この作品についてこういう記事を出すのも悔しいと言えばそうなのだが、これだけ触れてきたので、更新せざるを得ない。
『アトランティック』で、壮絶な記事掲載
先日、『アトランティック』誌(The Atlantic)に、英文にして9,000字以上の1万語に迫る長文記事が掲載された。その内容はブライアン・シンガーが過去20年にわたって行ってきたという「性的不品行」にまつわるものだが、その実体はシンガーの乱交パーティ並びに未成年暴行(虐待)という壮絶なものだった。
顛末やシンガーの反応についてはこのスレッドが詳しいのでご一読いただきたい。わたしもこれでアトランティックの記事を知った。シンガーが反論記事を出したことも触れられているのでチェックしてほしい。
ブライアン・シンガーによる未成年者への性暴力の記事を書いたのはエスクワイア誌の記者。もともとは同誌で掲載するための調査報道で、校閲や法務のチェックもパスしていたが、親会社から理由不明の没指令が下ったため、The Atlanticに持ち込んだ。闇は深いhttps://t.co/vOAy0TMySk
— junkTokyo (@junktokyo) January 24, 2019
シンガーを訴えているのはひとりではない。記事だけでも3〜4人が実名を出してインタビューに答えているし、この記事の記者ふたりは20人あまり50人余りに接触したと述べている。1番印象的なのは、「ハーヴィー・ワインスティーンの話が出た後、次はシンガーだとみんなが思った」と匿名の俳優が答えていることだ。もし時間があったら訳文を投稿するかもしれない。
www.theatlantic.com - 英文で9,000字あまり1万語に迫る記事だが、文章自体は平易で読みやすい。内容量がネックなくらいだ(シンガーがそれくらいの人物だということかもしれない)
※190126:この節にあった一部の事実誤認を訂正しました。
GLAAD賞ノミニー剥奪
何故こんな記事を投稿するに至ったかというと、こんなニュースが飛び込んできたからである。
GLAAD has pulled #BohemianRhapsody as a best original film nominee: “This week’s story in The Atlantic documenting unspeakable harms endured by young men and teenage boys brought to light a reality that cannot be ignored or even tacitly rewarded" https://t.co/CmunSz1FMX
— Variety (@Variety) January 24, 2019
『ボヘミアン・ラプソディ』はGLAAD賞作品賞にノミネートされていたが、『アトランティック』誌での報道を受け、ノミニーの地位が剥奪された。GLAAD賞の授賞主体は中傷と闘うゲイ&レズビアン同盟 (Gay & Lesbian Alliance Against Defamation; GLAAD) である。賞はLGBTQの権利向上などに繋がる作品、LGBTQを公正公平に描いた作品などに与えられる。フレディ・マーキュリーの人生を描き、ここまでヒットした映画は、当然今年の授賞の筆頭候補だったはずだ(映画の描き方は今はさておく)。それに飽くまでシンガーの問題は彼本人のものであって、作品に非は無いはずなので残念な話である。
この一件に関し、GLAADは次のようなコメントを出している。先程示したツイートでも触れられていたように、シンガーは『アトランティック』誌での記事掲載に対し、Deadline.comで反論記事を出して対抗した。GLAADのコメントではここにも触れているし、このような状態のまま作品が評価されるのは宜しくない、とシンガーへジャブを放っている。作品やそれに関わったシンガー以外のクルーに非が無いと明示してくれて良かったとは思う。
「The Atlanticの記事に対するシンガーの反論では、性的暴行疑惑をかわすために不当に“ホモフォビア”(同性愛嫌悪)を利用しました。GLAADはメディアと業界全体に対し、性的暴行を受けた者たちを最優先させるべきだということをごまかさないよう要請する。『ボヘミアン・ラプソディ』に一生懸命取り組んだチーム、そしてフレディ・マーキュリーのレガシーは、このような形で汚されずに評価されるべき」——LGBT擁護団体主催の【GLAADメディア賞】、B・シンガー監督の性的不品行報道を受け『ボヘミアン・ラプソディ』のノミネートを取り下げる | Daily News | Billboard JAPAN
ブライアン・メイも見限った
この話に関係して、Instagramで一悶着起こっていた。その中心はInstagram使いこなしおじいちゃんことブライアン・メイである。彼はシンガーのことをフォローしていたし、シンガーが折に触れ更新していたオフショットもまめにシェアしていた。それに対し、あるフォロワーが次のようにコメントしたのだ。
「ブライアン シンガー監督の行った事を考えて彼をアンフォローするべきです」
— Pepper (@Peppers_Attic) January 24, 2019
というインスタでのコメントに対してブライアン メイのコメントを読んで欲しい。
「僕が何をすべきか命令しないでください。
そして、有罪だと証明されるまでは男女を問わず無罪だという事実を尊重し学ぶべきです。」 pic.twitter.com/TP1p34OJFX
メイの態度は正しい。推定無罪の原則に従えば正しい。何も間違っていない。何より、先日NHKが敢行したインタビューから感じた人柄を考えれば、そうするだろうというのはよく分かる。彼は最後の最後まで、相手を信用していたい人なのだ。
mice-cinemanami.hatenablog.com - 世界に壁ではなく橋を架けたい人だから
でも、ここまで来たらもう庇いきれなかった。メイは遂に彼を見限ったことをInstagramで明かし、先日リプライを送ったフォロワーに対して謝罪の言葉を述べている。随分と長いコメントだが、是非読んでもらいたいので拙訳したい。
www.instagram.com"Dear Folks - I was shocked and saddened to realise what I had done by my hasty and inconsiderate IG reply to this lady yesterday. I’ve posted an apology to her in the ‘reply’ box, but it seems to have disappeared - so I’m going to try to repeat it here, to be clear. ———-
Dear Sue, I’m so sorry that I responded to your post so snappily and inconsiderately. My response was a result of my perception that someone was telling me what to do. I now realise that I was completely wrong in thinking that. You were actually just trying to protect me, for which I thank you. I am mortified to discover the effect my words produced. I had no idea that saying someone was innocent until proven guilty could be interpreted as “defending“ Bryan Singer. I had absolutely no intention of doing that. I guess I must be naive, because also it had never occurred to me that ‘following’ a person on Instagram could be interpreted as approving of that person. The only reason I followed Bryan Singer was that we were working with him on a project. That situation came to an end when Mr Singer was sacked during the shooting of the film, but I suppose unfollowing him never occurred to me as a necessity. Now, because of this misunderstanding, I have unfollowed. I’m so sorry. This must have caused you a lot of upset. I wish I could take the comment back, but all I can do is apologise, and hope that my apology will begin to make amends. Sadly, this is all very public, but since I snapped at you in public, it’s only fitting that I should apologise in public. I’m going to try to follow you so we can communicate privately if you want. With love - Bri. —— I should add that this is also a sincere apology to anyone else out there that I inadvertently offended. No such offence was intended and I will be more careful in future. Bri"
親愛なる皆さん—昨日性急で思いやりの無いリプライで、この女性にしてしまったことに気付き、衝撃と悲しみを抱いている。彼女に対して「リプライ」ボックスから謝罪を投稿したのだが、消えてしまったようだ——というわけで、このことをはっきりさせるために、ここでもう1度繰り返したいと思う。
親愛なるスー、あなたの投稿にとても人目を引いて思いやりの無い形で返信してしまって大変申し訳ない。わたしの返信は、誰かが私に何をすべきか指示することへの持論が出てしまった結果だった*1。今になって、自分がそう考えたことが完全に間違っていたと悟った。あなたは実際のところ私を守ろうとしてくれただけだったし、そのことに対して感謝を述べたい。自分の言葉がもたらす効果について気付いて腹が立った*2。有罪が証明されるまでその人は無罪である[=推定無罪の原則]と言うことが、ブライアン・シンガーを『擁護している』と捉えられることに気付いていなかったんだ。そういう意図は全く無かった。それと、Instagramで誰かを『フォローしている』ことがその人に賛成だと捉えられる経験なんか今まで無かったので、そういうことに対して世間知らずだったのだと思う。私がブライアン・シンガーをフォローしていたのは、たったひとつ、私たちが彼と同じプロジェクトで働いていたということだ。こういう状況は、シンガー氏が映画撮影中に解雇されたことで終わりを迎えたが、必要性も感じなかったので、アンフォローの必要は無いと考えていた。今、この考え違いがあったので、彼をアンフォローした。本当に申し訳無い。この話のせいで、ひどい混乱をあなたに与えてしまったに違いない。あのコメント[=メイが最初に送ったというコメントだろう]を取り戻せればよいのだが、自分に出来ることは謝罪だけで、この謝罪が償いの端緒となればと願っている。不幸にもこのやりとりは全て公開されてしまっているが、あなたに公衆の面前で噛みついてしまったのだから、みんなの前で誤ることでしか埋め合わせはできないのだ。もしあなたが望むなら、あなたをフォローして、私的にやりとりをさせてもらいたいと思う。愛を込めて、ブライ——ひとつ付け加えなくちゃいけない、これは私が軽率にも攻撃したその他の人々への心からの謝罪だということだ。こんな攻撃をするつもりではなかったし、これからはもっと気を遣っていかねばと思っている。ブライ——Brian Harold May on Instagram: “Dear Folks - I was shocked and saddened to realise what I had done by my hasty and inconsiderate IG reply to this lady yesterday. I’ve…”、2019年1月25日
もしこの文章が高飛車な誠意の無い謝罪に読めたとしたら、それは全て筆者の翻訳力によるものである。メイに非は無いし、彼はかなり丁寧に謝罪している。こうやって言葉を尽くして誤解を解こうというのは、実にメイらしい態度だ。
きっとメイのことだから、報道が出て自分の保身に走ったというより、流石に今回のことは看過できない、と考え直してアンフォローしたのだと思う。このコメントには、シンガーの『X-MEN アポカリプス』で躍進したはずのベン・ハーディもいいねを押していた。マレックとの衝突があった話は前々から報じられているし、最早キャスト陣も、彼のことを見限っているのである。そして、どこまでも人を信じたいはずのブライアン・メイですら、彼を見限ったのだ*3。
ブライアン・シンガー、オフショットを全削除
今回の一件を受けてブライアン・シンガーのInstagramを覗いたところ、彼は今まで投稿していた『ボヘミアン・ラプソディ』のオフショットを全削除していた。権利関係が怪しいなとは思っていたし、スタッフやキャストにかなり遺恨を残した状態で降板していたので、よくしゃあしゃあと投稿できるなと考えていたから、当然のことだろうとは思う。それにどうせちゃんとスタッフが撮ってたものが、どこかでオフショットとして正式公開されるだろうしね。
記事では性的不品行と書いているが、実際のところは性的虐待だ。虐待は世代間連鎖することがよく知られているが、『アトランティック』誌の記事でも、シンガーとの関係を持った後、ドラッグに溺れたり暴行事件で逮捕された人物のことが取り上げられていた。それだけの傷を負わせたということには、事実ならばしっかり向き合わなくてはならない。シンガーは半ギレの記事を出している場合ではないのだ。
確かにメイの言う通り、シンガーへの訴訟はどれも始まったばかりで認定されていないので、シンガーが推定無罪であることは確かである。しかしながら、『アトランティック』誌への掲載はシンガー側からの圧力で別誌から移されたものであるという事実、またこの記事が公表された後のシンガーの過剰とも言える反応(GLAADが指摘する通り)を鑑みると、彼にはやましいところがあるのだろうと思うし、状況的には限りなく黒に近いグレーだ。
冒頭で述べたよう、ブライアン・シンガーは第2のハーヴィー・ワインスティーン、第2のケヴィン・スペイシー*4になりつつある。彼が作った作品が素晴らしいことは興行成績が示しているが、その裏にあった人間的瑕疵については、事実ならば到底容認できるものではない。半ギレ記事を出したこと、そして過去の不品行(の噂)については、1度頭を冷やして考え直してもらいたいものである。
関連:ボヘミアン・ラプソディ / ブライアン・シンガー / ハーヴィー・ワインスティーン
*1:メイはこの女性に「シンガーをアンフォローして」と言われ、他人に指図するなんて失礼なことだ、と返している
*2:勿論腹を立てたのは自分に対してだろう
*3:先日辺野古の珊瑚を守るためホワイトハウスへの請願署名を呼びかけた話があったが、あれはメイがそういう人物であることの証明だと思う(政治的背景を理解なんかしていなくて、きっと「環境を守るために」というところに心動かされてしまったのだ)。どうしてこうなったのか(メイがどうしてこの話を知ったのか)の顛末はこの記事に詳しい。
*4:彼の一件についてはこちらをどうぞ。年末には『ハウス・オブ・カード』の登場人物になりきって半ギレ動画をアップし、全世界から「何がしたかったの?逆効果でしょ?」と総スカンを食らっている。