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COVID-19による5ヶ月の分断を越えて、仙台フィルの音色が戻ってきた

仙台フィルハーモニー管弦楽団 (仙台フィル、仙フィル) の第338回定期演奏会を聴いてきた。筆者にとっては2月の第334回以来。オーケストラにとっても、2月の第334回以来。そんな特別な1日だった。

仙台フィル第338回定演のパンフレット。青地のシンプルな背景に仙台フィルのロゴが浮かぶ
——"Make It Blue"キャンペーン*1に合わせ、パンフレットの表紙も青地
 

——今週のお題「2020年上半期」:仙台フィルの活動休止期間を振り返りつつ……

本日の曲目

ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第5番 変ホ長調 作品73「皇帝」

 

 

5ヶ月の分断を越えて

2月に第334回定期演奏会に行ったとき、街はまだこんな感じではなかった。マスク無しで外出するのは少し憚られるけれど、COVID-19の流行はまだ対岸の火事という印象だったからだ。因みに仙台でブリティッシュパブを起点にしたクラスターが発生するのは3月末のことである(河北新報)。

 

その後、全国規模の流行が始まり、最初に3月の第335回定期演奏会がキャンセルされた。お隣山形の山響を率いる飯森範親を指揮者に、前年の仙台国際音楽コンクールでヴァイオリン部門最高位となったシャノン・リーをソリストに迎え、ドビュッシーを中心に組み上げられたプログラムとなるはずだった*2パスカル・ヴェロから飯守泰次郎に常任指揮者が交代して以来*3、ドイツ音楽中心のプログラムを演奏してきた仙台フィルにとって*4、久々のフレンチ・プログラムとあってわくわくしていたのだが、結局聴くことは叶わなかった。因みに演奏予定だったドビュッシーの『海』は、パスカル・ヴェロによる指揮でCD化もされており、飯森がどのような解釈で演奏させるのか、比較してみたかったので大変残念である。

www.youtube.com - 定演がキャンセルされていた間、公式YouTubeにて過去の音源も公開されていた。他にもヴェロ指揮の『ラ・ヴァルス』などが聴ける

 

続いて緊急事態宣言中に、5月の第336回定期演奏会がキャンセルされた。4月28日以来宮城県内での新規感染者は絶えていたとはいえ、予定期日はゴールデンウィーク明けすぐだったし、色々な意味でしょうがない判断だったといえよう(緊急事態宣言解除が5月14日で、予定は15・16日)。この回の指揮者は常任指揮者・飯守泰次郎の予定だったが、飯守は常任指揮者就任後も体調不良を理由に何度か仙台フィルの公演をキャンセルしている。流石にこのような感染症が流行している状態で、無理をさせられるような人物ではない。また、チェロのソリストとして迎えるはずだったウェン=シン・ヤンの来日も難しい状況だったろうし、中止は当然のものと受け止めていた。

しかしながら、この演奏会では、ドヴォルザークの名曲であるチェロコンチェルトと、ベト7*5が取り上げられるはずだった。ドヴォのチェロコンチェルトは、ジャクリーヌ・デュ・プレの演奏を聴いて以来、筆者の中で特別な曲であり続けている。この曲を生で聴く機会を逸したことは今でも残念でならない。

www.youtube.com

その後、6月頭に行われる予定だった第337回定期演奏会も、いつの間にかキャンセルされていた。ピアニストの野平一郎が、自身が作曲した『静岡トリロジーII「終わりなき旅」』を引っ提げ、仙台フィルの名士揃いなソロ首席奏者たちと共演するはずだったのに、大変惜しいことである。加えてモーツァルト交響曲第38番『プラハ』も楽しみにしていたので、悲しいことである。

 

この間、仙台フィルは7月頭の山響とのジョイントコンサートに至るまで、全ての演奏活動を停止していた。間には子ども向けコンサートや、仙台以外で開かれる特別演奏会も挟まれていたが、それらも全て中止されていた格好である。(再開初回が第335回を率いるはずだった飯森範親による指揮というのも奇遇という感じがするが)……そして、今日という日*6を迎えた。

 

本来は、オリンピックを祝うはずだった

仙台フィルは通常、金曜夜のソワレと、土曜昼のマチネで定期演奏会を組み立てている。しかしながら、7月24日の公演は、金曜にもかかわらず15時からのマチネ公演である。これは、この日にTOKYO2020の開会式が設定されていたため、「日本中が待ち望んだオリンピック開幕の歴史的瞬間ですので、ぜひ皆さまとその感動を分かち合いたいと思います」(日程変更の葉書より)と称して、マチネの時間帯に前倒しされていたものだ。平たく言えば、みんな五輪の開会式を観たかったのである。仙フィルのこういうとこ好き。(笑)

 

曲目も五輪の開幕に合わせて、ロッシーニの歌劇「セミラーミデ」序曲、ベートーヴェンの「皇帝」、チャイコの「イタリア奇想曲」、レスピーギの「ローマの松」など、イタリア風味を添えつつ華やかなものにされていた。指揮者はイタリア人のヤデル・ビニャミーニ。これは、日本で開かれたサッカーW杯以来、イタリアと仙台が深い縁で結ばれていることに由来する(仙台はTOKYO2020でもイタリアのホストタウンになる予定だった)。ソリストには仙台出身で仙台国際音楽コンクール第3回優勝者の津田裕也を迎え、イタリアと仙台、それぞれから音楽で祝うような演目になるはずだったのである。

 

しかしながら、COVID-19の流行を受け、TOKYO2020は来年へと先延ばし。また、指揮者のビニャミーニも、イタリアからの来日が難しい状況となってしまった。加えて国のガイドライン上、収容人数はホールの最大用量の50%程度までと制限されてしまう。正直、これは行けなくても仕方ないかな……とよぎったくらいだった。結局行けたからこの記事を書いているのだが、3月定期がキャンセルされた時に買っておいてよかったな……と思う。

 

そこで、今日、7月24日

ビニャミーニが来日できなくなったため、急遽白羽の矢が立ったのが仙台フィル・レジデントコンダクターの高関健。仙台フィルとの共演回数は充分で、過去には飯守泰次郎が急病で降板した際の代役を務めたこともあり、ピンチヒッターとして場慣れしている人物でもある。高関は津田との共演である『皇帝』を残し、会場での密を避けるために(と本人がプレトークで喋っていた)、大編成でなくてもできるドヴォルザークの『新世界より』を新たな演目として選ぶことにした。プレトークでも触れられていたが、実はこの『新世界より』は、仙台フィル東日本大震災で活動休止に追い込まれた後、再集結して最初に演奏した曲でもある。そういう意味でも、"with Corona"の時代の再始動にこの曲を選んだのは正解だったのかもしれない。

 

津田のピアノは、軽やかで華やか

1曲目に演奏されたのは当初も予定されていたベートーヴェンの『皇帝』だった。津田は元々この曲を得意としていて、あちこちの演奏会でも弾いているが(筆者も実際2回目だったと思う)、相変わらず彼のピアノは軽やかで華やかだった。冒頭の有名な和音とピアノのカデンツァはある年代以上では『いきなり!黄金伝説。』を思い起こさせる有名なものである。

www.youtube.com - これはマウリツィオ・ポリーニが息子と共演したもの

元々日立システムズホール仙台(仙台市青年文化センター)はそこまで音響の悪いホールではないのだが(というかイズミティ21がコンサートに向いてなさすぎる)、津田の演奏は、カデンツァの粒が立っていて、「わたしもコンサートホールでピアノを弾いてみたいなあ」と思わせるほど気持ちの良いものだった。

オーケストラも久々の演奏に大分熱が入っており、弦楽器のTuttiでは、前へ前へという気持ちがはやっていたように思う。間隔を広くしたせいか、後ろのティンパニと前方の弦楽器でタイミングを合わせるのには苦労していた様子だが……

 

津田は第3回仙台国際音楽コンクール(2007年)でピアノ部門第1位となり、日本人ピアニストで初めて優勝の栄光を勝ち取った人物である。津田は仙台市出身でもあり、優勝は地元で熱狂的に取り上げられていたので、もう13年の月日が経っていることに驚きを隠せない。その後は2011年にミュンヘン国際コンクール特別賞を受賞し、現在は出身校の東京藝術大学で准教授として教鞭も執っている。ステージ上での立ち振る舞いも控えめな人物で、いつまで経ってもぼーやという印象のある津田だが(失礼)、演奏のきらめきはいつ観ても素晴らしいものがある。

——※このアルバムに『皇帝』は収められていません

www.youtube.com - 今日の発見「津田さん、髭伸ばしたらこんななんや」(もっはー)

『皇帝』のホルン客演首席に山岸博

今回の『皇帝』では、ホルンの客演首席に山岸博を迎えていた。山岸はケルン市立歌劇場管弦楽団で首席ホルン奏者を務めていたなど、ドイツ語圏内での経験も豊富な名奏者である。帰国後は長年読売日本交響楽団で演奏していた。

そんな山岸だが、ここ2年ほど、仙台フィル定期演奏会・各種演奏会で何度も客演首席を務めている。実は山岸の娘でオーボエ奏者の山岸亜貴は、仙台フィルクラリネット首席であるダビット・ヤジンスキーの妻である(息子の山岸リオが明かしているオーボエ吹きの姉というのがそれである)。彼の演奏は勿論大変素晴らしいのだが、「孫に会いに来たのかなあ〜」と思うとちょっと微笑ましい客演だ*7。今回も仙台フィルのホルン奏者大野晃平*8と素晴らしいハーモニーを奏でていた。

unterdenlindensendai.jp

管楽、ここまで吹けるのか? - 『新世界より

ソリストアンコールと休憩を挟み、2曲目に演奏されたのはドヴォルザークの『新世界より』。先述の通り、東日本大震災で活動休止に追い込まれた仙台フィルが復活公演に選んだ曲でもあり、オーケストラにとって大変縁の深い曲だ。この作品では、ホルン首席が仙台フィルの首席奏者須田一之に変わり、『皇帝』の2人態勢から4人のサウンドに。またトランペット1番が、森岡正典から浦田誠真に交代し、新旧首席の入れ替わりとなった*9。『皇帝』では出番の無かったチューバのピーター・リンクも登場し、自粛期間中に長く伸ばしていた髭を披露していた(笑)。

 

新世界より』は、各楽章の主題があまりに有名過ぎて、最早わざわざ解説も要らないほどの作品だが、意外にも筆者は通しで聴いたことが1度も無かった。改めて通しで全て聴いてみて、ドヴォルザークが単なる郷愁で書いたものではなく、アメリカに赴任して、当地の風を感じながら自由に筆を走らせた作品だったのだなと思う次第である。各楽章冒頭の主題が何度も変奏されていき、第4楽章でひとつの編み物として完成するさまを聴きながら、構成的にもかなり分かりやすい作品だなと感じた。

www.youtube.com - これはカラヤンの第4楽章。カラヤンなのにこれだけ早めに振るんだ……高関はもっと重厚に響かせていた。

特筆すべきは、第2楽章の冒頭で、「遠き山に日は落ちて」のメロディを雄弁に吹いたイングリッシュ・ホルンの木立至であろう。彼のイングリッシュ・ホルンは、同じオーボエパート*10の首席である西沢澄博に毎度絶賛させるほどの素晴らしい演奏である。木立さん、今日もすばらしゅうございました。

しかしながら、今回特に驚いたのは、金管を中心とした管楽チームが、いつも以上に粒の立った名演を見せていたことである。ハイトーンの伸びがあり、音圧の高い演奏に聞こえながら、耳に痛いというわけでなく、ホールの響きを最大限使ったよい響きであった。「密」に配慮して適度な間隔をとった結果、上手く働いたということなのかもしれない。自粛期間中に溜めていた力をここで最大限発揮したというような、よいソノリティであったと思う。あ、でもダビットはわりかし静かに演奏していたな……*11

 

弦楽も勿論素晴らしいのだが、中でもヴィオラセクションの音がいつもよりはっきり聞こえてとてもよかった。コントラバスのピチカートも、弦のしなりまで見えるような粒の立った音だったし、敢えて間隔を取ったことで、響きの形が見えやすくなったのかもしれない。

 

そしてこれはいつも思うことなのだが、ティンパニの竹内将也の演奏は、エネルギッシュなffから、繊細なppに至るまで、どの音量であっても実に素晴らしい。仙台フィルが竹内を擁すること自体賞賛に値すべきである。周りからの賞賛があっても控えめで前に出るのをよしとしない竹内だが、演奏ではティンパニの素晴らしさをこれでもかと表現している演奏者である。休み時間に、ティンパニを丁寧に磨いて、静かにチューニングしているさまも素敵なので、是非目を向けてほしいと思う。

 

終演後は拍手の嵐

仙台フィルの演奏は、いつでも拍手が鳴り止まないのだが(それだけ仙台フィルが地元に愛されているという証拠である)、今日はいつにまして長い拍手が送られた。終演後の「Bravo!」*12も禁止だったし、いつものお見送り*13も無いので、いつも以上に客の側も気合いが入っていたように思う。分散退場が呼びかけられたが、結局みんな楽団員たちがはけるまで拍手を続けていて、あまり上手く分散していなかったのもご愛敬である。逆に筆者の前の客などは手作りの「ブラボー」カードを用意していて、スタンディングオベーションまでしていて面白かった。

 

オーケストラの演奏終了後、1度はけた指揮者が再び壇上に上るときは、その日の演奏で名演を見せた人々を讃えるのが常である。第2楽章の「遠き山に日は落ちて」を吹いた木立、名演を見せた管楽の各パート陣、ティンパニの竹内などを讃えるのは当然ながら、今回の演奏会でデビューとなったパーカッションの新入団員:前田秀明にも彼を迎えるような拍手が送られていたのは、仙台フィルのアットホームな雰囲気を表すものだったと思う。

 

実は、復帰初回でした - クラリネット:下路詞子

プレゼントや手紙、終演後のお見送りも禁止だったので何も出来なかったが、実は今回の演奏会は、クラリネットの下路詞子にとって、フランス留学からの帰国後初回の定期演奏会だった。下路が武者修行のためフランスに旅立ったのは昨年9月。COVID-19の初報告は昨年の年末で、そこから春節を経てあれよあれよという間にヨーロッパへ広がっていき、フランスでも外出自粛令が敷かれるなど大変な日々だったはずだ(実際どこへ行くにも外出許可証が必要だったことなど明かしている)。思い描いていたものとは全く異なる留学生活だったに違いないが、フランスで感じ取った風を活かし、これからも仙台フィルでヤジンスキー・鈴木(雄大)と共にクラリネットセクションの豊かな音を紡いでいってほしいと思う。詞子さん、お帰りなさい! (留学生活の様子は、仙台フィル公式Twitterにて「#うたパリ」としてまとめられているので、こちらもご一読を)

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おしまい

大分熱く語ってしまったので、今回はここらでおしまい。2日目の公演は本日15時より、同じく青年文化センター・コンサートホールで行われる。仙台フィルも活動休止期間を経て資金的にかなり困っているはずなので、少しでも応援できればと思って、過去の演奏CDをここで紹介しておきたい。

5ヶ月の活動休止を経てやっと始動した仙台フィル次回の9月定期は、演目を大幅に変更するものの、実施の予定で話が進んでいる。常任指揮者・飯守泰次郎がタクトを振り、当初のベートーヴェン『ミサ・ソレムニス』から、3月定期で演奏を逸したベト7に変更される。また6月定期で初登場予定だった野平一郎がピアノ・ソリストとして登場し、こちらも6月定期で披露予定だったベトの『ピアノ協奏曲第4番』を披露する。奇遇ながら、ベトのピアノコンチェルト5番と4番が並べて演奏されることになった。

……制限は沢山あるけれど、やっぱりオーケストラの生音は最高だ!

関連:仙台フィルハーモニー管弦楽団 / 高関健 / 津田裕也 / ベートーヴェン / 皇帝 / ドヴォルザーク / 新世界より

*1:イギリス発祥のキャンペーンで、青いものを身に着けることにより、COVID-19流行下で診療にあたる医療従事者への心理的連帯を示そうというキャンペーン。仙台フィルでもこのキャンペーンに賛同し、譜面台にブルーのカーネーションが飾られたほか、ソリストの津田・指揮者の高関への花束がブルーのカーネーションで組まれた

*2:シャノン・リーにとっては、仙台国際音楽コンクールの副賞であった仙台フィルとの共演機会も失われてしまったことになる

*3:ヴェロは2006年から12年余り仙台フィルを率い、2018年に退任して飯守泰次郎が後任に就いた。現在ヴェロは桂冠指揮者の役職で楽団に名を残している

*4:フランス人でケベックのオーケストラを率いていた経験もあるヴェロは、自身のルーツでもあるフランスの音楽や、ガーシュウィンコープランドなどアメリカンも度々取り上げていた。一方の飯守は、日本人指揮者の重鎮らしく、ドイツ音楽をひとつの軸として取り上げている。今年はベートーヴェンの生誕250年、また武満徹の没後25年に当たり、ふたりの作曲家が多く取り上げられるはずだったのだ

*5:先述した通り、ベートーヴェン生誕250年企画の一環

*6:この記事は予約投稿していますが、実際には金曜公演を聴いてきた夜に書いています

*7:因みに亜貴氏はドイツ語が大変堪能で、家庭での会話もドイツ語中心だとか聞いたことがある

*8:ちなみに大野の父も元N響の首席奏者である→

www.sendaiphil.jp

*9:仙台フィルのトランペット首席は長年森岡が務めていたが、最近浦田へと交代している

*10:木立はイングリッシュ・ホルンオーボエの兼任契約である

*11:普段のダビットは楽器ぐるんぐるんでぶいぶいに吹いてくるアグレッシブな奏者である。かつてヴェロが組んだアメリカン・プログラムがNHK-FMで紹介された時、コリリアーノのCl.コンチェルトについて話す中で、コンミスの神谷に「いつもあそこまでやっていいのかと思うくらいなんですが(笑)」と言われていたほど(実話)。

*12:個人的には"Bravi!"だと思うが

*13:仙台フィルでは、定期演奏会や主催演奏会の後、楽団員たちが会場の外のロビーにて客をお見送りする習慣がある。この時にはファンから手紙やプレゼントを直接手渡ししたり、演奏の感想を伝えたりでき、ファンと楽団員の交流の場となっている

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