クリストファー・ノーランの新作『TENET テネット』"TENET" ('20) を観てきた。ノーラン作品は大分気になっていたものの、『ダンケルク』も結局時間が合わずに行けなかったし、『インセプション』『インターステラー』といった過去の代表作も「観なければ……」で止まっているので、結局この作品が初となった。「ノーランは時系列ぐるんぐるんさせるのが大好きな人」くらいの認識で行って、そのままこの記事を書いているので、その程度のお遊び記事だと思って読んでいただきたい。
この記事で作品の詳しい時系列について語る気は無い。むしろ「そんなとこ誰が見てんねん」という小ネタばかりをつついていくつもりである。しかしながら、内容は物語の筋書きと大きく関わるものになるので、ネタバレがお嫌いな方は足を返されますよう。大体テンションとしてはこんな感じでお送りする予定だ。本当に当てにならない。
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ただただ野暮なので、今更この作品のあらすじに触れることはしない。折角なのでメインキャストひとりひとりにスポットライトを当てて紹介しようと思う。
主人公 - ジョン・デイヴィッド・ワシントン
『ブラッククランズマン』でその名を確かなものとし、最早「デンゼル・ワシントンの息子」という肩書きすら不要としたジョン・デイヴィッド・ワシントンが主人公。たったひとつ "TENET" という単語だけを与えられ、自らのミッションの裏に隠されていた秘密を解き明かす「旅」に出る。
彼に明かされる "TENET" という言葉は、ラテン語の有名な回文が元となっている。映画内には回文の各行がしっかりと散りばめられており、そこもまたにやりとさせられるところ。順行/逆行の切替に回転ドアが使われているのも、モチーフである「回文」を強く意識してのことだろう。
個人的にはロンドン編でぱりっとしたスーツに身を包む辺りがよい。このシーンでちょい役のマイケル・ケインに、「安物のスーツだな、きちんとした仕立屋を紹介してやれるが」と言わせるのが笑いどころ。いやそれ『キングスマン』やんけ*1。調べたらマイケル・ケインはノーラン作品の常連なんだとか。そこで主人公の返しとして「イギリス人だけのものじゃない」と言わせるのは、アメリカに拠点を置くノーランなりの答えなのではないかと穿ってしまう。
別の話探してて見つけたのだけど、ワシントン、タフ過ぎでしょ。続編普通に観たいけれど、あの撮影乗り越えてなおそれが言えるとか、本当に「主人公」にぴったりな人物だと思う*2。メイキング映像ではスタントマンを使いたくないと自らアクションに臨んだ様子が明らかにされている。元々アメフト選手である故の高い身体能力を俳優業でも活かしていて素晴らしい。
テネット出演陣、ケネス・ブラナーは「毎日がクロスワードパズルだった」と述べロバート・パティンソンは「体力的に限界だった」で良い経験だった!ありがとう!モードなのに主人公デヴィッド・ワシントンだけがテネット2はある!数年後にまた会おう!!って言ってるの好きhttps://t.co/pzFKbWuwJ3
— こりま (@korimakorima) 2020年9月23日
ニール - ロバート・パティンソン
主人公の作戦を戦略と腕っぷしの両方から支え、最終的には確固たる友情を築くニール。演じているのはロバート・パティンソンだが、以前の出演作を見ていて、ハリポタのセドリック・ディゴリー役を演じていたことに驚いてしまった。更に実は、なのだが、主人公に「逆行」の概念を教える研究員を演じているクレマンス・ポエジーも、同じ『炎のゴブレット』に出演してフラー・デラクールを演じていたのだという。みんな大きくなったなあ……!
そう言えばパティンソンは来年公開の映画でバットマンを演じるのだが、先日COVID-19に感染し、撮影が中断しているという心配なニュースが入ってきたばかり。幸いなことに回復傾向にあるとは聞いていたが、お大事に……
そう言えば安心と信頼のTHE RIVERさんからインタビュー記事が出ていた。ワシントンとの相性について聞かれたパティンソンは、撮影開始までに7週間のリハーサルがあったことを明かしている。緻密な計算で作られた作品には、舞台演劇のような緻密な準備期間が与えられていたのだった。
プリヤ - ディンプル・カパディア
プリヤを演じるディンプル・カパディアは、実際にムンバイ出身の女優で、ヒンドゥー映画で長年活躍している俳優らしい。フランシス・マクドーマンドがオスカー授賞式で「映画製作における多様性の担保」を訴えて久しいけれど、プリヤの役は、作為無くごく自然に、それでいて「多様性」の枠をきちんとクリアしてくる良い役だと思う*3。加えてこの作品は、ワシントンのアフリカンアメリカンらしいはっきりとした発音、カパディアのインド訛り、セイターを演じるブラナーのロシア訛りと、同じ英語なのに様々なアクセントが聴けて面白い。
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そう言えばマヒア役のヒメーシュ・パテルが主演した『イエスタデイ』観なきゃ。ダニー・ボイル監督でリチャード・カーティス脚本なのに、まだ観てないんだ……
キャサリン・バートン - エリザベス・デビッキ
はいお美しい。今作もお美しくて麗しいデビッキさまです。圧倒的エリザベス・デビッキさま。一生付いていきます。
恐らく本人もこういう役が大好きなのだと思うけれど、スパイ映画の鍵を握る女性というのがよく似合う俳優である。思い起こされるのは『コードネームU.N.C.L.E』で演じたヴィクトリア・ヴィンチグエラ。レストランから立ち去るシーンとか、学校前で待つシーンなどで190cm越えの長身がとても麗しく映っていて大変素敵だった。筆者のデビッキさま愛はさておき、主人公が接触した当時の恐怖に支配されたキャサリンから、復讐を決意した後まで、全く対極にある演技を見せる彼女は素晴らしい*4。まあでも「主人公」が何故キャサリンを救おうとするのかはよく分からないけれど。
ちなみに今度は『ザ・クラウン』でダイアナ妃を演じることになっているんだって*5。あれも観なきゃなあ……
apnews.com - 今作への出演に関して素敵なインタビューでした
アンドレイ・セイター - ケネス・ブラナー
ノーランの前作『ダンケルク』に引き続いて登場のケネス・ブラナー。今作の脚本を届けるのに、ノーラン自ら足を運んだという話も面白い(MovieWeb)。監督の信頼も篤く、今作でも魅力的な悪役として登場した。
ブラナーは元々訛りのある役が得意だし、カメレオン役者のようなところがあるけれど、今作でもロシア人の黒幕・セイターとしてロシア語訛りの見事な台詞使いであった。残念なことに公開日が後ろ倒しとなってしまったが、自身の監督作『ナイル殺人事件』でも*6、フランス語訛りのベルギー人名探偵エルキュール・ポワロを演じていて、そういった巧さを観るのもまた楽しや。勿論悪役としてもピカイチの演技を見せていて、言葉とオーラの両方でセイターの持つ強大な支配力を表現していた。
ところでセイターは何故「黄昏に生きる、宵に友なし」の句を知っているのだろう? もしかしたらセイターがこの句を知っていることを知って、「主人公」が作戦の符牒にしたのかもと思ったが、冒頭の「主人公」は陰謀について何も知らないのにこの符牒を使っているし、そうではなさそうだ。この辺りだけちょっとよく分からなかった。
あと末期PKという設定はあちこちで使われがちだなと思う。例えばこの作品しかり。かつてはTBだったところが、時代の流れと共に他のものへ変わり、今はPKなのだなと思う。人類がPKを克服したら、また違うものに移り変わるのだろう。この辺りも世相を表すのだなと思ってしまう。
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凄くどうでもいいが、スタルスク12の設定を聞いて、よくわかんないけど「HBOの『チェルノブイリ』観たいな」と思った。あれは凄いドラマだった……1話しか観られていないからちゃんと最後まで観たい。(そう言えば後述するグドナドッティルの作品ですね)
撮影の話
IMAX撮影だいすき
今作でもノーランはIMAX撮影を試み、その様子が特別映像としてワーナーのアカウントから公開されている。IMAXが駆け出しの頃から積極的に活用してきた監督だし、『ダークナイト』の時なんか世界に4台しかなかったIMAXカメラをぶっ壊しちゃったというトンデモ話を持っている*7。おまけに『ダンケルク』でも水没騒ぎを起こしてるし、好きならええ加減大事に扱うことを覚えてほしい(笑)。
特別映像の中で、撮影監督を務めたホイテ・ヴァン・ホイテマは、「IMAXを逆回しにしたかった」という発言をしている。……いやそれノーランとホイテマの欲望じゃねえか! 褒めてるけど! 物語世界に合わせて、逆回しにすることを想定して撮るのは大変だったろうなあ。つくづく付いてくスタッフも強者揃いという気がする。
ボーイング747、実際に爆破しました
またノーランは実写をこよなく愛する監督としても有名だ。オスロの空港の飛行機のシーンに至っては、元々ミニチュアでやろうと考えていたものの、ロケハン中に中古の飛行機が並ぶ姿をスタッフが見つけ、実際のボーイング747を買い付けて実写で行われたのだった。いくら退役した機体とはいえ、実際に爆破してみようという発想に至るところが凄すぎる。この計画について、劇中のニールは「そこは少し大きくやるんだ」と話していたが、当のニールを演じたパティンソンが若干引いてて笑う(以下シネマトゥデイ記事より)。
この話書いてて「いや『ダークナイト』か?」って思ったけど監督一緒だった。あの作品でも解体が決まっていた病院を実際に爆破して、ヒース・レジャー演じるジョーカーに名シーンを与えたのだったなあ(Togetter)。
音楽の話
今作で音楽を手掛けたのはルートヴィヒ・ヨーランソン(ルドウィグ・ゴランソン)。ライアン・クーグラー監督と蜜月を築いており、『ブラックパンサー』でオスカー作曲賞にも輝いた人物だ。
しかしながら今作の音楽を聴いていて思ったのは、胸に迫るような音圧、重苦しい音、そのどれもがハンス・ツィマーの手掛けた『ダンケルク』、ヨハン・ヨハンソンが当初担当していながらツィマーが引き継いだ『ブレードランナー2049』*8、そしてヨハンソンの弟子ヒドゥル・グドナドッティルが手掛けた『ジョーカー』、この3作によく似通っているということだった。ツィマーはノーラン作品を数多く手掛けているし、『ブレードランナー2049』はふたりの息吹が感じられるものだったし、『ジョーカー』の世界はノーランの出世作とよく関係している。この発言は、何もヨーランソンの曲が過去作の焼き直しだと言いたいのではない。むしろ、ノーランが「ルートヴィッヒの音楽はゼロから作られていて、過去に見聞きした何かを想起させるものは一切なく、全てが新鮮だ」と述べるほどなのだが(下記シネマトゥデイ)、どこかで「これらの作品は(製作上)同じ軸なのだな」と思わせるものを持っている。スウェーデン生まれながら、ブラックミュージックに精通し、ヒット作を作るだけあって、ヨーランソンは元々研究熱心なんだろうなと思う。
ヨーランソンの手によるサントラは既に発売されているようだ。
おしまい
世界一当てにならないレビューはこれにてお開き。最後にアメリカ本国版予告を紹介しておく。日本版予告だけ観ていたので、もっと概念的な映画かなと思っていたけれど、アメリカ版を観ると結構しっかりストーリーが説明されているんですね。どっちも好きだけれどね。
www.youtube.com - アメリカ版予告編
筆者は取り敢えず『ダンケルク』から観ていこうと思う。サー・ケネスも出ていることだしね……
関連:TENET テネット / クリストファー・ノーラン / ジョン・デイヴィッド・ワシントン / ロバート・パティンソン / ディンプル・カパディア / エリザベス・デビッキ / ケネス・ブラナー / マイケル・ケイン
*1:マイケル・ケインは『キングスマン』第1作(Kingsman: The Secret Service)でキングスマンのリーダー・アーサーを演じていた
*2:ところで役名は「主人公」"The Protagonist"に固定されているんですね。プリヤとの会話が伏線になっているわけだ
*3:但し、この作品には東アジア系と中南米系がほとんど出ていなくて、ロシア人の役はイギリス人のブラナーが演じていて、物語の重要なところはほとんと白人キャストが押さえているという欠点はあるのだが
*4:そんなデビッキさまに意味分からない格好をさせた映画がありましてね。ジェームズ・ガンの『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー:リミックス』(GotG2)って言うんですけど……!
www.republicworld.com - デビッキが演じたのはソヴリン人の王アイーシャ、GotG3に出番があるならまたやりたいらしい
*5:イギリス女王エリザベス2世の治世を描くNetflixの人気ドラマ。『女王陛下のお気に入り』でオスカーに輝いたオリヴィア・コールマンが、またイギリス女王を演じるということで個人的にアツいのだけど、ネトフリに入る暇がなくて観ていないあれ(そんなんばっかりだな)。
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*6:今のところ公開日は2020年12月18日の予定☞
*7:「フィルムは無事でよかった!」じゃないんだよな
*8:ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督作品。ヴィルヌーヴもノーランと同じく作家性の高い作品をよく手掛けているが、同名作品のリメイクである『デューン 砂の惑星』が公開待機中である。主役を演じるのはCMBYNで一躍スターダムに登り詰めたティモテ・シャラメ☞