ちいさなねずみが映画を語る

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僕らの知らないシンカンセンでの大立ち回り - 映画『ブレット・トレイン』

伊坂幸太郎『マリアビートル』のハリウッド実写化作品『ブレット・トレイン』"Bullet Train"('22)を観てきた。杜の都出身で長年伊坂幸太郎作品を読み漁ってきた人間として、色々どうなるのだろうと思って楽しみにしていた作品だった。日本人として「いやまあ……」と思うところはそれなりあったが、端的に言えば、おバカなアクション映画としては面白かったのではないかと思う。

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この作品は伊坂幸太郎のれっきとした原作があるので、あまり物語の筋書きには話を向けないようにする。しかしながら、原作との対比という点で細々したところには水を向けるので、一応ネタバレ記事にしておこう。

 

!!! SPOILER ALERT! SPOILER ALERT! SPOILER ALERT! !!!
※新鮮な気持ちで『マリアビートル』『ブレット・トレイン』を楽しみたい方は引き返して下さい※

 

 

原作のお話 - 珍しく三部作になった伊坂作品のひとつ

映画版の話をする前に、ちょっと原作である『マリアビートル』に触れておこうと思う。2010年に発表されたこの作品は、2005年の長編『グラスホッパー』の続編であり、前作同様に多くの殺し屋たちの思惑が交錯するクライムアクションである。自作の中で登場人物にゆるい繋がりを持たせている伊坂作品において、明確なシリーズとして描かれたのはなかなかに珍しいケースであった*1。伊坂が『ブレット・トレイン』公開に当たって受けたインタビューによれば(以下カドブン)、前作『グラスホッパー』の書評が芳しくなかったために、悔しさがてら設定を踏襲して書いたのがこの続編なのだという。その後2017年に殺し屋シリーズ第3作『AX』を発表しており、珍しく三部作になった作品のど真ん中であった。ありがとう芳しくなかった書評たち……

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『ブレット・トレイン』は明らかに東海道新幹線をモデルにした超高速列車が爆速で駆け抜けていくが、伊坂の原作は盛岡停まりのはやて(東北新幹線)という何ともディープな路線が舞台だ*2。東北人としては、どんどんみちのくに入って行くからこその哀愁があるのが原作の良さだとも思うのだが、その辺はカドブンのインタビューで伊坂も残念そうにしているので目をつぶっておこう。

 

カドブンのインタビューによれば、今回の作品は、まず伊坂作品のハリウッド映画化という目標があって、そこから日本で映画化されていないものを選び、英語圏で出版したという流れなのだという。その結果、原作も英推理作家協会賞にノミネートされたわけであるが、これを機会に伊坂作品の面白さが世界でもっともっと広まればと思う。

 

 

この先はどんどんネタバレしていきまーす。

 

ステインアライブで笑かすな

のっけからそれかい、と言われそうな気もするが、もう最初にビージーズの "Stayin’ Alive" が流れてきた時点でくすくす笑い出してしまった。期待しすぎて予告編すらシャットアウトしていたので、劇場でお初にお目に掛かった分余計に面白かったのだと思う。おまけに筆者はよく調教された『SHERLOCK』ファンなので、葬式中に大音量で流れるこの曲を想像してどんどん面白くなってしまう*3(今調べたら歌ってるのは女王蜂のアヴちゃんらしい)。本編もそうだが、ジャパニーズとアメリカーナがちょいちょい交差してくる作りになっている。そう言えば今日のうたコンで麻倉未稀が代表曲『ヒーロー』を熱唱していたが、中盤で登場するこの曲も、元はと言えば英語の原曲を翻訳したものなのだった。

——『ヒーロー』ほしいなあと思ったけど、サントラ買うか(入ってるらしい)*4

 

ポップでロックなミュージックをガンガンに流しながらアクション映画を進めていくというのは結構定石ではあるものの*5、この作品を手掛けたのが『デッドプール2』や『ジョン・ウィック』シリーズのデイヴィッド・リーチということを考えれば、然もありなんという気はする。タイトル回収のような最終シーンへ向かう立ち回り*6は、明らかに『デッドプール2』でデップーとケーブルが見せた大立ち回りのシーンと酷似している。

 

ガンガンにポップでロックなミュージックが流れていくのと、次の項で触れるネオニッポンの描写を観ながら、伊坂ファンとしては「あーこれはもうギャグ漫画としてガンガンに楽しんでいくやつだ!」という気持ちになれたのは良かった。後ろの方でも触れるが、伊坂作品はひたすらにボブ・ディランとかビートルズとかをこすっていく作風で、中途半端な都会・仙台が主な舞台な分*7、もっと牧歌的な雰囲気が漂っている。伊坂はかねてより、映画化は自分の手を離れているので最早違う作品(なのであまり関与しない)、ということを公言しているが、この作品はその最たる物なのかな、と思った。

 

米原駅以外何も合ってないネオニッポン

ある意味賛否両論になりそうなのがこのネオニッポンの描写だと思う。筆者が楽しみながらもモヤモヤしたのもここであった。当の伊坂はインタビューで、制作側もわざとネオニッポンにしていると述べているのだが。

"ちなみに正直なところ、僕自身は、「ハリウッド映画で描かれる、違っている日本」というのが少し苦手だったんですよね。理解されていないのかなあ、と寂しくなっちゃいますし。ただ、今回、分かったんですけど、当然、映画制作側も、「これが日本だ」と思っているわけではないんですよね。

情報化社会ですし、さすがに、日本に来たことがある人も多いですし、映画の中で日本のトイレが印象的に登場するみたいに(笑)、いろいろ知っているんですけど、ただ、あくまでもフィクションの世界の舞台として、全部でっち上げているんだなあ、と分かりました"

"フィクションはあくまでもフィクションなので、だから、まったく違う、架空の世界だと考えてほしい、とは強く思っていましたので、こうして、現実とは違う、時代設定もよく分からない、「日本っぽさのある架空の国」「架空のお話」みたいな雰囲気になったことで、現実と重なりにくくなっていますので、これはすごくホッとしました。
 とはいえ、もちろん、「日本がこんな風に描かれるなんて」とつらい気持ちになっちゃう人もいると思いますし、そういう方には申し訳ないなあ、という気持ちなんですが"

——伊坂幸太郎「ブレット・トレイン」インタビュー 「想像以上に、小説のアイディアを使ってくれていることに驚きました」 | カドブン ※強調筆者追加

 

原作『マリアビートル』の良さは、どんどん田舎へ向かう北行きの東北新幹線で、殺し屋たちが静かに激しく殺し合っているという、明らかな状況のミスマッチであった。センダイシティなんて世界にはまるで知られていないので、どうやら東海道新幹線らしい舞台への変更は異論なしだが、舞台変更と同時にこのアンマッチさもどこかへ行ってしまったのは少し残念なところだ。

 

筆者が一番残念に思ったのは、冒頭レディバグ(演:ブラッド・ピット)がシンカンセンに乗り込むところで登場する東京の街や東京駅の描写である。辰野金吾の代表作である美しい丸の内駅舎は映らず、代わりに登場するのはサイバーパンクなネオ東京駅だ。COVID-19のせいで日本ロケが全く適わなかったそうなので、仕方ない部分も多分にあるとは思う。それでも、ネオン輝く歓楽街を映し、サイバーパンクな東京駅を登場させる冒頭には、「ああ、『ブレードランナー』の頃から日本の認識はまるで変わっていないのだな、」と悲しい気分になってしまった。作中の東京や高速列車の描写は、何となく『ブレードランナー』の繁華街であるとか、『ベイマックス』のサンフランソウキョウ*8に似たようなものを感じさせる。

 

その一方で、終着・京都駅へド派手に到着するシーンでは、あれほどの高速列車なのに駅のすぐ脇にまるで温泉街のようにのどかな土産物店が並び、すぐ後ろに五重塔が写り込んでいる。これもまた京都の「よくある」イメージのひとつであって、海外向けの分かりやすさ、という点はよいのだが。

公開当初から言われた「米原駅以外何も合ってない」とは実に言い得て妙だなあと思う。これはこれで「あーこれはネオニッポンだそうなんだ〜」と割り切れる材料ではあったが、後述の人物描写と重なって、アジアの認識なんてそんなもんか、という気にさせられてしまったのは事実であった。

 

ホワイトウォッシングとかその前に

この作品がハリウッド映画化される、おまけに主人公はブラッド・ピットらしい、という時点で、原作とは大きく異なった多人種ストーリーになるのは分かっていたことだった。キャストの多様性を深めるために檸檬と蜜柑が白人と黒人の双子になっていたりとか、原作では少ない女性キャラを増やすためか王子がかわかわ女子高生ジョーイ・キングちゃんになったりしているが、まあそれはそうでしょう、と思う。

問題なのは、ネオニッポンもさることながら、日本人配役の割に、その描写があまりにステレオタイプだということだ。あれだけのキャリアがありながら『アベンジャーズ/エンドゲーム』であっさり殺されてしまうような真田広之がメインキャストなのを褒め称えるべきか? この世の中においてそれはあまりに低レベルなゴールではないだろうか。いや勿論、アジア系俳優の活躍の場は旧来ほとんど与えられてこなかったのではあるが。だからこそ『クレイジー・リッチ!』が賞賛されたのであるが。

真田の演じる役は明らかに映画界で言われる「武道の老師」"Elderly martial arts master"(jawp)だろう。手負いながら「亀の甲より年の功」で見事な戦闘を見せる姿は、いかにも、いかにも……だ。作中の任侠集団描写も「ぼくの考えた最強のYAKUZA」の域を出ない*9。もうひとつ言うならば、マイケル・シャノンの役だって、いわゆるスパイ映画のラスボスでよくあるような設定だった。その割にはシャノンの国籍もルーツもまるで合っていない……(ネタバレを避けるため砂を噛むような記述にしている)。

www.huffingtonpost.jp - 真田広之のインタビュー:家族としての心はよかったとは思うが……

 

個人的に一番残念だったのは、福原かれんが演じた乗務員である。あそこでレディバグとタンジェリン(蜜柑)が勝手に入り込んで話していて、あんなににこやかに応対する日本人女性などいないだろう。寧ろ「お客様困りますゥ!」とあわあわするくらいが丁度良いと思う(その点ではマシ・オカ演じた車掌の役はとても良かった)*10。そもそも保安要員であるし、『スーサイド・スクワッド』で見事なアクションを見せた福原なのだから、あのふたりをつまみ出すような動きをしてくれてもよいと思う。そもそも(そもそもが重なっているが)、既に実力充分な福原かれんあんなちょい役でいい訳がない

 

この辺の文句は「いやネオニッポンなので……」とか、伊坂の言う「全部でっち上げている」という言葉で解決されてしまうが、アジア系俳優がやっとこさ活躍できるようになってきたところで、元々の設定を大きく変えて明らかな多国籍にしているのだから、もう少し配慮があってもよかったのではないかと思う。ここは少し残念。

その点ではブラピは完全なる正解

その上で、主演であるレディバグに戻る。世界の憧れブラピが何しても不運な七尾を演じられるなんて無理でしょうって? いえ、大正解でした。よくよく考えれば、タランティーノの『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』で各地の助演男優賞を総なめにしたのだから、冴えない男を演じるのだってお手の物であった。原作の七尾も如何にも伊坂作品らしいキャラクターであるが、今回のレディバグも、作中で最も伊坂作品らしいキャラクターだと思う。

 

原作の檸檬と蜜柑も大好きなので、ブライアン・タイリー・ヘンリーとアーロン・テイラー・ジョンソンが演じた双子の造型は良かった。ふたりがこれでもかというくらいのコクニー・アクセントで喋っていて、おまけにそれが安心と信頼の松浦美奈訳で見事に表現されているのが面白かった(字幕上は蜜柑の方がよりコクニーらしかった)。よりスノッブなタンジェリン(蜜柑)を演じる上で、乱暴なのにところどころイギリス人仕草を出してくるテイラー・ジョンソンは流石である。ふたりのアクションは多少やり過ぎな感が強かったが(特にタンジェリン)、デイヴィッド・リーチ作だし、そもそもおバカなアクション映画なので、これでよいだろう。

uk.movies.yahoo.com - タイリー・ヘンリー(米国人)はテイラー・ジョンソン(英国人)をshadowingしていたらしい

www.youtube.com - コックニーってこんなやつです

ここからは本当に個人的な感想の垂れ流しなのだが、実に伊坂作品らしい「きかんしゃトーマス」のくだりが丸々使われていたのには驚嘆した。伊坂は主要人物間でアイコニックな符牒を使用するのが常套手段だが、『マリアビートル』で登場した「きかんしゃトーマス」のくだりはまさにその極みである(恐らくは伊坂の息子が執筆当初観ているお年頃だったのだろう)。そういう意味で、トーマスにこだわって蜜柑に呆れられ、挙げ句小さく畳んだキャラクターシールをいつも持ち歩いているという檸檬の姿を、タイリー・ヘンリーは実によく演じていた。原作で好きなシーンだからこそ、ハリウッドでもここは使おうと思われたのが嬉しい限りである。

 

伊坂作品らしさが色濃く残るふたり

伊坂は元々うっかり巻き込まれてしまった市井の人を描くのが得意である。例えば『ゴールデンスランバー』の青柳とか。今作で言えば七尾/レディバグがそれに相当するのだろう。

また、伊坂作品では、世間的には満たされているのだが、どこかうじうじとした人物がよく登場する。有り体に言えばリア充陰キャといったところだ。仕事の腕はピカイチながら、トーマスの話にこだわって相方に呆れられる檸檬/レモンの姿は、そういう意味では伊坂作品らしいキャラクターだと思う。

 

ふたりのストーリーに共通ではあるが、細かいネタが後から回収されるところは実に伊坂作品らしいと感じた。作品を感じていて何となく感じる「細かさ」が、英語圏でも作品の特徴として捉えられている証拠なのだろうなあと思って、そこは素直に嬉しいところである。

 

おバカなアクション映画と割り切って観たら楽しかった

こんだけ散々書いたけども、ハリウッド翻案されたおバカなアクション映画と割り切って観たらそれなり楽しかった。観に行く前は「七尾がクソ不運なのと『きかんしゃトーマス』が大事なのしか覚えてない……」という感じだったが、多分それくらいの知識で観に行って丁度いいくらいだと思う。僕らの知らないシンカンセンの中で多国籍殺し屋ズが大立ち回りする展開なので、現地語が分かる我々としては字幕版で観に行くのをおすすめしたい(その方が作中の世界観そのままになる気がする)。吹替版もよいのだが、「真田広之も吹替なんかい!!!」と思わずツッコんでしまった*11

 

作品の公開に合わせて、制作の裏側に迫るアートブックが出ているようだ。人物造型なども深掘りされているようなので、興味のある方は是非。

 

ハリウッド作品として大胆にアレンジされた本作だが、そう言えば原作『マリアビートル』も大筋しか覚えていないので、機会があれば読み返したいと思う。読書のお供にはレディバグが何とも旨そうに食べていたわさび豆を添えて、「これを日本で映画化するなら誰がいいかな……」という邪推も一緒に…… (※七尾が西島秀俊で王子が寺田心とか観たくありませんか?)

 

関連:ブレット・トレイン / ブラッド・ピット / 伊坂幸太郎 / デイヴィッド・リーチ

*1:この他にも『陽気なギャング』シリーズ、『死神の精度』に続編があるが、その他は多くが単発作品である。登場人物のゆるい繋がりに関してはファンブックなどに詳しいので紙幅を譲りたい☞

*2:新高速路線はやぶさの登場で消滅してしまったが、かつては各駅停車のやまびこに対する仙台経由の高速路線として君臨していた。現在も盛岡駅以北で運行されているものの、『マリアビートル』作中のような東京→仙台→盛岡路線は消滅している。なお、北行するはやてには仙台停まり、盛岡停まり、青森行きの3種類があったが、このうち盛岡停まりは、ここから秋田新幹線を分岐する隠れたハブ駅でもある

*3:分からない人は『SHERLOCK』をS2E1まで観て、裏話インタビューを探してください☞

個人的にはAHAのbystander CPR啓蒙CMで使われていたのもあってウケてしまう

*4:どうでもいいが個人的にウケたのはカルメン・マキの『時には母のない子のように』という選曲であって、しっかり入ってて面白い

*5:例えば『ショーン・オブ・ザ・デッド』に始まるエドガー・ライト作品とか、MCUの『アントマン』ならびにGotGとか

*6:【大ネタバレ】          最終シーンのド派手な終わり方を観て、ああ、そういうわけで "Bullet train/弾丸列車"だったのだな、と思った。ちなみに原作の東北新幹線は田舎の可愛い列車なのであんなオチにはならない。

*7:仙台市民は仙台が大好きですが、こそばゆいのですぐディスります。の割に外様にディスられるとめっちゃ怒ります。そういうものだと思ってください

*8:サンフランシスコと東京を合わせた架空の街。主人公ヒロの出身地。

ベイマックス (字幕版)

*9:ま、それ言ったら我々のイタリアマフィアのイメージも大概なのだろうが

*10:個人的には、運転席のシーンで「ウワァ何でこんな人入ってくるの聞いてないよォ」と慌てる運転手とか見たかったけど、その辺はかなりジャパニーズな感覚なのだろう

*11:恐らくは真田の英語台詞を吹き替えるのに彼をキャスティングするほどの予算が無かったのだろうが……

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