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大泉洋以外に適役が見当たらない - 映画『こんな夜更けにバナナかよ 愛しき実話』

家にいるのに映画のひとつも観ないで過ごしているのが憎らしくなってきたので、映画こんな夜更けにバナナかよ 愛しき実話('18)を観た。筋ジスを患いながら病院生活を厭い、大勢のボランティアを囲って自立生活を送った鹿野靖明という人物の伝記物である。わがまま放題に生きる鹿野を演じるのは、同じ北海道出身の大泉洋。……これがまあ、彼を知る人物ならよく分かるだろうが、彼以外に誰がいるのというくらいの適役だった、というお話。

こんな夜更けにバナナかよ 愛しき実話

こんな夜更けにバナナかよ 愛しき実話

  • 発売日: 2019/07/10
  • メディア: Prime Video
 

——お題「#おうち時間

 

 

背景:筋ジスなんか関係あるか、わがまま放題で生きろ

この作品はまず、実話をベースにした作品である。この映画の原作となったのは、2003年に渡辺一史が出版したノンフィクションだ。鹿野は筋ジストロフィーを患い、移動にも電動車椅子が欠かせないながら、多数のボランティアを囲って自立生活を営んだ。渡辺は鹿野本人とその周りにいた人々を実際に取材してこの本を書いたという。残念なことに鹿野は本の上梓を待たずに前年に亡くなっていたが、渡辺の他に、鹿野のボランティアとして働いていた人々も、折に触れ鹿野の母の元へ集まって交流しているという。現在は文春文庫で読むことができる。

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 ちなみに鹿野のアパート場面の撮影は、実際に彼が住んでいた団地で行われたそうだ。すごい。

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「こんな夜更けにバナナかよ」という強烈なタイトル通り、実際の鹿野も大変わがまま放題な人間だったようだ。この本のタイトルは、鹿野に言いつけられたボランティアの心へ実際に浮かんだ台詞なのだというから、その辺りはお察しである。そんなわがまま放題、ゴーイングマイ・ウェイな彼の役には、同じ北海道出身の大泉洋が当てられた。……言うまでもなく、適役中の適役である。

 

あらすじ (ネタバレなし)

ケーキ屋でアルバイトとして働く安堂美咲(演:高畑充希)は、彼氏の医大生・田中(演:三浦春馬)に連れられて、彼がボランティアで訪れる鹿野靖明(演:大泉洋)の家に行く。筋ジスを患う鹿野は、誰かの介助無しには生活できないが、根っからの病院嫌いが元で、「ボラ」と呼ぶ多くのボランティアに身の回りの世話をさせて生活していた。単に介助されるだけでなく、常にわがまま放題な指令を飛ばしてくる鹿野に、彼氏についてきただけの美咲は当初反感を抱く。しかしながら、気付けば美咲は鹿野のボランティアにのめり込んでいき、反対に田中は自分の医師としての素質に疑問を抱くようになっていったのだった。ふたりが鹿野を挟んですれ違っていく中、突然鹿野が倒れて生きるか死ぬかの瀬戸際に立たされ……

 

主演陣に、言うことはなし

大泉洋以外に適役が見当たらない

まずこの作品に、大泉洋以外の適役は多分いない。鹿野と同じ北海道出身で、真駒内に縁があって(大泉は札幌に越して以来真駒内で生活していたと明かしているが、鹿野も真駒内養護学校に通っていたという)、おまけにちょっとめんどくさい性格をしている。劇中で鹿野が使い走りを命じるシーンも、辞めるボランティアに恨み言を見つけるシーンも、バラエティで見せる大泉の顔を知っている人なら、「ああ、何の違和感も無い(笑)」と思うような感じである。

だけど大泉は役には熱いし、確かな演技力を持つ人物だ。監督の前田哲が明かしたところによると、大泉は鹿野を演じるために、10kgも減量しただけでなく、眼鏡だった本人に合わせるためコンタクトで視力を落として撮影に臨んだのだという。劇中、呼吸器を付けた鹿野が、長い文章を一息で喋れずに、途中で息継ぎする場面があるが、医療サイドから見てもよく勉強しているなという気がした。

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若手名優の代表株がカップル役で共演

鹿野のボランティアに勤しみつつすれ違うカップルを演じるのは、高畑充希三浦春馬。どちらも若手名優の代表株なので、今更何か言う必要はないのだと思うが、敢えてふたりのことを話したい。

 

高畑は本当に「そこらにいる人」の演技が上手い人物だ。『とと姉ちゃん』で決して派手とは言えない主人公を半年間走りきったように、キャラクターを等身大に演じるのがとても上手い。今作でも、美咲の開けっぴろげな性格だとか、彼氏の話を振られてはにかむ様子だとか、色々と魅力的なシーンがあった。そこまで脚本に書くの……?みたいな描写もいくつかあったけれど。

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医学生としての資質にひとり戸惑う三浦の演技は、色んな意味でぐっとくるものがあった。自分に医師としての素質があるのかな、というのは、医学生ならまず間違い無くどこかで通る道だと思う*1。三浦は『アイネクライネナハトムジーク』でも好演を見せていたけれど、田中役はここで演じていた佐藤役に通じるものを感じさせられた。

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個人的にこのカップルの筋書きそのものは疑問符が結構付いたのだが、でもこのふたりの演技は凄くよかった。どこにでもいそうな人だけど、ふたりの演技力が光る。そんな役だったと思う。

 

わがままな息子に、湿っぽくない母

この作品は脇役にもいい役者を揃えているのだが(カメオ出演的な佐藤浩市も含めて)、鹿野の母・光枝に綾戸智恵を据えたのはいい選択だったと思う。今作のラストで、鹿野から母への手紙が映るが、綾戸が光枝を演じることで、湿っぽくない終わり方になっていてとてもよかった。綾戸が実母を介護していたというのは有名な話だが、介護の当事者であったということも、今作での付かず離れずな親子関係に反映されているのかなとも思う。

(一方で、父親役の竜雷太は北海道訛りで話しているのに、綾戸の話し方は関西訛りが見え隠れして、「???」と思ったところもあったけれど)

 

障害者だからって、鬱屈として生きなくても

主人公・鹿野は、はっきり言ってめちゃくちゃわがままだ。夜中に突然バナナが食べたいと言い出すし、入院は大嫌いだし、気分によって食べたいバーガー屋がまるで違うし、喋って動いてができなくなるから人工呼吸器も付けたくはない。障害者だからという枠にはまりたくないというようなことを言っていたけど、まあ、簡単に言ってしまえば、ただのわがままである。田中みたいに叱られそうだが、正直患者に持ちたくない。(笑)

 

でも、その度を超えたわがままが、鹿野の周りにある壁を次々に打ち破っていく。「障害者だから」という前提条件なんて彼には関係無い。何なら普通の人間以上に自分の幸せを追い求めたのではないかというくらいだ。自分の限界を信じずに、やれることのみを見据えて生きていくという描写がとても良かった。でも美咲ちゃんと同じく鹿野のわがままは許せないけど……!(笑)

 

(ところでNPPVの描写、ほんのちょっとだったけれど、体験したことがあるのでリアルさが手に取るように分かって良いシーンだなと思った)

 

佐藤浩市の友情出演は、そういうわけか

三浦春馬演じる田中の父として登場する佐藤浩市は、友情出演というくくりになっている。エンドタイトルを見ながらふうん、と思っていたが、監督の名前を見て合点がいった。前田哲か。『陽気なギャングが地球を回す』の縁だ。

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正直、いち伊坂幸太郎ファンとして、この作品の出来はあまり許していない(正直な感想を述べてよいのなら「原作レイプ」だと思う)*2。でも、『こんな夜更けにバナナかよ』は結構いい映画だった。普通に好きだった。どこまでもわがままな鹿野を、大泉洋が淡々と演じていてよかった。いい映画撮れるんじゃないか。

陽気なギャングが地球を回す (祥伝社文庫)

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おしまい

というわけで、『こんな夜更けにバナナかよ』レビューはおしまい。在宅生活で鬱屈とした気分になっている人もいると思うけれど、そんな時にはわがまま放題な鹿野を見てくすりとしてほしい。ところで、緊急事態宣言が解かれたらあちこち出勤も解禁になってるけど、それは色んな意味で元も子もないのでは……?

 

そう言えばTHE BLUE HEARTSの『キスしてほしい』が劇中歌として爽やかに使われていましたね。わたしも鹿野じゃないけど、カラオケ行きたい。こんなご時世なので我慢してるけどね。

キスしてほしい(デジタル・リマスター・バージョン)

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  • 発売日: 2015/02/04
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200719追記

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関連:大泉洋 / 高畑充希 / 三浦春馬 / 萩原聖人 / 渡辺真起子 / 綾戸智恵 / 前田哲

*1:まあ、個人的には、実習中の医学生がチャイムで動いてたり(手術入ったりするとそもそも時間の概念が無い)、白衣のまま階段に座ったりとか、気になる描写はいくつかあったけど

*2:ラストの筋書きを原作とは異なる展開にしていたのだが、そのせいで作品全体が何となく薄っぺらいものになってしまって、映画として全く面白くなかった。キャストはピカイチだし、4人それぞれに素晴らしい人を選んだものだと思うのだが(何なら原作を読みながらも各俳優のイメージで読んだりする)、いかんせん映画化版でチープな展開に落とし込まれたことが解せていない

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