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主演ふたりの手が大きく入った粒揃いのサウンドトラック - 映画『アリー/スター誕生』

映画『アリー/スター誕生』"A Star Is Born"('18)を観に行った。ネタバレレビューは既に投稿してあるのでこちらをどうぞ。

mice-cinemanami.hatenablog.com

今日のお話はこの映画のサウンドトラックである。元々筆者はサントラマニアなのだが、今回はサントラを事前に仕込んでいっての鑑賞とした。作品が音楽映画ということもあったし、主演のレディー・ガガが全編にわたって書き下ろしの曲を寄せているとあって、買わない理由がちょっと見当たらなかったためである。というわけで、今回は『アリー/スター誕生』のサントラのお話だ。

——日本語版はちゃんと訳詞付き

※以下、「ライナーノーツ」は日本盤サントラ(UICS-1344)のライナーノーツを指す

制作の背景

今作が初監督となったクーパーだが、音楽の上でも全くの初心者であった。本人は飽くまで「大の音楽ファン」止まりで、人前での歌唱もギターの演奏も未経験だったという(ライナーノーツ5頁)。クーパーはこの映画の製作に4年がかかったことを明かしているが、そのうちの1年近くは、彼の音楽レッスンにも捧げられたものでもある(ライナーノーツ5頁)。

movie.walkerplus.com

 

クーパーはこのレッスンの中で今作のような低い声を身に着けて撮影に臨んだ。この低音ヴォイスは、ボビー役を演じるサム・エリオットに合わせたものでもあるし(上記のMovieWalker)、クーパーが作品の説得力を得るために必要と考えたものでもある。THE RIVERの記事によれば、話し声を1オクターブ下げたがった結果、半年のトレーニングを費やすことになったほか、食道を痛めたほどだったという。

theriver.jp因みにクーパーの地声はこんな感じ。ロケットは少し高めの声で当ててるので、インタビュー動画を観た方がいいと思う。

www.youtube.com - 最後の方でインタビュー動画が観られる

 

そしてガガ様が本職の歌手/ソングライターであることは言わずもがなだが、今作では音楽レッスンと共に作曲も学んだクーパーも数曲を手掛けている。これに加え、ガガとクーパーの双方が自身の共作者を参加させていているのも大きな特徴だ。

クーパーが制作に誘ったのはルーカス・ネルソン。クーパーはジャックのギター演奏の理想にニール・ヤングを挙げたというが、そのヤングのサポートメンバーも務める人物だ(ライナーノーツ5頁)。ウィリー・ネルソンの息子でもあり、サントラのプロデュースに加え、本編ではジャクソンのバンドのメンバーとして出演している(ライナーノーツ5頁)。

そしてガガが制作に招聘した人物は、ジャックの好むカントリーの名手や、過去のアルバムで共作していた人物など、名前を挙げたら切りがないほど。rockinon.comの記事に詳しいので是非チェックしてほしい。(またライナーノーツにも詳しく解説がある)

この記事、結構読み応えあり☞【徹底予習】『アリー/ スター誕生』を、ドラマの鍵を握る5つの名曲から読み解く! (2018/11/01)洋楽フィーチャー|音楽情報サイトrockinon.com(ロッキング・オン ドットコム)

 

www.theguardian.com

 

 

  

 

ここから下は一応ネタバレ考察で!

!!! SPOILER ALERT! SPOILER ALERT! SPOILER ALERT! !!!

 

 

 

 

 

 

演奏の話

オリコンの記事(下記)によると、クーパーとガガは作品を彩る曲たちを生収録したいと考えていたようだ。劇中曲は基本的に映像と一緒にライヴ収録されたようで、その録音クオリティには舌を巻く。

www.oricon.co.jp

作中、ライヴシーンがいくつも登場するが、この中には実際の有名フェス会場などで撮影されたものも含まれている。例えば冒頭を飾る"Black Eyes"はカリフォルニアのカントリーフェス・ステージコーチで収録されているし(ライナーノーツ6頁)、曲名は不明だがイギリス・グラストンベリーで1公演分(この時は'76年版主演のクリス・クリストファーソンの前座だったという)、カリフォルニアのコーチェラで1曲(ライナーノーツ7頁では"Always Remember Us This Way"だろうと推定されている)が収録された。他にもSNLのシーンは実際のセットで撮影されている(ライナーノーツ8頁)。

クーパー曰く、本編での歌は自身の歌というより、「ジャック・メインの曲」らしい☞ノエル直々の演技指導や、ジャック・ホワイトへの憧憬……。 『アリー/ スター誕生』のブラッドリー・クーパーに直撃!「ロック・スター」について訊いてきた (2018/12/22) 洋楽ニュース|音楽情報サイトrockinon.com(ロッキング・オン ドットコム)

 

tvfan.kyodo.co.jp

曲調の話

先述の通り、クーパーがウィリー・ネルソンの息子ルーカスを招聘したこともあり、ジャックの曲はカントリーやブルースに近いものだと指摘されている。その曲調についてcinra.netのこんな記事を見つけた。スターダムを駆け上がるアリーの曲調はガヴロンのプロデュースで大きく変化するのだが、ジャックはこれにあからさまな不快感を示す。海外で、この筋書きが批判を受けているというのだ。

www.cinra.net

——何かもう、これいちゃもんじゃね? 最早深読みを通り越してるし。

cinra.netではこういういちゃもんめいた批判が出てくる背景まで深く掘り下げている。良記事なので合わせて読んでほしい。

 

収録曲について

詳しいことはガガによる解説が面白かったので、合わせて読んでいただきたい。『シャロウ』や『2人を忘れない』の話はこちらに譲りたいと思う。以下のトラック番号は日本盤サントラに準拠している。

front-row.jp

19. "How Do You Hear It" から 20. "Look What I Found"へ繋がる心地よさ

www.youtube.com

Look What I Found

Look What I Found

  • provided courtesy of iTunes

主題歌とも言える『シャロウ』を差し置いて紹介したいのはこの曲。ジャックの故郷アリゾナを訪れたアリーが、立ち寄ったサービスエリアで書き留めた一節が元になるという演出が成されている。

 サントラを買って初めて聴いた時、1番好みの演出だなと思ったのがここだった。音楽が生まれる瞬間というのを上手く映画に仕立てていてとても心地よい。

 

一方で、概ね登場順に収録されているサントラの中で、この部分だけは曲順が前後している。ガガはクーパーにダイアログ収録を頼み込み、共に編集作業に当たったと明かしている。きっとこの部分も編集上の意図で順番をひっくり返したのだと思うが、何とも素晴らしい演出だなと感じた。

 

歌詞を読むと、ダメ人間のまま腐りかけていた自分を救ってくれた愛する人への感謝が綴られている。勿論ジャックへ向けられた言葉であるのはよく分かるし、アリーがこの曲で初レコーディングを経験し、スターダムを駆け上がる第一歩となるのは演出上の妙だ。曲自体はガガの声量もさることながら、幾重にも重ねられたクワイアのようにアレンジされているのも良い。

 

アリーからジャックへの心の叫び - 30. "Before I Cry"

Before I Cry

Before I Cry

  • provided courtesy of iTunes

終盤、売れっ子歌手への道をひた走るアリーとは対照的に、ジャックは自己嫌悪やキャリアの陰りから退廃的生活に入り込んでしまう。ジャックの心にはアリーの献身も全く届かないのだが、そんなアリーが夫への愛を歌う曲である。

歌詞がひどく胸を打つだけでなく、ここまでの歌唱でもジャックの心を開くことは出来なかったと思うと悲しさすらある。ジャックの心の闇が如何に深かったか表す上で良演出だ。

 

見方ががらっと変わる曲 - 33. "I'll Never Love Again"

サントラを初めて聴いた時もここで泣いたし、映画本編を観ながら1番泣いたのもここだった。ガガの圧倒的歌唱力が存分に活かされたナンバーで、曲をただ聴くだけでも泣いてしまう。

www.youtube.com

 ——ここで貼ったのはクーパーによるアウトロがある映画本編版

 

この曲は歌われる場所が場所なので、アリーからジャックへのメッセージだと捉えがちになってしまう。でもよくよく考えてみると、この曲の元はジャックがアル中の更生施設で書き綴っていたものだ。そう、この曲はジャックからアリーへのメッセージなのである。

 

勿論途中の歌詞にはアリーの加筆と思われる部分があるが(特にサビ前のヴァースなんか明らかにアリー目線だ)、映画ではサビの部分をジャックが弾き語りするシーンも収められており、やはりジャックの手による曲という設定になっている。その上でサビの歌詞を読んでみたら、見方ががらっと変わるのではないだろうか。

[Chorus: Lady Gaga] (拙訳)
Don't want to feel another touch (誰にも触れてほしくない)
Don't want to start another fire (恋の燃え上がりなんてもう要らない)
Don't want to know another kiss (キスだってもう知りたくない)
Baby unless they are your lips (ベイビー、あなたの唇でないのなら)

 

[Outro: Bradley Cooper]
Don't want to give my heart away (この心をどこにもやりたくはない)
To another stranger (他の誰かになんてね)
Don't let another day begin (新しい日を始めないでくれ)
Won't let the sunlight in (陽の光だって入れたくはないんだ)
Oh I'll never love again (愛することなんて二度と無い)
Never love again (愛することなんて二度と無い)
Never love again (愛することなんて二度と無い)
Oh I'll never love again (愛することなんて二度と無い)

—引用元:Lady Gaga – I'll Never Love Again (Film Version) Lyrics | Genius Lyrics

 

劇中ジャックは、自身を子どもが大人になった44歳児だと表現している。長らく愛せる人もいずに独身を貫いていた(様子の)彼にとって、アリーの才能に惚れ込んだことは、一生に一度の大恋愛だったのではないだろうか。この歌詞はそう思わせるような内容になっている。

サントラを初めて聴いて泣いた時、32."Twelve Notes"(問題のネタバレダイアログ)を聴いていた筆者は、単純にアリーからジャックへのメッセージなのだと捉え、ガガの歌唱力に泣かされた。しかしながら本編でこの歌を観た時、これがジャックからのメッセージだったことに気付いて、1行1行にまた泣かされてしまった。

 

『アリー/スター誕生』は決してオリジナル作品ではない。1937年のオリジナルから折に触れ制作されてきた作品の、4度目となる制作だ。みんな何となく筋書きは知っているし、それだけに多くの人を納得させる作品に仕上げることは大変な作業だと思う。

でもこの曲を聴いた時、筆者はこの作品がリメイクとして大成功だったことを悟った。粒揃いのサウンドトラックの中で、最後の最後に収録されているこの曲で、こんなにも心を揺さぶることができるのだから。そしてそういう仕事を見事に成し遂げた、クーパー、ガガ、そしてふたりを筆頭とするチーム全体に最大限の賛辞を送りたい。

 

気になった人はこちら

 ユニバーサル公式はこちら☞アリー/ スター誕生 - UNIVERSAL MUSIC JAPAN

ガガ様公式VEVOからプレイリストも出てるぞ☞A Star Is Born – The Soundtrack - YouTube

 

サウンドトラックにはダイアログと呼ばれる台詞トラックもふんだんに収録されている。パッケージの裏面で金文字になっているのがそれだ。ガガはこれも含めて一緒に聴いてほしいと述べているので、是非これもお楽しみいただきたい。但しネタバレ踏みたくない人はトラック32の"Twelve Notes"にご注意を!

www.barks.jp

 

関連:アリー/スター誕生 / ブラッドリー・クーパー / レディー・ガガ / サウンドトラック

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