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インフルエンザの新薬ゾフルーザに耐性ウイルス?!—新薬に飛び付く前に—

インフルエンザ治療にとって夢の薬「ゾフルーザ」に耐性ウイルスが発見されたことが連日報道されている。服用が1回で済む手軽さがあんなに報道されていたし、日本の塩野義製薬が作った薬だということもあって大注目されていたのに……

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でもこれ、薬の効き方を考えれば割と当然の話なのである。今回はそんなお話。

 

 

 

 

まずゾフルーザってなあに

ゾフルーザの一般名は「バロキサビル マルボキシル」(Baloxavir marboxil)という。薬の名前が「〜ビル」(vir)で終わるので抗ウイルス薬であることが分かる。薬には大抵二つ名があって、製薬会社がよく売れるように付ける商品名と、薬の効能や対象を元に、一定の命名基準に基づいて付けられる一般名とがあるので大変ややこしいのだが(ええ加減どっちかにせえよと思う)*1、ここではめんどくさいので「ゾフルーザ」で統一する。(因みにもうひとつ、化学構造を元に付けるIUPAC名もあるが……この辺は省略)

 

ゾフルーザは今まで市場に出回ってきたインフルエンザ薬とは異なる機序を持っている。詳しいことは塩野義のプレスリリースを見てほしいのだが*2、CapエンドヌクレアーゼというmRNAの合成開始に必要な酵素を阻害してしまう。簡単に言えば、ウイルスの複製に必要な酵素を阻害する薬だ。ウイルスは自分で増殖できず(=自己複製ができず)、感染して入り込んだ細胞のタンパク質合成系をちゃっかり使っちゃうので、こういうことをされると自分自身を増やせない。

因みに従来のノイラミニダーゼ阻害薬(タミフルなど)は、ウイルスの複製が終わって、細胞外に出て行く時に効果を発揮する。細胞外に出て行く時、インフルエンザウイルスは細胞膜にあるノイラミニダーゼという酵素で、細胞膜にひっついている部分をちょん切って細胞から離れていく。タミフルなどは、このノイラミニダーゼを阻害することで、ウイルスが細胞外に出て行くのを防ぐのだ。

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ゾフルーザと従来薬の機序比較

何故耐性ウイルスが出て当然か

ウイルス自体の特性

これはウイルス自体の特性によるものである。

インフルエンザウイルスはオルソミクソウイルス科に属する、「エンベロープを持つ、マイナス1本鎖RNAウイルス」である。他のめんどくさいところは感染症オタクと医療関係者が覚えればよいとして、一番大事なのはこのウイルスが「RNAウイルス」であるということだ。

高校生物でもRNAとDNAの違いについて学ぶが、RNAは、DNAに比べて水酸基(-OH)がひとつ多い分、物質として不安定である。人間のゲノム(=遺伝設計図)はDNAで書き込まれているものの、インフルエンザのそれはRNAで書き込まれているので、RNAウイルスと呼ばれる。

 

そしてこれが毎年インフルエンザが流行する原因でもある。RNAはDNAより不安定な物質なので、遺伝情報も変化しやすい。インフルエンザは流行中に様々な人の間を伝播しつつ、マイナーチェンジを繰り返していく。1度罹れば2度と罹らないと言われる水疱瘡などの感染症と違い、インフルエンザに何度も罹ってしまうのはこういう理由があるのだ。

 

薬自体の特性

先述の通り、従来薬はウイルスが細胞外に出て行くところ、ゾフルーザはウイルスが細胞内で増えるところをターゲットとする。このメカニズム自体が耐性ウイルス出現に大きく影響している気がする。

 

従来薬のノイラミニダーゼ阻害薬は、完全に出来上がったウイルスが、細胞外へ拡散するのを防ぐ薬だ。ウイルスが出来上がるまでの過程にはノータッチで、出来上がったものを拡散させない。

ある調査ではタミフルへの耐性率は0.5%だったというが、活性中心に変異が起きた最も強力な耐性の場合はノイラミニダーゼそのものの活性が落ちて拡散に不利であること、また実験室的な耐性は、臨床的耐性と単純比較できないことも付記されている(インフルエンザウイルスの薬剤耐性)。

 

一方ゾフルーザは、ウイルスの複製過程をブロックしてしまう。ウイルスも(自己複製できないとはいえ)生き物であって、自分の種が絶えるような「毒」には対抗手段をとる(抗菌薬に耐性菌が出るみたいなもんだ)。そこで役に立つのがRNAウイルスであるという特性だ。彼らは自分の身体の部品を、簡単に変化させられるのである。ターゲットになっているCapエンドヌクレアーゼを、薬に阻害されない形に変えてしまえば、「耐性」の獲得だ。

先日国立感染症研究所が発表した耐性ウイルスの検出に関する報告によると(新規抗インフルエンザ薬バロキサビル マルボキシル耐性変異ウイルスの検出)、今回横浜で見つかった耐性ウイルスは、ゾフルーザへの感受性(=薬の効き目)が大きく下がったものの、従来のノイラミニダーゼ阻害薬への感受性はしっかり持っていたという。

 

日本感染症学会によるゾフルーザに関する提言では、薬の第III相臨床試験*3で、解析可能例のうち小児では23.3%(18/77)、成人では9.7%(36/370)にアミノ酸変異が見られたという。ただしこの提言では、「感受性の低下幅は、比較的小さいもので、耐性というよりも、低感受性ウイルスという呼称が適切という考え方もある」と付記されている。

タミフルの耐性率を示した先程の論文でも、タミフル投与後には数%〜20%ほどで変異が見られることが書かれていたが(インフルエンザウイルスの薬剤耐性)、国立感染症研究所の耐性株サーベイランスの結果を見る限り、実際に「耐性」となるのは1%ほどらしい。

ゾフルーザが実臨床に投入されたのは今年が初めてで、そのデータもまだまだ少ない。もっとデータを蓄積して、従来薬と比較する必要があるのではないかなと思う(これが薬の第IV相試験の考え方だ)。というわけで今すぐに判断するのは性急だろう。しかしながら、臨床試験でもそこそこ高めの変異率を出していたという事実は、消費者の側も知っておくべきだとは思う。「新しいから前よりいい薬」とは限らないのである。

yomidr.yomiuri.co.jp - この記事では多剤との併用など、使い方をもっと考える必要があると言われている

ところでゾフルーザって「1回服用」でいいんでしょ?

シーズン前ゾフルーザの利点としてもてはやされていたのはこの部分である。確かにゾフルーザは1回投与でいいらしい。でも待って下さい。もう1度この記事を示すので。1回というんだったら、最近出て来たイナビルだって1回吸入である(イナビルはノイラミニダーゼ阻害薬だが、タミフルリレンザに比べて薬の半減期が長いので、その分投与回数を減らせる)。(但しこの記述はイナビルを勧めるものではない)

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おくすりなんて長く飲みたいものじゃないし、患者の多くは集団生活を送る小学生〜高校生くらいだと思うので、確かに飲む回数は少なくあってほしい。でもどうせ学校保健安全法施行規則の規定で「発症した後5日を経過し、かつ解熱した後2日(幼児にあっては3日)を経過するまで」(平成24年4月1日改正)出席停止になるんだから、その間くらい薬飲んでもいいんじゃないかなあと思ってしまう。

 

それと大事なのはおくすりの値段である。itmediaの記事によれば、薬価は自己負担で500円ほど違うという(ゾフルーザの方が高価だ)。

日経メディカルのノイラミニダーゼ阻害薬ゾフルーザそれぞれのページを参照してみたが、成人や12歳以上の子どもで40mg単回投与が推奨されているゾフルーザは、20mg錠ひとつが2394.5円なので、40mgだと倍の4789円である(2019年1月30日現在)。同程度の体格・年齢の場合、タミフルは「1回75mgを1日2回、5日間」なので、先発品でも272円(75mg1カプセル)×10カプセル=2720円、後発品だと136円×10カプセル=1360円(2019年1月30日現在)。リレンザは「1回10mg(5mgブリスターを2ブリスター)を、1日2回、5日間」で、5mg1ブリスターが147.1円なので、2ブリスター×1日2回×5日間=20ブリスターで2942円である(2019年1月30日現在)。勿論これは生の値段なので、自己負担額はこれより少ないが、自己負担3割で考えても、

という差が出る。この辺は単純計算なので実臨床と乖離しているとは思うが、個人的には「やっぱ高いんだなあ」という印象がある。(自己負担ベースにすると安くなるので実感を持ちにくいが、高い薬を使うということはそれなりに国の負担が増えるということなので、その辺の医療経済的視点を一般の方にも持っていただきたいものだと思う)

 

はてさて、どうしましょう

medical.nikkeibp.co.jp - 医療関係者しか閲覧できないサイトなので申し訳無いが……

日本感染症学会のゾフルーザに関する提言に立ち戻る。ここでは成人で行われたタミフルとの比較試験について、「成人では、Oseltamivirとの比較試験も実施されているが、臨床症状の改善は同等であり、効果に差はない」とされている。

 

そうすると薬価の違いが、1回内服で済むという利点に匹敵するものかということが論点になってくるだろう。1回でいいけれど500円高い薬を飲むか、安い薬にして5日間飲む/吸うか……ちなみにタミフルは先発品の半額近い後発品も出ている。

 

耐性率に関しては臨床データ不足だし、今シーズンが終わってみないと分からない。タミフル耐性ウイルス検出率は毎年1%ほどを推移しているが、果たしてどのくらいの成績になるのか注視が必要だ。

 

ちなみに日本小児科学会、日本感染症学会が積極的勧奨を取り止めた理由、また亀田総合病院が今シーズンの採用を見合わせた理由は、いずれもこの「臨床データが不足している」というものである。

medical.nikkeibp.co.jp - 亀田総合病院は確か感染症対策に力を入れている病院だが

www.itmedia.co.jp

newswitch.jp

ま、個人的には、一般への宣伝が禁じられているはずの処方箋薬が、どうしてこんなに人口に膾炙しているのかの方が気になりますけどね……

薬事法に関わる不適表示・広告事例集 - 薬事法ドットコム

 

ゾフルーザまとめ

  • ゾフルーザは今までの薬と違う仕組みで効く薬
  • 従来薬と効果はそれほど変わらない(非劣性が臨床試験で証明)
  • 臨床試験ではアミノ酸変異ウイルスがそれなりに発生していた
  • 1回服用でいい利点はあるが、従来薬より薬価が高いほか、耐性ウイルスが出るおそれも
  • 昨今騒がれている「耐性ウイルス」がどれくらい出るかは、現状データ不足なのでまだまだ判断はできない
  • 今まで言われたような「夢の薬」ではないので、他の薬と併用するなど、使い方をもっと考える必要があり

 

今週のお題「冬の体調管理」

肝心のお題について何にも書いていなかったが、ううむ、「睡眠をよく取って、暖かくして、規則正しい生活をする」以上のことは何も無いように思う。何だかんだ言って単純なことが1番難しいし、楽して健康になれる方法なんてひとつも無いのだ。

 

おすすめの本

標準微生物学 第13版 (Standard textbook)

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 医療系の本だけれど、さっくりしていて値段もお手頃なので割とすき

 

美しい電子顕微鏡写真と構造図で見るウイルス図鑑101

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読み物として面白い。電顕写真に色を付けて美麗な写真に……!

 

今日の治療薬2019: 解説と便覧

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 おくすりオタクになりたい人は……でも毎年出るから買うのは勧めませんけども

 

関連:インフルエンザ / ゾフルーザ

*1:因みにタミフルだったら一般名が「オセルタミビル」・商品名が「タミフル」だし、本庶佑先生がノーベル賞を取ったことで有名な「オプジーボ」も商品名で、一般名では「ニボルマブ」という

*2:ここではファビピラビルの話にも触れられているが、この薬は新型インフルエンザの大流行時に放出するべく備蓄している薬なので、一般診療で使われることはほぼ無いと言ってよい。ファビピラビルは、現在SFTS; 重症熱性血小板減少症候群に対する臨床研究が行われているほか、エボラウイルスへの効果も期待され、研究中である

*3:市販前に、実際に患者へ投与して従来薬との差を見る段階の試験

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