3月15日放送の『監察医 朝顔』第18話記事です。震災回に向けて脚本の細かな齟齬が出て来て性格悪くもつつきまくっていた当ブログですが、18話はさすれば種明かし回といったところで、収まりの悪かったピースをはめ直してくれるような脚本になっていました。メインの解剖話では、初回に強烈な登場を見せながらその後出番の無かった松本オリビア由美子教授(演：片桐はいり)が暗躍します。気付けば次回が最終回。未解決のままに終わっていた殺人事件が、18話のラストで大きく動くのでした。震災10年回となった前話のネタバレ解説記事もどうぞ。
mice-cinemanami.hatenablog.com - 前話の17話記事です
あらすじ
興雲大学に転落死した女性の遺体が運び込まれる。女性は確実に死ねそうなマンションの表側ではなく、壁に障害物の多い裏側に敢えて飛び降りていた。その謎に法医学教室が迫る中、以前彼女を雇っていた同大学の松本オリビア由美子教授(演：片桐はいり)が野毛山署へ自首してくる。
一方、朝顔の祖父・浩之(演：柄本明)が息を引き取り、葬儀の場で浩之が孫の結婚式にと用意していた一張羅が朝顔の手に渡る。認知症が進む父・平(演：時任三郎)にも桑原(演：風間俊介)との結婚式を勧められ、桑原からはある提案を受けるのだった……
実はここで光子ちゃん祝認定医編を書こうと思ったのですが、思いの外長くなってしまったので、次の記事に譲ることにします。記事の続きはこちらから〜☞☞☞
今まで色々と口を出してすいませんでした
脚本の齟齬について色々とつつきまくっていたここ最近でしたが、野毛山署と桑原くんのいる捜査一課での会話で、そうした謎が解明されるような作りになっていました。今まで色々と口を出してすいませんでした……タイムリープつぐみちゃん疑惑も無かったみたいです……
一家殺人事件の捜査の件
無事神奈川県警捜査一課に戻った桑原くんは、2011年に起こった三田村一家殺人事件の捜査に駆り出されることになりました。彼のバディとなるのは、平さんの同期で事件当時も捜査に参加していた糀谷(演：ダチョウ倶楽部・肥後克広)でした*1。彼の言葉から、
- 平さんは三田村一家殺人事件の初動捜査に参加していた
- 重要参考人を逮捕した時点で捜査本部が縮小され、平さんは捜査から外れた
- その後平さんは別事件の応援に駆り出された(←平さんのいう「小さな事件」)
- 平さんが別事件の応援に向かった後、震災で妻・里子(演：石田ひかり)が行方不明になった
ということが分かりました。こないだの記事でさんざ文句を言っていましたが、脚本家の手の中で転がされた格好です(笑)。スタッフ陣からしたら「あと数話見たら分かるからな」って感じだったのかもしれません……
mice-cinemanami.hatenablog.com - こないだの記事
このシーンでちょろっと出演するのが、先日五十嵐管理官役を演じて大好評だった松角洋平です。桑原くんは考査を思い出して大分びびっていましたが、どうやら双子の弟としての登場だそう(笑)。海外ドラマでは、前のエピソードでの出演が好評だったので同じ役で終盤に再登場することを「リカーリング」(recurring)と言いますが、双子の弟というのはなかなか面白い展開です。そう言えばこないだ『すばらしき世界』を観ていて運転試験場の教官役が大分気になっていたのですが、エンドロールを見たら眼鏡を外した彼でした。びっくりだよ。
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祖父・浩之の葬儀の件
第2シーズンの中盤で突然肺癌を宣告された祖父・浩之(演：柄本明)が息を引き取り、朝顔たちは仙ノ浦での葬儀に向かいました。このシーンでのんびり会食しているところを見ると、やはり朝顔の世界はアフターコロナのようです。いいなあ、どっかの県はのんびり「Go toイートしたい」(☜市と県)とか言ってる内に緊急事態宣言なっちまったぜ。
どうでもいいのですが、この葬儀場のシーンで、クリーニング屋のおっちゃん(演：針原滋)が浩之の一張羅を届けてくれるシーン、台詞が「ちょっと待ってーい!」だったせいで自分の高校の卒業式を思い出してしまいました。分かる人にだけ分かればいいです。(笑)
松本教授は果たして
今回のエピソードの主軸に置かれた解剖は、中年女性の飛び降り事件でした。相変わらず警察医じゃなくて法医の朝顔先生が直電で呼ばれる世界です(まあそちらの方がドラマ上書きやすいのは分かりますが)。
この事件ではマンションの作りに対して転落した方向がおかしいのでは、というのが中心になっていますが、自殺の場合当人が死亡していて話が聞けないので、考えてみればおかしいけれど……ということは沢山あると思います。ロケハンした場所的に、表側に飛び降りた方がベランダに引っかかったりしちゃわないかな……とか、裏側とはいえ壁のところ(非常階段と出窓の間)へピンポイントに飛び込めば……とか色々考えてしまうのですが、そこは多分野暮なので口を噤んでおきましょう。
転落なのか墜落なのか
以前光子ちゃん狂犬病騒ぎの時にちらっと書きましたが、高所から落ちた遺体が、転落なのか墜落なのか、というのは意外に大きな違いです。医学生のウッシーも思わず質問していましたが、絵美先生の説明通り、傷の出来方であるとか、致命傷の受傷機転だとかが少し異なり、使い分けが必要です。
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転落は「もんどり打って」、という表現が正しいのかもしれませんが、ぐるんぐるんと回りながら落ちた場合を指します。ぐるぐる回りながらあちこちにぶつかるので、全身あちこちに傷ができ、鑑定もなかなか大変でしょう。あちこちぶつけているが故に、本当の死因の他に、致命傷になり得る怪我をいくつも負っている可能性もあります(=多発外傷)。一見派手に見えても本当の死因ではなかった、ということもあるかもしれません。
一方墜落は、飛行機の墜落と同じですが、何にも当たらずすとーんと真っ直ぐに落ちた場合を指します。この場合、受傷するのは落下面に当たった場所だけ、つまり単発の受傷ということも有り得ます。因みに足から真っ直ぐ落ちた場合は、衝撃が脊椎を伝って真っ直ぐ上に伝わることもあるんですって……
麻酔薬の件
解剖中に松本教授が自首してきたことが分かり、法医学教室にも動揺が走ります。同じ大学の関係者、しかも光子ちゃんを通じて関係のある松本教授が重要参考人となると、捜査上は利害関係など色々面倒かもしれませんが、運んで解剖してしまったものは仕方がない、となるのでしょうか。
ドラマで使われた組み合わせは(実際の薬剤名を出すのは控えておきます)、ヨーロッパでの安楽死や、薬物注射による死刑の際に使われるようです。光子の指摘通り筋弛緩剤の方は日本では販売停止ですし、麻酔薬もどちらかと言えば古い薬に当たり、実臨床ではもっと違う薬が頻用されています。闇サイトで手に入れたのでは、という考えも当然のものでしょう。
朝顔先生たちは注射痕の向きから真実に辿り着きますが、その真実はにわかには信じ難いものです。外科手術で全身麻酔をかける時、麻酔科医は「麻酔の3要素」に注意を向けます(日本医師会発刊のDOCTOR-ASE)。この3要素は「鎮静・鎮痛・筋弛緩」ですが、現在の医学では、それぞれに対して別々の薬を使うことが一般的です*2。例えば、
といった感じ。筋弛緩薬はその名の通り筋弛緩しか担当しないので、単剤で打った場合、意識も痛みもあるのに、身体だけが動かない、つまり「金縛り」の状態になります*3。「呼吸筋が麻痺し息苦しさを覚える」のも本当ですが、その後屋上に上って、遺書を置き靴を揃えるまでの時間的猶予があるのか、というのは甚だ疑問です。(ところで半減期はこの論文に載っていました)
筋弛緩薬とはまるで異なる仕組みですが、「意識はあるのに身体が動かない」というのは破傷風の特徴的な症状です。何度読んでも恐ろしい病気だなあと思います……実は破傷風は、震災の後津波に遭った沿岸部で多発したそうです(国立感染症研究所の報告)。津波で流されてきたものにより小さな傷を負ったり、家屋の片付けなどで受傷して感染した例があったとか。三種混合ワクチン(DPTのT)として小さい頃にワクチンを打っている方が大半ですが、免疫は歳を重ねる毎に下がっているものなので、屋外で受傷した際には傷をよく洗い、破傷風のような症状が出たらすぐに病院へ行きましょう(初期症状として開口障害などが知られています)。
朝顔先生の妊娠の話
丁寧なドラマなのにあれあれ?と思うのが、妊婦となった朝顔先生の扱いです。このエピソードでは、意外なところでは過保護で、意外なところではぞんざい、という印象を受けました。
解剖分担の件
メインの解剖を引き受けることになった時、朝顔先生は教室で「妊娠してから皆さんに任せきりだったので、これくらいは」と申し出ます。それを引き止める高橋くんや光子ちゃんなど法医学教室の面々。妊婦に対する配慮としてはこの上ない好待遇なのですが、働けると言っている朝顔先生にとってはちょっと過保護だなあという気もします。
確かに遺体は潜在的な感染源ですし、解剖は手先の作業で終わるようなものではありません。しかしながら、妊婦だから解剖してはいけない、となるほどの仕事でもありません。妊婦の就業が制限されるものとしては、放射線業務や高所作業・重量物作業などがありますが(厚生労働省のPDFも参照)、法医学教室での仕事はこれに該当しないでしょう。何より、妊娠してからも産前休業まで外科医としてバリバリ働く女医もいるというのに(遺体が潜在的感染源というなら生きてる人だって感染源になり得ます)、ちょっと過保護だなあという印象があります。勿論、つわりなどでしんどい時はあるはずなので、そういう時に休める体制があるのは良いことなのですが……
コーヒースタンドの件
これはもう知らない人は知らないので、ドラマのスタッフが悪いとか責められる話ではありません(実際筆者も最近まで知りませんでした)。でもこれを機会に知ってほしいなという気がした演出が一箇所ありました。
松本教授と今回の遺体・新井千秋との真実が明らかになったところで、朝顔先生は松本教授に誘われてコーヒースタンドへ向かいます。ふたりでコーヒーを飲みながら死の事実について語り合うふたり。今回のエピソードの核となるシーンです。
ところで朝顔先生の手にもカップがありますが、実は妊婦の場合、カフェインの摂取には注意が必要です。カフェインは元々摩訶不思議な薬物のひとつですが、中枢神経系の刺激だとか、血管収縮だとかといった作用があって、身体のあちこちに作用します。カフェインは胎盤を通過できるそうなので(論文引くのめんどくさかったのでPubmedで見て下さい)、母親が飲んだカフェインは、胎児にも影響[薬理作用]を及ぼす可能性があります。このため妊娠中のカフェイン摂取には各国で基準値が設けられています。厚生労働省のウェブサイト(下記)でも、イギリスやカナダの例を引いて、1日200 or 300 mg以下が基準のようです、と書かれています。一方あるシステマティック・レビューでは、1日300 mgまでのカフェイン摂取は胎児に有害な影響を及ぼさないようだ(Food Chem Toxicol. 2017 Nov;109(Pt 1):585-648)、と言われています。結論から言うとコーヒー1杯/日くらいでは問題ありませんが、緑茶やココアなど他にもカフェインを含む飲料は沢山ありますので、妊娠中はカフェインを含む飲料を飲む量にも気を配りましょう……というわけです。
そう言えば最近はコーヒーや紅茶でもデカフェのメニューが増えてきています。妊娠中でもこういうメニューで気分転換してみるのもいいかもしれませんね。
おしまい
第18話は来週までTVerで見逃し配信中、それより前の話はフジの公式配信サイト・FODプレミアムで視聴可能で、第1シーズンは既にボックス発売済です。
次回はいよいよ最終回! 30分延長で、ここ数回にわたって匂わされてきた三田村一家殺人事件の謎に迫る様子です。撮影は先日クランクアップしたようですが、メインメンバーのクランクアップは朝顔先生と桑原くんの結婚式だったのですね! 筆者は遅れで視聴するまでに公式からのネタバレを踏まないように頑張りたいと思います*4。
あ! 完全に書き忘れそうになっていましたが、次の記事で光子ちゃんのキャリア話を振り返ります!
関連：監察医朝顔 / 上野樹里 / 志田未来 / 中尾明慶 / 板尾創路 / 平岩紙 / 山口智子 / 時任三郎 / 風間俊介 / ともさかりえ / 戸次重幸 / 三宅弘城 / 大谷亮平 / 法医学
*1:ところでちゃんとお約束の熱湯シーンがあってめちゃくちゃ笑いました
*2:実のところ3要素の2つ以上を持ち合わせる薬もいくつかありますが、別々の薬で取り組む方が3要素のバランスが悪かった時に補正しやすい、という利点もあり、組み合わせが一般的になりました。体重などによる概算式はありますが、薬の代謝は人それぞれなので、調整も必要ですよね……? それぞれの薬が各要素を引き受けてくれることで、術中「鎮静と筋弛緩はよいが鎮痛が不十分だぞ」となった時に対応しやすくなります(この場合は鎮痛薬を少し追加すればよい)。
*3:夜寝ている時の金縛りは、夢を見ている時のREM睡眠が、「脳だけ起きていて、身体は寝ている」状態であるためです。REM睡眠は "rapid eye movement" の略で、その名の通り眼だけは素早く動き続けていて、夢を見ているので脳も活発に動いています。しかしながら、この間逆に骨格筋は全て弛緩していて、「身体を休める」モードになっているのです。身体が動かないのに、夢の中で身体を動かすような動きを見ているので、その錯覚に「金縛り」の恐怖を感じる……というのが金縛りの正体です。一方、この骨格筋の抑制が上手く行かないと、REM睡眠行動異常症として、夢の内容に付随して手足が動いてしまう……という状態にもなります
*4:【ネタバレ】☞☞☞☞☞☞☞☞これなんですが今回分の録画を観る前に公式Twitterでうっかり某刑事を刺した犯人役の配役見ちゃった時は「しょうがないけど公式〜〜〜〜〜!」と思っちゃいました。前段のツイートの原因です(笑)。
