役所広司の役者魂こそ、渇き - 映画『渇き。』
拝啓ギャガ様。
これこれ!!!!!こういう邦画が観たかったんだよ!!!!!
敬具
今更ながら、2014年公開の『渇き。』を観た。役所広司がクズ親父を演じる一作として宣伝されており、個人的に随分気になってはいたのだが観る機会がなくここまで先延ばし先延ばしに。「元刑事のクズ男が失踪した娘を探してみたらとんだクズ女だった」という筋書き以外はシャットアウトして観てみたら——バイオレンス、エロ、グロ、何でもござれのとんだ映画だった。登場人物の狂気だけでなく、それを演じる役者側の力量にも目を見張るところがある。どうやら公開当時は賛否両論のようだったが(Yahoo!映画は8月20日時点で2.65点)*1、専ら洋画専門のシネフィルと化しかけていた筆者の心をわくわくさせた邦画作品としてレビューしてみたい。
※ネタバレと思われる記述は白字にしてあります。反転させて読むかは貴方次第です※
世界は加奈子の手の上で転がされている
元刑事の藤島は、別れた元妻から高校3年生の娘・加奈子が失踪したと告げられる。娘の捜索を始める藤島だが、見えてくるのは薬物やおじさまたちとのプレイに関わっていた裏の顔。中学・高校の同級生だけでなく、大人たちまで加奈子の手の上で転がされていたことが明らかになっていくのだった……あらすじを書くだけでも、つくづく英題の "The World of Kanako"が何ともぴったりだと思わされる展開である。
そんな加奈子役に配役されたのは、今作が長編映画デビューとなった小松菜奈。ぱっつんロングヘアの女子高生姿は彼女のイメージとしてあまりに有名過ぎるものであるが、その顔で小悪魔を通り越した悪魔を演じているのがとてもよい。この映画で描かれた加奈子の人物造型は個人的好みど真ん中である(何ならこういう人物を小説で書きたいと思うほどだ)。その目的は私怨なのか復讐なのか快楽なのか最後まで意図的にぼかされているが、登場時間は少ないにもかかわらず彼女の狂気だけは明確に伝わってくる。そして今作では、小松の特徴的な目つきが、加奈子の人物像を表すキィとして使われている。つくづく鮮烈なデビュー作だなあと思わされる作品だ。
賛否両論の理由は演出手法か
そんな今作、あまりに中身がエログロバイオレンス過ぎて、また演出手法ががちゃつき過ぎていて、かなり賛否両論となったようだ。原作未読の筆者にあらすじについて語る権利は無いので、その辺はこちらのブログを参考にしてほしい。
- 渇き。 カテゴリーの記事一覧 - 破壊屋ブログ (はてなブログ/関連記事まとめ)
- 『渇き。』 すきなものだけでいいです (FC2ブログ/ネタバレあり)
というわけで、シネフィルはシネフィルらしく淡々と演出手法について深掘りしようと思う。
時系列をぐちゃぐちゃにするカットバック手法
批判が殺到した理由のひとつと思われるのがこの作品で多用されたカットバックだ。藤島が娘・加奈子を捜索する現在、加奈子が「ボク」を絡め取っていた中学時代、そして藤島夫妻が破局する前の様子(実際には加奈子の中学時代だが、藤島側の視点から映る)が交互に描かれる。この映画のめんどくさいところは、藤島が生きる「現在」では日時が明確に示される一方(「x:xx PM 年月日」という感じで小休止的に表示される)、カットバックで挿入される過去は、そういった日時がよく分からない。また、娘の捜索を進めるうち、藤島は過去の家族生活を思い返すようになり、現在の風景と過去への回想をシームレスに繋げて曖昧にするという演出が取られている。この方法は慣れていないと頭の中で時系列がごちゃごちゃになってしまうので、憤る皆さんの気持ちもよく分かる。小説なら前のページを読み返せるけど、映画は前に進むしかないもんね。
しかしながら、カットバックという手法は映画的によく使われる手法である。例えば『ブルーバレンタイン』では、ライアン・ゴスリングとミシェル・ウィリアムズ演じる夫婦を主軸に、幸せだったカップル時代と、機能不全家族に陥ってしまった現在とを交互に映し出す。バイオレンスの嵐だった今作とは違い、じわじわと心を抉ってくる感じで、こちらも観るのが辛い一作である。同じくライアン・ゴスリング出演作では、『きみに読む物語』もフラッシュバック手法を採っている(Primeビデオ→きみに読む物語(字幕版))。そう言えば先日観た『ビューティフル・ボーイ』もそうだった。
小説家でこれを多用するのは、先日の記事でも指摘した通り伊坂幸太郎だ。デビュー作『オーデュボンの祈り』では大分緩やかに使っていたが、『アヒルと鴨のコインロッカー』、『ラッシュライフ』、『重力ピエロ』、『アイネクライネナハトムジーク』などでこの手法を鮮やかに使っている。特に『ラッシュライフ』では他作品登場人物も含めて複雑に入り組んだ時系列を取っており、1度読んだだけではその全貌は掴みきれないほど。筆者も正直、伊坂作品をまとめたムックで図解されていてその複雑さに驚嘆したくらいだった。
確かにこの演出は、観る側にしてみれば大変な負担である。しかしながら、過去と現在を意図的に曖昧にすることで、藤島が昔も今もクズ男だったことを明らかにする意味合いがあるのである。観客の側は何も考えずに物語に身を委ねてオッケー。加奈子と「ボク」が登場するのは大体過去編なので、そのくらいの気持ちで割り切って観てくれればいいのではないかと思う。
エロ、グロ、シャブ、バイオレンスの嵐
離脱の1番の理由になったのはこれだと思う。役所広司は最初から最後まで怒鳴り散らしていたし、人を殴り続けていたし、途中ではレイプまでしている。明らかに殺人事件は起きすぎだし(いくら抗争と言ったって数日で人が死にすぎだとは思う(笑))、『でんでんぱっしょん』を背景にシャブパーティがポップに描かれるのもなかなかにクル演出だ。何より、天使のように思えた小松菜奈が、そのままの顔でダークな一面を見せる時の落差がしんどい。終盤のオダギリジョー登場シーンが割と冷静に「そうなりますよね」と見えるくらいにはやかましい演出を続けている。Yahoo!映画で目にとまったレビューもそういうところを評していた。
movies.yahoo.co.jp - 筆者としては好きなレビュー
しかしながら筆者は何故か、この演出をすんなり受け入れてしまった。「バイオレンスばっかりで中身が浅い」みたいなこともどこかで読んだが、実話ベースなのに終始ドンパチして終わった『L.A.ギャングストーリー』に比べたら全然である。はて、エログロバイオレンスとくれば……
あ。
……単にパイソニアンだから耐性あっただけじゃね? エログロバイオレンスと言えばテリー・ギリアムの十八番じゃね? というわけで皆さんもパイソニアンになりましょう!
ひょんなところで賛否両論の種が見えてしまったが、この作品のもうひとつの鍵は、このエログロバイオレンスを「ポップで楽しいサブカルチャー」として描ききってしまったことである。当初は松永たちのシャブパーティだけがこのトーンで描かれるが、次第に藤島の暴力もある人物の殺しも、浅井のへらへらした笑い顔も、狂気を秘めた人間の「快楽」なのだと分かってくるのだ。
そしてこの狂気を見続けるのは大変しんどい体験である。誰しも「自分はそうじゃない」と思いたいし、どこかでは「こんなんありえねえよ」と考える。だからこそこの映画には否認が多いのだろう。しかしながら、誰かをスケープゴートにしていじめている瞬間の楽しみというものを、人間は根底に持っているものだと思う。本作では、加奈子の暗躍を軸にこの狂気を過大にデフォルメして描いているが、登場人物全員が狂っていると分かった時、真の恐ろしさが分かってくるのではないだろうか。
(こういう狂気を描いた作品でありがちなのが「登場人物に感情移入できなかった」というレビューだが、何も映画を理解するのに感情移入は必要ではないし、そうやって観る癖が付いている方が色々しんどいのではないかと思う。このレビューを書きながら、筆者の頭の中には『たかが世界の終わり』という作品が巡っているが、この作品と『ブルーバレンタイン』ほど登場人物に感情移入して心が死にそうになる作品を筆者はまだ知らない)
多分に現実離れした演出
この映画では、(恐らく意図的にだとは思うが)、随分と現実離れした演出が繰り返されている。先程指摘したように殺人事件は起きすぎだし(これは原作の設定踏襲だろうとは思うが)、役所広司演じる藤島は殴られても殴られても起き上がり続ける。何故か銃撃を避けきってしまう。着たきり雀で捜索を続けているので、同じ服がどんどん血みどろになっていくのだが、気にする様子も無い。東の前に再登場する時思わず「綺麗な格好だなあ」と思うくらいには汚い。というかよく落命せずにいる。
また妻夫木聡演じる浅井は何回か交通事故に遭うが、あまりに怪我が軽すぎると思わされるほどである。その割に他の暴力シーンは遠慮が無い。腸が出てる奴までいる*2。
でもまあ、これらのシーンを好意的にとらえれば、あまりに現実離れしていて、実際には起きそうもないからよいのだ。映画館を出てすぐに自分の人生とは切り離して考えることができる(「ボク」が中学でいじめられるシーンだけはちょっと難しいが)。ここまで狂った作品だから、こういうところでバランスを取っているとも言える。また、現実離れしたところを、アッパー系のバイオレンスでマスクしているのかなとも思って、大分面白い映画だなと思った。
豪華キャストの新たな魅力
徹頭徹尾クズ男役:役所広司
いやあ、いい。役所広司が凄くいい。最初から最後まで徹底してクズ。最初のワンカットこそヤメ警で家族に追い出されうだつの上がらないバイト生活をしている可哀想な人間として映るが、映画を観るにつれ、自分の行動で家族が壊れていったのだと分かる仕掛けになっている。元刑事だというのに(元刑事だからこそ?)、情報を引き出すには知能戦ではなく暴力を使う。だからこそ元部下で頭脳派の浅井にはニヒルに笑われる。そしてこんな狂った人間が「家族愛して、何がおかしい?」とか宣うので、余計に恐ろしいのだ。
今作での役所広司は、浪人のようなざんばら頭を振り乱し、クソクソとわめき続け、女がいればすぐ犯そうとし、情報のために誰でも殴りつけるという怪演を見せている。インタビューなどで見せる物静かで優しそうな本人とは全く別の姿だ。『いだてん』で演じている嘉納治五郎も静かに狂っているが、今作の藤島は暴力的に狂っている。
この姿を観て思い起こすのは、役所広司が仲代達矢主催の劇団・無名塾の出身だという事実だ。無名塾出身俳優にはどこか共通する香りがあるようにも思うが(筆者には上手く言い表すことができない)、藤島を演じる役所の姿に、そういったものをしっかりと感じる気がする。何より、ここ数年映画やドラマが中心になっている彼のキャリアにあって、元々舞台出身なのだということを思わせてくれる、そんな演技である。元々役選びに壁を設けず、どんな役でもこなす名役者として知られる役所広司であるが、今作で見せた彼の役者魂こそ、藤島が娘を追う「渇き」(=渇望)に重なるものだと言えよう。
もう一点、今作の憎い演出としては、藤島の白昼夢として「幸せなマイホームと妻・娘」というCMをダブらせている点が挙げられる。役所広司と言えば、言わずもがな長年にわたってダイワハ○スのCMに出演しており、どう考えてもわざとやっている演出である(笑)。
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へらついた顔は新たな一面 - 妻夫木聡
今作で見事な演技を見せているのが妻夫木聡。藤島の元部下・浅井刑事を演じているが、今どきの若者らしく(?)どこまでもへらついている。最初のうちは先輩への敬意が無いだけかと思わせるが、次第に暗躍ぶりが明らかになるのも見どころだ。
甘いマスクが特徴の妻夫木は、以前から優男や心にどこか闇のある男を得意役としてきたが、実際には今作のようなクソ人間も演じられる名俳優である。全編にわたって、へらついた顔を一切崩さず、それでいて醜い心性を表現しているのが大変良い。『ザ・マジックアワー』で演じた小悪人を上回るダークな妻夫木聡を是非ご覧いただきたい。ザ・悪役がペロペロキャンディを舐め続けているのもポイントだ。
若手女優豪華揃い踏み - 二階堂ふみ・橋本愛
加奈子の同級生として、今をときめく同時代俳優の二階堂ふみと橋本愛が揃い踏みしているのも見どころだ。『渇き。』は2014年公開だが、二階堂ふみは『ヒミズ』『悪の教典』への出演で前年に日本アカデミー賞新人俳優賞に輝いているし、橋本愛は大ヒット朝ドラ『あまちゃん』に出演したばかりだった(2013年4月期放送)。
加奈子のかつての同級生・遠藤那美は、カメレオン俳優・二階堂ふみの振り幅を示す良役だと思う。今作では髪を染めて派手なメイクを施し、シャブ中毒のヤンキーを演じている。藤島の生きる「現在」では既に死亡しており、また群像劇であることから出演時間はさして長くないが、「ボク」を誘い込む狂ったまでの笑顔は二階堂ならではのもので、短時間でも鮮烈な印象を残していく。
——二階堂は2011年にヴェネツィア映画祭でマルチェロ・マストロヤンニ賞(新人賞)を受賞(共演の染谷将太と同時)
もうひとり注目すべきは『あまちゃん』で大ブレイクしたばかりだった橋本愛だろう。『渇き。』で見せるのは、最初は己の感情を隠しているものの、次第に怒りを露わにしていく役どころで、橋本の得意とするところだ。『いだてん』で演じていた小梅も大分当たり役だと思ったけれど、やっぱり彼女はそういう内なる怒りを素直にぶつけていく役が似合うと思う。ちなみに中島哲也作品では、前作『告白』にも出演している。
『渇き。』の公開は2014年、そして主な舞台となるのは2013年8月と2010年。出演者たちがパカパカケータイ(=ガラケー)を使っているのにもちょっとした時代の流れを感じるが、このふたりが揃い踏みしていることにも驚きを隠せないのが正直なところである。
最後に
ここまで来て本編が気になった人向け。ギャガからはレンタル版に加えて、サントラCDとメイキング映像などを収録したプレミアム・エディションも発売されている。ここ最近は新興配給会社に押され気味のところもあるが、ギャガには独立系の雄として、洋画だけでなく邦画も頑張って手掛けていってほしいと思う。
渇き。 プレミアム・エディション(2枚組+サントラCD付)[数量限定] [DVD]
- 出版社/メーカー: ギャガ
- 発売日: 2014/12/19
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そして深町秋生による原作は、現在宝島社文庫から発売中。第3回『このミステリーがすごい!』大賞受賞作でもあるので、気になった方はこちらもご一読を。(筆者もそのうち読んでみようと思う)
関連:役所広司 / 小松菜奈 / 妻夫木聡 / 清水尋也 / 二階堂ふみ / 橋本愛 / 森川葵 / 國村隼 / オダギリジョー / 中谷美紀 / 中島哲也 / 深町秋生 / 果てしなき渇き
*1:Yahoo!映画は、filmarksなどと違いYahoo!IDがあれば誰でも投稿できる手軽さもあってか、普段映画を観ないんだろうなという人のコメントも沢山あるのが特徴。海外の映画祭で高く評価されている作品でも、平気で「よく分からなかった」みたいなコメントが乱発する有様なので、正直筆者はあんまり当てにしていない。しかしながら、その手軽さから「話題作だから観に行った」というライトな層の素直な感想も沢山溢れているので、賛否両論映画のバロメータとしては凄く分かりやすい指標である。つらつら書いたが要するに、2点台半ばというのは賛否両論映画の証拠であって、大絶賛少数+大不評多数というところだろう
*2:映画的によくある演出だけど、医学のたまご的には正直「そんなにすぐに腸って出るものかなあ」と思わされてしまう