ちいさなねずみが映画を語る

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連ドラくらいが丁度良かったのではないだろうか - 映画『異動辞令は音楽隊!』

相変わらず観たい作品があると平気ではしご映画する生活なのだが(何なら連ドラとか録画しておいて2日くらいで一気観するのが好きだ)、『ブレット・トレイン』とはしごして、『異動辞令は音楽隊!』('22)を観てきた。阿部寛演じる刑事一徹30年の男が、度重なる悪行の末に警察音楽隊に左遷されて、、、という話である。阿部寛がはまり役だろうなと思ったのと、吹奏楽経験者だったのもあって楽しみに観に行ったものの、正直に言うとあんまり嵌まらなかった。この辺は個人的な経験のせいなので、さっ引いて読んで下さい。

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あらすじ

刑事一徹30年の成瀬(演:阿部寛)は、事件解決のためならば恫喝や暴行も厭わない昔気質の警察官である。時代の流れに取り残されていることにも気付かず、妻は出て行くに任せて老いた母と生活する成瀬だが、ある日あまりの悪行に警察音楽隊へと左遷されてしまう。県内で起こるアポ電強盗捜査中の左遷に戸惑い、現実を受け入れられない成瀬だが、音楽隊での日々は少しずつ彼の姿勢を変えていくのだった……

 

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※この先には物語の核心に触れる記載の可能性があります※

 

 

ある意味ベタな設定ではある

まあ、ある意味ベタな設定ではある。冒頭の成瀬の暴言ぶりから、逆にラストがどうなるのかも想像はできる。展開としては特に想定外のことが起こるわけでもない。阿部寛が当たり役なのも想定の範疇ではある。恫喝する阿部寛を観るのは楽しかったし流石の名演でもあった。阿部寛自身は音楽が全くの初体験だったのでかなり戸惑ったとはいうが、それでもああやって吹替無しに演奏しているのは、流石だと思う。

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ところでキャスト陣の演奏に関して、「吹替無しの演奏!」と喧伝されていたが、少し事情は異なっている。作中の音楽は日本三大吹奏楽団のひとつシエナ・ウインド・オーケストラが務めていて、キャスト陣はこの音源に合わせて演技吹替無しで撮影を行った(音楽監督・小林洋平のインタビュー談)。とはいえキャスト陣も猛練習し、音源に合わせて実際に演奏しながら撮影したとはいうが(清野菜名は "In the Mood" のソロを吹きこなしたそう、またパーカスは吹き真似ができないので阿部寛らは見事だ)、折角シエナが噛んでいるのだから、シエナが噛んでるのはもっと宣伝していいと思うの!!!!!!*1

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ま、この辺をさっ引いても、アテレコなし!という点では言わずと知れた『スウィングガールズ』('04)があるので、目新しくはないのだが……

 

個人的に嵌まらなかったところ

以下ネタバレ続きます。☞

1. そんなにいじめなくていいし、許されなくていい

これを言ったら話が始まらないとは思うのだが、でも、気になってしまったので。

 

今作は音楽隊勤務という左遷を経て、これまで奔放で強引かつ暴力的な刑事生活だった主人公が、人間的に成長する、という筋書きになっている。その分、冒頭の成瀬は酷く暴力的で、被疑者や部下を殴りつけることに躊躇は無いし、おまけに現場に出ない会議は無駄だと思っている。阿部寛の演技は流石だ。

しかしながら、成瀬の挙動にしろ、その後の左遷に関する元同僚達の反応にしろ*2、そんなにいじめなくていい、というのが連続する。確かに人物像としての変化量を際立たせる効果はあるのだが、2時間の映画で更生を描くには、元の成瀬がやんちゃ過ぎる。あの歳までああやって生きてきた刑事は、映画の尺では全く更生しないと思う。そのくらい阿部寛のやんちゃ刑事演技が上手すぎる。

 

ともあれ音楽隊の活動を通じて成瀬は更生し、その中で彼は疎遠だった娘・法子(演:見上愛)、またかつて苛めた相棒で部下の坂本(演:磯村勇斗)から赦しを得る。大変申し訳ないが、冒頭の成瀬が奔放過ぎて、映画の尺で赦しを得られるとはとても思えない。

別に部下は謝らなくていい。成瀬は許されなくていい。そもそも坂本は最後に先導をするな。

笑い話に持って行きたかったが、人並みにいじめられた経験のある筆者にとって、いじめっ子だったけれど更生しましたはいごめんなさい、というのが、どうにも虫の良い話だなと思ってしまう。同じ話であっても、人物像を丁寧に描けば違和感は払拭できると思うが、それには映画の2時間という尺は短すぎる。映画に収めたいならば冒頭の成瀬はやんちゃ過ぎるし、あの成瀬ならば連ドラでゆっくり描いた方が余程説得力があった。

 

何より、成瀬が冒頭働いていた悪行は、警察官であったとしても許されない蛮行である*3。たとえ音楽隊で更生した彼の演奏に感動したとしても、坂本は成瀬の仕打ちに耐えかねて密告したことを謝罪する必要はない。「相棒だった成瀬さんの仕打ちは許せませんが、悔しいけど音楽隊で演奏する成瀬さんには感動させられました」くらい言っていい。また犯人確保に功があったとしても、定演に送れそうな音楽隊を送り届けるのに成瀬と同じ行動をしてはならない。「確保バズり」するくらいなら、パトランプのくだりは延長戦でついでに燃えそうな気がしてならない。公務員とか医療関係者への目は世間が思う以上に冷たいので。

 

2. 悪いがあんなには上達しないのだ

これもまたツッコむと映画が成り立たないと言われそうなのだが、吹奏楽経験者、それも下手クソバンド出身としては、ツッコまずにはいられない。

 

映画の時系列はよく分からないのだが(初めの方何月か見損ねてすみません)、成瀬の娘が文化祭に出て、連続アポ電強盗が数件起きて解決して、音楽隊が秋の定演に、ということを考えると、せいぜい夏から秋にかけての数ヶ月の物語であると推察される。学生バンドに置き換えると、夏コン(全日本吹奏楽コンクール)の地方大会からバンドが代替わりして(弱小バンドなので上位大会になど行けない)、秋辺りにある各種文化祭や地域のお祭りに出るくらいの期間だと思うが、まーーーーーーーーあの状態のバンドがあそこまで上手くなるわけがない。残念なことに実体験として言える(物凄く悲しいが)。

モチベーション低いが部活なので何とかやっている学生バンドだって、あの半分くらいしか上手くならないのだ。ましてや成瀬以外のほぼ全員が兼任で、左遷と見なされてモチベーションの上がらない音楽隊なら尚更上手くなるわけがない。成瀬がやってきても決して起爆剤にはならない。

 

作中『宝島』という吹奏楽経験者なら誰もが知る名曲が使われている*4。この曲は元々インストバンドT-SQUAREが1986年に発表した曲だが、ニュー・サウンズ・イン・ブラス1991年版に真島俊夫による編曲版が収録されてから*5吹奏楽の名曲として定着したものだ(この解説記事が分かりやすかった☞『宝島』~吹奏楽ポップスの頂点に君臨する名曲~ - suibaka.com)。吹奏楽経験者なら誰でも憧れる1曲だが、実はこの曲、まあまあ難しい*6。実際ヤマハの楽譜販売ページでも「中上級」と書かれている。あんな惨状だった音楽隊が易々と吹ける曲ではない。

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宝島は吹奏楽をかじった人間の心をくすぐる曲なので、あのシーンでまた吹奏楽やりたいなあとうるっときたのは事実だが……今思えば、音楽隊が1曲1曲を習得していく様子を描いてもそれはまた面白かったのかもしれない。

 

3. 楽器の扱い

よく「相手のこの食べ方が無理だった」と言って破局に陥るシーンはあるけれど、筆者にとっては楽器の扱いがそれなのかもしれない。いくらフィクションとはいえ何か無理だった。自分も不注意で楽器を痛めたことがあるので余計辛いのだろう。

 

この作品では音楽に疎かった主人公と、その暴力性を描くために、何箇所か楽器が無粋に扱われるシーンがある。楽譜が飛ばされたことにパニックでドラムセットをがちゃがちゃと倒すシーンはまだ許せる。倉庫で見つけた和太鼓を怒りに任せて投げ捨てるシーンは、成瀬の暴力性としてはよいのだが、すゑひろがりずすらぷんぷんに言われているのに、と思ってしまう*7*8

 

個人的に1番辛かったのが、街で会った娘・法子(演:見上愛)を呼び止めてうっかり引き倒すシーンである。文化祭帰りだった法子は、バイト代を貯めて買ったギターを引き倒されて激怒する。……いくら成瀬が無粋なうっかりさんでも、あそこまで見事に引き倒したりしなくないか……? こんなシーンがあった割に、法子と成瀬は意外にあっさりと和解して、セッションしたり、音楽隊の定演を聞きに来る仲になる。後者はさておき、あんなことをされたら、セッションするのだって嫌なくらい父を嫌悪しかねないと思うのだが、何だかその辺は成瀬に甘い脚本になっているのだった。

——同じセッションならこれくらい厳しくやれよ(違う)*9

唯一許さない人が、唯一諦める人なのだ

この脚本は成瀬に甘いとは書いたが、警察音楽隊でトランペットを吹く春子(演:清野菜名)は、唯一成瀬を嫌悪して許さないキャラクターだ。音大卒で周囲とモチベーションも違えば、警察組織の中でミソジニーじみた仕打ちも受けており、鬱屈とした感情を抱いているというのが彼女の背景だった。左遷を認められず暴れ倒す成瀬に対して、真っ直ぐな意見をぶつけるのも彼女である。こうやって成瀬の仕打ちを許さないキャラクターがいるというのは、この映画にとってはひとつ救いだと思う。

 

春子は今作の中で、シングルマザーとして子育てをしながら音楽隊と交通隊を兼任していく難しさにひどく悩み続ける。最終的に彼女は、音楽隊の定演を前に除隊願を出し、音楽の道を諦めてしまうのだが、、、この筋書きは果たして本編に要ったのだろうか? 弱い女性が本来の望みを諦めてしまう筋書きが必要だったのだろうか?

 

前段で様々書いてきたが、この作品が嵌まらなかった理由として決定的だったのが、メインキャラクターとして登場してきた春子のこの展開だった。春子は音楽隊の他のメンバーと違い、音大まで進んでずっと音楽をやってきた、そういう人物である。警察に入ってから楽器をぽんと渡されたメンバーとは違い、トランペットという自分の楽器に長く向き合ってきた人物であった。そんな彼女が、物語の最終盤で、今まで何とかこなしてきた両立を突然諦め、ひっそりと音楽隊を去って行く。そうした筋書きも、音楽隊による被疑者確保と定演の様子で包み隠される……

 

題材が題材であったため、今作では警察組織の男性性がフィクションとしてかなり強調されている。刑事一徹の男が音楽隊に飛ばされればやあいと詰られるし、違反切符を切る春子が婦警のくせにと言わんばかりに責め立てられるシーンもあった(彼女は毅然と対応しているが)。そんな中で、悪行三昧だった男性性の塊である成瀬が音楽を機に更生し、他方シングルマザーという「弱い女性」の象徴らしく描かれている春子が両立を諦める。そもそも女性蔑視的な組織のさま、として描いているのに、この結末はなんということだろう。全体に成瀬へ甘過ぎるし、春子へは世知辛過ぎる

 

普段こういう批評は意図的に避けているが*10、フィクションとして警察組織の男性性をあれだけ強調するのならば、待遇対偶にある女性の描き方は、かなり注意しないと議論の的になってしまう。今作では色々と女性キャラクターを登場させたようで、いずれも何か添え物になってしまったような感じがした。何より、唯一成瀬を許さない春子が、生き甲斐にしていた音楽を諦める唯一の人、という筋書きなのが世知辛い。

 

連ドラくらいが丁度良かったのはないだろうか

ここまでうだうだと文句を垂れ流してきたが、1番に思ったのは、「この題材を描くのならば、圧倒的に時間が足りない」ということだった。成瀬の変化を描くにしても、下手クソバンドだった音楽隊の成長を描くにも、映画の尺は短すぎる。恐らくは、1話で1曲ずつ取り上げる形にして、音楽隊が1曲ずつ習得していく筋書きにしながら、成瀬が少しずつ変化していくさまを描いた方が収まりがよかっただろう。それに裏のプロットであるアポ電強盗事件を絡め、1クールで解決するという流れにすれば、本編+スペシャルドラマくらいはいけたはずだ。やっぱり連ドラくらいが丁度良かったのではないだろうか。

 

とはいえ、各種映画レビューサイトを見ると、この作品は概ね高評価のようだ。かくいう筆者も「吹奏楽またやりたいなあ」という気持ちになったのは事実である。感じ悪い阿部寛と猛練習した彼のドラムを観に足を運んでもよいと思う。先述の通り作中の音楽は日本三大吹奏楽団のひとつシエナ・ウインド・オーケストラが担当しているので、そちらにも是非注目を……! オリジナル脚本ということでノベライズも出ているようだ。

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関連:異動辞令は音楽隊! / 阿部寛 / 内田英治 / 清野菜名

*1:シエナは1990年創設、2002年からは佐渡裕が首席指揮者を務める吹奏楽の名門のひとつ。東京佼成ウィンドオーケストラ; TKWO、大阪市音楽団(市音/しおん)と並び、日本三大吹奏楽団と讃えられる。

*2:吹奏楽経験者としては音楽なんて、と言われるのはやや胸が痛い。やあい成瀬と言われて然るべき行動はしているのだが、あんなに「音楽隊なんて左遷だぜ」と言わせなくたっていいと思う、、、(個人的な話だが志望科を結構否定されるので、誰かの仕事が否定されているという描写がちょっと苦手だ)。

*3:コンプラだか何だか知らんが!」と成瀬は息巻いていたが、ああいう人はね、「コンプライアンス」なんて言葉も知らず悪行を重ねるんですよ。どうでもいいけど。

*4:因みに作中曲は『ボギー大佐』とか『イン・ザ・ムード』とか全体的にベタなのだが、非経験者にも耳馴染みがあって分かりやすいという点ではよいと思う

*5:「ニュー・サウンズ・イン・ブラス」(NSB)は1972年以来毎年発表されていた吹奏楽のアレンジアルバム。毎年のヒットソングのアレンジや名曲アレンジ、はたまた有名作曲家のヒットソングメドレーなどを収録し、40年近くに渡って刊行されたシリーズであった。真島俊夫はその中でも中心的なアレンジャーのひとりであり、彼の編曲策も数多く収録されている。ヤマハ楽器ユニバーサルミュージックジャパンのウェブサイトを見ると、コロナ禍に突入した2020年版を最後に新作は刊行されていないようで残念だが、、、かつて刊行されたベストアルバムだけでも、吹奏楽経験者には「これこれ!」という曲ばかりである。

*6:パーカッションが光る名曲だが、サンバのリズムのノリが掴めないと演奏が難しい。またサックスやトランペットを中心にハイトーンのソロが連続しており、ある程度熟練したバンドでないと手を伸ばせない曲である。みんな憧れるが吹けるようになるまでの道は遠い

*7:勿論『タモリ倶楽部』の取り上げられ方はギャグなのだが、うっかり小鼓枕にして寝ちゃうエピソードは流石に「やばし」だと思います(笑)。

www.youtube.com - 何なら小鼓持ちでHAND CLAPしちゃうからな

*8:そう言えば和太鼓は雨の日に投げ捨てられた割にしれっと再登場していたが誰が回収したのだろう……

*9:『セッション』の原題は"Whiplash"「鞭打ち」だし、チャゼルがマイルズ・テラーにきつく当たりすぎて『ラ・ラ・ランド』の主演を断られたという噂がまことしやかに立つのがすき(実際はスケジュール問題だったようだが、そういう噂が信じられるくらいテラーへきつい演技指導をしていた)。テラーが「あんな経験2度としたくない」と発言したとか言われていたが、最新作の『トップガン マーヴェリック』を観る限り、テラーはああいう壮絶な役作り、多分嫌いじゃない。(笑)

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*10:男女平等というより、優秀な人が性別にかかわらず登用されたりとか、妊娠・出産・育児に関して男女関係無く配慮されたりが当然になってほしいと考えているので……

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