ちいさなねずみが映画を語る

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本当になってほしくなかった虚構の世界 - 映画『コンテイジョン』

今年の厄は今年の内に、ということで、映画納めは2011年の映画コンテイジョン』"Contagion" にした。COVID-19が流行り始めたとき、その行く末をよく予測しているとして話題になった映画だ。ブログも年内最後の記事にしたいので長々とは書かないが、なかなかよくできた映画だなと思った。

コンテイジョン (字幕版)

コンテイジョン (字幕版)

  • 発売日: 2013/11/26
  • メディア: Prime Video
 

 

 

あらすじについて特に語ることはしない。香港を鍵として未知のウイルスが発生し、それが運悪く全世界に広がってしまったことで起こるパニックを描いたスリラー映画だ。CDC; 疾病対策センターの専門家たちに助言を得て作ったというが、今のCOVID-19による世界を考えるとなかなかよくできている。(そしてCOVID-19が作中のMEV-1ほど強毒性でなくよかったと思うばかり)

 

ペイシェント・ゼロを追え

COVID-19関連*1の言葉が世間を賑わせたのが2020年という年であったが、「クラスター対策」はその中でかなり上位に来ると思う。春先から夏にかけて押谷せんせであるとか西浦せんせであるとかがせっせとその話をしていたが、この映画の中でも既にその理論は実践されている。実際、ペイシェント・ゼロ(疾患を初めて発症し、流行の起点となった人物)を探し、徹底的な追跡調査をするという手法は、既にSARSの時にも使われているので、この映画で描かれていてもおかしくはないと思う。(だからクラスターとか嘘だろ!みたいなことを言っていた人たちはちょっと的外れだったのであり……)

 

この映画では、マリオン・コティヤール演じるWHOの医師が、防犯カメラの映像を食い入るように眺めてペイシェント・ゼロを特定していく姿が描かれる。実際そこまでやるかというとちょっと疑問符なのだが、ああこれはまさにクラスター対策の手法だな、と思っていたら、台詞でしっかり「クラスターが発生」と言われていて面白いなと思った。

なおこの後、コティヤールと対する香港当局の人物が、香港が起点かどうか分からないじゃないか、と食い下がっていて、COVID-19でもWHOの調査団入れる入れないで内輪揉めしていたよなあ……などと思うなど。

 

今すぐ野戦病院を作れ

作中のウイルスMEV-1はあっさりアメリカに入ってきて、シカゴを中心に大流行し、アメリカという国を静かに蝕んでいく。作中このウイルスによる死者数が報じられるシーンがあるのだが、今のCOVID-19の死者と比べて1桁違うので少し安心したものの、COVID-19の死者数ですらとんでもない数字で、数ヶ月のうちに感覚が麻痺してしまった恐ろしさを自覚するなど。

 

そんな中、CDCが野戦病院を建てるべく奔走する様子が描かれる。映画上しょうがないのだろうが、CDCの対策チーム*2が誰ひとりとしてマスクをしないという、COVID-19の世界では有り得ないような描写がされていて、普通に心配になってしまう(この伏線はきちんと回収される)。

また、大分はじめの方だが、MEV-1がアメリカに入ってきた直後のこと、きちんとした対策をせねばならない、と解くCDCの職員に対し、シカゴ当局の役人たちが、病原体の特定はできているのかと騒ぎ立て相手にしないところで心が痛んでしまった。未知の感染症であれ、いわゆる「標準予防策」を取るのがまずは1番大事なのだが、瑣末なところにこだわって「木を見て森を見ず」なのはどこの国でも同じなのだなあと思わされる。

 

偽ジャーナリズムに振り回される

この作品唯一の悪役はジュード・ロウ演じるフリーランス・ジャーナリストだ。ワクチンなど効かないし、CDCたちは自分たちの家族を守るばかりで民を守らないと世間を扇情し、自分の書くブログこそが真実なのだと騒ぎ立てる。これはまさに陰謀論だ。残念なことに、こんにちでも、COVID-19に限らず様々な陰謀が渦巻いていて、当たってほしくなかった予測だと思う。

 

ロウ演じるジャーナリストは、レンギョウこそ特効薬だとか、ワクチンで自閉症が増えるかも、などと騒ぎ立てる。ホメオパシーに関しては敢えて口を噤むが(これはある意味宗教なので)、ワクチンで自閉症が増える、との主張に思い出すのは、ドナルド・トランプをはじめとした反ワクチン派だ*3。彼はジャーナリズムに熱狂しているが、もしかしたら最後の方では、"宗教を作る快感"に取り憑かれてしまったのかもしれないなどと思う。

 

ワクチン接種の平等性

この話が作中で描かれていたのにはびっくりした。今でもCOVID-19のワクチン接種スケジュールをどうするか侃々諤々の議論が繰り広げられている。先進国ばかりにならず、アフリカをはじめとした医療体制が脆弱な国にも早く行き渡らせるように、という議論が行われているが、結局やってみないと分からないところがあるので、なかなか難しい議論である。

 

そう言えばアメリカやヨーロッパで作られたCOVID-19のワクチンが日本に入ってくることが決まった。アメリカやヨーロッパのワクチンは、作中ジェニファー・イーリー*4がやっているように、筋注が一般的である。

しかしながら、日本のワクチンは皮下注が中心だ。これは一時期ワクチン被害の訴訟があり、筋注のせいで大腿筋短縮症が起きるなどの訴えが起きたという事実が結構関係している。唯一の例外が子宮頸癌ワクチンだが、筋注のワクチンは皮下注より反応性が強いため、普通のワクチンより反応性が強いという弱点がある。その結果何が起きたかは皆さんも知っての通りなのだが……*5COVID-19のワクチンが、日本でどのように接種されるかは分からないが、子宮頸癌ワクチンの二の舞にはならないようにと願うばかりだ。(ところでこの作品の量産型ワクチンは鼻腔噴射になっていて面白いなと思った)

 

 

暴動、そして銃社会

COVID-19が流行し始めてから、アメリカで銃の購入が増えたという話があるが、同じような姿が作品でも描かれる。食糧配給で暴動になったり、薬屋やスーパーで暴動になったり、人は学ばないし究極的には利己的なのだな、と思わされる描写だ。

思えば緊急事態宣言が出された前後、トイレットペーパーがなくなるとのデマが回って、トイレットペーパー、ティッシュ、更にキッチンペーパーなどさえ店頭から消えたのを思い出した。誰ひとりとして石油危機の頃の惨状から学んでいなかったのがよく分かるエピソードだが、アメリカの場合はここに銃が加わってくるので、余計悲惨な話になってしまう。

 

おしまい

沢山書いてもしょうがないので、雑感も沢山書いたしこの辺で筆を置こうと思う。今日は東京で遂に千人越えの感染者数が発表されたし、来る年もまだまだ油断はできないが、まずは大晦日まで無事に辿り着けたことに感謝を。『コンテイジョン』はAmazon Primeなどで配信されているので、COVID-19を巡る喧噪と比較しつつ是非ご覧いただきたい。

コンテイジョン (字幕版)

コンテイジョン (字幕版)

  • 発売日: 2013/11/26
  • メディア: Prime Video
 

 

そう言えば尾身先生のこの本欲しいのですがまだ買ってません。その内買いたいと思います。皆様よいお年を、そしてどうかお元気で。

WHOをゆく: 感染症との闘いを超えて

WHOをゆく: 感染症との闘いを超えて

  • 作者:尾身 茂
  • 発売日: 2011/10/21
  • メディア: 単行本
 

 

 

関連:COVID-19 / コンテイジョン / スティーヴン・ソダーバーグ / マリオン・コティヤール / マット・デイモン / ローレンス・フィッシュバーン / ジュード・ロウ / グウィネス・パルトロー / ケイト・ウィンスレット / ブライアン・クランストン / ジェニファー・イーリー / サナ・レイサン / エリオット・グールド

*1:死んでも(?)新型コロナとかコロナ禍とか言いたくないのでわざわざCOVIDさんと書く

*2:他にも主要な登場人物たちもマスクをしていない。手に入らないという描写でもないのだが

*3:トランプがMMRワクチンと自閉症の"関係"を声高に主張していたのは有名な話→

www.huffingtonpost.jp

*4:個人的に『高慢と偏見』のリジーが大好きなので、ここで重要な役どころなのがとても嬉しかった→

mice-cinemanami.hatenablog.com

*5:訴訟を起こした原告団についてここでは口を噤むが、確かに接種した時、周りがみんな腕の痛みが残ると言っていたのを思い出す。「他のワクチンと違う」というのが、子宮頸癌ワクチンの「汚点」として責められるポイントになってしまったのだろうとも思う

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