のシーンは、勿論あの名曲『チム・チム・チェリー』の裏返しである。何より(曲の話ではないが)、ブーム提督の設定がああいう形で活かされるのは素晴らしいばかりだ(笑)。

www.youtube.com - メリー・ポピンズ「絵の中から出ないのよ!」☞勿論今作では「皿の中から出ないのよ!」

 

そしてそんな今作の曲をうまく織り込んだのが、ミランダが歌う『愛しのロンドンの空』の後に挿入される『メリー・ポピンズ リターンズ序曲』"Overture"だ。最近の映画ではすっかり廃れてしまったが、序曲付きのスタッフロールから始まるのは古き良き映画の時代を彷彿とさせる作りだし、実のところ古典的なミュージカル作品の構成でもある。この曲では『幸せのありか』『想像できる?』『幸せのありか』『小さな火を灯せ』『想像できる?』『愛しのロンドンの空』と、作中の重要曲がメドレー形式に編曲されているが、これもザ・「ミュージカル作品の序曲」という展開。何よりこの構成で一気に物語の世界に引き込まれて、「ああ自分はディズニー・ミュージカルを観ているのだな」という気分になるのだ。——少なくとも筆者はこの曲を聴いた時点で「ディズニー行きてええええ!!!!!」と思った。

メリー・ポピンズ リターンズ 序曲

メリー・ポピンズ リターンズ 序曲

  • マーク・シャイマン
  • サウンドトラック
  • ¥250
  • provided courtesy of iTunes

 ——ディズニーリゾートの音楽は多かれ少なかれ古き良き映画時代の構成を辿っているので是非ディズニー行きたくなって下さい

 

ジャックのテーマ、『愛しのロンドンの空』

サウンドトラックの1曲目にして、この物語を始める曲は、リン=マヌエル・ミランダ演じるジャックが歌う『愛しのロンドンの空』 "(Underneath the) Lovely London Sky" である。ジャックはコックニーのガス灯点灯夫にして、前作に登場したバートの弟分。作中での位置付けもディック・ヴァン・ダイクの役柄を上手く引き継いだようになっている。

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そんなジャックが歌う曲の中身は、どんなに厳しいことがあっても顔を上げて生きようという前向きなメッセージ。「明日なんて来ないと思えていた」(Seems the promise of tomorrow never comes)という歌詞は、大恐慌時代を舞台にした物語背景にも、男やもめとなって途方に暮れる父マイケルの姿にも重なる。しかしながら、ジャックの言う通り、「高く上を見つめていればその内報われる」(You’ll be blessed so keep on looking high)のだ。点灯夫として毎日上を見ながら暮らすジャックに福音が訪れるのは、最終曲『舞い上がるしかない』でのこと。この曲でジャックは遂に長年思いを寄せていたジェーンとお近づきになるが、そんな彼らを観た提督の「彼女を失うんじゃないぞ、坊主!」"Don't you lose her, son!" という言葉に、密かに胸を熱くしていたのは筆者だけではないに違いない。

 

メリー・ポピンズのきらめくような世界へようこそ - 『想像できる?』

 "Off we go!"

メリー・ポピンズの魔法にお口ぽかんのまま滑り込んだバスタブの中は、きらめくような魔法の世界だった。「アンダー・ザ・シー」(『リトル・マーメイド』)の世界を実写にして登場人物たちを潜り込ませたとも言える画面構成には、ディズニーならではと思わされる。同じ夢オチとしてはティム・バートン版『スウィーニー・トッド』の「海辺にて」"By The Sea" を彷彿とさせる感じもある(そのせいか筆者はこの辺で「(展開が目まぐるしくて)もしや子どもにはこの話難しいかな」と考えてしまったが)。

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ところでこの曲の作りは、メリー・ポピンズの魔法を信じない子どもたちに彼女の世界を見せつけるものとなっているが、前作『メリー・ポピンズ』にもきちんと同じシーンがある。正解は前作ファンの皆さんならお馴染み、『お砂糖ひとさじで』。こちらもジュリー・アンドリュースの魅力が沢山詰まった名曲なので、是非聴いていただきたい。(因みにこのシーンで出てくるコマドリさんは、ディズニーが誇るオーディオ・アニマトロニクス*2の先駆け!)

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『お砂糖ひとさじで』からは、鏡の中のメリー・ポピンズが現実世界のメリー・ポピンズと違う動きをするというシーンも再現されている。バンクス家にメリー・ポピンズが帰ってくるシーンをお見逃しなく!

ロイヤルドルトンの器の中へ

3きょうだいが口論になって母親の形見であるロイヤルドルトンの器が欠けてしまうシーン。器の絵の中へ入り込むのは、先述の通り前作でバートが描いた絵に忍び込むシーンの裏返しなのだが、実はそれ以外にも細かなオマージュが仕込まれている。前作ではメリー・ポピンズの白いワンピースが印象的だったが、今作で彼女が着ているのは、器の世界に合わせて「キャンバスに描いた絵のような」ドレス!

 

ロイヤル・ドルトン・ミュージック・ホールに辿り着いた一行は、ジャックとメリー・ポピンズ、ペンギンたちのショーを観ることになる。アニメーションと実写を融合させるのは『南部の唄』('46)*3以来ディズニーの十八番でもあり、きらびやかな舞台が目の前に広がるのだ。そして、『本は見かけじゃ分からない』のシーンでペンギンたちが登場するのにご注目。これは勿論、前作に登場したペンギンダンスへ目配せしたものだ……! また、ミランダの真骨頂とも言えるラップシーンも、あの名曲『スーパーカリフラジリスティックエクスピアリドーシャス』へのオマージュか、と思わせる見事な出来である。

www.youtube.com - 『本は見かけじゃ分からない』公式クリップ

アカデミー歌曲賞ノミネート作、『幸せのありか』

アカデミー歌曲賞をはじめ数々の映画賞でノミネートを勝ち取った本作のメインテーマ。母親という主軸を失い、悲しみをひた隠しにするバンクス家へ、メリー・ポピンズが送るささやかな応援歌である。

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作中でこの曲は、メリー・ポピンズのソロとして1回、そして終盤で子どもたちの歌唱シーンとしてもう一度使われている。この使い方はサウンド・オブ・ミュージック』のタイトル曲……ではなく(それもそうだが)、前作の名曲「タペンスを鳩に」*4"Feed The Birds (Tuppence A Bag)" と全く同じもの。また、メリー・ポピンズが子どもたちに送ったこの曲が、大事なものを忘れてしまった親へのメッセージになるという点も重ね合わせられている。何を隠そう、「タペンスを鳩に」は筆者お気に入りの曲で、この曲を聴けば泣くというくらいなので、こうやって使い方まで揃えているのは憎い演出だなと思った。

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この曲は日本語吹替版を担当した平原綾香によってシングルカットもされているので是非。

幸せのありか

幸せのありか

  • provided courtesy of iTunes

 

メリル・ストリープが本領発揮、『ひっくりカメ』

翻訳家泣かせの言葉遊びが満載である『ひっくりカメ』"Turning Turtle" は、トプシーを演じるメリル・ストリープの独壇場とも言えるシーン。吹替にはとても落とし込めないくらいの軽妙な歌詞になっているほか、ストリープがロシア語訛りの英語で見事に歌い上げているので、是非原語でも聴いていただきたいと思う。メリー・ポピンズの「はとこ」であるトプシーの元を訪れるシーンは、前作で笑い上戸のアルバートおじさんのところへ向かうシーンと対になっているのでこの辺りもご注目を。

笑うのが大好き

笑うのが大好き

  • provided courtesy of iTunes

 

この曲を通じて、第2水曜日の「ひっくりカメ」が憂鬱だと言っていたトプシーは、これも自分の魅力と全てを受け入れることになる。そんな彼女が言う「トプシー・ターヴィー」とはまさに「逆さま/あべこべ」の状態を指す言葉なのだが、ディズニーオタクとしてはこれを思い出さずにいられない。

トプシー・ターヴィー

トプシー・ターヴィー

  • provided courtesy of iTunes

ノートルダムの鐘』は、ヴィクトル・ユーゴーの小説を原作とした1996年の作品。主人公のカジモドはいわゆる「せむし男」であることが原因でノートルダム大聖堂の鐘楼に閉じ込められているが、ひょんなことから街に出て「さかさま祭り」(トプシー・ターヴィ・デイ)の王様となる。トプシーが自分の欠点だと思っていたことに素晴らしさを見出すという曲の内容は、まさにこの映画にも重なるのである。

ノートルダムの鐘(吹替版)

ノートルダムの鐘(吹替版)

 

 

本家越えの圧巻パフォーマンス - 『小さな火を灯せ』

ブラントが歌う『幸せのありか』と共にディズニーが賞レースの本命として売り出していたのがこの『小さな火を灯せ』。ミランダの活き活きした歌声とロンドンの名所を駆け抜ける点灯夫たちのパフォーマンス、言葉遊びの応酬が愉快な1曲だが、なんと太っ腹な(?)ディズニーが公式クリップを公開しているので是非ご覧いただきたい。

www.youtube.com - ジャックがガス灯のポールに手を掛けた時点で『雨に唄えば』がちらつく筆者

 

ジャックと仲間の点灯夫たちがパフォーマンスを見せるという構図は、まさに前作の『チム・チム・チェリー』と同じ(曲の後に長いダンスシークエンスが続く構成である)。しかしながら、今作の『小さな火を灯せ』は、曲の合間にアクロバティックなダンスシーン、メリー・ポピンズを交えた『スーパーカリフラジリスティックエクスピアリドーシャス』ばりの言葉遊びシーンを加え、8分という尺を感じさせないものになっている。歌とダンスが比較的独立していた前作に比べ、演出の妙が光る構成だ。

思えばミュージカルはオペレッタを経由してオペラが進化してきたものである。オペラは元々バレエと不可分のものであり、そういう過去もあってなのか、古き良き時代のミュージカルは長いダンスシークエンスが組み込まれがちであった。時には物語の進行とはあまり関係無いダンスシークエンスだってある。映画『巴里のアメリカ人』のラストは18分ある曲に合わせてダンスし続けるし、その時代の残り香があった前作『メリー・ポピンズ』でも、「チム・チム・チェリー」の後には8分近い煙突掃除人たちのダンスが続くのだ。

巴里のアメリカ人 (字幕版)

巴里のアメリカ人 (字幕版)

 

 

しかしながら、ミュージカルは時代を経て変化していく中で、長いダンスにそれ相応の意味を求めるようになっていく。踊りを見せつける長いシークエンスではなく、物語の中にしっかりと埋め込まれた踊りが好まれるように変化するのだ。そのひとつが『ラ・ラ・ランド』の"Epilogue"シーンの演出だし(→過去記事:ネタバレ注意)、今作の『小さな火を灯せ』然りであって、ミュージカルの進化を如実に感じさせるのである。

 

満を持してアンジェラ・ランズベリー登場:『舞い上がるしかない』

前の記事でも触れたが、『美女と野獣』のポット夫人役などで知られるアンジェラ・ランズベリーが、この曲で満を持して登場。登場人物の大半を空に浮き上がらせてしまう魔法の風船を売る女性として出演している。大ネタバレになるが、ここでひとりだけ浮き上がれないのがコリン・ファース演じるウィルキンズなのがちょっとファニーな瞬間である(ファースはこういう演技が得意なだけに)。

 

この曲でも貫かれているのが、今作のメインテーマでもある「子どもの心を取り戻すこと」。妻を亡くして後ろばかり見ていたマイケルが、風船を手にしてメリー・ポピンズの「魔法が現実だったこと」を悟るのも素晴らしいし、滅私の人で自分の幸せは二の次になっていたジェーンと、密かに思いを寄せるだけだったジャックがいい感じになるのも素晴らしい。このシーンは父親の覚醒というモチーフが、前作の "Let's Go Fly A Kite" と共通している。この曲の後にメリー・ポピンズが帰還してしまうというのも重ね合わせられているのだ。(なお、今作ではモチーフが風船に変化しているが、このシーンの凧自体はメリー・ポピンズが帰ってくるきっかけとして冒頭で再利用されている)

 

またアンジェラ・ランズベリー演じる風船売りの女性は、前作の「タペンスを鳩に」で登場した鳩の餌売りの女性とも重なるものがある。思えばバンクス氏が子どもたち(ひいてはメリー・ポピンズ)の言い分こそ正しいと気付くのは、子どもたちが歌っていた餌売りの女性を実際に見たことがきっかけであるし、そういう風に思わされるのは至極当然のことなのかもしれない。

 

あの感動をもういちど

冒頭でお知らせした通り、『メリー・ポピンズ リターンズ』MovieNEX版はいよいよ6月5日発売。サウンドトラックは通常版に加えて、スコア盤・日本語吹替版収録のデラックス盤も好評発売中。今回の日本語吹替版は、ディズニーが本気を出してキャスティングした豪華布陣であり、こちらも合わせて聴いていただきたいと思う。日本語吹替版キャストについては次の記事で特集予定!

 

ついでに前作も観たくなった方はこちらから。つくづくこの作品の翌年に『サウンド・オブ・ミュージック』を世に送り出したジュリー・アンドリュースは凄い人だ!

 

 

関連:エミリー・ブラント / リン=マヌエル・ミランダ / ベン・ウィショー / エミリー・モーティマー / ディック・ヴァン・ダイク / アンジェラ・ランズベリー / ジュリー・ウォルターズ / メリル・ストリープ / コリン・ファース / ピクシー・デイヴィーズ / ナサニエル・サレー / ジョエル・ドーソン / 平原綾香 / 谷原章介 / 岸祐二 / 堀内敬子 / 森田順平 / 島田歌穂 / ロブ・マーシャル / メリー・ポピンズ

*1:なお、歌曲ではないBGMにも、前作の歌曲のモチーフがあちこち取り込まれている

*2:動物を模したロボットが、別録りの音声・歌曲に合わせて動く仕掛けのこと。TDLの『魅惑のチキルーム』、『イッツ・ア・スモール・ワールド』などで使用されていると言えば分かりやすいだろうか。前作『メリー・ポピンズ』の公開は『魅惑のチキルーム』完成翌年の1964年なので、まだまだ動きもカクカクとしているが、今やなかなかに実物らしい動きをする☞

*3:クリッターカントリーの人気アトラクション「スプラッシュ・マウンテン」の原作となった映画。『ジッパ・ディー・ドゥー・ダー』はこの年のアカデミー歌曲賞を獲得している

*4:タペンスは2ペンス硬貨のこと。広く知られている邦題は『2ペンスを鳩に』だと思うが、アガサ・クリスティの『トミーとタペンス』シリーズ好きとして敢えてこう書いている

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