ちいさなねずみが映画を語る

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ガーウィグ版『若草物語』邦題にブチ切れていいですか

昨日ゴールデン・グローブ賞のノミネートが発表された。グレタ・ガーウィグの新作として筆者が目を付けていた "Little Women" からは、主演のサーシャ・ローナン*1と音楽のアレクサンドル・デスプラがノミネートされた。この作品はルイザ・メイ・オルコットの名作『若草物語』を映画化したもので、封切り前ながら既にトマトメーターでは96%支持(2019年12月10日現在、米国公開はクリスマス予定)など、批評家から高評価を受けている作品である。大好きな『レディ・バード』のスタッフ再集結、おまけに原作も昔馴染みの作品とあって、筆者は日本公開が決まるのを心待ちにしていた。

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そして昨日、ゴールデン・グローブ賞のノミネート発表に合わせて、日本公開時期と邦題がどどんと発表された。情報はこちら!

 

おいブチ切れんぞ!!!!!何じゃその邦題!!!!!『レディ・バード』を見習えやコラァ!!!!!

 

というわけで、今日の話題はいつまで経ってもなくならないサブタイトル邦題にちょっとお怒りの声をぶつけてみる。あまりにむかついたから、いつも邦題できちんと作るカテゴリ名、「若草物語」にしちゃったぞ。

 

 

 

そもそも今回のタイトルはここがおかしい

今回発表された邦題は『ストーリー・オブ・マイライフ/わたしの若草物語』。もうなんちゅうか色々おかしい。思わずこんなツイートしちゃったくらいおかしい。

 

その1:カタカナが原題と全然合ってない

先述の通り、この映画の原題は "Little Women" (リトル・ウィメン) である。邦題が人口に膾炙しているのでちょっと分かりにくいが、原題はオルコットの『若草物語』シリーズ第1作のものをそのまま使っている。

若草物語 (角川文庫)

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若草物語 (福音館文庫 古典童話)

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ガーウィグ版の今作は、そんな原作を紐解き、次女ジョー(演:ローナン)にスポットライトを当て直して脚本が執筆されたという。原作でもジョーは物書きの卵として描かれているし、そういう点では『ストーリー・オブ・マイ・ライフ』、つまり「わたしの人生」という看板は正しいと言えよう。しかしながら、『若草物語』の原作でも、作者自身をモデルにしたというジョーは作品の主軸として描かれており、作品自体がオルコットの半自叙伝であることに変わりはない。原作を読んだことのある人なら、この作品がジョーの人生譚であることは百も承知なのである。

映画版でジョーにスポットライトを当て直したからといって、作品自体の中身ががらりと変わってしまったわけではなく、原作の骨子はしっかり残っているのだから、そういう余計な注釈は正直言って不要だと思う。何より、原作が「◯◯国で大ヒットの人気小説を映画化!」レベルならそういう注釈的邦題もまだありかな、と思うが、若草物語』自体は時代も国も越える名作として扱われているのだから、ほんと意味分からないだけでしかない。

 

原題と乖離したカタカナ邦題にはもうひとつ弊害もある。筆者のような洋画マニアが英語の記事や批評を探そうとしていて、うっかり原題をど忘れした時にただのノイズになるのである。原題をそのまま文字起こししただけなら、「こういう感じかな」と英語化すれば検索エンジンさんたちの予測変換で大体正解に辿り着けるが、こういう変な邦題だと本当に辿り着けない。いちいちWikipediaとか辿って原題を探しに行き、そこから検索をかけるということになる。

先日ギャガ配給での公開が決まった『イントゥ・ザ・スカイ 気球で未来を変えたふたり』も、そんな作品のひとつである。『博士と彼女のセオリー*2コンビでもあるエディ・レッドメインフェリシティ・ジョーンズ再共演作なのだが、原題は実は "The Aeronauts" という。当然ながら "Into the sky" で検索してもこの作品には辿り着けないし、まるで原題カナ転記みたいな顔しててたち悪いなと思ってしまう。(まあこの辺は筆者の愚痴だけど……!)

gaga.ne.jp

The Aeronauts (Original Motion Picture Soundtrack)

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そう言えば『若草物語』シリーズという話が出たので追記しておくが、予告編を見る限り長女メグの結婚、四女エイミーとマーチおばさんの交友が描かれており、さらに報道によればベア先生も登場するようなので、ガーウィグ版は『続 若草物語』"Good Wives" まで原作にしているようだ。『若草物語』シリーズは全4作からなっており、その全てが邦訳されているので是非お読みいただきたい。オルコットの原作に付けられた原題はガン無視だが、まだ『第三 若草物語』『第四 若草物語』とかいう邦題の方がシリーズ感を適切に出していてましだなと思う。

続 若草物語 (角川文庫)

続 若草物語 (角川文庫)

 

 

その2:「わたしの」って何ですか

カタカナ部分の話を置いといても、その後ろも本当にいただけない。「わたしの若草物語」って何なんですか?

 

先述の通り、『若草物語』の原作は時代も国も越える名作である。詳しい中身を知らずともタイトルだけは多くの人が耳にしていると思うし、そもそもタイトルだけで「ああこれこれこういう話ね」と言える人も多いだろう。そういう作品に対して、「わたしの若草物語」と銘打てば、"my own 'Little Women'"、すなわち「わたしの送った『若草物語』的人生」と考える人も少なくはないのでは?

筆者は当然ガーウィグがこの作品に手を伸ばした時から話を知っているから、本作がオルコットの『若草物語』のわりかし正統な映画化作品であることを充分承知している。しかしながら、日頃洋画に疎い人が、賞レースを機に打たれた広告でこの作品を知ったら、そうは思わないだろうと危惧してしまう。

 

当ブログでは、既に洋画の邦題問題について特集しているが、その際ある映画配給のスタッフだという人物がこういったクソ邦題を付ける理由として、「普段洋画に興味のない人を引き込むため」だと述べる記事を見つけるに至った。今回のクソみたいに説明臭い邦題もそういう目的で付けられたのだと思うが、だとしたらタイトルの付け方が根本的に間違っている。初見ならどう読んでも「若草物語』インスパイアの人生をサーシャ・ローナン演じる主人公が送ってみたよ!」という印象になってしまう。ただのミスリードしか生んでない。

mice-cinemanami.hatenablog.com

名訳を使えなかったのなら仕方がないが

原作、ひいてはガーウィグ組の映画を愛する人物として、筆者が思わずにいられないのは、『若草物語』という名訳をそのまま使えなかったのかという問題である。原題から考えれば意訳が効いてはいるが、南北戦争期のアメリカで活き活きと生きるマーチ4姉妹を若草に例え、詩的な美しさをたたえた名訳だろう。しかしながら、映画の配給製作と、原作の翻訳権、翻訳したものの著作権が全く別の権利だというのもまた事実であり、そのまま使えなくてもしょうがない。そういう事情で全くの別題ならこっちも納得がいく。

しかしながら(2回目)、今作の邦題には、『ストーリー・オブ・マイライフ/わたしの若草物語』として、しっかり「若草物語」という文言が含まれている。権利関係で使えなかったなんて事情はないし、むしろばっちり入っているのだ。それに、原題と乖離したカタカナ題名、要らん「わたしの」という接頭語が付いているのは本当に意味が分からない。名訳の詩的な美しさを潰しているし、無駄に長いし、何より他人の作品を冒涜している感が凄い。「他人の作品」の「他人」というのは、この映画を作り上げたガーウィグたちスタッフだけでなく、「若草物語」という名訳を付けた訳者のことも指す話である。

 

その3:『レディ・バード』を見習えや

この邦題を見て、筆者が比較せずにいられないのは、ガーウィグの前作『レディ・バード』である。今作と同じくサーシャ・ローナンが主演し、CMBYNで世界的ブレイクを掴んだばかりだったティモシー・シャラメがボーイフレンド役として出演したことでも有名だ。ガーウィグの監督・脚本手腕は高く評価され、辛口批評蓄積サイト "Rotten Tomatoes" では「100%フレッシュ」の最長記録を叩き出したほどだった。

mice-cinemanami.hatenablog.com - 書いたの丁度1年前だ!

この作品も、本国で高く評価されながらなかなか公開が決まらなかった一作ではあったが、翌年6月に東宝東和配給で無事日本公開された。その時配給会社が付けた邦題は、原題の "Lady Bird" をそのままカナ転記した『レディ・バード』。何の作為もないタイトルにも見えるが、だからこそこの作品の素朴さ、小粒な中にきりりと光る輝きを表していてとてもよい。元々このタイトルは、ローナン演じるクリスティンが、「自分をこう呼んでほしい」と自ら言い出した渾名という設定なので、わざと訳さないのにも意味がある*3

 

そう言えば、この年公開された映画では、ファントム・フィルムによる『君の名前で僕を呼んで』も、原題にとても忠実で素敵な題名だった。作品を愛し、それにふさわしくて余計なものをつけない邦題を送る会社だってあるのに、未だに受け取り手のリテラシーを小馬鹿にしたような謎邦題が跋扈しているのは悲しい話だと思う。

mice-cinemanami.hatenablog.com

おしまい

悲しくなってきたからガーウィグの前作『レディ・バード』でも観て寝ましょう。それとも『若草物語』読んでくれてもいいです。因みに筆者はさっきAmazonBBC版『高慢と偏見』のBlu-rayバリューパックをぽちりました。

mice-cinemanami.hatenablog.com

レディ・バード (字幕版)

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若草物語 (角川文庫)

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 あとデスプラのサウンドトラックは既にiTunesで売ってた。そのうちゆっくり聴こー!

 

 

関連:若草物語 / ストーリー・オブ・マイ・ライフ/わたしの若草物語 / グレタ・ガーウィグ / シアーシャ・ローナン / ティモシー・シャラメ / エマ・ワトスン / フローレンス・ピュー / イライザ・スキャンレン / ローラ・ダーン / メリル・ストリープ

*1:日本では「シアーシャ・ローナン」表記が人口に膾炙している

*2:これも酷い邦題のひとつ。原題は "The Theory of Everything" で、『全てにわたる理論』くらいの方がましじゃねと思ってしまう

*3:ちょっと調べたら、スラングで「浮気女」という意味もあるんですね

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