ちいさなねずみが映画を語る

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野村萬斎ポワロの『死との約束』をキャストから紐解く

前の記事の最後でちらっと書いた通り、3月6日に放送された野村萬斎ポワロ第3弾『死との約束』('21)を観ました。アガサ・クリスティが1938年に発表したポワロシリーズの同名小説 "Appointment with Death" を原作とし、舞台を熊野古道に移して映像化した作品です。萬斎ポワロとしては2015年の『オリエント急行殺人事件』、2018年の『黒井戸殺し』(←『アクロイド殺し』)に続く第3弾。脚本家は当て書きが大好きな三谷幸喜ということもあり、今回も三谷組満載のキャストとなったのでした。

 

本来こういう作品は原作をきちんと読んでからレビューを書くのですが、積ん読の山が多過ぎて、ここにもう1冊増やすのは忍びない気がします。というわけで、あらすじ解説は他の皆さんに譲って、このブログではキャスト記事に専念しようかと思います。原作はハヤカワから出ていて、スーシェ版でも映像化されているので、気になる方はこちらをご覧下さい。続きはネタバレフリーです!

#61 死との約束

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ちなみにいつもの通り選択は独断と偏見です。(笑)

本堂夫人:実は三谷作品初参加だった松坂慶子

夫の遺産で子供たちを引き連れて旅行に出掛け、子供たちを精神的支配下に置いている本堂夫人。野村萬斎演じる勝呂武尊(原作のポワロに相当)の前にも強烈な登場を見せます。そんな本堂夫人を演じるのは、意外にも三谷作品初参加だった松坂慶子です。

www.sanspo.com

ひとつ前の記事で虐待の話を書いていたので何ともタイムリー! と思ったのですが、こういう精神的支配だとか罵倒というのも、れっきとした虐待です。「精神的虐待」と呼ばれますが、実は今では虐待の中で最多なのだとか。本堂家の子供たちも母親の凌辱は理不尽だと考えていますが、なかなかその呪縛から抜け出せません。先日もママ友の洗脳による子供の衰弱死事件がニュースになっていましたが、「そういうもの」という状況になると、人はなかなか抜け出せないものなのです。

mice-cinemanami.hatenablog.com

冒頭から強烈な登場を見せた本堂夫人ですが、とにかく松坂慶子の「嫌われ者おばちゃん」という演技が最高にイケイケです。自分の論理で喚き立てて人を支配せずにはいられない、周りから見ていても鼻持ちならない悪女というのに、彼女は本当に適役だったと思います。本堂夫人の元々の職業も原作準拠なのですが、丁度『すばらしき世界』を観た関係で佐木隆三の『身分帳』を読んでいたので、何だか姿が重なるようで複雑な気持ちでした。

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マッチョなくせになよなよな山本耕史、最高

三谷作品においてすっかり常連となった山本耕史三谷幸喜初の大河ドラマ新選組!』で土方歳三を演じて以来、ここぞ! というところで三谷作品に登場する気がします。『陽炎の辻〜居眠り磐音 江戸双紙〜』で芯の通った剣士を演じるなど、時代劇でも二枚目俳優として通っている彼ですが、三谷大河2作目の『真田丸』では常に腹を壊し気味な石田三成を演じていて、新たな境地を開いたのでした。因みに来年放送される三谷大河第3作『鎌倉殿の13人』にも勿論出演します

 

今回彼が演じているのは、本堂家の長男で常に母親に頭が上がらない礼一郎。詳しいことを話すとネタバレになってしまうので差し控えますが、途中妻・凪子とふたりのシーンで、上裸にサスペンダーで泣き言を叫ぶシーンは笑っちゃうほど哀れでした(笑)。山本耕史は結構パンプアップしていてムキムキなだけに余計滑稽です。このナヨナヨ礼一郎は勝呂の謎解きのシーンでも観られます。普通、山本耕史が上裸でサスペンダーならイケメンなはずなのに、滑稽な姿になってしまうのが流石三谷幸喜ですよねえ。ここに来て彼に新たな役どころを与えてしまうのも見事です(笑)。(というかこの記事を書いているのは半分以上彼のせいです!!!!!)

 

そこはかとなく漂う『真田丸』臭

三谷幸喜のキャリアにおいて『真田丸』は間違いなくひとつの転換点です。前年に公開した映画ギャラクシー街道('15)が大コケした後、「三谷のキャリアはこれで終わりか」と言われるほど大批判を受けました。長年のファンもこれは……と思っていたところ、三谷が送り込んできたのが翌年の大河ドラマ真田丸('16)。武田、上杉、北条がせめぎ合う土地で独立を保ち、徳川と豊臣に挟まれながら家を残した真田家の世渡りを、真田幸村を主人公に描いた作品です。重要人物があっさりとナレーションで死んでしまう様は「ナレ死」と言われて話題になりましたし、今まで二枚目俳優として売っていた草刈正雄や、東宝シンデレラグランプリ以来一貫して主役を張ってきた長澤まさみが、振り切り過ぎなコミカルな姿を見せるなど、役者の新たな魅力を引き出す作品にもなりました。加えて東京サンシャインボーイズの盟友たちや、小劇場の女王として名を馳せていた長野里美など、新たな俳優たちを世に紹介することにも繋がったのでした。

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三谷幸喜は、配役が「三谷組」と言われるほど同じ役者を何度も使いたい人間です。ところが、そのキャスティングは真田丸』を境に大きく変化しています。例えば幸村の兄・信之(信幸)を演じた大泉洋や、その正室稲姫を演じた吉田羊は、明らかに登場回数が増えています*1。逆に何度も主役級で出演していた佐藤浩市妻夫木聡、西村雅彦(現:西村まさ彦)なども、出演頻度が大分下がっているような気がします(もっとも佐藤浩市はここぞ! というところには相変わらずひょいっと出てくるのですが)*2。今作に登場する長野里美も、『真田丸』をきっかけに登用回数が増えたひとりです*3*4

 

今作の「丸組」

いわゆる「丸組」(=真田丸出演俳優)としては、長野のほかにも、先述の山本耕史(石田三成役)、凪子役のシルビア・グラブ(出雲阿国役)、川張署長役の阿南健治(長宗我部盛親役)、上杉穂波役の鈴木京香(北政所役)が出演しています。萬斎ポワロ第2作の『黒井戸殺し』('18)もなかなかに丸色の強いキャスティングだったので、今回も然もありなん、という感じですね。個人的には今回も姉御肌なシルビア・グラブが大変良かったです。彼女の声が好きなので……

 

川張署長役の阿南健治は、三谷にとって「安心と信頼のキャスト」です。元々ふたりとも劇団「東京サンシャインボーイズ」の出身で、三谷が書いた脚本を阿南が演って、ということを繰り返していた間柄でした。劇団が解散した後も、阿南は折に触れ三谷作品に登場しており、三谷大河3作品皆勤賞キャストでもあります。西村まさ彦、梶原善小林隆など、今でもサンシャインボーイズの俳優たちは三谷作品を固める重要な脇役として起用されています。

阿南が今回演じた川張署長ですが、原作の「カーバリ大佐」を翻案した役名なのですね(笑)。失敗したときにわざとらしく手で額を押さえる様は、どこか『笑の大学』のギャグ「さるまた失敬!」を思い出してしまいます(但し『笑の大学』でこのギャグをやっているのは小松政夫です)。

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上杉穂波に付き従う編集者・飛鳥ハナを演じた長野里美は、元々「小劇場の女王」と呼ばれるなど、舞台演劇で長年の経験を持つ人物です。上杉に付き従っていてあまり自分の無いような様子は、丸で演じたおこうに似たような方向性を感じて、キャスティングされた意味がよく分かります。上杉に「あなたはバス酔いして気持ちが悪いでしょう?」と言われて、具合が悪い! と思い込んでしまうシーンは、どう見てもおこうさんの演技を思い起こさせるもので笑ってしまいました(笑)。インタビューでは「三谷さんからは、“長野さんはアガサ・クリスティーの世界にすごく合う。とぼけた品の良さというか。だから夢がかなってうれしい”とのお言葉をいただいたので、それを信じて楽しく演じさせていただきました」と話しているのですが、確かにクリスティものにぴったりの雰囲気を持っている方だと思います。これから違う役で三谷クリスティに折に触れ出てくれたら面白いかもなあ……

 

そして最後が、三谷組常連キャストのひとり、鈴木京香です。三谷幸喜とは『王様のレストラン』('95)出演依頼、折に触れ作品に出て来た仲*5。『清洲会議』では白塗りお歯黒のお市を演じていて、もう三谷作品的には怖いところなしです。というか『清洲会議』に至っては鈴木京香にあの顔で演じさせたい、が三谷幸喜の真意だった気がする。今作も物語の鍵を握る衆議院議員を演じていますが、個人的には前半の回想劇が活き活きとしていて大変良かったです。

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物語上邪険に扱われ続けるつぼさん

本堂家の様子をよく知る者としてもうひとり登場するのが十文字幸太役の我が家・坪倉由幸です。つぼさんはウッチャンナンチャン内村光良主宰のコント番組『LIFE!〜人生に捧げるコント〜*6にレギュラー出演していたこともあって、ドラマに出ているとふと目が行ってしまう存在でもありました。芸人がドラマ出演することについて賛否両論だとは思いますが、今回彼が演じていた役は、「芸人・坪倉由幸」として最高に丁度いい役柄だったと思います。流石三谷幸喜ですね。

本堂家と深く関わりながら、一族の人間ではないのでほどほどに扱われる感じ。謎解きのシーンになって、主役になりたい素振りを見せているのに、全く先頭に立てないあの感じ。一昔前ならサンシャインボーイズのメンバーに当て書きしていただろう役どころですが、芸人としては大変美味しい役だったのではないかなと思います。

 

おしまい

というわけで、三谷組とつぼさんにスポットを当てて、主役であろう市原隼人には全く触れないという記事が出来上がりました。舞台は戦後直後の昭和30年代に設定されていますが、その当時のファッションが衣装で再現されているのも見どころです。個人的には女医・沙羅先生を演じた比嘉愛未のファッションが凜としていてとても素敵でした!*7見逃された方も放送から1週間以内は無料で、それ以降はFODにて有料で観ることができます。

fod.fujitv.co.jp

原作はクリスティー文庫の1冊として、ハヤカワが翻訳権を独占して出版しています。クリスティー文庫森博嗣の作品は、ミステリ好きなら揃えたいけれどハードルの高いシリーズですね(笑)。『死との約束』 "Appointment with Death" とは、あの約束のことを指しているタイトルなのか……筆者も今度原作を探し出して読んでみたいと思います。

 

関連:死との約束 / 野村萬斎 / 松坂慶子 / 山本耕史 / シルビア・グラブ / 市原隼人 / 堀田真由 / 原菜乃華 / 比嘉愛未 / 坪倉由幸 / 長野里美 / 阿南健治 / 鈴木京香 / 三谷幸喜 / エルキュール・ポワロ / アガサ・クリスティ

*1:もっとも大泉洋はそれ以前にも『わが家の歴史』や『清洲会議』だとか野村萬斎主演の舞台『ベッジ・パードン』に出演していますし、吉田羊も三谷の舞台作品に何度も出ていて、その上での稲姫役だったのですが……

*2:例えば萬斎ポワロ第1作の『オリエント急行殺人事件』とか、こないだの『記憶にございません!』とか☞

記憶にございません!

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*3:但し彼女は三谷幸喜の舞台作品には何度か客演歴があって、その縁で大河ドラマに出演した人物なのですが……

*4:余談ですが最近では宮澤エマがお気に入りのようです。『記憶にございません!』に登場した後、香取慎吾主演のAmazon Primeオリジナル作品『誰かが、見ている』にも準主役で出演し、次の大河ドラマ『鎌倉殿の13人』にも出演が決まっています☞

アンラッキーデイ

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*5:ちなみに筆者はこの『王様のレストラン』が大好きで、朝顔の茶子先生が大好きなのも、このドラマでかっこいいシェフ役を演じていた山口智子が大好きだから、という話があります(どうでもいい)。今観ても面白いドラマなので是非!

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——思えばこの作品にも伊藤俊人さん出ていたなあ

*6:このシリーズの最近のキャスティングには思うところが無くはありませんが、この記事では最早枝葉なので割愛します

*7:ところで沙羅先生、あの時間で死後硬直は出ないと思います!!!!!ネタバレついでに書き残しておきますが、勝呂の謎解きシーンで、ロビーに集められた面々それぞれが本堂夫人を殺すシーンが描かれているのも好きな演出でした

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