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「生理痛は我慢しろ」なんてまだ言ってるの?

このブログだって時には真面目なことを書く。大体2、3ヶ月に一度くらい真面目なことを書く計算でいるようだ。決してマッゼロさんとかポール・ラッドおじさんとかまーてぃん・ましゅまろ・へっじほっぐ・ふりーまん氏を崇めているだけのサイトではないのである。

mice-cinemanami.hatenablog.com

……で、今回取り上げるのは月経のある女性を一定確率で悩ませるあれである。俗に言う「生理痛」、医学用語で言うと「月経困難症」である。「結構辛いけど何とか我慢している」「薬を飲むべきかどうか迷っている」という人にこそ読んでほしい。——その生理痛、ひとりじゃないし我慢しなくてもいいんだよ!

 

※この記事は啓発記事であり、特定の治療・薬を勧奨するものではありません。治療選択においては医師・薬剤師とよく相談し、正しい知識を付けた上でご判断ください。記事内で取り上げた薬にはOTCとして購入できるものもありますが、予め医師の診察を受けることをお勧め致します※

 

 

そもそも何で生理痛になるのか - 「機能性月経困難症」編

生理痛の原因は実はひとつではないが、ここでは若い女性に多い機能性月経困難症について少し詳しく書いてみたいと思う。

seiritsu.jp

月経の仕組みは女性ならどこかで講義を受けていると思うので耳たこだと思うが、子宮内膜のうち機能層と呼ばれる部分が剥がれ落ちて経血として排出される。この時、経血を排出するため子宮も収縮するが、そのカスケードに関わっているのがプロスタグランジ(以下PGとも)という物質である。プロスタグランジンにはいくつかサブタイプがあるが(言うなれば猫にいくつか品種があるみたいなものだ)、そのうちPGFとPGE2は子宮収縮薬としても活用されていて陣痛誘発なんかにも使われる。

機能性月経困難症の場合、このプロスタグランジンの分泌量が多かったり、一部ではある種の心因性要素が重なったりして(RB)、子宮平滑筋の過収縮や血流低下が起こると考えられている(MSDマニュアルほか)。典型的なのは「痙攣性収縮」と呼ばれる痛み(差し込むような感じ)だが、他にも倦怠感や頭痛、下痢など随伴症状を伴うことがある(MSDマニュアル)。MSDマニュアルの当該記事によると、機能性月経困難症を持つ女性の5〜15%は、生活に差し障りがあるレベルの症状が出現するという。要するに「割といる」ということで、だからつまり決してあなただけではない

www.lab.toho-u.ac.jp

 

「我慢しなくていい」ってどういうこと?

筆者は記事の冒頭で「その生理痛、ひとりじゃないし我慢しなくてもいいんだよ!」と書いたが、それはつまり、機能性月経困難症には薬があるということである。産婦人科実習のお供・「レビューブック産婦人科」(2018-2019、24頁より改変引用)を頼りにざっとまとめるとこんな感じだ。

  1. NSAIDs; 非ステロイド性抗炎症薬
  2. 低用量ピル
  3. ブチルスコポラミン
  4. 漢方薬 (当帰芍薬散、加味逍遙散、桂枝茯苓丸あたり)

 

低用量ピルとは

www3.nhk.or.jpこのうち低用量ピルは先日NHKでも取り上げられていて話題になっていた。簡単に中身を言うと卵胞ホルモン(エストロゲン)・黄体ホルモン(プロゲステロン)の合剤で(今日の治療薬2016/p.388)、卵巣から放出されるホルモンを外因性に摂取するイメージだ。人間の体にはホルモンの出過ぎを防ぐため、あるホルモンが一定量を超えると、上位でこのホルモンの分泌を促すホルモン(いわゆる「刺激ホルモン」)の放出を抑える仕組みがある(=「ネガティヴ・フィードバック」)。ピルはこの仕組みを逆手に取り、月経に関わるホルモン・カスケードの最下位である卵巣*1から出るホルモンを「補充」して、上位のホルモン(LH・FSH)の分泌を抑え、結果として排卵・子宮内膜増殖などを抑えることになる(あすか製薬ウェブページ)。

低用量ピルは子宮内膜の増殖を抑えるので、過多月経から子宮内膜症に進展するリスクを下げることになる。NHKの報道で「将来の妊娠のために」「未来の妊娠にも備えて女性の体を守る薬」と述べられていたのはこのことだ。そう言えばどこぞの「フェミニスト」さん*2が「全員が子どもを産めるように備えておく必要は無い」とか仰っていたが、将来子どもが欲しくなるかどうかは誰にも分からないし、子宮内膜症不妊症だけでなく癌の原因にもなり得る疾患である。発言者が妊娠・出産に興味が無いのは個人の自由なのでさておいても、「勝手なこと言って偏見ばらまいてんじゃねえよ、困ってる人にこの治療が届かなかったらどうしてくれるんだよ」とひとり憤っていた。こういう無駄な偏見は是非無くなってもらいたいものである(かくいう筆者もNSAIDsを飲んでいたら「お前は弱い」とか訳分からないことを言われた過去があるので全然他人事ではない)。

www.nhk.or.jp - 別の特集もあったので

ブチルスコポラミン、漢方薬

今回メインで取り上げようとしているNSAIDsは後に置いておくとして、その他ふたつのくすりについても簡単に説明したい。ブチルスコポラミンは「ブスコパン」の商品名でも知られる鎮痙薬。正体は抗コリン剤(ムスカリン受容体拮抗薬)で、子宮平滑筋の過剰収縮を抑える働きがある。

 

婦人科疾患に使われる漢方薬としては、当帰芍薬散、加味逍遙散、桂枝茯苓丸あたりが知られる。どれも血の巡りをよくしたり冷え性を改善したりする効果のあるもので、プロスタグランジンによる血流低下に対抗するようなイメージだ。これは冷えると血管収縮して余計に血液が届かず、生理痛が余計悪化するので理に適っている。というわけで、原始的ではあるものの、湯たんぽやカイロ、厚着でお腹を温めるだけでも結構効果がある。理論上そうだし実際もそう。

www.kracie.co.jp

NSAIDsは何で効くの?

先程挙げた薬の中で、最もお手軽に使われているのがこのNSAIDsだと思う。NSAIDsの本名は「非ステロイド性抗炎症薬」(Non-Steroidal Anti-Inflammatory Drugs)。免疫抑制剤としても使われる抗炎症ホルモンのグルココルチコイドではない抗炎症薬、という意味である。NSAIDsの働きとして最も有名なのが、プロスタグランジンの生合成に必要なシクロオキシゲナーゼ(以下COX)を阻害することである*3*4。小難しいことはさておき、簡単に言えば「プロスタグランジンが悪いなら作らせなきゃいいじゃん」という薬だ。結果にコミットしている感じで合理的である。

 

NSAIDsは最もポピュラーな鎮痛薬だと思う。海の向こうのアメリカでは、何にも無いのにアスピリンを飲む人たちがいて社会問題になっているほどだ。日本でもOTCの鎮痛薬として多くが販売されており、「ロキソニン」(=ロキソプロフェン)、「イブ」(=イブプロフェン)、「バファリン」(=アセチルサリチル酸; アスピリン)、「ナロンエース」(=イブプロフェン+エテンザミド)、「ボルタレン」(=ジクロフェナク)、「カロナール」(=アセトアミノフェン)などなど挙げていったらきりがない酵素を阻害する強さとかCOX-1/2の選択性に結構パリエーションがあるので、経口薬から貼付薬まで色々使い分けられている。日本では偏見もあって低用量ピルがあまり広まっていないし、OTCとして入手できる手軽さもあって、実際に使っている人も多いのではないかと思う。

 

じゃあNSAIDs飲めばいいんじゃん——ちょっと待って、落とし穴が

ひとつ前でNSAIDsの薬理と手軽さについて触れたが、ここまで読んで安易に「じゃあNSAIDs飲めばいいんじゃん」と思わないでほしい。どんな薬にもリスクベネフィットがあるものなので、そこまできちんと解説したいと思う。

 

NSAIDs固有の副作用

アスピリンの副作用としてよく知られているのが胃十二指腸潰瘍である。これは胃粘膜を保護する粘液の分泌にPGI2が関与しているため。COXを阻害すると当然ながらPGI2の産生量も減るため、結果的に粘液の分泌量も低下する。鎮痛薬と共に胃薬が処方されるのはこのため、また食後の服用が推奨されるのもこのためである*5。なーんにもせずに漫然と飲んでると確実に胃に穴が空くのでご注意を。もっとも最近のOTC鎮痛薬はきちんと胃粘膜保護物質を配合しているものも多いが。

 

また肝毒性の報告もあるが、これは肝臓が解毒器官であるため当然の話と言えばそう。これに加えて、プロスタグランジンは腎血流量の制御にも関与しているため、腎毒性のリスクもある。腎血流量の低下、直接の腎毒性、アレルギー反応など理由は様々だが(松山赤十字病院 腎臓内科)*6、取り敢えず皆さまには「リスクがある」ことが伝わればよいと思う。特に腎臓は沈黙の臓器なので……

www.msdmanuals.com

もうひとつ問題となるのが、NSAIDs不耐症の存在。COXの阻害によりアラキドン酸がプロスタグランジンなどへ代謝されないことにより、リポキシゲナーゼという別酵素でロイコトリエンを作る反応が亢進してしまい、喘息発作が起こってしまうことがある。NSAIDs不耐症の方は喘息患者の一定率を占めているので、元々喘息を持っている方は服用に注意が必要である。

sagamihara.hosp.go.jp

 

ところで日本ペインクリニック学会のウェブページに薬のメカニズムをまとめた分かりやすい図があったのでシェア。ここまで敢えて触れてこなかったが、COXには働く場所が違うアイソザイムがあり、鎮痛剤の作用として期待しているのは炎症時に発現量が増えるCOX-2の阻害である。ところが多くのNSAIDsにはCOX-1とCOX-2の選択性が無く両方同時におさえてしまうため、ややこしい話になっているというわけ*7

https://www.jspc.gr.jp/igakusei/img/keynsaids_pic02.png
——日本ペインクリニック学会「NSAIDsとアセトアミノフェン」- 図2 COX-1とCOX-2の生理的機能

 

「薬を飲んでいるのに効かない?!」 - 薬物乱用頭痛の存在

もうひとつ厄介なのが、こういった鎮痛薬につきものな「薬物乱用頭痛」の存在である。

痛みは人間にとって最も辛いもののひとつだ。だからこそ海外では鎮痛薬乱用が常に問題になっているし(世界的に見ると日本は使用量が少ない方である)、その一端を垣間見せたのが数年前に起こったトヨタ役員の逮捕事案だろうと思う。薬を飲めば止まるというのなら誰しもハッピーである。

www.huffingtonpost.jp

しかしながら、NSAIDsをはじめとした鎮痛薬は、「頓服薬」と呼ばれるように症状が出たら飲むものであって、短期的な使用に留めるべきである。そうした鎮痛薬を漫然と飲むことにより起こるのが「薬物乱用頭痛」。薬を飲んでいるのに頭痛が止まらない、そのため薬を飲む、まだ痛い……という悪循環に嵌まり込んでしまう。この頭痛に対する治療は、漫然と飲んでいる薬を止めることに他ならない。また、自分で鎮痛薬を飲んだ日を記録しておくこともひとつの手である。もっとも生理痛に対して使い、次の月経周期まで飲まなかった場合は薬物乱用頭痛にならないとされているが、偏頭痛などで生理痛以外にも鎮痛薬を使うという人は、念のため使用日を記録しておくといいと思う。

medical.eisai.jp

月経困難症が辛い、長く続く……それ、実は機能性じゃないかも

筆者が安易に鎮痛薬に頼ることをお勧めしないのはこれが大きな理由である。あなたのその痛みには別の病気が隠れているかもしれない。

www.ssp.co.jp

この記事では主に機能性月経困難症について取り上げてきたが、その反対側にあるのが、子宮の器質的疾患に起因する「器質性月経困難症」である。主な原因疾患は子宮内膜症、子宮腺筋症、子宮筋腫など。これらの病気が厄介なのは、将来的な不妊症の元になる可能性があるということ、また癌の発生母地となりうるということだ。子どもが産めなくなるだけでなく、健康を脅かす危険性もあるので、きちんと治療をした方がよい。そして、もし器質性月経困難症ならば、原疾患の治療で症状が改善する可能性がある。

ちなみに機能性月経困難症を持っていると、これらの器質的疾患にかかるリスクが上昇すると言われている。最近症状が酷くなってきた、長年月経困難症が続いているなどの症状がある場合は、産婦人科で1度診察してもらうのが良いと思う。最近は初産年齢も上がっており、生涯の月経回数は以前に比べて増えている。月経回数が多いこと自体も様々な疾患のリスク因子なので、我慢をせずに受診していただきたい。

medical.jiji.com

「生理痛は我慢しろ」いいえ、きちんと治療をしましょう

筆者がこの記事を書き始めたのは、わりかし近しい人に「我慢できないのは甘えだ、けしからん」と詰られたためである。それと先述の「フェミニスト」が繰り出していた、低用量ピルに対する訳の分からない批判を目にしたためである。

 

筆者も昔は薬なんか飲まないで我慢しているのがいいのだと勘違いしていた。対策するのがめんどくさくて家を出て、目的地に着くまでの間に死にそうな目に遭ったこともある。立っていられなくなって席を譲ってもらったこともあるし、空かない公衆トイレに苛立ったこともある。結果として遅刻寸前になったことも、あまつさえ遅刻したこともある。でもこれらは全部、きちんと自分で対処していたら防げたかもしれない瞬間だ。対策も取らずに「苦しい」「しんどい」と言っていることこそ甘えであると思う。薬を飲むのも身体を温めるのもあなたの自己管理のひとつであって、自分の身体に責任を持つ行為だから、決して責められるものではない。

 

月経困難症はある種の体質である。そんなものとは無縁の幸せな人も沢山いる。しかしながら、月経のある女性の中には、ある程度の割合でこの病気を抱えている人がいるのも事実だ。もしあなたが幸せな方(だった)なら、月経困難症を抱える人たちに心無い言葉は掛けないでほしい。もしあなたが月経困難症を抱えているなら、我慢をしていないで治療に踏み切るべきだ。

確かに産婦人科を受診するには勇気が要ると思う。妊娠・出産以外で受診する人にまだまだ社会の偏見があるのは紛れもない事実だ。しかしながらその選択は自分の身体のためである。何より医療関係者側はあなたに偏見の目を向けはしない。周りの雑音には言わせておけばいい。「わたしは月経困難症で生活に支障が出るのが嫌なので、きちんと治療をしています」というのは格好良い宣言だ。

 

もっと知りたくなった人に

医療関係者向けではあるが、さっくりしていて分かりやすいのでオススメ。特に産婦人科領域はシリーズの中でも随一の充実度なのでぱらぱら眺めてみてもいいかもしれない。医学書の割にお安めなのも評価ポイントのひとつである。実はこの記事でも結構お世話になっている。

病気がみえる vol.9 婦人科・乳腺外科

病気がみえる vol.9 婦人科・乳腺外科

 
CBT・医師国家試験のためのレビューブック 産婦人科 2018-2019

CBT・医師国家試験のためのレビューブック 産婦人科 2018-2019

 

またこの記事でもかなり参考にしたのがこちらのMSDマニュアル(旧称:メルクマニュアル)。筆者は医学生なのでプロフェッショナル版をよく使っているが、全文日本語訳されているだけでなく、非医療関係者向けに書かれた「家庭版」も充実しているので合わせてどうぞ。プロフェッショナル版はオフラインアプリもあるので医療関係者の方はスマホに是非!

www.msdmanuals.com

参考文献 (書籍のみ)

関連:月経困難症 / 生理痛 / NSAIDs / 低用量ピル

*1:月経に関係するホルモン・カスケードは①視床下部②脳下垂体前葉③卵巣の3段階。まず①視床下部から出るGnRH(ゴナドトロピン放出ホルモン)が②脳下垂体前葉に作用。②脳下垂体前葉からはLH(黄体形成ホルモン)・FSH(卵胞刺激ホルモン)が出る。この両者が互いに協調して卵の成熟・子宮内膜増殖に関与する。③卵巣ではLH・FSHの作用を受けて成熟した卵子の卵胞からエストロゲン(正確にはエストラジオール)が分泌され、排卵前に増加する。エストロゲン濃度が一定量を超えると、LHには「ポジティヴ・フィードバック」がかかって分泌量が爆上がりし、「LHサージ」と呼ばれるLHの大量放出があって排卵が起こる。排卵後の卵胞は「黄体」へと変化し、主にプロゲステロンを産生して子宮内膜の安定化などを起こす。

*2:医学的見地から見てむちゃくちゃなのでかっこ付だ

*3:COXはアラキドン酸からプロスタグランジン、トロンボキサンなどを作る酵素。詳しいことは「アラキドン酸カスケード」で検索すると出てくるのでもっと勉強したい人はどうぞ☞日本ペインクリニック学会アラキドン酸代謝物産生反応におけるリン脂質リモデリング経路の役割(昭和学士会雑誌/75 巻 (2015) 2 号 - J-Stage)などなど

*4:NSAIDsの中でもアスピリンだけが非可逆的アセチル化でCOXを阻害、他はほとんどが可逆的阻害(カッツング623)。低用量アスピリンは抗血小板薬として使われるが、その効果持続時間は血小板の寿命と同じ8〜10日である

*5:胃の中が空っぽの状態と食べ物が入っている状態では、当然前者の方が薬としての吸収量が多くなる。その分PGI2の産生量も減って胃粘液も少なくなるというわけ

*6:腎毒性を起こす薬剤のメカニズムについてはこの論文「薬物による腎機能障害の病態と発症機序」、NSAIDsによる腎障害については教育講演論文「10.薬剤性腎障害」にさっくりまとまっている。

*7:因みにCOX-2の選択阻害剤もあるが、期待したほどメリットが無かったのと、ロフェコキシブなどで心血管系イベント発生率の上昇が報告されて下火になっていた事情がある。もっともファイザーは大規模臨床試験を行って、セレコキシブの心血管系イベント発生率がイブプロフェンやナプロキセンと同等だと発表しているが(2016年)。

www.kegg.jp - 「セレコックス」はセレコキシブの商品名

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