ちいさなねずみが映画を語る

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役者本人の実話と過去作を上手くマッシュアップした良作 - 映画『アリー/スター誕生』

ブラッドリー・クーパー監督/主演、レディー・ガガ主演の『アリー/スター誕生』"A Star Is Born"('18)を観てきた。

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端的に言って素晴らしかった。『ラ・ラ・ランド』"La La Land"('16)が持っていた筆者の中でのハリウッド発音楽映画ナンバーワンを見事に塗り替えた*1。スターダムを駆け上がる歌手役にレディー・ガガを据えたのもさることながら、初監督作品にして主演もこなしつつこの良作を仕上げたブラッドリー・クーパーの力量も素晴らしい。年末になって、今年のベスト映画ランキングが大きくひっくり返されてしまったような気すらした。

 

「#ガガ泣き」がださいとか字幕が所々変とかちょこちょこ問題はあるけどな!(後述)

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制作の背景

作品自体はオリジナルでも何でもなくて、1937年の映画『スタア誕生』の4度目のリメイクである。監督にはクリント・イーストウッド、主演女優にはビヨンセの名前が挙がっていたこともあったが、2016年頃からクーパーの主演/監督、ガガの主演で話が進み始めた。線維筋痛症罹患の告白などもあり、ガガの方に多少の不安材料はあったが、彼女の天職である音楽を主軸にすること、またテレビシリーズ『アメリカン・ホラー・ストーリー:ホテル』('15-'16)でゴールデングローブ賞を獲得していたことから*2、制作の上では完全なるベストキャストだな、と思いつつ追いかけていた記憶がある。

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4度目のリメイクというのだからみんなあらすじは知っているはずだし、そこまであちこち配慮する必要も無さそうだが、一応ネタバレ考察ということでお送りする。

 

 

!!! SPOILER ALERT! SPOILER ALERT! SPOILER ALERT! !!!

 

 

 

 

 

ネタバレない程度のあらすじ

ジャクソン・"ジャック"・メイン(ブラッドリー・クーパー)は、全国ツアーで飛び回るカントリー歌手だが、騒音性難聴の進行に悩まされ、酒で誤魔化す日々が続いていた。ある公演の後、酒を求めて入ったバーで、アリー(レディー・ガガ)のパフォーマンスを偶然目にし、ジャックはその才能に惚れ込む。アリーはジャックから別公演での共演を求められたことをきっかけにスターダムを駆け上がり、加えてふたりは公私共にパートナーとなる。ところがジャックは、アリーに隠していた難聴の進行と、自身のキャリアの陰りから精神的に不安定となり、アル中まっしぐらとなってしまう……

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敢えて結末はぼかしておくが、筆者は鑑賞前にサントラを仕込んだらあっさりネタバレを踏んだので、これだけ注意勧告しておきたいと思う。(後で言うけどダイアログ(台詞トラック)を飛ばせば大丈夫だよ!)

 

「#ガガ泣き」はださいけれど

また日本配給がくそださなキャンペーンを始めた気もしないではないが、そこはスルーしておく。

www.buzzes.jp - 『ボヘミアン・ラプソディ』の「#ドンドンパッ」も結構ださいと思ったんですけどね

この作品は4度目のリメイクだし、オリジナル自体も映画史の上では既に古典名作なので、シネフィルなら筋書きはざっと知っていることと思う。筆者に至っては、先述の通りサントラを買って聞き込んでいる内にネタバレを踏んだので、ラストがどうなるか分かっていての観劇となった*3

 

ラストを知った上で観ると、アリーがジャックに見出されるシーンも、ふたりのラブシーンもセッションも、アリーがスターダムを駆け上がる様子も、その中で少しずつ互いにすれ違う姿も、どれもが切なくもの悲しい。ラスト10分のエピローグで大泣きした『ラ・ラ・ランド』とは違い、全編満遍なく泣き続けだったような気がする(勿論『ラ・ラ・ランド』はネタバレシャットアウトで観に行ったので単純比較は出来ないが)。

 

因みにガガ自身も、この映画を観ながら泣き続けだったことを明かしている。全てを知るはずの主演女優ですら「#ガガ泣き」なのだから涙もろい筆者たるやという感じだ。その証拠に昨日は中近視が見事にやられてパソコンどころではなかった(というわけで1日おいたのだ)。

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役者本人の境遇も織り込まれた脚本

※映画の詳細なネタバレを含みます※

今回の脚本はクーパー自身が共作で手掛けたものだ。その中には主演を務めるクーパーとガガの体験談も巧みに織り込まれている。

 

例えばジャックとアリーの出会いはドラァグバーで起こるが、これはガガがキャリア開始当初ドラァグバーでパフォーマンスしていたという実話に基づいた設定だ。女なのにアリーだけは歌わせてもらえるというのも、ガガ自身のキャリアに重なる。

www.bustle.com - ガガはジャックとアリーの出会いがドラァグバーであることについて、LGBTQ+コミュニティへの感謝だと述べている

 

また顔貌に自信が無いアリーは、「そんな大きな鼻の女、歌がうまくてもブレイクしない」と言われた過去を明かすが、これだってガガ自身に投げかけられた言葉である。もっともガガ自身は、整形を勧められても「わたしはイタリア由来のこの鼻が大好きだから」ときっぱり断っているが(ガガ自身はイタリア系アメリカ人だ)。

www.businessinsider.com - 整形を断った話のソース

 

そう言えばアリーはインタースコープと契約するが、ガガのレーベルもインタースコープだし、本作のサントラだってインタースコープから出ている。残念ながらグラミー賞新人賞こそ実話でないが、グラミー賞の公式ページでも分かる通りガガ自身の受賞/ノミネート歴は何とも輝かしい。そう言えば今作の『シャロウ』"Shallow"もノミネートされているようだ。

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また、『ハングオーバー!』"The Hangover"('09、原題はまんま「二日酔い」だ)で大ブレイクしたクーパーであるが、過去にはアルコール依存症の治療歴もある人物だ。今作の脚本は、リメイクでありながら、役者自身の境遇を上手く織り込んでいる。先程英語版Wikipediaでオリジナルのあらすじをチェックしたが、意外に細かい話の流れはオリジナルに忠実なので、この見事なマッシュアップについては賞賛されるべきだと思う。

realsound.jp

ありのままの、見せたい自分

※映画の詳細なネタバレを含みます※

 

作中アリーとジャックのすれ違いの元となるのは、マネージャー兼プロデューサーのレズが推し進めるポップ路線へのスライドである。SNL;サタデー・ナイト・ライヴで披露される "Why Did You Do That?" は、"Born To This Way"的なところもありガガ本人の曲という感じはするのだが、確かに映画でそこまで流れている曲とは大きく違うナンバーだ。ダンスナンバーに仕上がっているのも*4、アリーの声と曲作りに惚れ込んだジャックには気に入らない(もっともアリーはこの曲にはっきり不快感を示しているが、そんなことジャックは知る由もない)。結局この曲がきっかけとなって、アリーとジャックの間には決定的な溝が出来てしまい、ジャックは酒とドラッグに溺れていくことになる。

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これと時を同じくして、アリーは髪をオレンジに染め始めるが、ジャックにはこれも気に入らない。最初に出会った時、髪の色を聞いたところにも分かるように、彼はありのままのアリーでパフォーマンスしてほしいと考えている(ように見える)。

この演出は、実際のクーパーとガガを考えると興味深い。ガガがアリー役に考えられ始めた時、クーパーは彼女に「化粧をしないそのままの顔でカメラテストに来てほしい」と頼んでいる。またガガ本人も、元の髪色に近いものへ染め直して今作の撮影に臨んでいるのだ。

courrier.jp

最終的に、"I'll Never Love Again"を歌うアリーは、オレンジの髪を止めて元の髪色に戻し、ステージに臨む。自分を見出し、愛してくれた夫の望む姿でステージに立つのだ。THE RIVERの記事によれば、本編唯一のカメラ目線は、ここでアリーが守るべき自分自身を見出し、真のスターとなったことを表しているらしい。演出面でも様々考え抜かれていることが分かるエピソードだ*5

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おしまいに

この作品を彩る多彩なサントラ収録曲については別記事にて触れたいと思う。筆者はネタバレこそ踏んだが(しつこい)、ガガの手が大きく入った粒揃いの良作アルバムだと思う。因みにネタバレを踏みたくなければ、鑑賞までダイアログ(台詞トラック)を飛ばせば大丈夫だ。

 

ところでアメリカではR指定、イギリス(BBFC)では15(=15禁)だったこの作品をPG-12で提出した日本配給には少し拍手を送りたい。確かに露骨なラブシーンもかなりあるが、この作品を広く届けられるように手配したことは素晴らしいと思う(勿論R指定になると上映館ががくっと減るという事情もあるようだが)*6

 

初監督でこの作品を仕上げたブラッドリー・クーパーについても賞賛されるべきだろう。シネマトゥデイの記事でも明かしているよう、これからも監督業を続けていきたいというから、彼の今後にも期待したい。調べてみたらバーンスタインを題材とした映画の主演・監督・脚本が既に決まっているらしく、バーンスタイン好きの筆者としては期待大だ*7。サントラのライナーノーツによれば、今作では歌もギターも未経験だったのに、1年みっちりトレーニングして演奏に臨んだというから、きっとバーンスタインの指揮だってよく研究してくるに違いない。

theriver.jp

 

www.youtube.com - ついでにレイトレイトショーステマしておこっと

 

181227追記) オスカーノユクエさんから詳細ネタバレレビューが出ていたのでシェアしておく。

oscar-no-yukue.com - 本当に詳細ネタバレレビューなのでご注意を

関連:ブラッドリー・クーパー / レディー・ガガ / スタア誕生 / アリー/スター誕生 / サム・エリオット / MGM / ワーナー・ブラザース

*1:そう言えば『シング・ストリート』"Sing Street"('15)を忘れていた気がするが、あれはアイルランド制作なので別枠だ

*2:もっともガガは元々女優を夢見ていたらしいが、歌手と俳優の交差点である今作で大成功を収めたことは、彼女の力量を充分に証明している。

www.cinematoday.jp

*3:勿論オリジナルのあらすじくらいは知っていたのだが、それがリメイクされた後、どういう流れで来るかは知らずにいたので、「サントラでネタバレを踏んだ」形になった

*4:勿論ガガ本人は歌って踊るパフォーマーなので、ガガの曲としては何の問題も無いのだが

*5:同様の話としては、シネマトゥデイのこの記事が興味深い。クーパーは撮影監督のリバティークと意気投合して撮影案を諸々話し合ったほか、「キャラクターとカメラの関係」を重視して画角を決めたという。

www.cinematoday.jp

またボビー演じるサム・エリオットが明かしたこのエピソードも兼任監督をしたクーパーの制作姿勢が分かって興味深い。鑑賞後に是非チェックしてほしい。

theriver.jp

*6:シェイプ・オブ・ウォーター』のぼかし騒動(シーンカットがあったというデマが出回ったあれ - 【デマ】「シェイプ・オブ・ウォーター」カット問題 - Togetter)の時にどこかでもっと詳しく読んだ気がするが、とりあえずこれを貼っておく☞

cinema.ne.jp

*7:同じ記事によればジェームズ・ガンが降板させられたGotG3の監督には興味が無いようだが(クーパーはGotGの一員あらいぐまロケットを演じている)。

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