ちいさなねずみが映画を語る

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「誰もあなたを信用しないだろう」 - 『アトランティック』ブライアン・シンガー訴追記事その1

本日は『アトランティック』誌; The Atlantic で掲載されたブライアン・シンガー監督訴追記事特集の第2弾だ。既にシンガーの過去については別記事で振り返ったので、まずはこちらからお読みいただきたい。

既に示した通り、『アトランティック』誌の訴追記事について翻訳版は用意しているものの、全て掲載すると著作権上の問題があるので、内容をかいつまんで引用、これに独自出典を付け足すという形にして紹介したいと思う。

 

www.theatlantic.com - 『アトランティック』の訴追記事はこちら*1

mice-cinemanami.hatenablog.com - シンガーの人物像を振り返ったのはこちら

 

※以下、「アトランティック」/「『アトランティック』誌」と書いてリンクの無い場合は、シンガーの訴追記事を指す。また一部の出典は英語版Wikipedia(Bryan Singer - Wikipedia-Permalink付き)から移入している。※

 

「ワインスティーンのニュースが明るみに出た時、次に来るのはシンガーだと誰もが思った」

この記事を書いたのはアレックス・フレンチ(Alex French)とマクシミリアン・ポッター(Maximillian Potter)。『アトランティック』誌の紹介によれば、フレンチは『エスクァイア』"Esquire"誌の記者、ポッターは同誌の編集者であるという。このことから、昨年10月の段階でシンガーが言及していた「『エスクァイア』誌の記事」(シンガーのInstagram)というのは、今回の訴追記事を指すのではないかと思っていたが、この点については既にシンガー本人が認めていた。

www.cinematoday.jp

 

冒頭の節では、『ボヘミアン・ラプソディ』監督解雇の直後に訴訟を起こされたシンガーについて軽く振り返られ、更にこの記事の取材対象について示されている。この中で、ある俳優の話として、こんな言葉が載っている。

"As one prominent actor told us, “After the Harvey Weinstein news came out, everyone thought Bryan Singer would be next.”"

拙訳)「ある有名俳優が私たちに語った通り、『ハーヴィー・ワインスティーンのニュースが明るみに出た時、次に来るのはブライアン・シンガーだと誰もが思った』のだ」——『アトランティック』誌

 ワインスティーン騒動については既報の通りなので割愛するが、「#MeToo」運動のうねりを作った最大の理由でもあったことは多くの人が記憶していることと思う。この次に来るのはシンガーだと思われていたというのが本当だとしたら、こういう話はみんな知っていたということになるのだが……

www.bbc.com

この記事は、シンガーが2017年12月に訴訟を起こされた後、1年にわたってシンガーを相手取ったこれらの訴訟と申し立てを整理し、総計50人以上の情報提供者と接触して書き上げたものだと紹介されている。シンガー側からの報復を恐れて仮名での登場を申し入れた者もいる。

"We spent 12 months investigating various lawsuits and allegations against Singer. In total, we spoke with more than 50 sources, including four men who have never before told their stories to reporters"

拙訳)「私たちは12ヶ月をかけて、シンガーに対する沢山の訴訟と訴えを調査した。総計で50人以上の情報提供者と話したが、うち4人の男性は記者に自分の話を語るのも初めてだった」——『アトランティック』誌

少し寄り道して) 虐待のもたらす傷

この続きの節の冒頭では、シンガーからの被害を申し立てた人物が、現在どういう状況に置かれているかについても触れられている。

"The accusations against Singer cover a spectrum. Some of the alleged victims say they were seduced by the director while underage; others say they were raped. The victims we interviewed told us these experiences left them psychologically damaged, with substance-abuse problems, depression, and PTSD."

拙訳)シンガーに対する追求は広範囲にわたっている。被害者だと称する者の中には、未成年にもかかわらず監督に誘惑されたと言う者もいるし、レイプされたと述べる者もいる。私たちがインタビューした被害者たちは、これらの体験により心理的な傷を負い、物質依存問題、鬱、PTSDなどを発症したと語った。」——『アトランティック』誌

シンガーに対する申し立ては、ざっくりまとめると「未成年に対する性的暴行」ないし「未成年との性的関係」である(読んでいると未成年と知りつつ同意を取っていたケースもそれなりにあるようだ)。対象が未成年だったので児童虐待の範疇に入れて考えるが、厚労省児童虐待を大きく4つに分類している(児童虐待の定義と現状|厚生労働省)。身体的虐待、ネグレクト、心理的虐待(暴言などを含む)と並ぶのがこの「性的虐待」だ。ところが、その他の3つと比べ、内容が内容で周囲に相談できなかったり、何をされているのか理解するには精神が幼かったり、理解した時には年月が経ちすぎて時効を迎えていたりと、様々な理由で告発には障壁がある。日本ですらその実体は報告件数の数倍ではないかと言われているし、国が変わろうがこういった事情はそう変わるものではない。またこういう虐待にはパワーバランスの差が関与していることもあるので、なかなかに厄介な問題なのだ。

そして虐待の最も罪深いのは、これが「世代間連鎖する」という一点である。以下に関連記事を示すので一読いただきたい。

何故世代間連鎖が引き起こされるかというと、虐待は脳の発達において様々な影響を持ち、結果として反応性愛着障害や物質依存など、生きていく上での障害となってしまう精神的に癒えない傷を負わせることになるからだ。この辺りは以下の記事に詳しい。

 

『アトランティック』誌の取材に対し、シンガーの弁護士だというアンドリュー・B・ブレットラー(Andrew B. Brettler)は、シンガーに逮捕歴も有罪歴も無いことをあげて反論したというが*3、それではこの問題に対する反論としていささか不十分と言わざるを得ないだろう(勿論過去の告訴があるから頭ごなしに否定できないのは分かるが)。今回の告訴も、どの辺りまで真実なのか筆者には確かめる術が無いが、もしそういう関係を持っていたのが真実だというのなら、彼らのトラウマの引き金を引いたのが自分だという事実としっかり向き合ってほしいと思うばかりだ。

www.just.or.jp - もしあなたが被害者ならば、自助団体もあるということは知ってほしい

 

以下では、『アトランティック』誌にて実名を公開している人物は、その日本語転記で記述することとする。

 

1997年春 - ヴィクター・ヴァルドヴィノスの場合

記事で最初に告発者として登場するのはヴィクター・ヴァルドヴィノス(Victor Valdovinos)という人物だ。舞台はシンガーが『ゴールデンボーイ』"Apt Pupil"('98)を撮影していた1997年春のことだ。ヴァルドヴィノスはこの映画が撮影されたエリオット中等学校(Eliot Middle School)に通っていた7年生の13歳(日本の中学1年に相当)で、トイレでシンガーにスカウトされてエキストラ出演することになったという(『アトランティック』誌)。因みにこの時のシンガーは、1965年9月生まれなので、31歳である。またこの映画の撮影で未成年エキストラのヌードに関する問題が発生し、集団訴訟が起こったのは先記事に書いた通りだ(EW.com; 1997年5月)。

www.youtube.com - 予告編

 

エキストラとして撮影に参加したヴァルドヴィノスは、クルーにロッカールームへ通され、服を全て脱いでタオルを巻くよう頼まれる。その後シンガーと再び会い、しばし待機するよう言われて数時間同じ場所で待機することになった。彼がシンガーの「加害」を受けたのはその後のことだ。

"“Every time he had a chance—three times—he would go back there … He was always touching my chest.” Finally, according to Valdovinos, Singer reached through the towel flaps and “grabbed my genitals and started masturbating it.” The director also “rubbed his front part on me,” Valdovinos alleges. “He did it all with this smile.” Valdovinos says that Singer told him, “You’re so good-looking … I really want to work with you … I have a nice Ferrari … I’m going to take care of you.”"

拙訳)「「彼はチャンスがある度——3回だ——彼は裏へ戻ってきて……毎回僕の胸に触れた」ヴァルドヴィノスによれば、最終的にシンガーは重なったタオルの間に手を伸ばし、「僕の性器を握ってマスターベーションし始めた」という。監督はまた、「自分の前部を僕の前でこすった」とヴァルドヴィノスは訴える。「彼はそういうことをしながらずっと笑っていた」ヴァルドヴィノスは、シンガーから、「君はとてもハンサムだね……本当に君と働きたいよ……いいフェラーリを持ってるんだ……君の面倒だって見てやるつもりだ」と言われたと述べる」——『アトランティック』誌

『アトランティック』誌では、当時シンガーがフェラーリに乗っていたことの裏付けは取れており、ヴァルドヴィノスの父親も息子をセットに送っていった記憶はあるものの、彼がエキストラを務めていた記録は存在しないのだと続いている*4。結局彼はこのトラウマが元で完成した作品を観に行けなかったと述べている。

 

その後のヴァルドヴィノスは、本人の言によれば散々な生活を送っている。『アトランティック』誌でも紹介されていた2000年の『ロサンゼルス・タイムズ』の記事に詳しい経緯が載っている。彼は元々将来を嘱望されるサッカー選手だったが、ガールフレンドを妊娠させたことで学校を一時ドロップアウトしたという(上記『ロサンゼルス・タイムズ』)。『アトランティック』誌では、更にDVや薬物所持などで1年の収監歴があることにも触れられている。

'Six classes became six Fs. / "I never had one F in my life," Valdovinos said.'

拙訳)「6クラスで6つのF。『今までの人生でFなんかひとつも取ったことは無かった』とヴァルドヴィノスは言う」——Reversing His Field - latimes、2000年7月16日

彼女を妊娠させたことについて、ヴァルドヴィノスは「僕は自分が一人前の男だって証明したがってたんだ」(引用:“I was trying to prove that I was a man,” he says.)と述べている(『アトランティック』誌)。『ゴールデンボーイ』撮影時、ヴァルドヴィノスは13歳の少年だった。誰かと付き合うことだってまだまだかもしれない少年が、他人の手でマスターベーションされ、相手がマスターベーションするのを見せつけられるというのは、想像するだけでもおぞましい光景だ。また、ヴァルドヴィノスの言葉を信用すれば、シンガーは用を足す彼のことを見ていてスカウトしたことになるのだが、それもいやはや……という感じである。

そして、男性からそういう被害を受けた彼が、自分は同性愛者じゃなくて一人前の男なのだ、と証明しなければと考えてしまったことも、流れとしては分からないでもない。男性の性被害についてまとめた現代ビジネスの記事でもそういうことは指摘されており、そういう男性たちには、「性的な混乱」があること*5、また自分を情けなく考えてしまうこと*6などが指摘されている。

gendai.ismedia.jp - BLOGOSでも渋井哲也氏が同様の問題を取り上げているので是非ご一読を

 

『アトランティック』誌の記事では、人生がめちゃくちゃになったヴァルドヴィノスが、自問するさまが綴られている。

"Valdovinos began to question how his life might have gone differently if not for that locker-room encounter with Singer. “What if he never did this to me—would I be a different person? Would I be more successful? Would I be married?” As he watched the Harvey Weinstein scandal unfold, Valdovinos thought, “Me too—only I was a kid.” He considered going to Singer’s house and knocking on the door and asking him, Why? He thought about going public. But who would believe him?"

拙訳)「ヴァルドヴィノスは、ロッカールームでシンガーと出会わなければ、自分の人生がどれだけ変わっていたか自問し始めた。『もし彼があんなことを僕にしていなかったら—自分は違う人物になっていたのだろうか?もっと成功できたのか?結婚していただろうか?』ハーヴィー・ワインスティーンのスキャンダルが明るみに出た時、ヴァルドヴィノスは『僕も同じだ——こっちは子どもだったってだけだ』と考えた。彼は、シンガーの家に行ってドアを叩き、彼に『何故?』と問おうかとすら考えた。人前に出ることも考えた。しかし誰が彼を信じるだろう?」(強調は筆者追加)——『アトランティック』誌

この記事をこうやって紹介しようと思ったきっかけは、ヴァルドヴィノスの言葉の中に、「こっちは子どもだったってだけだ」という一文があったことだった。「#MeToo」の大きなうねりを作ったハーヴィー・ワインスティーン事件だって、名だたる女優たちですら声を上げるのに相当な勇気が必要だったことを見せつけたのに、いわんや子どもをや、という感じである。年上の男の性的趣味を満たすために、少年たちが被害に遭って一生ものの精神的傷を負わされるというのは、壮絶な話だと思う。

そしてこの段落の最後では、「しかし誰が彼を信じるだろう?」と書かれている。片やハリウッドいちの売れっ子監督のひとり、片や学校も半分ドロップアウトした前科者。しかしながら、彼をそういう風にしてしまったのは、(記事の記載を信用するならば、)輝かしい栄光を持つシンガーの方なのである。このパワーバランスゆえに裁かれずにいたというのはおかしな話で、もしも事実ならば、しっかり罪を償ってほしいと思う。

 

因みに『アトランティック』誌によると、ヴァルドヴィノスは告訴も考えていたが、あまりに時間が経ちすぎていたことから不可能だったとのこと。現在望んでいるのは謝罪だと述べているが、シンガー側から返答は無かったようだ(『アトランティック』誌)。

 

ベンの場合—シンガー邸でのパーティにまつわる話

次に書かれているのはシンガー邸でのパーティに出入りしていたというベン(仮名)の話だ。ここではシンガーが若い男子ばかり集めてパーティを開いていたと述べられている。この話は、この記事が初出ではない。前の記事で2014年に訴訟を起こされたことに触れたが、それに関連したBuzzfeedの記事で、既にその話は大々的に記事化されているのだ。

www.buzzfeed.com

ベンの言葉によれば、彼とパーティで会ってセックスをしたのはシンガーだけではなかった。このパーティ自体、シンガーと友人たちのために、若い男性を提供して輪姦するためのものだったのである("He says he was passed around among the adult men in Singer’s social circle."——『アトランティック』誌より引用)。その上、『アトランティック』誌の続きでは、シンガーが客にドラッグやアルコールを熱心に勧め、その後で事に及んだと述べられている。実情が如何にとんでもないパーティだったかということだ。

 

ベンが当時このパーティに出入りしていたことは裏が取れているという(『アトランティック』誌)。シンガーとも関係を持っていたというが、どうやって誘われたのか述べている部分があったので引用したい。どう見てもこの誘い方は常習犯である。

"He recalls Singer seducing him this way: “One time after a party, Bryan went to bed early. He said he didn’t feel well and needed me to tuck him in.” Singer was fine; that was when he and Ben had oral sex."

拙訳)「彼はシンガーがこんな風に自分を誘ってきたと思い返す:『パーティ後のある時、ブライアンはベッドに早く引き上げた。彼は気分が良くないので、寝具にくるまるのに僕が必要だと言うんだ』実のところシンガーはぴんぴんしていた; そしてこれが、彼とベンがオーラル・セックスをした時の詳細だ。」——『アトランティック』誌

 

『アトランティック』誌によれば、家族から勘当されており、体型も太っていたベンにとって、性的なものであれ注目が一身に集まるパーティの場は素晴らしいものに思えたのだと語っている*7。パーティの話が事実だというのならば(2014年の報道を考えればこれはもうかなり有名な話なのだろう)、大人たちが一堂に会して彼らのそういう弱みにつけ込んだというのはとんでもない事態だ。ベンの話の後段では、臨床心理学者へのインタビューも交えて、最初に筆者が示したような性被害の長引く影響について述べられている。何度も同じ話を繰り返すようだが、このパーティの参加者も、自分の性的快楽を味わうことが、将来ある若者のこころに深い傷を残すものであることをしっかり理解してもらいたいものだ。

 

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ここまでで大体1万字くらいなので、続きは次の記事にて。この次はハリウッドで話題となったあるベンチャー会社(DEN社)と、シンガーが深く関わっていたという話だ。

variety.com - 『アトランティック』誌の取材をまとめた記事

 

ヴァルドヴィノスが被害に遭ったというのはこの映画の撮影中だが、『アトランティック』誌の続きでは、それを巡って更にもうひとつの話が出てくる。

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関連:ブライアン・シンガー

*1:この記事のタイトルは「誰もあなたを信用しないだろう」という意味だ

*2:石井光太さんのルポルタージュは、筆者の進路を大きく決めたこともあり、何となく特別な気持ちで見てしまう。この特集も淡々とした筆致で社会問題を切り取っているので是非読んでほしい。ちなみに筆者の進路を決めた作品はこれ☞

遺体: 震災、津波の果てに (新潮文庫)

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*3:原文:"When asked for comment, Singer’s lawyer, Andrew B. Brettler, noted that Singer has never been arrested for or charged with any crime, and that Singer categorically denies ever having sex with, or a preference for, underage men. (He also disputed specific details in this story, as noted throughout.) "——『アトランティック』誌 / こう言わざるを得ない事情は分かるが、「捕まってねえんだから無罪に決まってるだろうよ」と言わんばかりのコメントはちょっと暴論が過ぎる気がする

*4:本当に出演していないのか、シンガーの個人的リクルートだから記録が無いのか、それとも意図的に破棄されたのか、その辺は誰も分からないが

*5:性暴力を受けた男性が被害を認識できない「根深い理由」(山口 修喜) | 現代ビジネス | 講談社(2/4)」より引用。同じページでは、被害に遭った年齢が低いほど、初めての性的体験になることも多く、そのため自身の性指向に戸惑いを覚えてしまうのだと述べられている

*6:「女性だけが被害にあうという認識があると、被害にあった男性である自分は弱くて恥ずかしい存在だと思います。抵抗できなかった自分は情けないやつだと思ったり。」——性暴力を受けた男性が被害を認識できない「根深い理由」(山口 修喜) | 現代ビジネス | 講談社(3/4)

*7:

'“But then I was getting all this attention. It led me to believe that was the way it’s supposed to be—that the way to get attention is to be sexual.” At the time, he thought the parties and the sex were fun.'——『アトランティック』誌

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