映画『女王陛下のお気に入り』"The Favourite"('18)の日本公開まで残り1ヶ月を切った。大好きなエマ・ストーンの次回作ということもあり、賞レースシーズン幕開け前からずっと追っていた作品でもある。この作品を楽しみに年を越したと言っても過言ではないくらいだ。
『女王陛下のお気に入り』公開日は2月15日と発表されているが、その1ヶ月後に日本で封切られるのが、シアーシャ・ローナンとマーゴット・ロビー*1の新作『ふたりの女王 メアリーとエリザベス』"Mary, Queen of Scots"('18)である。2018年のオスカーで揃って主演女優賞にノミネートされたふたりが競演とあり、こちらも楽しみな一作。
theriver.jp - 日本公開は3月15日予定
でも待って、ふたつともイギリスを舞台としたコスチュームプレイなんだけど、時代設定はいつなの……? 今回はそうやって頭がこんがらがった筆者の、備忘録的記事である。
- 主役はどちらも最後の女王、さてどっちがどっち?
- 先に来るのはテューダー朝 - 『ふたりの女王 メアリーとエリザベス』
- 『女王陛下のお気に入り』で描かれるのはステュアート朝末期
- アンの死後はどうなったの?
- 興味の湧いた人向け
- 190124追記) ヨルゴス・ランティモスインタビュー
主役はどちらも最後の女王、さてどっちがどっち?
『女王陛下のお気に入り』と『ふたりの女王 メアリーとエリザベス』、主要人物はどちらもイングランドの王朝の最後の女王である。前者ではオリヴィア・コールマン演じるアン女王、後者ではマーゴ・ロビー演じるエリザベス1世がそれに相当する。片方がテューダー朝、片方がステュアート朝だが、さてどっちがどっち……?
正解はこう。
- 『女王陛下のお気に入り』☞ステュアート朝 (1371〜1714年、イングランドとの同君連合は1603年〜)
- 『ふたりの女王 メアリーとエリザベス』☞イングランド:テューダー朝 (1485〜1603年) / スコットランド:ステュアート朝
「んんん?同君連合って何?」「そもそもステュアート朝両方に出て来てるじゃん?」色んな疑問があると思うがちょっと待ってほしい。
先に来るのはテューダー朝 - 『ふたりの女王 メアリーとエリザベス』
いきなり見出しでさっきの年譜と合わないことを書いているのだが、間違いでは無い。イングランドを基準にするとこうなるし、年譜上も先に来るのは『ふたりの女王 メアリーとエリザベス』の方だ。
テューダー朝は、薔薇戦争に勝利したテューダー家のヘンリー7世が興したイングランドの王朝。薔薇戦争はランカスター家とヨーク家が戦ったイングランド内部の権力闘争で、ヘンリー7世に負けて王座を明け渡した形になったのがリチャード3世である。シェイクスピアの戯曲も有名だし、近年になって遺骨が発見されたことも話題になった。

- 作者: ウィリアムシェイクスピア,金子國義,William Shakespeare,河合祥一郎
- 出版社/メーカー: 角川書店
- 発売日: 2007/06/23
- メディア: 文庫
- 購入: 1人 クリック: 5回
- この商品を含むブログ (5件) を見る
www.huffingtonpost.jp - リチャード3世はヨーク朝最後の君主
ヘンリー7世の後を継いだのがかの有名なヘンリー8世。6人もの妻を迎えた好色ぶりでも知られるし、妻と離婚するためにローマ・カトリックを離脱して英国国教会を興したことでも有名だろう。そしてテューダーとステュアートの両王朝がややこしくなっているのは大体この人のせいである。
ヘンリー8世には王位を継いだ子どもが3人いる。最初に王位を継いだのは3番目の妻ジェーン・シーモアの息子エドワード6世だが、病弱だった彼はわずか15歳で亡くなってしまう(在位1547-1553年)。
次にお鉢が回ってきたのは最初の妻キャサリン・オブ・アラゴンの娘メアリー1世。両親の離婚のため作られた英国国教会に反対し、カトリックを信仰してプロテスタントを弾圧したことから、「血塗れメアリー」とも呼ばれる。そう、あのカクテルの由来が彼女だ。
マーゴ・ロビーが演じるエリザベス1世とは
ヘンリー8世の子どもの中で最後に即位したのが、2番目の妻アン・ブーリンの娘、エリザベス1世である。今回マーゴ・ロビーが演じるのが彼女で、カトリックに復帰した姉に対し、英国国教会を国教と定め直した*2。
こうやって英国国教会を国教と定めたことが、彼女と周囲の国々の対立を生むきっかけとなる。元々スペイン絶頂期にあってイングランドなんて海峡の向こうの小国だし、そこにプロテスタント国家が生まれたとあれば鼻つまみの原因となる。これに反発したのが同じブリテン島にあるカトリック国家のスコットランドだった(後述)。そう、この頃まだ今の「UK」は生まれていなかったのである。
ところが、小国と思われていたイングランドは、アルマダの戦いでスペインの無敵艦隊を破り、ヨーロッパの有力国としての地位を固めていくことになる。結果的には、カトリック圏に包囲されながらもプロテスタント国家を守り抜いた形になった。
浮いた話が無かった訳では無いが、生涯彼女は結婚せず、「処女王」"The Virgin Queen"との異名を持った。このため跡継ぎがおらず、彼女の死でテューダー朝は終わりを迎えることになる。死後はスコットランド王ジェームズ6世にイングランド王位が譲られ、イングランドとスコットランドの同君連合が生まれて、ブリテン島の統一ならびにイングランドにおけるステュアート朝の始まりとなるのである。
予習になるのはこれ
そんなエリザベス1世を主人公に据えたのが、1998年の映画『エリザベス』"Elizabeth"。ケイト・ブランシェットがタイトル・ロールを演じ、2007年には続編たる『エリザベス:ゴールデン・エイジ』"Elizabeth: The Golden Age" も制作された。この作品では、メアリー1世の在位末期から、エリザベスの即位、治世の地盤固めまでが描かれる。確かに脚色も色々あるのだが、この辺の人間関係と宗教的背景をざっくり学ぶ糸口にはいいだろうと思う。
メアリーがいっぱい
この辺りがややこしいのは、スコットランドとイングランドで別々の王朝が同時並行していること、そしてもうひとつが、「メアリーがいっぱい」事件が起こっていることである。
- メアリー1世 - イングランド女王、1516〜1558 (在位1553〜58)
- メアリー・ステュアート - スコットランド女王、1542〜1587 (在位1542〜67)
- メアリー・オブ・ギーズ (マリー・ド・ギーズ)*3 - 2.の母にして摂政、1515〜1560
なんせエリザベス1世の姉も、敵対することになるスコットランド女王も、その母も、みんなメアリーである。しかもエリザベス1世は(主に宗教がらみが引き金となって)この全員と敵対している。ややこしいことこの上ない。
www.youtube.com - このペンギン爆発で殺されてるのは2番のメアリー
映画『エリザベス』に直接登場するのは1の姉メアリーと、3の母メアリー。前者をキャシー・バーク、後者をファニー・アルダンが演じた。この作品では、英国国教会を国教と定め直したエリザベス1世がローマ教皇らに疎まれ、スコットランドとの小競り合いが発生する様子も描かれている。その際エリザベス1世と敵対することになるのは、当時摂政としてスコットランドを牛耳っていた、メアリー・オブ・ギーズである。
『ふたりの女王 メアリーとエリザベス』のタイトルロールで、サーシャ・ローナンが演じるのは、スコットランド女王だった2番である。彼女は現在のスコットランドでも人気が高く、親しみを込めて "Mary, Queen of Scots" と呼ばれるが、これが作品の原題にもなっている。
実際のメアリーは、国内統治に失敗した後、自らの安全を確保するため、エリザベス1世を頼ってイングランドに亡命する。しかしながら、メアリー・ステュアートは、祖母がヘンリー7世の娘マーガレット・テューダー(ヘンリー7世の長女、ヘンリー8世の姉)で、イングランドの王位継承権も持っていた。エリザベス1世はこういった理由からメアリーを疎み、亡命以来19年にわたってイングランド各地を転々とさせながら、彼女に幽閉生活を送らせる。最終的には、エリザベス1世の暗殺をスコットランド側が企んでいたことが発覚し、この計画(バビントン陰謀事件 - enwiki)に許可を出したとしてメアリー処刑に至るのだ。
ja.wikipedia.org - テューダーの詳しい家系図はWikipediaさんにお任せします
『女王陛下のお気に入り』で描かれるのはステュアート朝末期
処女王エリザベス1世の没後開かれたのがステュアート朝。スコットランド女王だったメアリー・ステュアートと同じ名字であることに気付いた人は勘が鋭い。ステュアート朝の初代君主となったのは、彼女の息子ジェームズ6世/1世だ*4。先述の通りステュアート家にはヘンリー7世の娘マーガレット・テューダーが嫁いでおり、この血筋を王位継承の根拠とした。ジェームズ6世は、母メアリーがスコットランド統治に失敗して廃位された後、スコットランド王として即位していた。エリザベス1世の没後、イングランド王位も継承し、スコットランドとイングランドはひとりの王が治める「同君連合」という形を取ることになる。
www.youtube.com - 『ふたりの女王 メアリーとエリザベス』トレイラーにはメアリーの出産シーンがあるが、ここで生まれたのがジェームズ6世/1世だ
そんなステュアート朝最後の女王が、『女王陛下のお気に入り』でオリヴィア・コールマンが演じるアン女王だ。彼女の治世では、1707年に合同法が成立して、遂にイングランドとスコットランドが連合王国となる。その背景には、アンが17回も妊娠しながら流産や死産、更に子どもの夭折を繰り返して跡継ぎに恵まれなかったという事情がある(今日では彼女がループス(SLE)と抗リン脂質抗体症候群(APS)を患っていたためという説が有力である)※追記参照※。
※追記参照※:出典はここ☞
- For the want of an heir: the obstetrical history of Queen Anne.
- APS: What Rheumatologists Should Know about Hughes Syndrome - Page 6 of 11 - The Rheumatologist
- Queen Anne's Lupus: Phospholipids and the Course of the Empire
因みにSLEはAPSに合併しやすいことが知られているし(合併率は実に約半分)、血栓症や習慣流産の原因となりやすく、日本でも難病指定されておりその機序は解明されていない。☞難病情報センター | 原発性抗リン脂質抗体症候群(指定難病48)
作品は、そんなアン女王の寵愛を得るため、レイチェル・ワイズ演じるサラ・ジェニングズ(サラ・チャーチル)と、エマ・ストーン演じるアビゲイル・メイシャムがしのぎを削る物語。予告編の冒頭でアン女王がサラ・ジェニングズに下賜しているのは、恐らくブレナム宮殿のことだろう。この宮殿は、サラの夫モールバラ公爵ジョン・チャーチルが、スペイン継承戦争中のブレンハイムの戦い(Battle of Blenheim)で挙げた戦功の褒賞として与えられたもの*5。モールバラ公爵家は後にスペンサー=チャーチル家となり、夫妻の子孫にはチャールズ皇太子の元妻ダイアナ妃や、第二次世界大戦中の首相ウィンストン・チャーチルがいる(ウィンストンはブレナム宮殿で生まれている)。因みにサラは、アン女王と幼少期からずっと共に過ごしてきた盟友でもある。
またブランデー好きで「ブランデー・ナン」"Brandy Nan"の異名を誇ったアン女王だが、晩年はそれが祟ったのか肥満に陥り、宮廷でも車椅子を使用するほどだった。予告編ではその様子も映し出されている。
ネタバレになるので史実がどうだかは書かないが、このふたりの間では、アンの生前、そして死後にわたって続く壮絶な戦いが繰り広げられた。予告編ではアビゲイルがサラを頼って宮仕えの道を模索するが、実際このふたりはいとこ同士である。血が繋がっているだけに余計壮絶なふたりのバトルを、是非劇場で堪能してほしい。筆者も日本での封切りを今か今かと待ち望んでいる。
アンの死後はどうなったの?
先程アンがステュアート朝最後の女王であったと書いたが、この後は彼女のはとこでハノーファー選帝侯だったゲオルク・ルートヴィヒが継ぐことになった。ゲオルクはグレートブリテン王として即位するに当たり、名前を英語風に「ジョージ1世」と変え、ハノーヴァー朝(ハノーファーの英語読みがハノーヴァー)が始まることになる。ところが、ドイツ生まれの彼は英語が不得手であり、これがイギリスの責任内閣制の発展に寄与することになる。
ハノーヴァー朝の血筋はそのまま続いているが、ヴィクトリア朝が終わった後、サクス=コバーグ=ゴータ朝と名前を改める。更に第一次世界大戦中、イギリスはドイツと敵対したことから、ドイツ由来の名前を止めて、ウィンザー朝へと改称する。この名前は、王室所有のウィンザー城に由来するもので、現在のエリザベス2世はウィンザー朝第4代君主に相当する。
王位継承権を持っていたことからエリザベス1世に疎まれ、流浪の生活を余儀なくされたメアリー・ステュアートだが、息子を残したことから、その血筋が綿々と続いているのは面白い歴史の流れである。異なる時代を扱ったコスチュームプレイが2作公開となったことで、こんがらがっていた系図をきちんと整理できてよかったと思った。
興味の湧いた人向け
イギリスの歴史について興味が湧いた方はこちらをどうぞ。どちらかというと政治や産業に重きが置かれており、王朝についてはそんなに詳しくないかもしれないが、イギリスという国の歴史を俯瞰する上では良い本だと思う。
——ちょっと転記の仕方が古い印象があるが、内容としてはかなり充実していると思う
参考文献
- ブリタニカ国際大百科事典 小項目電子辞書版(2013)
- 改訂版 詳説世界史 山川出版社(2013)
190124追記) ヨルゴス・ランティモスインタビュー
映画.comでヨルゴス・ランティモスのインタビューが掲載されていたので追記。歴史上の話ですぐ調べられるからこそ、キャラクターに厚みを持たせなければと思った話や、時代物であるにもかかわらず話し方や立ち振る舞いを現代風のままにした理由などを語っていた。鑑賞前に見ておくともっと楽しめるはず!
関連:女王陛下のお気に入り / ヨルゴス・ランティモス / オリヴィア・コールマン / エマ・ストーン / レイチェル・ワイズ / フォックス・サーチライト / ふたりの女王 メアリーとエリザベス / シアーシャ・ローナン / マーゴット・ロビー