少し間が空いてしまったが、今更『ラ・ラ・ランド』を語るシリーズの第3弾にして最終編である。前編は下。中編はこちら。
☞褒め専ブログになったわけ—今更『ラ・ラ・ランド』"評"を語る— - ちいさなねずみが映画を語る
mice-cinemanami.hatenablog.com
中編でも「大勢が指摘しているように、劇中音楽が純粋なジャズかと言われればそうではないし」と述べたように、この作品のサウンドトラックは、ジャズに振り切れていないと指摘されている。主人公のひとりがジャズピアニストなのにもかかわらずこういうサントラが作られたことに、当然いわゆる「ジャズ警察(ポリス)」は色めきだってこの作品をめためたに叩いたのだった。
でもちょっと待って。この作品のサントラがオール・ジャズである必要なんて全く無い。今回はそんなことを深掘りしていきたいと思う。
- 話の前にまず準備だ
- まず曲の中身を整理してみよう
- まず前提を思い出してほしい
- キーソングを1曲ずつ見てみよう
- ある意味異質な曲たち
- インタビュー集
- やっぱり自分の手に入れたくなった人向け
- 190208放送中追記
最初の節では収録曲の紹介をしているので、サントラを持っている人はすぐに2つ目の節まで飛んでほしい。
話の前にまず準備だ
これからサントラ収録曲に触れるが、トラック番号はコンプリート版に準拠したいと思う。コンプリート版はAmazonで限定盤を買うか、配信で購入できる。配信の方が少し安いのでオススメだ。
なお、この映画のサントラには、歌曲を中心に集めたオリジナル・サウンドトラック、原則としてインストゥルメンタルの映画音楽のみ収録したスコア盤、そしてこのコンプリート版の3種類がある。コンプリート版にのみ収録の曲は、ジャスティン・ハーウィッツが書かなかった曲なので、意外と数が少ない(詳細は下のGIFをどうぞ)。前2つを買えば映画中の曲は大体網羅できてしまうので、それで良い人はこちらをどうぞ。因みに配信より、Amazonで海外版を買った方が安く入手できる。(一応iTunesも貼っておくが……)
両方上がオリジナル・サウンドトラック(以下OST)で、下がスコア盤だ。
- アーティスト: Original Soundtrack
- 出版社/メーカー: Interscope Records
- 発売日: 2016/12/09
- メディア: CD
- この商品を含むブログ (6件) を見る
それと歌詞はGenius.comで全部読めるのでこちらをどうぞ。
まず曲の中身を整理してみよう
コンプリート版に収録されているのは全44曲。セブがバーで弾いているクリスマスソングに多少の欠けがあるが、基本的にはほぼ全曲収録されていると考えていい。また、収録順は映画中での使用順とほぼ揃っている。
自分なりに分析してみたのがこれ。何か毒々しい色になっているが、色分けするくらいしか思いつくことがなかったのでちょっと我慢していただきたい……(画像作ってから気付いたのだけど、『理由なき反抗』、タイポしてる……(小声))
因みに表中で曲番号が黄色になっている曲は、コンプリート版にのみ収録されている。
映画音楽というのは特定のモチーフを使い、それを編曲しながら進めていくことが多いのだが*1、この映画ではキーソングが6本もあるという大盤振る舞いである。勿論ミュージカル映画なので(曲数が多いのは)当然の話なのだが、逆に「これしかない」と言うことも出来る気はする。
この映画のキーソングはこれだ
ここでは作中編曲されて複数回以上使われている曲を「キーソング」と呼ぶことにする。キーソングとなっているのは以下の6曲だ。
- Another Day of Sun - ギャガ公式(日本語訳付き)
- Someone In The Crowd - La La Land (2016) - Someone in the Crowd Scene (2/11) | Movieclips - YouTube
- Mia & Sebastian's Theme - Mia & Sebastian’s Theme(※Amazon配信)
- A Lovely Night - La La Land (2016) - A Lovely Night Scene (5/11) | Movieclips - YouTube
- City Of Stars - ギャガ公式(日本語訳付き)
- Audition (The Fools Who Dream) - ギャガ公式(日本語訳付き)
この中にいわゆる「ジャズ警察」が満足するようなごりっごりのジャズがあるかというと、何と1曲も無い。4と5はまあジャズと言えるかもしれないが、予告編や重要シーンなどで使われる "Mia & Sebastian's Theme"は3拍子のゆるいスローワルツから始まるのであって、つかみは全くジャズじゃないのだ*2。この辺の事はここのブログで考察されているし、ここで言われてる「でもこの曲調じゃなければジャズポリスはもう少し静かだったと思う」というのはかなり頷ける。
まず前提を思い出してほしい
んなわけでこのサントラは「ジャズ警察」に酷評されたわけであるが、そういう人たちはそもそもの前提を忘れている。この作品の主人公は、女優の卵ミア(エマ・ストーン)と、売れないジャズピアニスト・セブ(ライアン・ゴズリング)のふたりだ。もう一度繰り返すが、主人公はミアとセブのふたりだ。何なら途中から、主人公はミアへと完全に切り替わる。そしてそのミアは、セブに向かって平気で「ジャズは嫌いなの」(15曲目のタイトルにして劇中台詞)、「だってBGMで流れてるようなあれでしょう?」(16."Herman's Habit"のシーン)と言っちゃうくらいジャズを知らない。そんな彼女が主人公なのだから、全編ジャズ音楽で埋まっている必要はあんまない。
このシーンで、どうやら(としか言いようがないのだが)エマ・ストーンは一発でジャズ開眼するのだが、移入できた人いますか?——『セッション』にも通じる“チャゼルマナー”が始動|Real Sound|リアルサウンド 映画部、菊地成孔、2017年3月6日公開
ミアがそんな感じの「ジャズ初心者」なので、彼女がメインになる曲はジャズになりようがない。基本的には、セブが大きく主導権を握る曲でないとジャズにはならないのだ。そしてミアが真の主人公であるこの映画においてそういう曲はほんの一握りしかない。また、折角のチャンスが巡ってきても、"Mia & Sebastian's Theme"や"City of Stars"などはいずれ「ふたりの曲」になってしまう。こういうわけでキーソングは非ジャズになってしまうのである。
そしてもうひとつの前提が、チャゼルは古き良きMGMミュージカルを意識してこの作品を作ったということである。チャゼルは元々ジャズ・ドラマーだし(前作『セッション』は昔出会った(鬼)教官をゆるっとベースにした作品だ)、今作の音楽を担当したジャスティン・ハーウィッツは、確かにチャゼルの同級生で元のジャズバンド仲間だが、それを以て「彼らの曲はオールジャズ(に違いない)」と言うのはかなりの暴論だ。
ここで本編での使い方に立ち戻ってみると、"Another Day of Sun"と"Someone In The Crowd"は明らかな「ダンス用」だし、マジックアワーをバックにふたりが歌う"A Lovely Night "は、こういうミュージカルの系譜を明らかに引き継いでいる。そもそもこの映画はミュージカル映画なのだ。それを勝手に、「主人公がジャズピアニスト」という一点だけで期待値を爆上げして、それで「ジャズじゃなかった」とぶーたれてるのは、ちょっと論点がずれてるとしか言い様がない。(それでもセブが弾く"Mia & Sebastian's Theme "がジャズじゃない問題は解消できないが)
そういう目でもう一度キーソングを見てみる。踊るかどうかと、その主体を考えてみよう。
- Another Day of Sun - 踊る、高速道路の不特定多数
- Someone In The Crowd - 踊る、ミア+ルームメイト3人、パーティの人々
- Mia & Sebastian's Theme - 弾く、元はセブの弾く「フリージャズ」だが、グリフィス天文台で「ふたりの曲」に
- A Lovely Night - 踊る、セブとミア
- City Of Stars - 歌う、最初はセブのみ☞その後セブとミアでデュエット
- Audition (The Fools Who Dream) - 歌う、ミア
ご覧の通り、1曲もセブ主体の曲が存在しない。"City Of Stars"こそ彼が作り始めるが、結局はミアが入ってデュエット以降のBメロが完成するので、実体はふたりの共作曲なのである。
セブがきちんと主導権を握って弾いているジャズというのは、意外にもコピーに奮闘している #6の『荒城の月』、そしてミアの前で演奏する#23 "Summer Montage/Madeline"くらいになってしまう。本格ジャズバーを開きたいと言っておきながら何とも宙ぶらりんな話だが(菊地氏は当然のようにここを突っ込んでくる)、この映画は、セブもミアも成功を掴むには中途半端であるからこそ進行するのであって*3、ここを「訳が分からねえよ」と突っ込むのは変な話だなあと思う。
takadajazz.net - セブが弾いてる曲、あんまジャズじゃないよねえ☞仰せの通りです
キーソングを1曲ずつ見てみよう
Another Day of Sun
映画の冒頭を飾る爽やかなミュージカル・ナンバー。チャゼルがアイデアについて語る記事もあるので合わせて読んでほしい。
作曲を担当したハーウィッツも認めているし、過去作へのオマージュをまとめたYouTubeの動画でも指摘されているが、このシーンのカット割りは『ロシュフォールの恋人たち』への明確なオマージュになっている。この作品はカトリーヌ・ドヌーヴとフランソワーズ・ドルレアック姉妹がダブル主演し、ジャック・ドゥミが監督したもの。ドゥミの『シェルブールの雨傘』も『ラ・ラ・ランド』に影響を与えた作品であり、ハーウィッツはこのふたつと『ウェスト・サイド物語』をお気に入りミュージカルに挙げている(reddit)。
元々この曲の前には序曲が付けられる予定だったが、流れが悪くなってもたつくのと、この曲が上手く嵌まり込んで「序曲」の役割を務めたことから、オープニングナンバーに躍り出ることになった(Why 'La La Land's' Opening Number Went From Cutting-Room Floor to Curtain-Raiser | Hollywood Reporter)。その代わりなのか、クラクションの後最初に聞こえてくるラジオ・ナンバーは、チャイコフスキーの序曲『1812年』である。
youtu.be - 使用部分は大体4分6秒辺りから(youtu.beのリンクを押すと辿り着けるはず)。因みに何故自衛隊版を用意したかというと、この曲には最後「大砲」を使うシーンがあるからで……
この曲が最初に来ることで、一気にミュージカル映画の世界へいざなわれる強烈な演出となっている。(確かオープニングにミュージカルソングを持ってくるのはエマ・ストーンの助言だったはずだが、ちょっと出典が見当たらなくて……)*4 またカット割りからも、これが古き良きミュージカルを現代で再興させた作品だということが分かる。「ジャズが〜、ジャズが〜」と言っている警察の皆さんには、この曲に立ち戻って考えてほしいものだなと思う。ワンパンチからしてミュージカル作品なのだ。
この曲は、高速道路の渋滞に巻き込まれた人々が、ロサンゼルスにやってきて夢追う様を歌い上げる作品。冒頭のワンパンチで、ミアやセブのように夢を追う人々はひとりでないことを思い知らせる。映画自体は夢追い人への賛歌のような作りになっているが、この曲の歌詞を考えると、夢を追うだけで実現できていない人は何人もいるのだなと思わされてしまう。このモチーフはミアが受けるオーディションシーンでも繰り返される。
この曲がモチーフとして出てくるのは、セブがキースに誘われるシーンの24."It Pays"とエンドクレジットの1曲目(40."Credits")。前者ではセブが昔のバンド仲間との夢に傾くシーンに使われているが、ごりっごりのジャズ編曲されていて味わいの変化が面白い。
またエンドクレジットの1曲目にこれが出てくるというのも興味深いところだ。この映画は結局"Another Day of Sun"の中身をなぞっているのだな、と思わせるのだ。
そう言えば中編でめためたレビューを取り上げた菊地氏は、アカデミー賞主題歌賞のノミニーにはこの曲こそ相応しかったと述べているが、それにはちょっと異論を呈したい。確かに"Another Day of Sun"は素晴らしい曲だが、この曲にはミアもセブも登場しない。無名の夢追い人ばかりが登場し、彼らのストーリーを歌い上げる曲なのだ。この曲は物語の本筋からは浮いた所にあり、そういう曲は主題歌賞ノミニーには選ばれにくい。ダブルノミニーのもう片方はミアが歌う"Audition"であったが(内容は後述)、やはりこの曲はノミニーに相応しかったと思うのである。
因みに冒頭のシーンがどうやって撮影されたかの秘密はこちらにて……☞
Someone In The Crowd
パーティに行きたくないとごねるミアを、ルームメイト3人が説得する曲。パーティシーンの後は、ミアがうだつの上がらない自分を嘆く曲に変化する*5。チャゼルはこの作品で長回しにかなりこだわっているが、それが如実に分かるのはこの曲と"A Lovely Night"だ(メイキングもどうぞ☞その1、その2)。
この曲がモチーフに使われているのは、その後セブが姉ローラと口論している5."Classic Rope-A-Dope"と22."Holy Hell"。前者ではミアもセブも自分を見つけてくれる「大勢の中の誰か」を見つけていないことが分かる。2回目に使われる時には、その「誰か」を見つけたミアにとって、ルームメイトは最早どうでもいい存在になっていることが匂わされる。かなり酷い脚本だとは思うが(笑)、実情ストーンとゴスリングのふたり芝居なのでしょうがないかなとも思う。
ところでこの曲もまた、ミアやそのルームメイトが中心であるので、ミュージカル・ナンバーとしての側面が強い。これについてハーウィッツは次のように語っている。
「“Someone In The Crowd”は、大規模で楽しいナンバーです。”Another Day Of Sun”を引き継いでいる楽曲です。大規模なオーケストレーションなのです。多くの歌手による編成です。すべてのミアのルームメイトが関わっているからです」—[458]デミアン・チャゼル監督によるミュージカル『ラ・ラ・ランド』におけるジャスティン・ハーウィッツの音楽 – IndieTokyo
実はこの曲、映画の終盤で再使用されている。場所はセブがバイトで行く婚約記念パーティのシーン(33."It's Over / Engagement Party")。華やかなミュージカルナンバーとしてではなく、もの悲しい後悔の曲としてスローアレンジされているのでお聞き逃し無く!
Mia & Sebastian's Theme
この作品の中核テーマとも言える曲。スローワルツで始まった後、ピアノ版ではセブが自分の技巧を見せつけるセカンドパートに入る。多くのジャズマニアが「ジャズじゃない!」と憤ったのもこの曲である。確かにジャズじゃない。泣かせにかかる映画音楽としては正解なのだが……
www.youtube.com - チェロのソロがとても美しいので聴いてほしい
これがジャズじゃない論争はいくらしたって不毛なので脇に置いとくとして(置くんかい)、特筆すべきはこの曲の使い方である。
最初にこの曲が使われる時、セブは最後の技巧パートを弾き散らかしていく。イ長調のワルツだった曲は転調してジャズピアノに変化し、Dmのコードで終止するのだ(楽譜はこちら☞Mia and Sebastian's Theme sheet music for Piano download free in PDF or MIDI)。この荒っぽさは、セブにとってまだまだこの曲が未完成であることを示している(と思う)。
この曲の終止は、次に出てくる20."〜(Late For The Date)"でも*6、21."Planetarium"でも意図的にぼかされている。嘘だと思ったらスコア盤を買って聴いてみてほしい(ステマ)。
この曲にやっと終止らしい終止が出てくるのは、最後の最後、38."Epilogue"のシーンである。ミアとセブのアナザー・ストーリーが終わって再びバーに戻ってくるシーンがそれ。ここでセブはこのワルツの終止を示すが、これがもう、あのジャズピアノを弾き散らかしたセブとは思えないくらい稚拙な終わり方なのである。どんどん発展していく後半部分はカットされ、冒頭のキーフレーズを繰り返した後、唐突に終止が訪れるのだ。
個人的にこの終わり方は、曲名の通りミアとセブの関係を意味しているのだと考えている。わざと稚拙に終わらせたのも、ハーウィッツとチャゼルが描いた演出のひとつだ。このおかしな終止があるからこそ、観る側にふたりの今後を色々と思い描かせる効果がある。そして、こうやって「観て終わり」にしないのが映画制作のミソだと思う。果たしてこの終わり方に、ハーウィッツとチャゼルは何を込めたのか。皆さん思い思いに考えてほしいと思う。
なお、この曲は『ロシュフォールの恋人たち』のナンバーが原曲になっていると指摘されている☞
ontomo-mag.com - コード展開の解析なんかもあってわりと面白い
A Lovely Night
マジックアワーを狙って一発撮りを重ねた曲。主役のエマ・ストーンお気に入りの1曲だ。撮影が行われたのはグリフィス・パーク。この坂を登ると21."Planetarium"に登場するグリフィス天文台があるはずだ。
この曲、ミアが靴を履き替えるシーンなんかも映してしまって、なかなかに面白い演出がされている(あのバッグ、多分靴と携帯しか入ってないよね(笑))。 演出上もフレッド・アステアやジーン・ケリー、ジンジャー・ロジャースの作品へのオマージュが効いている(ハーウィッツもアステア・ロジャースへのオマージュを認めている)。
また、歌詞ではミアなんか目じゃないと言っているセブが、実は彼女に惹かれかかっているというのも良い。個人的に好きなのはこの後自分の車までセブが戻るシーンで、彼の正直でない一面が描写されているのがたまらない。
この曲に与えられているのは、ふたりの関係を変化させる原動力だ。マジックアワーのシーンで使用された後、次に使われるのはふたりが『理由なき反抗』を観る約束をするシーン(17."Rialto At Ten"、19."Rialto")。前者では互いに「気になる人」認定をするようになるし、後者では交際へ突き進む第一歩となる。
また、夏のモンタージュでもこの曲が使われている(23."Summer Montage/Madeline")。夏の間順調にデートを重ねたことを一瞬のカットカットで伝える構成になっている一方で、「ジャズ嫌い」だったミアがセッションの魅力に取り憑かれていくシーンでもある。このシーンのエマ嬢、流石の顔芸を何度か披露している(笑)*7。
www.youtube.com - このシーンをどうやって撮ったかというと……肩を叩いているのはチャゼルだ!
そしてこの曲は、ふたりが別離を選ぶ秋の部の最終曲としても使われている。場所はマジックアワーの中踊ったグリフィス・パーク、そして曲名は36."You Love Jazz Now"(今やジャズ好きだな)なのだ。
190331追記) "Summer Montage/Madeline" の元ネタ
別の記事を書きながらぼーっとSpotifyを聴いていたら、聞き覚えのあるフレーズが聞こえてきてびっくり。それもそのはず、筆者が聴いていたのは初めて聴くはずの "Guy and Madeline on a Park Bench" のサントラだったからだ。問題の曲はサントラ第1曲目の "Overture"。どう聴いても "A Lovely Night" ダンスシーン以降のメロディ、そして "Summer Montage/Madeline" のメロディライン……! そう、このメロディラインは、チャゼル・ハーウィッツ初タッグにして、彼らが大学在学中に手掛けた "Guy and Madeline on a Park Bench" 使用曲のアレンジだったのだ。そう考えると、曲名で唐突に登場する "Madeline" の謎が解ける。この映画からは、後述の通り "Cincinatti" も再利用されており、『ラ・ラ・ランド』のプロトタイプとして使われたことが伺えるのだ。
City Of Stars
アカデミー賞主題歌賞に輝いた一作。ショービジネスが盛んなロサンゼルスを「星降る街」と「スターたちの街」というダブルミーニングでとらえ、ふたりの燃え上がる恋愛がそれを更に輝かせる様子を歌った曲だ。個人的に好きなのは"Audition"の方だが、やっぱりアカデミーが好きなのはロスを賛美するこっちだと思う。
www.youtube.com - 日本語歌詞版はこちら☞LA LA LAND 「City of Stars」英語歌詞付き日本語字幕版 - YouTube / 「ラ・ラ・ランド」City of Stars映像 - YouTube
この曲もセブが歌い始めるのにジャズにならない。ジャズにならない。ジャズにならない。そういう意味でもどかしがる人が多いのも分からないではない。でも、そういう指摘はこの映画がミュージカルだということを忘れていると思う。何よりセブは、ハモサビーチでひとり歌いつつ、帽子持ってくるくる回しちゃってるし、完全にミュージカル・ナンバーである。
この曲が興味深く使われるのは、春の部でスタジオを散歩するシーンの15."Mia Hates Jazz"(ミアはジャズ嫌い)である。このシーンで、ミアはジャズなんか好きじゃないと述べ、セブはそんな彼女をジャズ・クラブに連れて行く(他人の好きなものをあっさり嫌いと言っちゃうミアもとんだ人間だとは思うがそこは置いといて……)。そこで彼女が出会うのが、この作品いちのジャズナンバー、16."Herman's Habit"である。この後、ミアはセブとの"City Of Stars"デュエット、"Summer Montage"を経て、36."You Love Jazz Now"(今やジャズ好きだな)まで至るのだ。
フラットのデュエットではふたりの絆を深めるこの曲だが、次に使われる31."Boise"では、反対にふたりの破局を決定づける曲となる*8。ここでセブは、「アルバム作ってツアー、アルバム、ツアー、アルバム、ツアー……」と述べるのだが、台詞の中身がまんま「アルバムトゥアーアルバムトゥアー」だったので、『ボヘミアン・ラプソディ』を観てきた今では何か笑えてしまった*9。
なお、この曲はハーウィッツによれば、制作の最初期に書き上げた作品とのこと。作詞家を雇うオーディションにも使われ、パセク&ホールが持ってきた歌詞が化学反応を起こしたのだとハーウィッツは述べている。
indietokyo.com - ネタ元
Audition (The Fools Who Dream)
やっとオーディションまで漕ぎ着けたミアが歌い上げる叔母の話。訥々と叔母の話を語るのかと思いきや、途中から夢追い人を賛美する内容となる。筆者が1番好きなのはこの曲だ(ハーウィッツの1番好きな曲もこれ!)。そしてこの曲で、やはりこの映画の真の主人公はミアの方だったということを決定的にするのだ。
物語の最終版で使われる曲ではあるが、実は春の部で1回登場している。その曲とは、セブとミアがスタジオ内を散策するバックで流れる14."Bogart & Bergman"。この曲名が『カサブランカ』のハンフリー・ボガートとイングリッド・バーグマンを指しているのは言わずもがなの事実だ。
その後は後半になるにつれて登場回数が増え、サブリミナル的にメインテーマへとすり替わる。秋の部の使用曲を見れば、これがこの部の重要なメインテーマであることは一目瞭然だろう。
個人的に演出が面白いなと思うのは、夏の部での25."Chicken On A Stick"。イントロは"Audition"のコード展開なのだが、後半は本編でほとんど登場しないキーソング1"Another Day of Sun"のアレンジだ。ここでセブは、「決まりだ、店の名前は"Chiken On A Stick"で君の舞台は大成功」と述べているが、ここでエピローグのシーンの展開は既に予測されているのだよなあと考えてしまった*10。
この映画を初めて観た時にぐしゅぐしゅになったのも、確か34."The House In Front Of The Library"の使用部分だったと思うし、やはりこの曲は筆者のお気に入りだ。
ある意味異質な曲たち
多くが6曲のキーソングを取っかえ引っかえアレンジして作られているが、中には完全に独立して作られた曲もいくつか存在する。
密かに流れるジャズたち
キーソングのアレンジではなく、完全に独立して作られたと覚しきジャズは以下の3曲。(もしかしたら筆者がアレンジに気付いていないだけかもしれないが……)
16."Herman's Habit"は、ミアの「ジャズ嫌い」を知ったセブが、彼女を連れて行ったジャズクラブで聴く音楽。冒頭のドラムソロだけで『セッション』"Whiplash"が何故か思い出されてしまうが(笑)、実際にはホーンセクションとピアノソロが効いた1曲だ。因みにハーウィッツ本人が答えたRedditのスレッドによると、この曲はジャズ・サクソフォニストだった祖父の名前を取っているようだ。
次は30."Surprise"。その名の通りセブがサプライズ帰宅したところでラジオから流れている曲だ。
最後はセブの店でセッションしている37."Cincinnati"。iTunes storeで検索したら同名の曲が引っかかってきたのだが、これは何と、チャゼルとハーウィッツが初タッグを組んだ "Guy and Madeline on a Park Bench" のサントラだ!(今度聴こうっと!)*11
しかしながら、このサントラはキーソングこそジャズではないものの、結構ジャズアレンジされたバージョンも沢山収録されている。キーソング4→17."Rialto At Ten"だったり、キーソング5→31."Boise"、キーソング1→24."It Pays"だったりと、必ず1度はジャズアレンジされている印象だ。そういうわけで「このサントラは全然ジャズじゃねえよ」と息巻くのはちょっと言い過ぎという印象がある。
190208放送中追記2)
やはり"Cincinnati"は"Guy and Madeline on a Park Bench" のサントラ収録曲のようだ。筆者が探し当てたのはiTunesのお試し版のみだったのでフルで試聴できなかったが、中盤にイントロのメロディと同じものが入っていたので、これを更にアレンジした形なのだろう。
メッセンジャーズ
www.youtube.comセブが旧友キースに誘われて加入するメッセンジャーズの曲、"Start A Fire"は、キースを演じたジョン・レジェンドも加わって書いた一作だ。曲を書いてはパセク&ポールに渡して歌詞を完成させた他の曲とは異なり、この一曲はレジェンドも参加した上で1から作り上げていったのだという([458]デミアン・チャゼル監督によるミュージカル『ラ・ラ・ランド』におけるジャスティン・ハーウィッツの音楽 – IndieTokyo)。ハーウィッツはポップソングを作ろうとして作曲したと明かしているが(IndieTokyo)、セブが目指す「ジャズ」と方向が違うのは明らかで、これはミアじゃなくてもお口ぽかんである(演出が大正解な証拠でもある)。
ところでこの映画では、黒人であるジョン・レジェンド演じるキースが、「ジャズを食い物にする悪者」として描かれ、古き良きジャズに固執するセブが「白人の救世主」のように見えるとして、ポリコレ的にどうのこうのと批判された。何かこれもいちゃもんめいた気がするのだが……
しかしながら、作中でキースは明確な悪人としては描かれていない。ジャズに対する立ち位置が異なるため、セブが目指す音楽を作り上げる上では邪魔な存在だが、彼の才能を認めてバンドに誘うなど、示す態度はわりかし好意的である(何なら彼が初登場するシーンの曲は24."It Pays"(割に合うぜ)だ)。キースのような人間がジャズを駄目にするんだというのは飽くまでセブの持論であって、チャゼルのメッセージではない(そして、ここを勘違いした人がチャゼルを叩いたのだと思う)。
ちなみにチャゼル自身の考えはこうだ。これだけ見るとキースの言葉の方がチャゼルの持論に近い。
「一方、『ラ・ラ・ランド』ではライアン・ゴズリング演じるセブがジャズについていろんなことを言うが、彼が語ることに僕自身が必ずしも同意しているわけではなくて、「それは違う」と思うこともあるんだ。彼にとっては、40年代から50年代の伝統的なジャズこそが“ジャズ”であって、それ以外は認めていない。だけど、僕はそうは思わない。ジャズは動いていくものだし、時代と折り合っていかなければならない。現代とどう向き合っていくかが重要なんだ」——『ラ・ラ・ランド』デイミアン・チャゼル監督が語る、ジャズと映画の関係|Real Sound|リアルサウンド 映画部
恐らくポリコレがどうのと言った人々は、黒人の中から生まれたジャズを、黒人キャストが非難し、白人キャストが擁護するという構図が気に入らなかったのだと思う。しかしながら、そういう発言があること自体人種差別的な気がする。誰がジャズを吹いたっていいし、『スウィングガールズ』で言われた通り、「裏拍で叩けば大体ジャズになる」のだ*12。また、キャストの構成を考えると確かに……というところはあるが、あれはエマ・ストーンとライアン・ゴズリングのふたり芝居として設計されているので、色々しょうがないのかなあ、と思う気もある*13。
因みにこのシーンでセブが使っている楽器について素晴らしいインタビューがあったのでご一読いただきたい!
インタビュー集
ここまで散々曲について語ってきたので、最後に制作陣のインタビューをいくつか。
ハーウィッツ、作品を語る
IndieTokyoにて、ハーウィッツが曲について語ったインタビューの邦訳が公開されていた。この記事でもあちこち出典にしたので、通読してほしいと思う。
また、こちらは電子掲示板的サイトRedditにハーウィッツ自らが登場して、ファンからの質問に答えたサイト。お気に入りのミュージカルや影響を受けた作品、作曲の裏話などについても語っている。
T-SITEから秘話ふたつ
『ラ・ラ・ランド』を彩るロケ地の数々がまとめられている。観るだけでも実際に行きたくなるし、映画のワンシーンが思い出される仕様だ。
また、日本での公開に合わせて来日したチャゼル・ゴスリングのインタビューも。資金集めをしつつやっぱりミュージカルもジャズも人気無いんだな、と思わされたという話なんかも語っていてなかなか興味深い。
あのシーン、何のオマージュ?
そしてオマージュシーンを一挙にまとめた動画を最後にご紹介!こうやって観ると、結構色々な作品がオマージュされているのだなあと思う。
やっぱり自分の手に入れたくなった人向け
ラ・ラ・ランド スタンダード・エディション [Blu-ray]
- 出版社/メーカー: ポニーキャニオン
- 発売日: 2017/08/02
- メディア: Blu-ray
- この商品を含むブログ (9件) を見る
ラ・ラ・ランド コレクターズ・エディション(2枚組) [Blu-ray]
- 出版社/メーカー: ポニーキャニオン
- 発売日: 2017/08/02
- メディア: Blu-ray
- この商品を含むブログ (2件) を見る
2月8日の金ロー初放送まであと3日……!
190208放送中追記
安心と信頼のTHE RIVERさんからこんな記事が出ていたので追記!
関連:ラ・ラ・ランド / エマ・ストーン / ライアン・ゴズリング / J・K・シモンズ / デイミアン・チャゼル / ジャスティン・ハーウィッツ / ジョン・レジェンド
*1:この辺の話は以前も紹介したこの映画に詳しいし、実際サントラをまるまる1本聴いてみるとそうなっていることが多い。
*2:ジャズにだって3拍子は普通に存在するのだが、この曲はアレンジがきつくなってくる後半1/3でやっとジャズ・アレンジっぽくなる
*3:ふたりは夢を叶えるための"Someone in the Crowd"を見つけたからこそ羽ばたく、という筋書きなのだ
*4:と思ったらCARL THE POLICE!さんのブログにそういう記載があった☞映画「ラ・ラ・ランド(2016)」裏話も含めて考察/解説(ネタバレあり) : CARL THE POLICE!!
*5:ハーウィッツはこの変化について、「歌の終わりには再び内省的で暗いナンバーへとなっていって欲しかったのです」と語っている([458]デミアン・チャゼル監督によるミュージカル『ラ・ラ・ランド』におけるジャスティン・ハーウィッツの音楽 – IndieTokyo)。
*6:ところでこのシーンの使い方は、セブの曲が認められてBGMとして流れ出したのだと考えることもできるが、ミアの中でイマジナリー・ソングとして流れてきたという解釈の方が適している気がする。ミアは自分を省みない恋人へうんざりしていたし……
carlthepolice.com - そういうお話もきっちり書かれているのがこのブログ
*7:顔芸を披露しているのは春の部で"I Ran"をリクエストするシーンもしかりだ。彼女の見事な顔芸を観たい人はこちら☞
*8:このシーン、賞レース用に公開されていた脚本を保存していたので読み返したら、ミアが "I do like jazz now, because of you."(今は本当にジャズが好き、あなたのおかげで)と述べていて、泣けてきてしまった
*9:実際の台詞☞(リンク切れ:http://www.lionsgateawards.com/#la-la-land/screenings)
MIA: When are you done with the tour?
SEBASTIAN: But -- as soon as we're done with the tour we go back and record, and then we go back on tour.
Mia looks at him. Doesn’t seem to understand.
SEBASTIAN (CONT’D): We tour so we can make the record, and then we go back on tour to sell the record.
*10:ミアの舞台は散々だったが大女優として羽ばたくための第一歩を掴むし、セブはこの名前を止めてミアデザインのロゴを使うことで成功するのだ
*11:映画のトレイラーはこちら☞
*12:勿論それくらい気軽にトライしてくれというメッセージだが
*13:逆にあの脚本でむりくり多様性を確保する方が変なラストになってしまうだろう。またキャストの多様性という面では、"Another Day of Sun"のキャストや、ジャズクラブのシーンでバランスを取っているのではないかと思う