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刑のあり方さえ考えさせる現場ルポ - 宮口幸治『ケーキの切れない非行少年たち』

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宮口幸治氏が新潮新書から出した『ケーキの切れない非行少年たち』を読んだ。発達障害という言葉が単なる精神科的トピックスに留まらず、メディアや一般人の間で人口に膾炙するものとなって久しい。この本はそんな問題に対して、いわゆる少年院で「非行少年たち」と接してきた筆者が独自の視点で切り込むものである。

ケーキの切れない非行少年たち (新潮新書)

ケーキの切れない非行少年たち (新潮新書)

  • 作者:宮口 幸治
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2019/07/12
  • メディア: 新書
 

 

 

認知行動療法が通用しない非行少年たち

筆者が少年院に送られる「非行少年たち」の治療に専念するようになったのは、認知行動療法が通用しないある少年との出会いだった。認知行動療法; CBTというのは精神科的治療法のひとつで、心理療法の中ではある種パラダイムシフトと言ってもよいかもしれない。誤った思考回路に陥っている患者自身を、一定時間のセッションを何回も繰り返す方式で救い出し、新たな考え方を与えて、問題行動に至らないようにしよう、というものである。筆者は性的問題行動を抱える少年にCBTを試した*1が、どんなにセッションを重ねても彼の問題行動は治らなかった。

 

その後、筆者はこういった少年たちの治療に関するヒントを求めて医療少年院への入職を決意する。そこで筆者が出会ったのが、タイトルにもなっている『ケーキの切れない非行少年たち』である。彼らが"切った"ケーキの図は、Amazonリンクで見える本書の帯でご覧いただきたい。この結果に驚いた筆者は、少年たちにRey-Osterrieth複雑図形検査と呼ばれる図形写し問題をさせることにした。その結果がこちらの図だ。

https://president.jp/mwimgs/1/3/-/img_13eecb1f58cd1004889f7b95dcda4f88204411.jpg

 

確かに原図は大変複雑だ。普通の人間が描き写そうと思っても、細部をよく見て漏れの無いように写すには結構労力が要る。しかしながら下の画像はそれとは全く異なっている。筆者はこれをもって、少年たちには根本的な「見る力」「聞く力」が乏しいのだと指摘する。

 

"理解"が出来なければ、乗れない船は沢山ある

「理解」というのは、一度脳に入ってきたものを、自分の中でよく咀嚼して、自分の道具として使えるものにする作業である。医学の世界では一次知覚野、高次野という概念があるが、「理解」を司るのは高次野である。単に目で見えた、音が聞こえた、というのは一次知覚野に入ってきた原始的な情報でしかない。ヒトは外界から入ってきた情報を、一次知覚野から適切な高次野に送って、その過程でものを理解する。

筆者が指摘するのは、非行少年として少年院に来る者の中に、この情報処理が著しく苦手な少年が数多くいるという実体だ。同じものを見ても、周りが正しく認識できているものが、彼らの頭の中では全く異なるものとして認識されている。ただ違うものとして認識されているだけならばよいが、彼らの場合は、認知が歪んでいる*2がゆえに、その先で問題行動を起こしてしまう。

 

筆者もまえがきで指摘しているように、認知行動療法は、受ける本人が人並みな認知力を持っていることを前提としている。彼が解き明かしたのは、「見る力」「聞く力」が乏しい少年たちにいくら認知行動療法を受けさせても、少年たちは機械的にこなしているだけで全く理解していないという事実だった。だからこそ彼らの問題行動は全く収まらない。

 

Reyの複雑図形は一見何の意味も持たないような、それでいて大変複雑な図だ。わたしたちがカナ交じり文で自らの言語として操る漢字も、これと全く似たようなものである。筆者はこの本の中で、非行少年の多くが学校教育で躓きを覚えていたと指摘している。少年が写し取ったReyの複雑図形を見れば、彼らが読み書きの上で大きなハンディを抱えていることは容易に推察できよう。

 

画一的教育からこぼれ落ちる者

昨今話題となっているのが、境界知能と呼ばれる人々の存在、そしていわゆる「発達障害」という、発達の歪みを抱えた人々の存在である。

 

数字で切ってしまったがゆえの悲劇

「知的障害」と呼ばれる範疇に入るのは、IQ検査でIQ70未満と判定される人々のことである。IQ検査の結果は正規分布で、(精神年齢/生活年齢)×100で算出されるので、平均値は100だ。境界知能と呼ばれる人々のIQは70〜85。知的障害とは呼べないものの、何らかの生きづらさを抱えて生きているとされている。

 

筆者は自身が接した非行少年の中に、こうした境界知能の人々が多く含まれていることを指摘している。先程から書いているように、彼らは「見る力」「聞く力」が乏しい。しかしながら、特別支援学級/学校で支援されるのはIQ70未満の知的障害児に限られるので、彼らは義務教育での支援の手からこぼれてしまう。そのために彼らは非行に走るのだと筆者は仄めかしている。

 

筆者は医療少年院での経験を活かして、「見る力」「聞く力」を鍛える「コグトレ」という方法を編み出して教材として販売している。正直な所本書の後ろ半分ではこの紹介が見え隠れし、宣伝のような様相を呈してくる。筆者は、コグトレを取り入れることで非行少年たちが以前は知らなかった勉強の楽しみを取り戻したようだと書いている。分かるから楽しい。分からないからつまらない。単純なことながら、そういう話を聞くと目を見張ってしまう。

 

義務教育はどうしても画一的教育になりがちだ。IQが正規分布に従い、100周辺に集中することから(というかそのようにできてるのだが)、どうしても中心範囲の子どもたちに最適化された教育が出来上がってしまう。しかしながら、実際には境界知能でついて行けずに困っている子供もいるし、逆に上位層は学校の授業に物足りなさを感じているかもしれない。そして問題なのは、こういった子どもたちが、一定確率で必ずいるのに、学校教育の場では滑り落ちているという事実だ。

 

発達の歪みが生む問題

発達の歪みもまた、本人を苦しめる原因となる。その他のことは概ね出来ているのに、ある一定の領域だけが苦手であれば、それは当然本人にとっての足かせになる。勿論歪みは誰にでもあるものだ。全てが同じくらいできる人間などいないはずで、誰しも得意不得意を持っている。全部が100点である必要は当然無く、むしろ全て及第点以上であればそれでよいのだが、ある一定の分野だけが20点となった場合、これもまた発達障害のひとつである。

筆者は第3章を丸々割いて、非行少年に共通する特徴として6点を取り上げている。認知機能の弱さ、感情統制の弱さ、融通の利かなさ、不適切な自己評価、対人スキルの乏しさ、身体的不器用さ……これらが人間関係の軋轢を生み、子供に疎外感を与え、一部が非行に走るのだと示唆される。*3

 

これらの子どもたちは、多かれ少なかれ生きにくさを抱えており、何らかの形でSOSサインを出していると筆者は指摘する。しかしながら、彼らはIQの面で及第点をクリアしていたり、付けられる病名が無かったりして支援の輪からこぼれ落ちてしまうのだという。

 

この本は刑のあり方さえ考えさせる

刑罰というものは、自分の犯した罪の重さを知り、償いの気持ちを持って初めて成立するものだと思う。筆者は自分が担当した少年たちの想像力の低さについても言及している。普通の人なら後先を考えて行動するところ、目先の利益に飛び付くからこそ非行に至るのだと。そういった少年たちを矯正教育に乗せようとも、根本的な認知力が低いので、認知行動療法といった思考回路の矯正法には上手く乗ってくれない。想像力が低いので、被害者の立場に立って反省することもできないのだと筆者は語る。

 

この本は常々考えていた、犯罪者ひとりひとりの理解度に合わせた刑罰を考えるべきではないのか、という考えにひとつ解を見せるものだったと思う。心神喪失心神耗弱によって、法的責任能力が無くなってしまうことには大きな疑問を感じている。勿論、自分の犯したことの重大さも分からぬまま刑務所に送られ、無為に年限を過ごして出所するのはおかしいと思う。知的障害があって、問題行動に至って逮捕された時(本の中でも女性への痴漢行為を働いて筆者の前に現れた少年が、実は知的障害を抱えていたという話が挙げられている)、知的障害の無い人と同じ刑罰をこなすことは難しいかもしれない。しかしながら、自分が何をしたのかきちんと理解し、本人の理解度に応じた刑罰が与えられるのが理想なのではないか。これも何も、凶悪犯の弁護時に、心神喪失/耗弱を理由に無罪を主張するケースが多く、それを苦々しく思うがゆえなのだが。

 

筆者は自ら開発したコグトレを採用し、少年たちの認知力を挙げる努力を続けていると書いている。一方で、今まで少年院で行われてきた矯正教育が画一的であり、そういった非行少年には馴染まないものだったとも指摘する。わたしは筆者のような姿勢こそ矯正教育のあるべき姿ではないかと思うし、自分自身の考えていたこととどこか似たようなものを感じた。

テイラーメイド医療からオーダーメイド医療へ、というのは医療分野でも盛んに叫ばれている。個別化医療に舵を切ると、その分医療者側の負担は大きく、時間も金銭も余計にかかってしまう。だからこそ普及が遅れるという負の側面もある。それでも、杓子定規なやり方では、どんどんこぼれ落ちてしまう人々がいるのもまた事実なのだ。我々はどこかで個別化という方向に舵を切らなくてはならない。

 

ある治療を行うかどうか決める時に、「目の前の患者を元気にして、納税者に戻せるか」という考え方がある。筆者は最終第7章の最後に「犯罪者を納税者に」と書いているが、患者が犯罪者に変わっただけで言っていることは全く同じである。折しも個別化医療開花直前、矯正教育の場でも同じことを唱える人がいるというのは面白い。是非皆さんにご一読いただきたい新書である。

 

おしまい

本書は新潮新書より刊行済。本体720円+税金でお求めいただけます。

ケーキの切れない非行少年たち (新潮新書)

ケーキの切れない非行少年たち (新潮新書)

  • 作者:宮口 幸治
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2019/07/12
  • メディア: 新書
 

 次に気になっているのはこの本。

死に至る病 あなたを蝕む愛着障害の脅威 (光文社新書)

死に至る病 あなたを蝕む愛着障害の脅威 (光文社新書)

  • 作者:岡田 尊司
  • 出版社/メーカー: 光文社
  • 発売日: 2019/09/18
  • メディア: 新書
 

 

関連:宮口幸治 / ケーキの切れない非行少年たち / 新潮新書 / 発達障害

*1:「試した」というのは勿論言葉のあやで、こういった少年に行う治療としてはCBTは恐らく第1選択である

*2:この「認知の歪み」「発達の歪み」というのは精神科用語です

*3:これを見て筆者は認知症患者のBPSDを考えてしまったのだが、確かにこちらも"認知力"が下がる病態だし、同じような像に至るのも然もありなんだ

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