ちいさなねずみが映画を語る

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天気予報と医療情報の違いは何なのだ

COVID-19を巡る一連の報道に食傷気味な筆者である。否、正確に言えば、それを巡る情報番組の作り方に、だ。

 

2003年に起こったSARS、2009年の新型インフルエンザと大きく異なるのは、このウイルスの流行が運悪く春節に重なったということ、世界中での人の移動が昔とは段違いであること、そして、人々がすべからく何らかのSNSにアクセスしている、という事実である。2009年だってTwitterはあったが、その利用者数は今ほどではなかった。街ゆく人々が全てスマートフォンを持って、思い思いに情報を発信する世の中ではなかったのである。

 

 

果たして何人いるのだろうか

残念ながら人類は歴史から学ばない。オイルショック時に主婦たちがこぞってトイレットペーパーに群がった姿、東北を冷夏が襲った時に米を求めて奔走した姿、そういうものは当然歴史の時間に習っているはずである。しかしながら、今回のCOVID-19流行に伴い、多くの人がマスクや消毒用アルコールを求めて右往左往している。「備えあれば憂いなし」とはよく言ったものだ。

多くの人がマスクや消毒用アルコールを買い求め、特殊マスクのN95*1や業務用アルコールに手を出した人々もそれなりにいるという。それでも、N95を付けてリークテストまでしっかりやれる人がどれくらいいるだろうか。アルコールによる手指消毒をしっかりできる人がどれくらいいるだろうか(どうせハンドクリームのように手の平にだけ塗る人だって多いに違いない)。そもそも通常の手洗いがきちんとできている人が何人くらいいるだろう。接触感染・糞口感染と言うけれど、それなら食卓の消毒は毎日しているのだろうか。消毒液と言えば、アルコール以外にもクロルヘキシジンとかグルタルアルデヒドだってあるけれど、何故みんなアルコールばかりに走るのだろう?*2 医療系の勉強をかじったものがこうやって考え込んでいるうちにも、多くの人が右倣えと言わんばかりに買い占め行動の一翼をになうこととなる。そしてその先には転売ヤーがおり、彼らのニーズを悪用して大儲けしているという構図がある。(実際メルカリなどのフリマサイトで、明らかに医療用のアルコールが転売されていたという話もあるし……)

 

言うは勝手、行うは難儀

そしてそういった消費行動を煽っているとも言えるのが、マスコミの報道姿勢である。連日のように報道される「PCRができない」「マスクが無い」「欲しい人の元に届かない」と言った言葉たち。それを煽っているのは自分たちなのに、その姿は棚上げだ。実に見事である。

PCRの話

COVID-19の検査には現状PCR検査しかない。検査キットがどうこうという話もあるけれど、基本的にはPCRしかない。何度も繰り返すけれど、インフルエンザのような簡易検査キットは存在しない(個人的にはそろそろインフルエンザのようにモノクローナル抗体が出て来ないかなあとは思っているが)。

 

そのPCRの検査数を上げろ上げろと騒がれている。何なら医師免許を持った情報番組の御用学者すらそういうことを言う。理想を語るのは自由だけれど、そういう人たちはバックのことを考えているのだろうか。インフルエンザの簡易検査と同じように、鼻の奥に綿棒を突っ込んで、液に浸けてキットに付ければオッケーとでも思っていないだろうか。夜通しやればよいと言う人もいるけれど、この働き方改革が叫ばれる時代において、検査技師たちに連日の夜勤を命じるようなことをよくしゃあしゃあと言えるなと思う。そんなにやれ、やれ、と言うのならば、自分たちでマイクロピペットを握って、夜通しやってくれればよいのに。

 

どんな検査にも言えることだが、検査は闇雲にやればよいというものではない。検査前確率を充分に挙げておかないと、偽陽性が増えてしまって使い物にならない。その話は以前も書いたし、ヤンデル先生こと市原真先生が視覚的に分かりやすいツイートをしていた。

mice-cinemanami.hatenablog.com

twitter.com

 

医療経済の面からも、闇雲な検査は宜しくないとされている。血液検査や画像検査無しでも、身体診察から得られる情報量は意外に多い。残念ながら医療資源は有限だ。未知の感染症だったからみんなが戦々恐々しているが、COVID-19のみに医療資源を割くわけにはいかない。COVID-19の診断にかかりきりになっていて、放っておいたらすぐ死ぬような高齢者の細菌性肺炎を見逃すわけにはいかないのだ。ごめんで済むなら警察は要らないし、やりたい邦題できるなら医療において診断学なんて要りはしない。勿論、この文章は、真に必要な人に検査をするな、と言っているわけではない。むしろその逆で、そういう人に的確なタイミングで検査ができるよう、リソースは確保しておかなければならないということなのだ。

 

医療において必要な検査とは、その先の行動を変えるものだと言われている。◯◯だと分かれば、この薬が使える。△△だと分かれば、この手術ができる。検査をしたならば漫然と見ているだけでなく、そういう意思決定に使わなくてはならないと。例えば癌患者の遺伝子検索をしたいと思っても、ある変異が何の治療にも結びつかないのならば、その検査は無意味だし不適切である。

COVID-19のPCR検査でも同じことを考えなくてはならない。この感染症は、無症状者も軽症者もそこそこ多く、そういった人たちが感染拡大に寄与していることも分かってきている。やるべきは陽性者を洗い出すことではなくて、重症者、そして重症になるかもしれない人々を洗い出すことである。ちょっと言葉がきついけれど、この村中先生の言葉はよく分かる。*3

 

何でみんなに検査するわけじゃないの? という話についてはBuzzfeedで分かりやすいインタビューが載っていた。☞「新型コロナ、なぜ希望者全員に検査をしないの?  感染管理の専門家に聞きました

 

後医は名医

医学の世界には「後医は名医」という言葉がある。最初に診断した医者が、紹介状を書いて患者を別の病院へ送ったとする。受け手の医者は紹介状を元に患者を診察するが、最初の医者が紹介状に書いたこと以外も考え、診療に当たるかもしれない。紹介状を持って次の病院を受診するまでに、症状が変化しているかもしれない。また最初の医者は個人診療所の主で、送った先の医者は、同じ診療科の医者が何人もいる大病院の医者かもしれない。当然周囲とコンサルテーションする機会は後者の方が多い。後に診察する医者の方が沢山の情報を持っていて、よりよい診断をできる可能性がある。このことを、医療界では俗に「後医は名医」と呼ぶ。

www.niigatashi-ishikai.or.jp

情報番組で御用医者として発言する者の中には、こういった「後医は名医」状態の者が何人かいる。ダイヤモンド・プリンセス号の悲惨な状況を批判するのは簡単である。しかしながら、岩田・高山論争でも分かるように、船内には多くの制約があって、理想通りにはいかなかった。勿論あの状況は完璧ではないし、現場対応に当たった厚労省職員などに感染者が出ているという事実は批判されてしかるべきだが、理想を振りかざせるかと言えばそうとも言い切れないのである。

そして彼らの中には、普段情報番組でコメンテーターとして活動する医者であったり、専門分野が全く異なっていて、感染症診療に詳しいわけではない人物も混じっている。医療系であればそこら辺は何となく見分けられるが、一般の人であれば、医者という肩書きだけで信用してしまうこともあるだろう。そういう人物たちが、やれPCRをもっとやれだの、◯◯の対応はなってないだのと騒ぐことは、ただの「後医は名医」を通り越して、"専門家"の皮を被ったノイズである(そもそも専門じゃないし)。

 

天気予報と医療情報の違いは何なのだ

ここでタイトルに立ち返る。天気予報と医療情報の違いは何なのだ。

 

天気予報はみんなが盲目的に信じるものである。明日、朝は晴れていても夕方には雨が降りますよ、と言われれば、そうなのかと思って傘を持っていく。かんかん照りになるようですね、と言われれば、これ幸いと洗濯物を出す。花粉が多そうですね、と言われれば対策をして出て行く。これらの情報は気象予報士たちが作ったものだが、それらに物申す者はいない。勝手な予報を出す者もいない。

 

しかしながら、こと医療情報に関しては、この手の素人意見が大変多い。自分の身体だから分かるとでも言うのだろうか? 情報番組に出ているタレント、専門分野の違う学者やジャーナリスト、医師免許は持っているが実は専門分野外という人物、そういった人々が口々に思い思いの発言をして許される世界なのだ。やー騒ぎ立てることには責任が無くて、いい仕事ですね。筆者の悪口はさておき、そういう情報番組の作り方に、この1ヶ月正直辟易している。1時間見ても何の情報量も無い番組なんてざらだ。

 

何故天気予報は専門家の言うことを盲目的に信じるのに、医療ではそれがまかり通らないのだろう。何故好き勝手話す声の大きい者の意見が通ってしまうのだろう。感染症の専門家たちの声は、そういった勝手な声に、センセーショナルな煽り文句にかき消されていってしまう。情報番組だけでなく、SNSの世界でも同じことが起こっている。みんなが口々に信じたいものを信じ、正しい情報はその中に埋もれていく。もしかしたらそういうものを野放しにしているわたしたちの方にも責任があるのかもしれない。

 

おしまい

 

もうこっちでも熟読してる方がためになる気がしてきた。

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 ファクトチェックの話今度読んでみようかな。

 

関連:COVID-19 / 医療経済 / 医療情報 / マスコミ

 

*1:「最も捕集しにくいと言われる0.3μmの微粒子を95%以上捕集できる」(3Mウェブサイトより)保証が成されている特殊マスク。医療現場では結核菌予防のために使われることが多い。

*2:勿論この文章では、意図的に人体に使えるものと使えないものを混ぜています

*3:ただし、COVID-19の全例を追跡調査することも、もしリソースがそれを許すのならば疫学的な意味はきちんとある。3.11の時、津波死者の多くが溺死と診断されたが、その陰には法医学者の不足などによって時間を掛けた検死・解剖が難しかった事情があった。溺死と診断された方の中には、低体温症での死亡例も多数混在していたと考えられているが、今となっては検証のしようが無いというのが正直なところだ。

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