新年一発目の映画記事は、日本で2018年2月に公開された『スリー・ビルボード』"Three Billboards Outside Ebbing, Missouri"('17)である。1年も前に公開されたオスカー映画を何故今、という気がするかもしれないが……
この映画を観るまでに1年かかった
勿論存在はよく知っていた。日本では何となくデル・トロの『シェイプ・オブ・ウォーター』の方が注目されていた印象があるが、賞レースの蓋を開けてみれば、あちこちでこの映画と『シェイプ・オブ・ウォーター』の一騎打ちが発生していたのである*1*2。おまけにその両作品がフォックス・サーチライト配給であり*3、インデペンデントで同年に2作も作品賞候補を出してしまうとはとんでもないなと考えていた*4。ところが筆者はトレイラーを観てあっさり離脱した。どう見てもただの暴力映画にしか見えなかったのである。歯医者にドリルで応戦するシーン、急所蹴り上げ、火炎瓶、最後にリポート記者を煽りまくるミルドレッド……フランシス・マクドーマンドの鬼気迫る演技も相まって、こんなの映画館で120分なんてとても耐えられないと思ってしまった。何ならWikipedia英語版のあらすじをざっくり訳してそれで満足していた。
www.youtube.com - 東京国際映画祭 Tokyo International Film Festival公式より(日本語字幕付き)
そうやって1年間寝かせておいたものをどうして急に観る気になったかというと、このツイートだ。
スリー・ビルボードの真犯人はみんな知るべきだと思うのよ。
— 𝑨𝒍𝒂𝒃𝒂𝒎𝒂 ☘️ (@0b_scott89) January 3, 2019
ちゃんと映画の中で「コイツが犯人です」って説明あるんだもんね。
別に知らなくてもイイかも知れないけど知ったら驚くよぉ〜😏
おかえもんさんという人凄いね。
全部目通しちゃった。
よかったら初回だけでも。https://t.co/SHVJViSLoW
未見のままネタバレあらすじだけ読んでいたので、「真犯人は不明」というのが正解だと思っていたのだが、そんなのは浅はかだった。あれよあれよといううちに数記事読み進め、「やっぱり観るしかない」という結論に辿り着き、回収しておいた円盤を再生するに至ったのである。
因みにネタバレ無しあらすじ、ざっくりキャスト陣紹介、背景紹介は後日公開する第2弾にてどうぞ。
!!! SPOILER ALERT! SPOILER ALERT! SPOILER ALERT! !!!
観るきっかけをくれた総力特集
わたしの考察記事を読む前にこれをちらっと読んでくれという感じである。全29記事の総力特集。観た人も細部がチェックしたくて必ずもう1度観たくなるので、手元に円盤か動画配信サイトのご用意を。準備OK?
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細部まで考え込まれた脚本は翻訳家泣かせ
このブログで最初に取り上げられているのはこの映画の原題、 "Three Billboards Outside Ebbing, Missouri"。ミズーリ州が舞台であることにもレトリック上の意味があって、その時点で既に唸ってしまう。いや確かにエビングが架空の町なのは知ってたけど、暴力映画だから架空の町じゃないと怒られるって思ったんだろうくらいの認識だったよ……
このブログでは流れている曲の歌詞まで余すことなく使っていると指摘している。そう言えばディスクでは歌詞まで訳出されていなかったように思うが、その辺が訳されていたらもう少し印象が変わっていたのだろうか。この辺のバランスは字幕翻訳家泣かせだなあと思う。でも普通はこういう曲の歌詞なんて訳さなくてもいいかなと思ってしまいがちだ。わたしも疲れてきたらそう考えるだろうと思う(だから翻訳家の瑕疵という訳ではない)。
このブログでは登場人物が聖書の人物になぞらえられているとされている。確かに言われてみればぴたりと符合する演出がいくつもあり*5、(これが本当なら)マクドナーの筆致には舌を巻く。そしてそういう目で映画を観ると、ワンカットワンカットきちんと意味があり、登場するものひとつ取っても無駄は無いのだと思わされる。そして、観る者に教養を要求してくる演出が、筆者にとっては大好物だ*6。
www.mariblog.jp - 宗教的背景はやはり別の人も指摘しているし、知識がある人はぴんと来るのだろう
でもやはり、筆者の貧弱な聖書知識ではあちこち理解が追い着かない。そもそも十二使徒も頭に叩き込んでない人間が『聖☆おにいさん』レベルの知識で読んでるのでしょうがない。聖書は世界一のベストセラーだし、キリスト教・ユダヤ教・イスラム教全てが拠り所とする文書だし、そういう訳でモチーフになりやすいのは当然なので、やはり1度しっかり勉強しなければいけないのかなと痛感した(やっぱり何でも、知識が無いと批判/反論/訂正できないんだよね)。
——『聖☆おにいさん』は世紀末に働きまくったブッダとイエスが、オフを取って(ry
総力解説には批判もある
tr.twipple.jp - 見た感じほんのり燃えてるみたいですが
某氏のスリービルボード真犯人考察を再拝読したが、初読時と同じ感想です。
— Eva (@evahpfbgk) January 4, 2019
①熱意と知識が凄い
②でも知識を自説にこじ付ける断定も凄い(英語,歌詞,恋愛解釈が無理やり)
③だから自分で思考しないと丸呑みしそう
凄い読み物だが、非公式解説を全て正解のように触れ回るのはちょっと…
と感じます。
——まあこれが正解でしょう
これだけ断定で書けばこうなるのは当然だろうと思う。筆者の場合聖書の知識が皆無に近いので理解が追い着かなかった部分も沢山ある。やっぱり自分で観て考えるべきだし、ここは違うだろうというところは拒絶したっていい。全てを妄信的に信じる必要は無い。
でもやはり、ただの暴力映画としか思っていなかった筆者に、「目で見て確かめたい」と思わせた情報量は凄いと思う。読み終わった/観終わった後に、やはり聖書の世界をきちんと勉強しなくては、と思わせたのも流石だ。これはわたしの座右の銘(的なもの)なのだが、優れた作品は、観た側をその先に進ませようとする力があるものだと思う。少なくともこの点は評価できる。
ホームジアーナとして、ホームズの誕生日と言われる1月6日が終わりそうな時に記事を書いてる身として言わせてほしいのだが、やっぱりホームズは同性愛者じゃないし、誕生日は不明が正しい(この辺のことは後できっちり書かせてほしい)。でも、『SHERLOCK』を観てシャーロックとジョンのカップル生活を思い描く人もいるし、1月6日を盛大に祝う人たちは世界中に沢山いる。また散々書いてきたボラプの話に立ち戻れば、フレディ・マーキュリーのセクシュアリティは色々言われてるが、ゲイだと言う人も、筆者のように「オースティンがいる以上バイ」と言う人もいる。大事なのは、公式で認めていることは事実、そしてそれ以外は飽くまで妄想であるということだ*7。
拙ブログの1番最初の記事で、映画評に惑わされずに自分の目で確かめてみてほしいという話を書いた。今回だって同じこと。自分でそうだと思ったことがあなたの中での正解だ。ただし、自分の中で咀嚼することを忘れないでほしい。ネットの片隅でこそこそ映画評をやってる筆者が偉そうに言える話ではないが。
mice-cinemanami.hatenablog.com
何か色々書いていたら既に4,000字を越えているようなので、今回はここで1度筆を置く。続きは後日公開の第2弾にて!
投稿後追記) そう言えばフォックス・サーチライトの公式ページからスクリプトを落としてあったことを思い出した。スクリプトの最初のページにある"For Your Consideration"との文字が鈍く光っている気すらする。今度ゆっくり読み解いてみたいと思う。
mice-cinemanami.hatenablog.com - "For Your Consideration"って何?と思った方はこちら
関連:スリー・ビルボード / マーティン・マクドナー / フランシス・マクドーマンド / サム・ロックウェル / ウディ・ハレルソン / コーエン兄弟
*1:筆者が1番驚いたのはBAFTA; 英国アカデミー賞で作品賞と英国映画賞に輝いたことである。英国映画賞だから当然"Darkest Hour"(=『ウィンストン・チャーチル』)だとばかり思っていたのだが、この部門は制作者がイギリス出身といったことでも対象になるらしい
*2:デルトロの『シェイプ・オブ・ウォーター』については拙ブログの別記事をどうぞ☞
mice-cinemanami.hatenablog.com
*3:otocotoのこの記事も是非読んでもらいたい!サーチライトをこれからもチェックしていこうと思ったきっかけの記事で、「宣伝責任者」として日本法人の平山氏が宣伝の仕掛け方について語っている☞
*4:実際2017年のサーチライトはかなり当たり年だった。この2作の他にも『バトル・オブ・ザ・セクシーズ』、マッケナ・グレイスが大ブレイクした『gifted/ギフテッド』が控えていた。因みに2018年も、ウェス・アンダーソンの『犬ヶ島』やヨルゴス・ランティモスの『女王陛下のお気に入り』を手掛けている。
*5:ミルドレッドの息子ロビーが突然「鳥は癌になるの?」と言ったシーンなんか、唐突すぎて意味が分からなかったのだが、こういう解釈もあるんだなと思ったら膝を打ってしまった
*6:そりゃあパイソニアンになるだけありますしねえ(自分で言うな)。実際「ペンギン爆発」のスケッチだけで15分は語れる自信がある(何でや)。
*7:まあ、「フレディ・マーキュリー重病(=AIDS)説」のように、公式が否定し続けていたが本当だったこともあったりするのだが、それでも、公式が否定している以上は、疑っていても「絶対」と言ってはならないものである