先日『アナと世界の終わり』"Anna And The Apocalypse"('17)を観てきた。ネタバレ回避のあまり砂を噛むようになってしまった紹介記事で、筆者はこの作品についてこんな風に紹介しながら、ライアン・ゴスリングへの偏愛だけ解説して残りふたつは放置してしまった。これも何も、『アナと世界の終わり』の制作陣があまりにゾンビ映画好きで、「誰がそんなところまで拾うねん」という細かいネタまで盛り込んでいたことにあるのだが……
そう言えばこの作品、ある雑誌では「『ショーン・オブ・ザ・デッド』meets『ラ・ラ・ランド』」と評されていたが、全編にわたって溢れていたのは、クリスマス、『ショーン・オブ・ザ・デッド』の小ネタ、そしてライアン・ゴスリングへの偏愛だった……
ライアン・ゴズリングは死んでてもイケてるぜ - 映画『アナと世界の終わり』 - ちいさなねずみが映画を語る
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……というわけで、今回の記事では『ショーン・オブ・ザ・デッド』のネタバレ全開に、『アナと世界の終わり』の小ネタ集を大特集! みんなジェネオン版ディスクを用意して*1突撃だー!
そう言えば『アナと世界の終わり』って、どう見ても「アナ雪」のぱくりっぽい邦題なのに、実はこっちの方が原題に忠実って面白いよね……("Anna and The Apocalypse"と"Frozen")。
- クリスマスを楽しもうぜ——イギリス流ゾンビクリスマスの楽しみ方
- おペグちゃんもびっくり、『ショーン・オブ・ザ・デッド』への偏愛
- 誰がそんなところまで見てるねん - SOTD裏設定からの引用
- おしまいに
クリスマスを楽しもうぜ——イギリス流ゾンビクリスマスの楽しみ方
本作の舞台設定はイギリスの片田舎のクリスマスシーズン。そういうわけで本編にもそこかしこにクリスマスらしいものが溢れている。勿論、サンタや雪だるまというメジャーなものもあるのだが、イギリスらしい絶妙なセンスのものまであってなかなか面白い。
イギリスのクリスマスと言えば、アグリーセーター
美術学校に行きたい割にファッションセンスが微妙な、アナの親友にしてバイト仲間のジョン。彼が「今日はクリスマスだぜ!」と言いつつアナに見せびらかしているのが、何故か電飾付きのクリスマスツリー柄セーターである。余談だが、このどうでもよさそうな設定が、作品の終盤で思いっきり伏線回収になっていて大変面白かった。
イギリスのクリスマスを彩るこのダサセーターの名前は「アグリーセーター」(ugly sweater)。クリスマスらしいものをあしらいながら、配列がおかしい、デザインが変、色使いがぶっ飛んでるなど、「何 で そ う な っ た」というデザインになっているのがポイントだ。Twitterにはそんなダサセーターを集めたアカウントもある。そして数年おきにキュレーション記事で特集される。まさに「蓼食う虫も好き好き」である。そんなものを美術学校に行きたいジョンが嬉々として着ているのも笑いを誘う。
twitter.com - 時々TLに回ってくるけどついクリックしてしまう
そんなダサセーターブームに火を点けたのが、我らが闇のファッショニスタ*2、コリン・ファース御大である。何ならWikipediaにそう書かれている(実際そう)。アグリーセーターと言えばコリン・ファース。コリン・ファースと言えばアグリーセーター(ちょっと盛った)*3。その原因になったのは、2001年に公開された『ブリジット・ジョーンズの日記』のこんなシーンだ。アラサー独身の主人公・ブリジット(レネー・ゼルウィガー)は、嫌々帰省して参加したクリスマスパーティでイケてそうな男性を見つけるが、振り返った彼(マーク、演:ファース)が着ていたのはトナカイをあしらったクソダサセーターだった……今チェックしたら原作でマークが着ていたのはただのダサセーターで「アグリー・クリスマス・セーター」ではなかったので笑ってしまった*4。
アナの武器を見る度に強調される季節感
本編中アナが武器として使うのは特大のキャンディケーン(のレプリカオーナメント)。クリスマスツリーの飾りとして使われたり、クリスマス用のお菓子として準備されたりするポピュラーなものだ。Amazonで探してたら1kgちょいで2,300円という悪魔のようなボックスを見つけてしまった。
ちなみにアナが使うケーンはクリスマスツリー屋で調達した庭の装飾用なので、先は尖ってるわゾンビを叩きのめすくらいの強度はあるわで、とてもじゃないがぺろぺろ舐められるキャンディとは比べものにならない威力である。そしてこのケーンを振り回すアナを見る度、「そっかこの映画の舞台はクリスマスだったのだ……」と思い出されるのだ。ところでこのケーン、終盤に向かうにつれゾンビの血で「血塗られて」いき、元の赤と白の模様が判別できないくらいになっていくのもちょっとした見どころ(?)である。
ちょっと寄り道して裏話 - 伝統ダンスを盛り込んだ振付
アナ役のエラ・ハントはインタビューの中で、終盤のある曲でアイリッシュ・ダンスのひとつ「ケーリーダンス」が盛り込まれていると述べている。ハントの言う曲は、体育館で父を人質にしたサヴェージと対峙するシーンの"Give Them A Show"である。探してみたら本場でケーリーダンスを体験してみたというブログが見つかったが、言われてみればゾンビたちの動きがそんな感じに振り付けられている(笑)。"Give Them A Show"ではハントの見事な剣捌きならぬキャンディケーン捌きも見られるのでここにもご注目を。さっき言った通りケーンはすっかり血塗れだが……
おペグちゃんもびっくり、『ショーン・オブ・ザ・デッド』への偏愛
コルネット3部作の第1作にして、イギリスの低予算B級映画史に燦然と輝く2004年の映画『ショーン・オブ・ザ・デッド』"Shaun of the Dead"。エドガー・ライトの才能を全世界に知らしめ、サイモン・ペグとニック・フロストの活躍の場を広げた作品である。そして同時に、ギークカルチャーのはしりともなった一作。この作品は元々、ジョージ・A・ロメロの『ゾンビ』"Dawn of the Dead"へのオマージュ作品であったが、『アナと世界の終わり』はそんな『ショーン・オブ・ザ・デッド』へ更にオマージュをかけた作品である。ところが本作では、本家本元のギーク:サイモン・ペグですらびっくりなほど細かい部分へオマージュしているのである……
ゾンビに気付かない主人公
恐らく1番分かりやすいオマージュはこれ。アナが寝坊したにもかかわらず、"Turning My Life Around"を歌いながらるんるんに登校するシーンである。イヤフォンで音楽を聴くアナは全く気付かないが、その後ろではゾンビと非感染の人々との大変な戦いが! ちなみにこの曲、"I'm waking, spent too long playing dead"「目覚めたの、長いこと死んだように暮らし過ぎた」など、ところどころにゾンビ・アポカリプスを思わせる歌詞が入っていることにもご注目いただきたい(歌詞はGeniusで読める)。
"Everybody's dying here to tell me how to live
But I'm not listening, I got so much more to give"——Genius(拙訳:どう生きるべきかわたしに教えたい人ばっかり*5 でも耳は貸さない、こっちの方がもっとよく知ってるんだから)
この曲は歌詞が割と「死んでる」だけでなく、アナとジョンが墓地で落ち合うのも見どころである。確かにこの映画イチきれっきれだけど、墓地で踊るなや!(笑)あと学校行けよ!*6
実はこのシーン、制作陣もインタビューで何度となく明かしているが(シネマトゥデイ)、『ショーン・オブ・ザ・デッド』冒頭にあるショーンの出勤シーンの完全オマージュである。呑んだくれな上彼女に振られたばかりのショーンは、下を見ながら歩いているので街の変化に気付かない。よく見るとオープニングシークエンスに登場した人々がゾンビ化しているのだが、ショーンの目には全く入らず、いつも通りコーラとコルネットアイスを買って帰宅する……ここでショーンが買うコルネットアイスが、「コルネット3部作」と呼ばれる所以である。今週のお題は「わたしのイチ押しアイス」らしいが、筆者が大好きなのは白くまなので覚えておいてください。(何の話?)
『ショーン・オブ・ザ・デッド』では、この後ロンドンがゾンビ・アポカリプス状態に陥ったことを知ったショーンが、元カノ・リズと母バーバラを救うべく奔走する筋書きになっている。ところが相方はデブニート・エド(演:ニック・フロスト)で、せっかく車で逃げているのに思いっきり事故るわ、ジュークボックスを作動させてゾンビを引き寄せるわ、とにかく足手まといである。ダメ男で振られたショーンすら頼もしく思えてくるほどのくずっぷりで、ショーンのパパがビル・ナイおじさんじゃなくても愛車のジャガーなんか運転させたくない。
『アナと世界の終わり』の"Turning My Life Around"を振り返ってみると、アナが歌う後ろで、ゾンビから逃げ惑う人々が自動車事故を起こしまくっている。お約束のシーンだが、やっぱり筆者はSOTDでエドが起こした事故を思い出してしまう。
クリスマスという設定通り、ジョンのようなアグリーセーターを着る人々も散見される。アナが『雨に唄えば』の電柱ポーズをしているのは前回も書いた通りだが、その後ろではゾンビたちがアナに向かって闊歩している。実はこのシーンすら、『ショーン・オブ・ザ・デッド』オープニングシークエンスに存在するのである。
とりあえず◯◯に行くぞ
墓地でゾンビに遭遇し、やっとゾンビ・アポカリプスの実体を知ったアナとジョンは、ふたりでバイトしているボウリング場に向かうことにする。SOTDオタク的には「良かった、ウィンチェスターじゃなかった!」と思うところだが、何となくバイト先を選択してしまうのも何かちょっとSOTDと重なって見えてしまう(まあボウリング場に食料があるわけでもないのだが)。
本家本元の『ショーン・オブ・ザ・デッド』では、元カノ・リズ救出を決意したショーンが、食べ物もアルコールも揃っている行きつけのパブ・ウィンチェスターで籠城する計画を立てる。ウィンチェスターに入り浸りで、デートも毎回ここ、おまけにデブニート・エド同伴という状況に愛想を尽かされて三行半を突きつけられたのに、ほんと、ショーンは懲りないやつ……
TLが色々と紛争状態になったら、できるだけこうしておくと楽 pic.twitter.com/yhi43CUhwa
— Hound (@Hound_7) February 16, 2018
ちなみにこの映画でショーンがずっと着続けている白シャツはバイト先の電気店の制服で、シャツの赤い染みはうっかりキャップを開けてポケットに突っ込んでしまった赤ペンのインクである。白衣でこれやると1日精神的にしんどいよね。
この後、父トニーの身を案じるアナは、高校へ父救出に向かうわけだが、当然この辺りの構図なんかも『ショーン・オブ・ザ・デッド』に酷似している。
パパの運命はどうなってるの?
意図的に物語中盤まで臥せられているアナの父・トニーの安否。トニーのいない空の寝室を映したり、ステフに悲観的な台詞を吐かせたりして観る側の不安を煽る。リサがクリスマス・パーティで "It’s That Time of Year" を歌うシーンでもクリスのいない予約席を映し、同じ演出を繰り返している。ネタバレするとどちらの場合も「彼らはゾンビ化していない」のだが、この演出は『ショーン・オブ・ザ・デッド』でも見ることができる。意図的にゾンビ風味を効かせたタイトルシークエンスで、ショーンが登場するシーンがそれなので、是非ディスクを回していただきたい。
ニック一行と落ち合うシーン
アナたちは、高校へと向かう道中で悪ガキ大将・ニック一行と落ち合うことになる。ニックには大アリアとでも言うべき "Soldier at War" が与えられているのも見どころだが、ここは小ネタ記事なので違う方向へ目を向けたい。
各々武器を持った一行がばったり遭遇するというシーンは、『ショーン・オブ・ザ・デッド』中盤にも登場する。ウィンチェスターを目指す途中、ショーンは友人のイヴォンヌ率いる一行に出会うが、何だか相手を見ると自分たちに構成がそっくりなのである。実はこのシーン、筆者がイギリスいち大好きな俳優マーティン・フリーマンのカメオ出演シーンでもあるので、よく見ておいてね! 今や『SHERLOCK』『ホビット』をはじめ代表作数多の大俳優だが、この頃のマーティンはまだまだ駆け出し。この後、ビル・ナイと共にコルネット3部作皆勤賞を果たすので人間よく分からないものである。
www.youtube.com - マーティンの後ろにいるリース・シェアスミス(TLoG)、向こう側でエドそっくりな格好をしているマット・ルーカスもイギリスの誇るコメディアンである
ニック一行と合流後、彼らは近道をしようとクリスマスツリー屋を抜けることにする。このシーン、筆者には『ホット・ファズ』の花屋爆走シーンと重なって見えてしまうが、こっちはちょっと穿ち過ぎということにしておこう。
この後、一行は潜んでいたゾンビに追われ、ほうほうの体でクリスマスツリー屋のバックヤードを抜ける。一息つくシーンでニックは手慰みにクリケットのバットを手にするが、これはイギリスオタクの筆者からすると二重にニヤニヤしてしまうシーンである。
『ショーン・オブ・ザ・デッド』でショーンがゾンビ対抗の武器とするのは、納屋に眠っていたクリケットのバット。ニックがバットを手にするのも、あからさまなオマージュシーンである。その一方で、原典においてイギリスが誇るローカルスポーツ・クリケットのバットが武器になるのは、イギリスが決してアメリカ映画の世界にはなり得ないという鬱屈とした感情の表れでもある。だからこそコルネット3部作に登場する武器はいつもどこか滑稽なのだ*7。そんな裏話を聞いてから見返すと、またちょっと違う笑いが起こるかもしれない。
——from Tumblr
誰がそんなところまで見てるねん - SOTD裏設定からの引用
ジェネオン版ディスクをご用意いただいた皆さまお待たせいたしました。実はSOTDは昨年角川から再販されているが、その際ジェネオン版にどっさり詰め込まれていた映像特典がごっそり削除されてしまったのである。しかしながら、『アナと世界の終わり』を観た後で特典まで観るとなかなかに面白いので、是非こちらも合わせてご覧いただきたい。
実はこれも——ステフの武器
ステフがスパナの次に武器にするのはマネキンの足。ただ本編を観ているだけなら「手当たり次第取っただけ」なのだが、「下肢」を武器にするというのはちょっと面白い話である。
『ショーン・オブ・ザ・デッド』終盤、今まで屁理屈で一行の足を引っ張り続けてきたデイヴィッド(リズの友人・ダイアンの彼氏)は、(自分のせいで)パブ・ウィンチェスターになだれ込んできたゾンビに食われ、絶命する。その時、ダイアンは咄嗟に彼氏を救おうとして彼の足を引っ張るが、奮闘虚しく片足がもげるだけに終わってしまう。ダイアンはその後、もげたデイヴィッドの片足を武器に、ゾンビをなぎ倒しながらパブの外へ出て行くのである。
ジェネオン版ディスクに収められた特典映像「後日談集」では、そんなダイアンがどうなったのかが明かされている。ゾンビをなぎ倒しながらパブの向かいの木に登り、彼氏の足の肉を食べながら数日をやり過ごしたらしい。ダイアンは彼氏の肉を食べたことについて「映画『生きてこそ』を参考にして」と述べているが、これは1972年のウルグアイ空軍機571便遭難事故をモチーフにした映画である。
おしまいに
日本語訳のついた歌唱シーンクリップなど、貴重な情報を数多く公開してくれていたのが安心と信頼のTHE RIVERさん。この記事でもかなりお世話になったし、他にも様々な裏話が公開されているので是非お読みいただきたい。
また、GIF画像のオンラインデータベースGIPHYでは、『アナと世界の終わり』海外公式から、本編クリップを切り取った多数のGIFが公開されている。そう言えばニック一行がゾンビたちを肉で釣って弄ぶシーン(アナたちがニック一行の蛮行として最も嫌悪感を示すあれ)すら公式でGIF提供されていた。にしても、誰がこんなGIF使うねん……
現在アナせか関連で入手できるのは、作中の歌唱ナンバーを収めたオリジナル・サウンドトラック。また英語版ではあるが、ノベライズも発売されているので是非どうぞ。
アナと世界の終わり [Explicit] (オリジナル・サウンドトラック)
- アーティスト: ヴァリアス・アーティスト
- 出版社/メーカー: UMGRI Interscope
- 発売日: 2018/11/23
- メディア: MP3 ダウンロード
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*1:何故ジェネオン版を指定するかというと、現在発売中のKADOKAWA版は、ジェネオン版にたっぷり収録されていた特典があらかたカットされてしまっているのだ……
*2:分からない方はファー子さんのこれをご覧下さい。Twitterモーメント版はこちら。
*3:でもおうちではくまちゃんスリッパ🐻を履いてたような人だから強ち盛ってるわけでもなさそうだが☞
*4:原作はちなみにこんな感じ☞
「マーク!」とウナがいった。サンタ・クロースの取り巻きの妖精みたいな声なんか出しちゃって。「あなたに引き合わせたい人がいるの」
マークがくるりと向き直った。おかげで、うしろから見たときには、なんてことのなさそうなネイビー・ブルーのセーターと思えたのが、黄色と青のダイヤ柄のVネックだったことがわかってしまった。そう、この国のおじさんスポーツ・キャスターが好んで着てるやつ。友だちのトムが、デートのときに細部をよく観察するだけでびっくりするほどたくさんの時間とお金が節約できる、ってよくいってるけど、それってたしかに当たってる。——旧ソニー・マガジンズ版文庫、亀井よし子訳、17頁、2001年
*5:"dying"は「〜したくてたまらない」という意味にも使われるが、当然「死にかけの」という意味で使われる
*6:墓地で落ち合ったシーンの後を見る限り、どう見ても学校とは逆方向に歩いて墓地に辿り着いているふたりである
*7:実際『ホット・ファズ』でも海外のコップものを多数登場させておきながら、そのオマージュシーンはどこかとぼけたものになるよう設計されている