突然だけど新型肺炎の話をします。そう言えば今日は医師国試ですね。受験される皆さまのご武運をお祈りしております。個人的には誰が総統閣下ネタを作るのか、そしてどの乳腺ネタが使われるのか楽しみにしています。いやマジで他人事じゃねえ。
目下世間を賑わせているのは、年末に武漢で流行が始まった謎のコロナウイルスの件だ。SARS・MERSみたいに名前が付くのかなと思っていたら、まさかの「2019-nCoV」という仮名称みたいな名前で押し切られることになった。ちなみに"nCoV"というのは"novel coronavirus"の略称で、つまりは「新しいコロナウイルス」という意味である。何の説明にもなってねえ。
2002年から2003年にかけて起きたSARSの流行時は、中心地が広東省・香港と東南アジア諸国だったこともあって対岸の火事といった印象が大きかったが、今回は日本でも感染者が発生し、連日メディアでも報道が続いている。今回は一連のニュースの中で、少し気になったものがいくつかあったので、備忘録がてら書いておこうと思う。
勝浦のホテルの件
武漢からの引き上げ第1便に乗って帰国した方々が滞在しているのが、千葉県勝浦市にある「勝浦ホテル三日月」である。元々昨年の台風被害の際にも大浴場を開放するなどしていたホテルで、早速グループのホームページに受け入れに関するプレスリリースを出して対応した。そう言えば昔どこかの都知事が泊まってたのもこの系列ホテルだけど、あれは粉飾決算してた方が圧倒的に悪いからこっちの責務ではない。潜伏期間の関係もあって第1便の帰国者もまだまだこの建物内に留め置かれているが、外には宿泊者を励ますメッセージも出現したというニュースもあり、苦しい中にもほっとする話だなあと思っていた。
このメッセージに関して、このホテルに隔離されている家族から送られてきたとして、画像をシェアした人がいた。5万件以上リツイートされているし、いいねの数も20万件を超えている。多くのメディアがこのツイートに注目し、ハフポストなどで記事化されている。続きを読むと小学生たちが有志で書いたメッセージのようで、そのエピソードも微笑ましい。
武漢で働いてた父が第一便で帰国できて、勝浦のホテルに隔離されててホテルの部屋からも出れなくていつもお昼ご飯とか送ってくるんだけど今日送られてきた写真に感動😭😭😭😭
— jjjj (@LikeBear0223) 2020年2月7日
ホテルの下の浜辺に千葉の方なのか応援メッセージ🥺🥺🥺
感動した!!
偏見が多い中日本の温かさを感じた🇯🇵#コロナウイルス pic.twitter.com/XFCewGWzTE
筆者は大分ひねくれた人間なので、こういうバズったツイートの返信欄を読むのが大好きだ。そこでちらりほらりと見えたのが、「このホテルに隔離者がいるせいで勝浦の観光業が打撃を受けている」という話である。中には勝浦市民を名乗るアカウントもあった。勿論ネット上の話なので、この話がどこまで本当なのか分からないし、そもそも全部本当でなくてもおかしくないのだけれど、ちょっと思うところがある。
ほんと、下世話な話ですけど、死んだら来ねえよ? 観光客。
正直に言ってこのホテルの姿勢は凄い。自分が受け入れる立場だとしたら、致死率も感染率もよく分からない状態で、帰国された方々を素直に受け入れられるかどうかと思う。政治的意図だとかそういう深読みは抜きにしても凄い。仕事という義務でなくてこれを申し出ること自体が凄い。そう言えば今度『Fukushima50』が公開されるけど、最前線で奔走している人たちにはほんと頭が上がらないなあと思う。
今回は流行が春節の時期(=中国人観光客大移動の時期)に被っていたということ、日本でも感染者が出たということで大分大騒ぎになっている。しかしながらSARSの例でも分かるように、どんな感染症でも必ず終わりは来る。隔離も封じ込めもそのための策である。それが正しかったかどうかは後々検証されればよいのであって、今感情論で話すことではない。SARSの例で言えばインデックス・ケースは2002年11月に発生し、今回のコロナと同じような時期に流行して、大体翌年の5月頃にピークを迎えた後7月に終結宣言が出されている。
いま観光客が来ないって言ったってしょうがない。だってどう考えてもピークの時期だから。それでも、多分感染拡大のピークが収まれば、「あの時行き損ねたな」と思って足を運ぶ人は何人もいる。他方ここで感染拡大させて、その人が亡くなりでもしたら、その人が観光客として訪れる機会は永遠に失われることになる。
武漢からチャーター便で帰ってきた人たちだって、何も好き好んで隔離されているわけじゃない。たまたま自分の住んでいる場所で謎の感染症が起きて、そのために仕事や生活を差し置いて帰ってきて、感染のハイリスク者だからという理由で留め置かれているのである。そういう人たちのことも考えないでぎゃあぎゃあと外野から適当なことを言っている人たちは、本当に差別以外の何物でもないなと思ってしまう。
感染者検査の話
あともうひとつ話題になっているのが、クルーズ船ダイヤモンド・プリンセスで起きた集団感染の話だ。こちらも同じように潜伏期間の関係で船内滞在が長期化し、持病の薬の問題なども出始めている。乗客乗組員合わせて4千人近くになるので、その人数を検疫するのもなかなか大変な話だろうな……と思う。何より船内にいる皆さんが1番辛いだろう。
この件に関して、ちらほらと出ているのが、「さっさか全員検査して下船させればいい」という話である。まあ気持ちは分かる。でも実際問題無理だと思う。
1. 人数の問題
先述の通りこの船には4千人近くが元々乗れる設計だ。全員に体温検査をするだけでもとんだ骨折りである。現在2019-nCoVを検出する方法はPCRしかない。新しいウイルスなので、インフルエンザの簡易キットみたいなものが全く無いのである。そしてこのPCR、高校生物でも習うような技術ではあるが、意外にやろうと思うとめんどくさい。簡単に言うと95℃☞60℃☞72℃というサイクルをひたすら繰り返して、DNAの特徴的な配列を増幅していくシステムなのだが、ま〜やってみると結構時間がかかる。
ここで科学の歴史に立ち戻ってほしいのだが、ヒト・ゲノム計画が立ち上がり、1人の人間のDNA情報が全て解読されるまで13年かかった(1990年〜2003年)。今でこそ次世代シークエンサー; NGSと呼ばれる超高速読み取り機があるが、それでも全部読もうと思うと数日かかるのが常である。勿論ウイルスのゲノムはヒトと比べたら何分の一だし、特徴的な配列だけ読むのであって全ゲノム見ているわけではないはずだが、それでもPCRで増幅させるだけでも大分時間がかかる。それを4千人規模でやろうというのは、はっきり言って時間と労力の無駄である。
2. 偽陰性の問題
なんでここまで強いことを言うのかという話だが、ひとえに偽陰性の問題が大きい。チャーター便で帰ってきた方々にも、当初「陰性」と判定されていたのに、後から陽性と分かった人がいる。何の検査だって万能ではないし、検査したから安心できるものでもない。
インフルエンザの簡易検査を考えてほしい。熱があって関節痛もあり、どう考えてもインフルエンザだと思って医療機関に行ったのに、「検査は陰性でした」という話はざらに転がっている。ウイルスが増えていなかったら、キットでは検知できないこともある。陽性かと思ったら単にそこにいるだけということもある(医学的に「感染」というのは、ある病原体が異常に増殖して本人の健康状態に悪さをしている状態を指すので、この場合「保菌」とかそういう言い方になると思う)。全体としては少ない割合でも、こういう風に大きなマス; massを対象にした場合、その絶対数はどうしても増えてしまう。それなら、疑わしい人にだけ検査を行って、それ以外の人は経過観察する方が余程コスト的に正しい。
(ところで医療経済の話をすると感情論を持ち出す人がいるけれど、こういう話に限らず、やはり医療は有限の資産なんだよな、無尽蔵にあると思って使っちゃいけないんだよな、と思わされる)
3. 検査前確率の問題
筆者が先日ブクマした岩田健太郎先生のブログ記事でも指摘されていた問題である。
「「新型肺炎」日本の対策は大間違い」、は大間違い - 楽園はこちら側
岩田健太郎先生から上昌弘先生の新型肺炎に関する記事( <a href="https://www.fsight.jp/articles/-/46472" target="_blank" rel="noopener nofollow">https://www.fsight.jp/articles/-/46472 ) への反論文
2020/02/06 14:09
どんな検査であれ、検査前確率が充分高くないと、陽性判定を信用することができない。検査前確率というのは、検査を行う集団において、本当の陽性者がどのくらいと見積もられるかという確率である。
関連してよく言われるのが、ダウン症などで用いられるNIPTだ。母体血を採取するだけで胎児がダウン症かどうか分かる検査であり、感度(=陽性を正しく判定する確率)99.1%、特異度(=陰性を正しく判定する確率)99.9%という優れものだ。
しかしながらこのNIPTで陽性となっても、検査前確率によって、胎児が本当にダウン症である確率は大きく変化してしまう。脳科学辞典によれば、検査前確率は「25歳未満でおよそ1/2000、35歳で1/300、40歳で1/100、45歳以上でおよそ1/20」とされている(2020年2月9日閲覧、DOI:10.14931/bsd.1431)。その結果を基にこんな表を作ってみた。右に行くほど検査前確率が高くなる。
2000人に1人 | 300人に1人 | 100人に1人 | 20人に1人 | |
陽性-TP | 4.955 | 33.0333333 | 99.1 | 495.5 |
偽陽性-FP | 9.995 | 9.96666667 | 9.9 | 9.5 |
TP/FP | 0.49574787 | 3.31438127 | 10.010101 | 52.1578947 |
陰性-TN | 9985.005 | 9956.7 | 9890.1 | 9490.5 |
偽陰性-FN | 0.045 | 0.3 | 0.9 | 4.5 |
感度 | 0.991 | ※10000人を検査と仮定 | ||
特異度 | 0.999 |
感度・特異度がこれだけ高いNIPTですら、検査前確率が2000人に1人だと、本当はダウン症でないのに陽性と出てしまう「偽陽性」の人数は、真の陽性の実に2倍である。感染してないかもしれない人が大量にいる状態で検査を行っても、大量の偽陽性を生んで無駄な治療を生むだけだ。ダイヤモンド・プリンセスでは既に下船した乗客が感染者だったと後から判明したものの、果たしてどのくらいの乗客・乗員が感染しうる経路を辿っていたのかは全く分からない。そのくらいなら、まだ有症状者に絞って検査をしている方がましだと思う。
おしまい
今日はどうせつらつら放言なのでこれでおしまい。信頼できるソースの信頼できる情報を積極的に取りに行くようにしましょう。せっかくなので、SARSの頃WHOで働いていた押谷先生の提言を載せときます。
そう言えばさっきお名前が出た岩田先生が訳した本を読まなくちゃ……
凄い不謹慎な話だと思うけど、この本、単に写真が綺麗なだけじゃなくてウイルスの分類学の勉強もざっくりできるのでお勧め。知らずに怖がるんじゃなくて、知って判断しよう……!
0212追記)押谷先生から第2弾の記事が出ていました。用心しすぎることに損はありませんね。
新型コロナウイルスに我々はどう対峙したらいいのか(No.2) 新たな段階に入っている新型コロナウイルスと人類の戦い | 特集・インタビュー|東北大学大学院医学系研究科・医学部
- [medical]
押谷先生の2019-nCoV関連第2報
2020/02/12 18:00