ちいさなねずみが映画を語る

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罪を償うということ - 乗用車暴走事故に思うこと

平成も残り数日だというのに、大変痛ましいニュースが飛び込んできた*1。記事を書く前に、この事故で犠牲となったおふたりのご冥福をお祈りしたい。

池袋で先日あった乗用車暴走事故について、その報道のしかたがネット上でちょっとした話題になっている。(こういう事件にしては珍しく)運転手がどんな人物だったのかは早々に明らかになった一方で、「容疑者」としては報道されず、どこのメディアもその辺を少しずつ濁しているのだ。報道によれば今回の運転手は高齢の男性であって、警察はどうやら逮捕に踏み切っていないようだが、筆者としては逮捕しないのにもそこそこ理由があるのだと思う(ハフポストが筆者の想像に近いようなことを記事化していた)。対して、この男性の素性は昨日今日の報道ですっかり割れており、ネット上ではその人物背景が逮捕に至らない原因なのではないかと怒りが渦巻いているのである。

www.huffingtonpost.jp

 

 

相次ぐ高齢者の運転ミス、逮捕されない例もそこそこある

はっきり言って、最近この手の事故(事件)はありふれている。今回はたまたま10人以上の死傷者を出す大惨事で、たまたま運転手の社会的(元)地位が高かったためにこんな騒ぎになっているが、器物損壊レベル(「店舗に突っ込んだ」レベル)の話なら数日に1回はどこかで起きていると思う。それから販売台数が多いのもあって*2プリウスはすっかりヤバい車の代名詞となってしまっているし(これは本気でトヨタが気の毒である)、Twitterを眺めていれば「またプリウスか」とか「#今日のプリウス」とかいう投稿はざらに見る話だ。(勿論ヤバい運転手が使っている車はプリウスに限らないが)

——イギリスが誇るブリカス番組『トップ・ギア』の珍しくまともな格言(?)

 

そしてそういう交通事故の場合、明らかな死傷事故でも、運転手が逮捕されないことはそこそこあるようだ。筆者も様々な事件の報道を見聞きしながら、逮捕されてなさそうだなあ、と思うことはままあったのだが、下記の弁護士による相談サイトでその理由が詳しく書かれている。

www.bengo4.com - 想像していた通り逮捕の2要件でしたね

これには逮捕の2要件が関係している。犯人を逮捕するには、まず逃亡の危険性があるか、また証拠隠滅の危険性があるか、というのが重要になる。池袋で起こった事件に関して、運転手が暫く逮捕されずにいるのは、前者が関係しているだろう。運転手は80代の男性であり、報道によれば事故で怪我をして入院しているという。後者に関しては現場で散々証拠が取られているし、ドライブレコーダープリウス搭載の運転記録*3を解析していたことが発表されている(ハフポストJ-CASTテレビウォッチ毎日新聞)。ネットでは事故後すぐに運転手のSNSアカウントが削除されていたことが話題になっていたが、過去のSNSでの言動を消してしまうのは証拠隠滅には当たらないので、後者に該当するかと言ってもちと厳しい。警察側は運転手の回復を待って話を聞くと述べていたし、勿論入院中だってある程度の監視体制が敷かれていて、自由には退院できないようになっているのだと思う。「上級国民」だから逮捕されない……かどうかはよく分からないが。

president.jp

 

いざという時に止めずに突っ走る方が問題

一般人の死傷事故でも今回のように逮捕されない案件はそこそこあることが分かった。それではネット上のもうひとつの怒りである、プリウスのシフトレバーの配置に関するあれはどうだろうか。

president.jp - あんまり運転しないけど、個人的にはちっちゃくて軽いシフトレバーよりは「入れた」感のある大きめの方が好きですね(何の話)

 

この話に完全に答えを出す訳ではないが、こんなツイートが回ってきたのでふうむと思ってしまった。Nレンジでアクセル全開するとわりかしうるさいアラームが鳴るらしい。

 

筆者としては、車の運転に限らず、 何かアラートが出ていたら一旦作業を止めて、その原因が何なのか探るのが普通だと思っている。医療現場でアラートが鳴ったら、原因を探すのが常識だ。動画のように、車の中でこの状況になったら、取り敢えずブレーキを踏んで何が起こっているのかアラート画面を見るだろう。「道で急に止まったら事故の元だろ!」とか言う人もいるかもしれないが、そもそもニュートラルでは運転できないし……

 

で、話を昨今の急発進事故・突っ込み事故に戻すが、今時の車には、大抵この手の安全装置・プログラムが組み込まれている。普段の運転と違うおかしな動きがあったらアラートが出る。そこでアクセルを踏み抜くから事故が起こるのである。昔から言われる通り「押してダメなら引いてみな」なのだが、人間パニックになると意外に難しいらしい。

 

そして高齢社会になって、通常の生活でもこの「押してダメなら引いてみな」が出来ない人々が増えてきているように思う。高齢者の心理的特徴のひとつに「頑固」というのがあるが、保守的に走るあまり、自分で一度思い込んだことを変えられないというのがその原因だろう。そしてこれは環境への適応力が下がったことの裏返しでもあり、そういった方々が咄嗟に判断できないというのも、ある程度はしょうがないものがある。その結果が「#今日のプリウス」のタグ付きで拡散されている車線割り込み運転とかそういうものだ(多分)。

www.tyojyu.or.jp

過失致死という罪

そしてこういう過失事故を起こした場合、自動車運転処罰法に基づき、大体はなんとか致死傷罪というものに問われる。自動車事故において一般市民が1番納得いかないのが、この「過失運転致死傷罪」において、相当する刑罰が「七年以下の懲役若しくは禁錮又は百万円以下の罰金」(2019年4月現在)であり、罰金刑で済んでしまう場合もあることだろう。

 

この手の話でいつも引き合いに出されるのが、元フジテレビアナウンサー千野志麻の起こした死亡事故だ。この事故の刑事裁判は、最終的に千野側が100万円の罰金を即日支払して終了している。しかしながら、6年経った今でも、死亡事故なのに罰金で終わりなのは……という意見も根強い。またこの事件でも、当時彼女が逮捕されなかったことが話題となった。勿論民事上はそれ以上に賠償しているのだと思うが、やっぱり何だか腑に落ちないものがある。

www.news-postseven.com

勿論筆者だって交通事故は起こしたくないが、自分の身に当てはめて考えてみた時、人をひとり殺めて罰金刑で済むというのは何だか変な感じだ。その人の命は、100万円以下の罰金で償えてしまうくらい軽いものだったのだろうか。致傷罪ならまだしも、致死罪の方になるとううむと考え込んでしまう。普段は罪を犯す意識の無い、善良な人がたまたま起こしてしまった事故ということでこういう扱いになっているのだと思うが、それが免罪符となるのも何だかなあと思わされる。

 

高齢者に対する刑罰のあり方

今回どのような刑で立件されるのかは全く分からないが、この事件に関連してもうひとつ考えなくてはならないのは、高齢者に対する刑罰のあり方である。今回の運転手は、最近足腰を悪くしていて日常杖を使用しており、自宅の車庫での出し入れにも苦労していたことが報じられている。高齢化社会においてざらにいるこういう人々に、どういう刑罰を科すべきかというのは考え物だと思う。

 

実は筆者、大学のつてを使って、宮城刑務所の見学会に行ったことがある。宮城刑務所の処遇指標はLB・B・M・Pであり、主に刑期10年以上となる凶悪犯(LB)、また犯罪傾向の進んだ者(B)が収容されているほか、医療重点施設として、病気(M)や精神疾患(P)で治療が必要な者が収容されている。他の刑務所より刑期が長めであること、また医療重点施設であることから、現在は受刑者の高齢化が問題となっているようだ。

www.sankei.com - 宮城刑務所の住所は「古城」と言って、実は歴史オタクにはなかなかそそる場所である(ブラタモリでも取り上げられた)

www.asahi.com - 違う大学だけど面白い協定を結んでいたので

刑務所の中は想像と違うことだらけであったが、筆者が1番ショックを受けたのは、寝たきりとなった受刑者たちが収容されている病棟区画であった。見学者のアテンドを担当した刑務官の言葉通り、30〜40代の頃に懲役30年相当の罪を犯したとしたら、勤め上げた頃には60〜70代になっている。一般社会でもそのくらいの年になれば、認知症になる人、足腰が弱る人、年を重ねてもぴんぴんしている人と様々あるのだから、刑務所の中でもその状況は変わりないはずではある。しかしながら、何故だかその姿に強い衝撃を受けてしまい、これこそこの高齢化社会において考えていかねばならないことなのだと感じた。

(ちなみに、受刑者に対して国民の税金を投じて医療を提供するのはけしからんという考えの人もいるとは思うが、受刑者の責務は飽くまで罪を償うことであり、健康はそれに不可欠なものである。高血圧や糖尿病など、治療すればある程度の健康を取り戻せるものなら、治療介入は行われるべきだと思う。また大学病院や先進病院で行われているような最先端医療が受刑者に施されるわけではない。その辺は矯正医官の募集をしているサイトで語られている☞「よくある質問 | 矯正医官」)

これは医療と司法が考えていくべき問題

今回のような自動車暴走事故に限らず、高齢者が起こしうる犯罪というのはいくらでも考えられる。体力のある人なら普通の若者と同じような罪を犯しうるだろうし、貧困から盗みに走る人もいるだろう(刑務官によればお年寄りの犯罪では窃盗と無銭飲食が多いそうだ)。前者なら若い受刑者と同じ仕事をさせればよいが、後者で身体の弱ったお年寄りだった場合、力仕事などはやはり難しいのではないかと思う。また、高齢者の場合、健康なように見えても、高血圧・糖尿病・心臓病・腎臓病など、見えない疾患を持っていることも往々にしてあるだろう。

www.nhk.or.jp

刑務官は司法サイドの人間なので、刑罰をどう施行するかということに関してはプロでも、受刑者が抱える疾病についてはプロではない。一般人でも家族に認知症が出たらどう対処してよいか戸惑うが、刑務官にとって受刑者は他人なのだから尚更である。また精神疾患や、反抗挑戦性障害などのパーソナリティ障害で、他人の指示を聞き入れることが難しい人々もいる。そういった人々に対しては、単に言って聞かせるだけでは不十分である。

一方医療者側は、こういった司法のあり方についてよく知らないのが現状である。矯正医官として働く医師は全国で300人ほど(毎日新聞医師求人ドットコム)。今年の春医師国家試験に合格したのが大体9,000人くらいなので、どれだけ少ないかは察してほしい。これに看護師や薬剤師を加えたところでその人数はさして増えないし、ましてやどういった医療介入が必要か考える人もそんなにいないと思う。また、現場の人数は限られているのだから、日々の業務に追われてしまって、そういったことを考えている暇も無いと思う。

www.youtube.com

www.jmedj.co.jp

 

しかしながら、受刑者への医療介入というのは、高齢化社会であることを差し引いても、これから考えていかねばならない事実だと思う。受刑者が日々の勤労に当たるためにも健康は大事だし、再犯を防ぐ手立てとして、受刑者たちの精神的側面を診ることも重要だろう。司法と医療が手を組んで、そういった検討ないし研究ができる状況があってほしいものだなと思う。

 

最後に

最後の最後では私感をかなり綴ってしまったが、そんなことより何より、自動車暴走によるこういった痛ましい事故が減ってほしいと願うばかりだ。明日から始まる令和の世、そしてその先には、テクノロジーや医療が更に発達して、こういった事故を未然に防いでくれるといいなと思う。

 

関連:今日のプリウス / 高齢者運転 / 自動車免許返納 / 刑罰 / 受刑

*1:忙しさにかまけてこの記事を下書きに入れている間に平成最後の日になってしまったが、事故は4月19日だから許してほしい

*2:勿論母数が大きいからという側面もあるし、エコな車として知名度が高いのでそんなに車に興味が無い人も購入する気になるという側面もあるだろう

*3:EDR; Event Data Recorder☞イベントデータレコーダーのこと。詳しいことはこちらの記事で

news.yahoo.co.jp

www.excite.co.jp

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