ちいさなねずみが映画を語る

すきなものを好きなだけ、観たものを観ただけ—

辰年の始めに『メーデー!』でも観るか

新年早々、録画番組のダビングでもするかと思っていたら能登で大地震が起きて、ひとりでざわざわとしていたら羽田で信じたくない事故が起きた。たまたま昨日は休日当番で仕事始めだったのだが、帰り際にTwitterを開いてどういうこと? と思った。自分の愛する航空業界で、おまけに日本で、こんな事故が起こるとは思わなくて、なおかつ前の日に「わたしが暇なのがよい世界」と言っていただけに、2日連続で見せつけられると悔しいものがある。JAL機のEvacuationが完了できたことだけがせめてもの救いであって、羽田は第2のテネリフェになる可能性があったと思う。

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www3.nhk.or.jp

 

羽田空港は、第2のテネリフェ空港になる可能性があった

これはもう文字通りである。状況が少しずつ分かるにつれ、JAL機に着陸許可が出された中、海保機が誤進入しており、JAL機着陸の際に海保機を引っかけるようにして衝突事故が起こったことは間違いなくなった。翼で引っかけるようになったため、JAL機のエンジン付近から出火したものの、客室は暫く無事であり、それがJAL機Evacuation成功の鍵になったと思われる。一方の海保機は機長以外全員死亡との報道であるが、両機の大きさはまるで異なっており、正直為す術がなかったというのが事実だろう。寧ろ一瞬で炎上したあの状況で、機長だけでもよく脱出したと思うばかりだ。

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今回は乗客乗員合わせて400人弱のA350、そして物資輸送がメインとなっていたDHC8(総乗員数6名)の事故で、お互いの機体の大きさ、乗員数もまるで異なっているが、滑走路上の衝突事故と聞くと、航空業界最大の事故のひとつが頭を過ぎる。ジャンボ機2機が正面衝突し、史上最悪の死者数を出したテネリフェ空港ジャンボ機衝突事故(1977年)である。この事故ではKLMオランダ航空側の全乗員・乗客約250名が死亡、パンナム航空の乗員乗客400名あまりのうち60人ほどしか生還しないという大惨事になった。(なおこの事故で犠牲者が多かった理由は、オランダ航空がパンナム側に乗りかかるようにして衝突したため、衝撃により客室が破壊されたためである)

で、なんで筆者がこの事故をよく知っているかというと、ナショナルジオグラフィックが誇る飛行機事故のドキュメンタリーシリーズ、メーデー!:航空機事故の真実と真相』のおかげである(正確にはカナダのCineflixが製作)。

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メーデー!』は本当によくできている。人的ミスに関しても比較的淡々と追いつつ、これはどこであってもおかしくない事故なのだ、という点を示し、感情的にならずに冷静に描いていく。だからこそちょっと怖いし、身がつまされる思いになる。矢口史靖の映画『ハッピーフライト』の劇中で言われるように、飛行機事故は本当に数が少ない。が、一旦起きると犠牲者達には為す術もなく(一瞬で爆発炎上したみずなぎ号の乗員たちのように)、だからこそヒヤリ・ハットで小さなミスの芽も摘んでいかなくてはならない。そのために、システム、人、両方のミスを摘まなくてはならない、というのがよく分かるのである。航空業界のヒヤリ・ハットシステムが、医療をはじめ様々な分野に応用されるのがよく分かる。……だからこそ、何故だか分からないが無性にこの番組を観てしまうのだ。

以下に示した「スカンジナビア航空686便」は、今回の羽田での事故と同様、滑走路上で起きた衝突事故だ(一般にはリナーテ空港衝突事故と呼ばれる2001年の案件)。テネリフェであったりリナーテの事案を見るに、JAL機が胴体着陸しながらも何とか滑走路上で踏み留まり、乗客乗員全員がevacuationできたのは本当に奇跡のような事案としか言えない。過密なスケジュールの羽田空港で、一歩間違えば他の機体や周辺建物も巻き込んだ事案になりかねないところであったと思われる。海保機の乗員の冥福を祈りつつ、様々な角度の当事者証言から、真相が明らかになるのを待ちたいところだ。

 

それはそれとして簡単にいくつか

東日本大震災を経て今の仕事・将来の専門を決めた人間なので、年始のふたつの出来事はちょっと自分の専門分野と関わっている。簡単に私感をまとめておく。

能登の大地震について

たまたま最初の速報の時間からテレビを付けていて、珠洲市役所からの中継を見ていたが(丁度お寺さんが崩れるところまで見ていた)、短時間にあれだけのガルが来てしまうと崩れる建物はそれなりにあると思われる*1能登は近年大地震に見舞われてはいるが元々そんなに地震が多い場所ではなくて、報道を見ていると古い木造住宅が多く崩れている印象を受けた。

東日本大震災の特徴は建物被害が相対的に少なく、圧倒的に津波被害であったことだが、その原因は、30年ごとに大地震に見舞われる宮城県という土地において、ブロック塀などの倒壊しやすい建造物が駆逐されていたことにあると思われる*2。DMATが出るのかなあとぼんやり考えていたが、広域災害において、最終的に求められるのは死者の検死であるという事実に遅れて思い至った。震災みたいな経験は2度とないと思いますが……と自分の専門を揶揄したこともあったが、いざというときの訓練こそ大事なのだな*3、それまでこっちが暇でいる方がまだましか、と思った。

 

陸地の近くが震源だったので、大津波警報が出た時にはざわざわとしたが、あれだけ騒いで最大の高さが5mなかったならばそれはそれでよかったと思う。東日本大震災では、陸地から遠い海底プレート内の震源で、なおかつ津波の到達まで時間的猶予があったことが、かえって被害拡大の原因となった。勿論家屋など物的被害はあるが、生きてさえいれば、何らかの形で取り戻すことはできる。

mice-cinemanami.hatenablog.com - なお、震災の津波に関して筆者の歯切れは悪いが、その理由はこちらにて

そう言えばNHKで偶然報道フロア担当だった山内泉アナウンサーのアナウンスが賛否両論となっていたが、元々放送業界をちょっとかじっていた筆者にしてみれば、「NHKの強みは適当に当直しているだけのアナウンサーが全員災害対応用の原稿読めるとこだと思うんだよな」というところである。実は東日本大震災の後、当時災害対応として適切な報道ができたのか、と自問自答したNHKのアナウンサーたちは、定期的に訓練を実施している。普段はお堅い放送局として冷静に原稿を読んでいるアナウンサーたちが、災害放送の時だけは感情的に文言を述べるのだ。あさイチなどバラエティ番組であっても、局アナは瞬時に災害モードになれるように訓練されている。正直民放の局アナ全員が同じ対応をできるかと言われると疑問符である。

放送業界をちょっとかじって現職に至った筆者としては、危機感のないクライアントに、危機感を持たせるように物事を伝える、というのが如何に難しいことか、ひしひしと感じられる。山内アナウンサーの報道は、NHKの訓練の賜物というのがよく分かる。これだけは述べておきたい。*4

www.sponichi.co.jp

www.sankei.com

www.nhk.or.jp

 

www.oricon.co.jp - これは震災当日、テレ朝系列の地元キャスターによる有名な話。

 

羽田空港:JAL516/海保機事故について

詳しいことは国交省運輸安全委員会 (JTSB) の調査を待ちたいが、状況が少しずつ分かるにつれ、避けられないヒューマンエラーにしろ何でまた……という悔しい気持ちが迫ってきた。

 

最初の段階ではJAL機が羽田の滑走路上で炎上しているという情報しかなくて、出回っていた動画も前輪のシャフトが折れて停止する寸前の動画だけだったので、

  • 胴体着陸だけでもえらいこっちゃなのに、炎上ってどういうこと?
  • そもそもどこ便? 乗客乗員何人?
  • 能登が大変な時に、東日本の物流の大拠点である羽田で滑走路1本クローズされるの大変なことだけど、どうなってるの?*5

と思っていた。胴体着陸すれば当然滑走路とこすれるので火花くらいは出るが、高知空港ボンバルディア事故でも分かる通り、胴体着陸=火災炎上とはならない(勿論あの事故では予め燃料を減らしてから着陸に踏み切っているが)。動画を見ると着陸の瞬間一気にエンジン付近から炎上していて、いやどうして?!と思った。

 

次にJAL機と海保の機体がぶつかったというニュースを見て、え、そんなこと羽田で起こるの?! 何てことが?!(テネリフェ?!)という気分にさせられた。JALの記者会見の時、あんまり航空業界を知らない記者たちが、JAL機の責任は、としつこく迫っていたようだが、正直なところ、ランディング(着陸手技)に入ってしまえば、その後できることはわりかし少ない。タッチアンドゴーという手技もあるが、それは滑走路上に障害物が無く、機体に損傷がない時の話であって、今回のような状況では絶対に取れない手段だ。

 

それよりも、重大な事故が起きた時に、即座に適切な誘導路を見極めて、400人近い乗客を全員evacuation(緊急脱出)させたクルーの対応力が賞賛されるべきであろうと思う。命さえあれば何でもできるのだから、まずは適切に逃がすことが重要だ。

trafficnews.jp - これはANAだが、ドラマ『GOOD LUCK!!』でも脱出訓練の姿は特集されていた

 

各種報道でも、実際の乗客から、「大勢が立ち上がって逃げようとしているのに、当初乗務員に座って下さい、と言われた(なんてことだ)」みたいな言説がちらほらあったが、医療関係者かつ航空業界オタクとしてみれば、群衆雪崩に巻き込まれて通路で死ぬより、ちゃんと脱出できてインタビューすら答えられてるんだからマシでは? と思ったのはぐふんぐふん。クルーはきちんと訓練を受けているので、日本の航空会社はちゃんと信用しても大丈夫ですよ。

www.tokyo-np.co.jp - 東京新聞朝日新聞も、ヒコーキオタクとかよく訓練された「メーデー!」民よりひどい言説だと思う

 

www.youtube.com - 地方民なので……ANAの方が馴染み深く……

 

なお海保機は東日本大震災の時に仙台空港で被災し、損傷が少なかったために復旧された「みずなぎ」号であることが明かされている(復旧に関する海保のプレスリリース:2012年)。今回は能登半島地震で任務に向かう途中だったとのことで、東日本大震災の経験者として、この悲しい運命に出る言葉もない。

 

投稿後追記

当事者の話として、たまたま乗り合わせた日刊ゲンダイカメラマンのルポ記事がよかった。実際にいた人の大半は自席で待っていたとのことで(まあそらそうなのだと思っていたが)、クルーも乗客も冷静だったからこそ全員evacuationできたのではと思う。

www.nikkan-gendai.com

www.nikkei.com - 日経の記事でも実際の機内の様子が分かる

おしまい

メーデー!』は一部のシーズンがAmazon prime videoで配信中。航空事故関係はWikipediaの記事も充実していることが多いので、にらめっこしながら観るのもいいかもしれない。先述した通り割と淡々と描くので、夜中にひとりで観ているとたまにぞわぞわする。航空業界の検証システムは他業界も学ぶことが多いと思うので、是非他業種の皆さんにも観ていただきたい。そして筆者と同じくヒコーキオタクになりましょう。

 

関連:メーデー! / 羽田空港事故 / 能登半島地震

*1:何なら熊本地震(前震と本震が数日空けてきた、前震で無事だった家が倒壊して亡くなった人が多数いた)が1時間の間に来たみたいな感じだからだ

*2:宮城県沖地震の被害の大半はブロック塀であり、宮城県内では鉄筋の入らないブロック塀は非常に危険であるとの周知がなされている

*3:JAL機のevacuation然りだ

*4:まあ、但し、NHKGとEテレで全く同じ内容をずっと放送していたのは、震災経験者としては大分参ったが……EテレくらいはL字放送に留めて、被災地の人の心も癒やすような、普通の番組を流しておいてほしかった

*5:事故調査が一段落するまで現場はクローズされるもの。滑走路上の事故なので、当然C滑走路は暫く閉鎖

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